May 26, 2022

葛藤のある道徳の授業

4年生の道徳(光村)の「よごれた絵」を参観した。
うっかり友だちの絵を汚してしまった主人公が、葛藤の末、きちんと謝ることを選んだ話。
※「わざとじゃない」と言うけど、掃除の時間に雑巾でキャッチボールしていて絵に当ててしまったんだから言い訳できないよね。掃除の時間に遊んでいたのは、すでに「故意」だよ。

教科書付録のワークシートをそのまま活用した授業だった。

本時の話し合いの大きなテーマが次のように示されている。

◆わざとではなくても、悪いことをしてしまったとき、
正直に言わなければいけないのは、どうしてでしょう。

「どうしてでしょう」って聞かれても、子供には難しいなと思う。
子どもはそもそも、たとえわざとではなくても、「悪いことをしてしまったときは、正直に謝りましょう」と教わってきているからだ。
今更「どうして?」と聞かれても、そんなの当たり前だよとなってしまう。

だから、次の場面も、「そりゃあそうだよね」になってしまう。

◆「ぼく」があきらさんに自分のしたことを打ち明け、心からあやまったのは、どうしてでしょう。


しかし、子供たちは、まじめだから、

①自分がされたら嫌だから。
②あとでばれるより、先に言った方がすっきりする。
③いつまでも黙っていたら、心がもやもやする

などが出た。
ただし、そもそも「どうして」という問いは答えにくいと自覚することが大事で、

◆自分のしたことを打ち明け、心からあやまったのは、どうしてでしょう。

よりも

◆自分のしたことを打ち明ける気持ちに変わったのはなぜか

の方が答えやすいし、

〇このまま黙っていると・・だから正直にあやまることにした。
〇このまま黙っているより、正直に言った方が・・・だから正直にあやまることにした。

のように話型にあてはめると、答えやすいと思う。

教科書には、タイトル横に、次の吹き出しがある。

◆「ごめんね」って言うのは勇気がいるよね。

そう、謝ることは勇気がいる。
自分の非を認めれば、激しく怒鳴られるかもしれないし、怒られるかもしれない。
嫌われるかもしれないし、弁償を求められるかもしれない。

人には誰でも強い心と弱い心がある。
この場合は「正直に謝ろう」という強い心と、「わざとじゃないから黙っていよう」という「弱い心」。
だから、謝れない人の「心の弱さ」に共感しながら正直に謝れる人に一歩でも近づくための授業でありたい。

 

ワークの後半は、次のように問うている。

「悪いことをしてしまったとき、自分から正直にあやまったことはありますか。

そのとき、どんな気持ちになりましたか」

この問いで「ない」と言い切る子は書くことがないから、全員書かせる場合には、こういう聞き方は適切でない。

 

おまけ(1)
許してくれる温かい集団でないと、謝ることはできない。
「このクラスのみんななら、こういうことがあっても、許してあげるよね」という確認があるとよい。

おまけ(2)
「四知の教え」・・天知る、地知る、我知る、他(相手)知る
秘密は、いつか分かってしまう。
誰が知らなくたって、自分の過ちは自分が一番よく知っている。他人はごまかせても自分はごまかせない。

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May 25, 2022

「探索的会話」

◆活発な話し合いを行っているグループの一人ひとりは何も学んでいない。
◆探求活動が行われているグループは、活発な話し合いではなく、静かなつぶやきとぼそぼそ声を交流している。
・・・『総合教育技術』2022年2月号の佐藤学氏の連載は奥が深かった。
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グループ学習は「話し合い」にしないことが最も重要である。学びは既知の世界から未知の世界への旅(経験)であるが、「話し合い」はすでにわかっていることの交流であって、そこには学びが成立しないからである。実際、活発な話し合いを行っているグループの一人ひとりの発言を記録し分析すると、何も学んでいないことがわかる。学びが成立し探求活動が行われているグループは、活発な話し合いではなく、静かなつぶやきとぼそぼそ声を交流している。静かな教室でつぶやきと囁きが交歓されているグループ学習の教室こそが、質の高い探求と共同の学びが遂行されている教室なのである。
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さらに、「会話」には2つのタイプがあるという。
◆ 「発表的会話」は「僕はこう思う」「これはこうだ」という会話。
◆「探索的会話」は「これがヒン トにならないか」「あれとこれは関係しているのではないか」と探りを入れながら推論し思考する会話。
なるほど。
確かに、すでにわかっていることを伝えるだけの交流なら、そこで交わされる会話は「自分はこう思う」「うん、そうだね」で終始してしまう。
そのような会話レベルなら、いくら活発でも、何の生産性もない。
グループ学習はそんなレベルでの「話し合い」にしないことが重要だという指摘は、すごく新鮮だった。

