March 28, 2020

マスク着用が必須となると、教師の対応は変わってくる

 

TOSSが作成した「授業力トレーニングテキスト」の13ページに「あたたかな表情(笑顔)」という項目がある。
 
 ① 授業の開始を笑顔で始めている。(1点)
 ② あたたかな笑顔を最後まで保持している。(1点)
 ③ 場面に応じて表情を豊かに使い分けている。( 1点)
 
 子ども達は、教師が思っている以上に教師の表情や雰囲気に敏感である。
教師が怒った表情で教室に入ってくれば、「先生、何かあったかな。」と身構えたり、具合が悪そうな表
情であれば「大丈夫かな。」と心配したりしてしまう。
 教師の表情は、子ども達にとって非常に強い刺激物でもあるのだ。
 だからこそ、教師は授業の開始を笑顔で始められることが「前提条件」なのである。
 当然のことであるが、授業の開始に笑顔になれなければ、次の項目である「②あたたかな笑顔を最
後まで保持している。」ことも、「③場面に応じて表情を豊かに使い分けている。」こともできはしない
だろう。

http://toss.gr.jp/kyoushiryoku/wp-content/uploads/2017/04/training-text.pdf
 

・・・次年度、教師も子どもも「マスク着用」が必須となると、「笑顔」「豊かな表情」や非言語の対応がかなり困難になる。
「セレトニン」の分泌を促す5つのポイントについても、感染対策に伴い、かなり困難になる。

○「見つめる」「ほめる」
×「ほほえむ」
△「話しかける」「ふれる」

「口元がゆるむ」という笑顔の効用が激減するとなると、それをどう埋め合わせていくかを考えないと、子どもとのコミュニケーションづくりがうまくいかなくなる。出会いの印象も悪くなる。
 

①マスクからはみ出すような大げさな笑顔。目尻を下げて笑っていることをはっきり伝える。

②声の強弱やトーンで感情を伝える
③「バンザイ」など、身振りで表現する
④「OK」などのハンドサインで表現する
⑤意図的に拍手を増やす
⑥「すごいね」「やったね」のようなカードを多用する
⑦「すごいね」「やったね」のようなスタンプを多用する
⑧「すごいね」「やったね」のようなシールを多用する
⑨(濃厚接触にならない程度)の「握手」や「ハイタッチ」を使う。
⑩(濃厚接触を配慮して)原監督の「グータッチ」を使う。
11一筆箋・連絡帳、ミニ賞状を使う。

などと考えてみたが「笑顔・あたたかな表情」が伝わらないことのハンデは大きい。
少なくとも、そのハンデはあることを前提に、学級づくりや「出会いのドラマ」を作る戦略を立てる必要がある。

※それにしても、あらためてTOSSのトレーニングテキストはすごい。



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March 20, 2020

映画「フクシマ50」  〜9年前は騙されていた〜

映画「フクシマ50」を観た。観客の少なそうな時間帯を選んだので、本当に少なかった。

東電所員の決死の対応でギリギリ助かっただけで、あと一歩間違ったら日本は甚大な被害をもたらすところだった。

・・・この事実は、その後の報道で聞いて知っていたつもりだが、ここまでギリギリだとは思わなかった。
例えば「「炉心溶融」「メルトダウン」といった言葉を使わないように指示があったといった記事も目にしてはいた。
https://toyokeizai.net/articles/-/123129

震災直後の原発のニュースは注意深く見ていたつもりだ。
ベントが重要だと何度も強調していた。建屋が炎上するシーンも見た。近隣住民が避難するシーンも見た。
米軍が早々に家族をアメリカ本土に帰国させたという噂も聞いた。
しかし、自分に「正常化バイアス」があったのだろう。
これほど危機一髪であったという感覚はなかった。

映画を観ながら「作られたシーン」ではなく、実際の報道場面を見せてほしいと何度も思った。

今、新聞やテレビはウイルス感染拡大で過度に不安を煽っているが、当時の原発事故はどうだっただろうか。
自分は「いたずらに不安を煽っているな」と冷ややかに見ていた記憶がある。
実際に、数日後は安定したので、マスコミは大げさに報じただけだと思っていた。
しかし、メルトダウンの報道は決して大げさではなかった。
むしろマスコミも本当にあそこまで危機が迫っていたという自覚がなかったのではと、今は思う。

当時、相当な危機意識を持って原発現場のニュースを観ていた人も多いと思う。
しかし、自分は油断していたのだということが、今回の映画を観てよく分かった。

「相変わらずマスコミは大げさに危機を煽っているな」と決めつける自分にはエビデンスがあるのか、そこをきちんと見極めていかねばならない。
 

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March 07, 2020

「成功志向」と「成長志向」は全く違う!