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May 24, 2022

「ゴール」と「ターゲット」 よく似た単語

SDGsは、ゴールですが、その下にターゲットがあります。

SDGsは、2015年の国連サミットにおいて全会一致で採択された、国際社会全体が取り組む目標です。17のゴール(目標)とそれをさらに具体化した数値目標を含む169のターゲットが採択され、「地球上の誰一人として取り残さない」ことを誓い、2030年までに達成することをめざしています。

 

ここで、自主勉強。

目標を表すさまざまな単語があることを確認しました。

 

①・goal

勉強においての最終目標、人生の目標、野心など、文字通り日本語の「ゴール」のイメージに近い、最終目標を表現するときに用います。

to reach one’s goal」(ゴールに達する)、「goal setting」(ゴール設定)などと使います。

 

②・objective

仕事上や行政上の目標に使います。ダイエットで痩せるなどの個人レベルではなく、規模の大きい目標設定のために使う、少し堅苦しい表現です。

sales objective」(売り上げ目標)、「objectives for the negotiations」(交渉目標)などと使います。

 

③・aim

資格試験の点数など個人的な勉強や、コスト削減など仕事上の目標に使えます。「aim」はもともと「狙う」という意味なので、目標に向けて頑張るイメージがあり、過程も大切にするニュアンスがあります。

to aim at the victory」(勝利を目指す)、「to aim at reducing cost」(コスト削減を狙う)などと使います。

 

④・purpose

一般的な意味での「目標」「目的」を表し、広範囲で使える便利な単語です。達成を前提としているため、現実的な目標に用いられる単語で、日常会話にも使いやすいです。

purpose of the day」(日々の達成目標)、「purpose of this session」(セッションの達成目標)などと使います。

 

⑤・intention

「意向」「意図」「目的」「目標」などの意味を持ち、目標に込めた思いを強調したいときにも使われる単語です。

one’s intention」(~の志)、「intension to succeed」(成功目標)などと使います。

 

⑥・target

具体例を挙げるときに使います。「target」はもともと「標的」という意味なので、狙いを定めるイメージです。

target area」(目標地域)、「target amount」(目標数値)などと使います。

 

https://www.kaplaninternational.com/jp/blog/useful-phrases-setting-goals

 

ゴールに向けて最善を尽くす。

ターゲットを定めて、達成を目指す。

言葉に厳密にありたいと思いました。

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May 18, 2022

国語の教科書で「リード文」の指導



 椿原正和先生の学テ対応の指導の中で、リード文の指導がある。

リード文とは、本文に入るまえに「このページにはこんな内容が書かれていますよ」と概略を訪問者に伝えて、理解を助けるための文章のことです。
導入文とも呼ばれます。 ページタイトルのあと、目次や本文のまえに配置されることが多いです。
・・・本文の前のちょっとした解説部分を決して見逃さないことが「初読」の大切なポイントになる。(ちなみに、このサイト読みごたえがあります。)
 では「学テ」ではなく、教科書の場合は「リード文」の指導はどうするか。
 2年生が扱っている「たんぽぽのちえ」に限らず、光村の多くの作品は、本文の前のページに「単元の扉」というちょっとした解説がある。
 これが「リード文」に相当する。
順序に気をつけて読もう。
たんぽぽのちえとは、どんなものでしょうか。
たんぽぽについて知っていることを友だちと話しましょう。
 本日観察した授業では、全文音読をさせていた。
 音読する度に、このリード文も読ませたら「順序」「ちえ」の意識を貫くことができる。
 本文の後にも、学習のページで「見通しをもとう」と、先の2点は示されている。
・じゅんじょが分かることばに気をつけましょう。
・たんぽぽは、どんなちえをはたらかせているかをたしかめましょう。
 ただし、学習のページは、さまざまな学習活動と、それにかかわる正解が示してあるので、このページを見せたくない先生が多い。
 一方、本文の前に置かれる「リード文」のページは、存在の価値が分からないので、このページを見せていない先生が多い。もったいない。
 「たんぽぽのちえ」を学習した後、「順序を習ったぞ」という実感を持たせないといけない。それが汎用的な読解力。
 本文後の学習のページには、リード文に対応して、「ふりかえろう」の欄がある。
 授業者は、ここまでしっかり教科書を活用してほしい。
◇しる じゅんじょが分かることばを、いくつ見つけることができましたか。
◇読む たんぽぽは、どんなじゅんじょで、ちえをはたらかせていましたか。
◇つなぐ なにかをせつめいするとき、どんなことばをつかいたいですか。
ただし、この3項目、自己評価のチェックボックスにしてもらった方が使い勝手はいい。

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May 17, 2022

ナンバリングとラベリング

4年生の国語の授業でスピーチ原稿を作っていた。

子供たちが「私の好きな〇〇」についてスピーチ原稿を書いていた。

学年が見本とした原稿に「一つ目は〜、二つ目は〜」と書いてあった。

ナンバリングだ。

「箇条書き」と併せて、ナンバリングを指導すると後が楽になる。

 

「一つ目は〜、二つ目は〜」とあると、聞き手も漏れがない。

予告文で「〇〇の良さを二つ言います」と宣言してくれると更に聞き取りやすい。

さて、ナンバリングより数段難しいのがラベリングだ

 

私の好きなコアラについて説明します。

一つ目は、コアラの住んでいる場所です。

コアラは・・・・

二つ目は、コアラの好きな食べ物です。

コアラは・・・・・

 

この場合の「住んでいる場所」「好きな食べ物」がラベルになる。

これが「構造」。

 

構造的に出来の良い文章を模範として読み込み、

自分も構造的な文章を書く癖をつけると、

読解力と表現力が相乗的に高まっていく。

 

・・・国語の授業だけではなく、各教科の授業でナンバリングラベリングを意識した文章表現に取り組ませてほしい

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May 16, 2022

ギフテッドの教育は「選りすぐり」ではない。

5月13日(金)「報道ステーション」、翔和学園の取り組みを視聴しました。
(1)ああ、絵が上手な子だな。これがこの子の才能か。この才能を活かすための支援をしていくのか。
・・・という期待は、あっという間に打ち崩されました。
「絵がうまい」だけでは生計が立たないから、就職活動をしなくてはいけない。
就職できる条件は絵のうまさではないから、就労に関わる訓練をしないといけない。
ギフテッドの特集で、ギフトを生かせない子の紹介から始まるとは驚きでした。
(2)理解が速すぎて通常の授業で満足させられない子。それでいて将来に対して不安もない、困り感もないこの子には、どんな言葉が入っていくのだろうか。
・・・共同作業による成功体験(チャレンジの体験)が功を奏したようでした。
なるほど一人で何でもできそうな自信家の彼でしたが、やっぱりみんなと協力しないと為し得ないプロジェクトもある。
そこに参加させることで、彼も変容していくのだと感動しました。
(3)ギフテッド=エリート教育というと、たくさんの子の中から優れた才能を持つ子を抽出するイメージがあります。
しかし翔和学園は真逆でした。
・・・「一人も残さない」。
まさに向山洋一氏の思想だと思いました。
「何万人の中から明日のビルゲイツを探す」ような才能のある子を選抜するのではなく、
全ての子に対して、その子に合った支援すること、「個別最適」を目指していることがよく分かりました。
無事視聴できて、本当によかったです。

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May 11, 2022

「言葉ってスゴい!」

 先の投稿の印象的なフレーズが
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「計画する」「振り返る」のカギは言語化にあって、言葉にするという過程で大脳新皮質を刺激します。(和久田学先生の言葉)
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 「言語化」について、どこかに書いてあったはずと探してみた。
 「Science Windows」という雑誌の2008年4月号の一節だ。
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分かった!とは、 自分のことばで説明できて はじめて得られる感覚でしょう
◆小学生も科学者も不思議な現象や解けない問題を前にして「理解したい」 という気持ちは同じで、それは人間がもともと持っている言語能力を使って「きちんと説明しきってみたい」という気持ちでもあるのですね。本能的な欲求と言ってもいいでしょう。
 学校の先生の重要な役割のひとつは、「分かった!」という理解の感覚を 子どもたちに覚えさせることです。高度な思考や抽象的な考え方のヒントを子どもたちに与え、自ら言語能力を 使って考え、きちんと自分の言葉で説明できるまで理解して初めて、「分かった」と思えるようにする。その理解の基準(スタンダード)がしっかりとできないと、中途半端な理解なのに「分かった」と思ってしまうようになり、 知識が定着しなくなります。
 子どもたちに、理解したことを自分の言葉で説明できる喜びを伝えてほしいですね。それは、人間だけが持つ本能的な満足感でもあるのです
「脳科学者酒井邦嘉氏が語る  思考の基礎をつくる言葉」より
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科学雑誌なのに、特集テーマが「言葉ってスゴい!」
特集が組まれた2008年=平成20年には意味がある。
平成20年1月に出されたのが中教審答申。
そこで学習指導要領の改訂(つまり1つ前の学習指導要領の実施)に当たって充実すべき重要事項の第1として言語活動の充実が挙げられ、各教科等を貫く重要な改善の視点として示された。
生きる力をはぐくむことを目指し、基礎的・基本的な知識及び技能を習得させ、これらを活用して課題を解決するために必要な思考力・判断力・表現力等をはぐくむとともに,主体的に学習に取り組む態度を養うための「言語活動の充実」。
この一丁目一番地の取り組みの流れは今も続いていると勝手に思っている。
ただ、当時のバイブルとも言えた文科省の『言語活動の充実に関する指導事例集』の冊子を読み直しても、「言語化」というワードは出てこなかった。
引用部の冒頭が「言語化」の重要性をよく示している。
まさに、思考の基礎をつくるのは、「言葉」なのだ。
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「計画する」「振り返る」のカギは言語化にあって、言葉にするという過程で大脳新皮質を刺激します。
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・・・「言語化」という用語が、もっとスタンダードになればいいのだが。

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日本の国語教育に求められること

A:日本はハイコンテクストの文化
 島国で、人種・文化の多様性があまりない日本では、話し手と聞き手との間に共通項が多く、言葉を尽くさずとも何となくわかりあえる、暗黙知がある。
B:英米はローコンテクストの文化
 人種や文化が多様な地域では、共通項が少ないので、きっちりと言語化し、クリアでシンプルでわかりやすいメッセージを伝え、あいまいさを排除しなければならない。言語化して説明可能な知識を「形式知」と呼ぶ。
・・・文化の違いは「優劣」とは違うから、どちらが優れているかが問題ではない。
文化が違えば、自分たちの常識が通用しないと理解することが大事だ。
異なる文化、人種、背景を持つ人同士がわかりあうたった1つの手段はコミュニケーションである。だから、アメリカでは徹底して、言語化し、メッセージ化し、口頭で伝える教育が行われる。
日本が国際的な活躍(競争)をするには、アメリカのように、
徹底して、言語化し、メッセージ化し、口頭で伝える教育
が必要なのだ。
もちろん、文学の世界は「曖昧さ」が好まれる。
「うれしい」と書かないで「うれしい」感情を想起させる筆力が、作者の腕だ。
しかし「情景〜心にある感じを起こさせる光景や場面」の読み取りなどは、スキーマの問題もあって全員が納得することは難しい。
日本の職人の世界では技能を言語化せずに「見て学べ」と「暗黙知」が要求される。徒弟制度がなくなれば、そうした技能は消滅してしまう。
あいまいな表現で誤解されては、ビジネスでは困る。
誤解されない表現が「コミュニケーション」だ。
ハイコンテクスト文化の日本人は、自身のハイコンテクスト性の長所短所を十分理解して、
ローコンテクスト文化的な言語表現を身につけて補完する必要がある。
文学作品の「あいまいさ」をいちいち言語化するのは「野暮」ではある。
しかし、意味が通じないデメリット(誤解されるトラブル)を考えると、たとえ「野暮」でも、分かりやすい言葉に言い換える作業は必要になる。
※大学入試の国語問題(文学)は、およそ、ハイコンテクストをローコンテクストに言語表現することが基本なのかも。
「言ったつもり・伝えたつもり」にならない言語教育が求められている。
アメリカでは徹底して、言語化し、メッセージ化し、口頭で伝える教育が行われる。
日本の教育も、そうでなくてはいけない。
「『言語技術』が日本のサッカーを変える」(光文社新書)
初版は2007年でしたね。当然、その頃から「言語力・論理力・コミュニケーション能力」は話題になっていました。

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和久田学先生の『科学的に考える子育て』

ハイスコープカリキュラムについては、SNSでもよく発信されているが、ピンとこなかった。

GRIT・ マシュマロテスト・ペリー教育財団・アクティブラーニングに絡んで、次のHPなどを読んだこともあるが、幼児教育関連だからとそっちのけになっていた。

今回、和久田先生の本を読んで、以下の部分の意味が分かった。

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アクティブラーニングの学びにおいては、次の要素を重視した取り組みが行われている。

PLAN→DO→REVIEW

こどもたちが自ら計画を立てて行動し、結果を振り返れるよう、教師はこどもの学び方や遊び方を意図的に誘導する。ハイスコープではこれを「PLAN→DO→REVIEW」と呼んでいる。3ステップで取り組むことによってこどもは意図的に行動し、ほかに楽しそうなことがあっても気を散らさずに自分の決めたテーマに集中できる。計画を立てて遊ばないと、遊び方が衝動的なものになりやすく、自己規制力を養えないからだ。

https://resemom.jp/article/2019/10/04/52768.html

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・・・和久田先生の本のどの章も考えさせられたが、全くノーマークだったのが、この「ハイスコープカリキュラム」のくだりだった。

「ハイスコープカリキュラム」を知る前段階(7章)に、脳の機能がある。これもセミナーで何度も聞いたことだ。

 

◆ヒトの脳は「爬虫類の脳(生命維持)」「大脳辺縁系の脳(情動・欲求)」「大脳新皮質(認知・言葉・抑制)」の3階建てなっている。

◆思春期の脳は大脳辺縁系(アクセル)が強くて、大脳新皮質(ブレーキ)が弱い。つまり欲求と情動が強まるがコントロールができない。

◆大事なのは「抑制脳(大脳新皮質)」を育てること。何かを成し遂げるには、遊びたい、怠けたいという欲望を抑制し、すべきことに集中する必要がある。

◆この大脳新皮質の働きを「実行機能」と呼び、マシュマロテストで分かるように、幼児期から「抑制」を身につけさせると思春期・成人期のリスクを下げられる。

 

という流れがあって、第8章「成功のカギは『実行機能』にあり」に続く。

そして、「ハイスコープカリキュラム」は実行機能を育てることがターゲットの一つだと話が進んでいく。

長くなるが、ここが重要なので引用。

 

◆ 砂場で山を使って作って遊ぶことでも、子供たちは無意識のうちに実行機能を使って遊びを計画し、その計画に沿って行動することでしょう。しかし、それを意識的にさせたらどうでしょうか。大人がそこに関与し、子供に問いかけるのです。何して遊ぶの?と。

すると子供の脳は、ひとりで考えていた時よりずっと早く、意図的に働きます。 何しろ脳の片隅でなんとなく存在した計画を相手に説明しなければなりません。どうしても言葉を使って表現する必要があります。

私たち大人もそうですが、意図や気持ちを言葉にすると急に明確になります。原始的な・・別の言い方をするならば動物的な・・感情も、言葉にした途端はっきりと見えてきて、客観視できるようになります。どうやら私たちの脳の働きは、言語と 切っても切れない関係にあるようなのです。

だから、子供たちに「何して遊ぶ?」のとその子の計画を質問し、「何して遊んだの?」と振り返らせることは、彼らの脳の働きを言語によって深め、明確にさせるという意味で大切です。ハイスコープカリキュラムにある「プラン・ドウ・レビュー」にはそんな秘密があって、だからこそハイスコープによる質の高い幼児教育は、成人後の生活にまで影響を与えるのでしょう。

だとしたら、私たちもやってみるべきでしょう 幼児に限る必要はありません。(中略)頭の中にある一つ一つの計画を言葉にし、行動したら振り返ってみるのはどうでしょうか。P166

 

◆「計画する」「振り返る」のカギは言語化にあって、言葉にするという過程で大脳新皮質を刺激します。

 

という指摘に衝撃を受けた。

 自分一人では言語化の必要がない。他者がいて、聞かれたり、説明したり、主張したりする必要があって、言語化しなくてはならなくなる。

 教師がいて、適切なタイミングで問いかけるから、子供は言語化に必要に迫られる。そして大脳新皮質が刺激されていく。「認知・言葉・抑制」を含む実行機能が育まれていく。

 

 「学習のめあてが大事だよ、学習の振り返りが大事だよ」という教育委員会の指導は、PLAN→DO→REVIEWに基づいているのか(違うかもしれない)。

 だとしたら、「めあてと振り返りなんて馬鹿馬鹿しい」と一蹴する態度も科学的ではない。

「めあてと振り返り」に意味を持たせられるかどうかは、教師の意識の問題だ。

 脳を成長させることの典型が「思考の言語化」で、それは、

※大学入試の国語問題(文学)は、およそ、ハイコンテクストをローコンテクストに言語表現することが基本なのかも。

と重なってくる。この件は次の投稿で。

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May 08, 2022

「ABC分析」ではなく「ABC理論」

「ABC分析」は、応用行動分析の中で、どうすれば望ましい行動を増やしたり、問題行動を減らしたりできるのか、適切な対応方法を導き出す手法。

・Antecedents(先行条件)「△△のときに」(行動が起こる直前の環境)
・Behavior (行動)     「〇〇をしたら」
・Consequences (結果)「その結果□□になった」(行動の直後に起きた環境の変化)
の3つで行動を分析すること。
おやおや、このABC分析を復習していたら、別のABCを検索してしまった。
【ABC理論】
・【Activating events】出来事を、
・【Belief】どのように受け取るか、(思考・信念・考え方)によって
・【Consequences】結論(感情・行動)が決まる。
この考え方をABC理論といいます。アメリカの臨床心理学者であるアルバート・エリス(AlvertEllis)が1955年に提唱しました。
ABC理論で一番大事なのは、B:ビリーフです。全く同じ出来事を経験しても、ある人は激しくへこみ、ある人は喜ぶといった違いは個人の「ビリーフ」からきている、と考えられています。
出来事(A)に対する受け止め方(B)で、結果(C)が変わる。
「失敗は成功の元」と考えていれば、失敗は失敗でなくなるように、自分がポジテイブかネガテイブかで結果(の解釈)が変わってくる。
なるほど。
信念(B)は、悪く言えば「思い込み・決めつけ・先入観・固定概念・偏見」。
その信念を変えるとマイナスがプラスに見えてくる。
「リフレーミング」「プラス思考」・・・。
たぶん、多くの先生方が「ABC理論」などと意識せずに、「リフレーミング」や「プラス思考」の授業(思考訓練)をされていると思う。
今や高学年でも「ポジティブ(ネガテイブ)」という言葉を自然に使う。
 A  +  B    = C
状況 + 受け止め方 =見え方
不変 + 可変   =見え方
という式は、「変えられないものに固執せず、変えられるものを変えよう」を示している。
自分の「受け止め方」が変われば「見え方」が変わるのだ。
「過去と他人は変えられない」とは、よく言ったもので、
「変えられることは変える努力をしましょう。変えられないことはそのまま受け入れましょう」
というテレフォン人生相談の加藤諦三氏の言葉も、その延長上にある(と思う)。
ABC理論とは、認知行動療法のルーツとなった論理療法の中心的な理論であり、
論理療法は、考え方を変えることで心の問題の解消を目指す心理療法です。
以前、「ポジテイブ心理学」(1998年にセリグマンが提唱)について調べたことがあった。
ポジテイブ感情・レジリエンス・マインドセット・グリット
・オプティミズム(楽観主義)・PTG・フローなどなど。
ABC理論(論理療法)は、それ以前の学問だ。
「プラス思考の授業いいね」ではなく、その学問的なルーツにも少しはこだわっていきたい。
学問は順序正しく系統立てて学んでいかないと、独善的な理解になるので注意しよう。

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用意周到な先生

配慮のできる先生を見た。

(1)夕方、教室に見にいくと、教卓のことで悩んでいる。
「ちょっと高いから黒板が見えにくいんです。どけていいですか?」と言う。
確かに一番前の席の子には邪魔になる高さだ。
翌日には、高い教卓が教室の隅によけてあった。
(2)授業参観に自己紹介カードを掲示するかと聞くと、
「イラストや自己紹介が苦手な子が一人いるから、やめておこうと思います。保護者が見るのに、おかしなカードがあってはかわいそうだ」と言う。
代わりに専科の先生の習字作品を掲示すると言う。
専科の指導だから口を出すのは難しいが、ひどい字があったら書き直ししておいてあげてねと伝えた。
過去、道具忘れで一つ前二つ前の習字が参観時に平然と掲示してあるクラスもあったし、筆の悪さもあってあまりにひどい文字なのに堂々と掲示してあるクラスもあった。欠席した子の自己紹介カードがないこともあった。
これらは、せっかくの参観時にわざわざ信用を失う行為だ。
(3)ローマ字を実物投影機に映して書かせるのに、ローマ字の罫線を使うか、ローマ字練習帳をそのまま映すかも迷っていた。
板書の配色もあれこれ工夫しようとしていた。
迷うのはそれだけ意識しているということで、いろんなところで配慮ができる先生だと感心した。
(4)授業中も、必要でないものは机上に置かないことも念押しがされていた。整然とした環境で気持ちが良い。
(5)3年生の割り算の導入でブロックを使うのをやめた。ブロックを使うとバラバラになって授業に集中できないからというので、クラスルームにデジタル教科書のリンク先を入れて、デジタル教科書のブロックを操作させていた。
教壇に向かう意識が高い。それが事前の想定がしっかりしているということだ。

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April 28, 2022

漢字の読み書きのつまずきについて

かつて、漢字の読み書きのつまずきについて(発見と対策)という1枚のレジメを配布した。

『実践障害児教育』2013年に連載された「読み書きのつまずき発見は支援のチャンス!」村井敏宏氏を参考にした。


1 漢字の難しさには、3点あります。
(1)習う文字が多いこと。
特に3・4年生は1年間で200文字を学習するので大変です。

(2)画数が多く、形が複雑な漢字があること。
小学校で20画の漢字もあるので大変です。

(3)複数の読み方の漢字があること。
読み方を文脈で判断する必要があるので大変です。


2 漢字の誤り=漢字の混同には3要素があります。
(1)同じ音の漢字(同音異字)と混同する子。 

「意味」の習得が不十分な場合、
「黒板→国板」「多い→大い」のような間違いを起こします。

対策① 部首の意味や漢字の意味を意識させる。
対策② 低学年では、絵と漢字とを対応させる。

(2)似た意味の漢字と混同する子。
「音」の習得が不十分な場合、
「ふゆ→雪」「にく→牛」「先生→生先」のような間違いを起こします。

読みがなから漢字が思い出しにくい子や、漢字のまとめのテストで点がとれない子に多いです。

対策① 漢字の練習時には読みを唱えさせる。
対策② 文章中の漢字や熟語を読む練習をしっかりさせる。
対策③ 意味のつながりで漢字を覚えることは得意なので、漢字の「仲間集め」もよい。

(3)漢字の形を混同する子。
 「形」の習得が不十分な場合で、次のような間違いのパターンがあります。  

①形の似た漢字との誤り
・・教える→考える、親友→新友
②部分的な形の誤り
・・・線が1本足りない、点の数が多い、線が突き出ているなど
③全体的な誤り
・・・部首の一部が別の字、形が大きくゆがんでいるなど
④部首の配置の誤り
・・・へんとつくりが逆・部首に位置が違うなど

時間をかけて練習していてもなかなか漢字を覚えられない子の中には、練習しながら別のことを考えたり、偏だけを先に書いたりして、覚えるための練習になっていない場合が多いそうです。

対策① 漢字の部首やパーツを意識させると、一画ずつ覚えるよりもまとまりで覚えられるので効率的だそうです。
たとえば16画の「親」の字も、「立つ」「木」「見る」の3パーツで覚えれば習得しやすい。

部首やパーツの意味を意識すると、漢字を覚える手がかりも増えるので、漢字は丸暗記でなく、語源を意識させるとよい。

対策② 少ない練習回数でも、部首の意味を考え、部首の名前を唱え、漢字の読み方も言いながら練習すると漢字が覚えやすい。

対策③ 鉛筆でノートに書くのが遅い子は、失敗が苦にならない指書きを多くさせると、練習量が増えて、定着しやすい。

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「学習性無力感」への対応

光村WEBマガジンの「子ども理解の『そこ大事!』」(川上康則氏)は、非常に役立つ連載だった。
引用するとキリがないが、たとえば「学習性無力感」。少し改変して以下に示す。

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中学校や高校で、ノートを開くこともせず、ただ机に突っ伏し続ける生徒がいます。
「やる気が起きない」という無気力な状態を、アメリカの心理学者マーティン・セリグマンは「学習性無力感(Learned Helplessness)」とよびました。学習性無力感とは、「自分の行動が結果を伴わないことを何度も経験していくうちに、やがて何をしても無意味だと思うようになっていき、たとえ結果を変えられるような場面でも自分から行動を起こさない状態」をいいます。学習性無力感の状態に陥ると、人は「次は成功するかもしれない」という期待や、「再度挑戦してみよう」という意欲をもてなくなると考えられています。


生徒がすでに学習性無力感に陥っているケースでは、「やってみよう」という意欲が湧かないところからのアプローチを考えなければなりません。一回誘ったくらいでは行動につながりません。懇切丁寧な関わりを繰り返し、「この人となら、がんばってみてもいいかな」と、その子が思えるような関係づくりから始める必要があります。

また、「やってもうまくいかなかった」という経験の直後に、一緒にその原因について考え直す習慣を作ることです。結果の原因について考え直すことを「再帰属」といいます。ミスやエラーの原因を丁寧に分析したうえで、「こうすればうまくできそうだ」という方法を見つけることができたり、「別のやり方で乗り越えられそうだ」と方略を見直すことができたりすると、前向きな気持ちになります。
そうした再帰属を後押しする大人や仲間の存在は、あきらめ感や無気力感を軽減させていくのです。

https://www.mitsumura-tosho.co.jp/webmaga/kodomo_rikai/detail03.html
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セリグマンの実験は、電気ショックを与えられ続けた犬は逃げる気力を失ってしまうというものだ。

苦労を重ねた先生なら、学習課題に積極的に取り組めなかったり、拒否したりする「学習性無力感」の子どもの気持ちが痛いほど分かる。
失敗を重ねた先生ほど、結果が伴わない生徒に寄り添い温かく声をかける教師になれる。
もちろん、「どうせ何をやっても駄目だ」のモードに入る前に、失敗体験を未然に防ぐことができたら、もっと良いだろう。無力感に陥ると分かっていて、そこに追い込む教師にはなりたくない。

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April 27, 2022

自分の成長を恐れる「ヨナ・コンプレックス」

現状を打破するモチベーションを保つのは難しい。

かつて的を得たワードがあったよなと探してみたら、「ヨナ・コンプレックス」だった。

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アメリカの心理学者アブラハム・マズローは、自分の能力を発揮することを恐れる傾向を「ヨナ・コンプレックス」と名づけた。旧約聖書の中で、自分の使命を果たすことから逃げようとする預言者、ヨナにちなんでこの名前がつけられた。
 「できない自分」でいることは残念で困ったことのようだが、一方で「安定」はしている。「できない自分」が「できる自分」になってしまうと、世界が変わってしまう。何よりも自分が変わる。
 「できる自分」になって、自分や世界が変わるのは不安だから、「できない自分」のままがいい。そんなふうに現状維持をよしとする傾向が、私たちの中にはある。

 PREDIDENT 2019・11.29 「世界一の発想」茂木健一郎
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◆自分の敵は自分
◆リミッターを外せ
◆ぬるま湯(コンフォートゾーン)から抜け出せ

なども同じだ。

もっともっと自分を変えていこうと思う反面、ひっそりとマイペースでやっていればいいじゃないかという思いがふとよぎる。

自分にも、ヨナ・コンプレックスがあったのだとよく分かる。
分かるからこそ、断ち切らねばならない。

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April 20, 2022

明日はきっといい日になる

明日はきっといい日になる いい日になる いい日になるのさ

笑い合えたらいい日になる いい日になる いい日になるのさ

今日よりずっといい日になる いい日になる いい日にするのさ

君が笑えばいい日になる いい日になる いい日になるでしょう

 

コマーシャルで聞いた程度だったので、最後まで聞いたことはなかったが、先日、たまたま最後の部分を聞いた。

 

いい日になる

いい日にする

 

何度も出てくるフレーズの中で、一箇所だけ「いい日にする」が出てくる。

そう、いい日になるかどうかを望むだけでは他人任せだから、

本当にいい日にしたければ、自分でいい日にするしかないのだ。

冒頭に示したラスト4行は、まさに起承転結になっている。

すごいな。

 

高橋優初監督MV作品「明日はきっといい日になる」オモクリ監督エディットバージョン(Short size

高橋優初監督MV作品「明日はきっといい日になる」オモクリ監督エディットバージョン(Short size)

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