ビリギャルでベストセラーになった坪田信貴氏のメモ書きがある。
出典がないので、検証できないが、触発された自分のメモと言えるかもしれない。

①間違った答えを発表しても、まずは発表したことを認めてあげよ。
②否定する前に、瞬時に肯定的なリアクションをせよ 。
③「やればできる」とは限らないから、軽々しく「やればできる」と言ってはいけない。
 練習すれば上達はするから「やれば伸びる」といえばいい。
   結果ではなく成長を認めよう。
④「成功」を目指すと「失敗」を恐れる。「失敗」しないために「挑戦」をやめてしまう。
 「成長」をめざせば、「失敗」が糧になる。
  だから「成功しよう」ではなく「成長しよう」

なるほど。
失敗と成功を対で考えるから失敗を恐れてしまうのだ。
「失敗しない唯一の方法は何もしないこと。」とよく言われる通りだ。
何もしなければ失敗しないが、成功もしない。何も変わらない。 
失敗と成功が混在になって「成長」なのだ。

  「諦めなければ夢は叶う」という表現に懐疑的なので、自分の気に入ったところだけ恣意的に抜き出したり、まとめたりしている。
「努力論」は、ずっと自分の意識下にあるので、いつも同じところをグルグルしている。

「成功志向」ではなく、「成長志向」

やや難しいこの言葉の違いを子供に納得させるには、どんな語りがいいだろうか。
そこをきちんと詰めていかないと、意味がない。

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March 05, 2020

論理化=具体化と抽象化の往復作業

例えば、自分の好き嫌いを分析する場合は、具体化して考えてみる(実話ではありません)。

①カツ丼いいなあ。
②ラーメンもいいなあ。
③チャーハンもいいなあ。

その後、①②③の3つの具体例から共通項を見出す。

◆ということは、結局、俺って脂っこいものが好きなんだ。
◆色々あるけど、要するに俺って脂っこいものが好きなんだ。

これが「抽象化」である。
キーワードは

「ということは」「つまり」「要するに」「結局」

だ。

その後、「抽象化」から再度「具体化」を導く。

◆ということは、俺って天ぷらも好きかな。うん、確かにそうだ。
◆ということは、俺って魚より肉が好きかな。うん、確かにそうだ。

 具体と抽象の往復活動・・・それが「論理化」である。

 楠木建氏の「経営センスの論理」(新潮選書)の6章。

「思考の論理」ということで、「抽象」と「具体」の往復運動について数ページ書いてある。


◆抽象的な思考がなければ具体についての深い理解や具体的なアクションは生まれない。P211
◆実務経験がある人でも、具体的な経験はしょせんある仕事や業界の範囲に限定されている。抽象と具体の往復運動ができない人は、いまそこにある具体に縛られるあまり、ちょっと違った世界に行くとさっぱり力が発揮できなくなってしまう。
また、同じ業界や企業で仕事を続けていても、「抽象化や論理化ができない人は、同じような失敗を繰り返す。ごく具体的な詳細のレベルでは、ひとつとして同じ仕事はないからだ。
必ず少しずつ違ってくる。抽象化で問題の本質を押さえておかないと、論理的には似たような問題に直面したときでも、せっかくの具体的な経験をいかすことができなくなる。P217\

・・・「授業の腕をあげる法則」の10原則は、いはば「抽象化」だ。

この原則は、具体例が身に染みるから、体に入って来る。
体験の少ない学生よりは、数年、学級がうまくいかない体験をした先生の方が、具体例に共感できるから、抽象化された10の原則の意味や価値に気づくことができる。
そして、10の原則が、自分のふだんの授業行為、指導場面のどこでどういかせばよいかを具体的に考え実行してみることで、その原則の意味や価値にさらに気づくことができる。


これが「抽象と具体の往復」だ。

「抽象から具体」が弱い人は、書籍に載った場面でしか追試できない。原則を自分の実践に応用できずに終わってしまう。
「具体から抽象」が弱い人は、自分がうまくいったとき・自分がうまくいかなかったときの原因を、共通化できない。うまくいった実践が「たまたま」で終わったり、うなくいかなかった指導をその後も繰り返したりする恐れがある。

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March 02, 2020

今の状況は、選択肢じゃない!


ツイッターでの、YOSHIKIの発言は、ポエムのようで、さすがだと思った。

コンサートをキャンセルすることが、どれだけ大変なことなのかを、
多分自分は知っている。
だけど今の状況は、選択肢じゃないような気がする。
命より大切なものなんてないと思う。
だからこそ自分も含めて、冷静な判断が必要。
皆さんの安全を祈っています。

 

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 週末のダイアリーで、決断の難しさについて、次の箇所を引用した。

◆決断は常に「良いこと」と「良いこと」、もしくは「悪いこと」と「悪いこと」のどちらを選ぶのかという問題である。ここに決断の難しさがある。
良いことと悪いことであれば、前者を選べばいいに決まっている。そんな仕事は誰にでもできる。そもそも「決断」は必要ない。

 

これになぞらえると次のようになる。

◆命に関わることとそれ以外であれば、前者を選べばいいに決まっている。そもそも「決断」は必要ない。
 

こんな簡単な事を、わざわざ小難しく考えるから出口がなくなってしまうのだ。

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March 01, 2020

リーダーの一義的な役割は決断をすることである。

「週刊現代」3月7日号の「リレー読書日記」のコーナーが先日講演を聴いた楠木建氏担当だった。

安倍首相の英断と重ねて読むと興味深い指摘があったので、しっかり視写(視打)をする。

見出しをつけるなら「リーダーの一義的な役割は決断をすることである」だ。

 競争戦略論という分野で仕事をしている。戦略とは決断(の連鎖)であり、決断とは選択である。リーダーの一義的な役割は決断をすることである。
 ポイントは2つ。第1に、決断が選択である以上、複数の選択がなければならない。「◯◯せざるを得ない」という言葉を軽々に使う人はリーダーの要件を欠いている。これは単に「追い込まれている」のであり、もはや戦略ではない。
 第2に、真の戦略的意思決定は「良いこと」と「悪いこと」の間の選択ではない。決断は常に「良いこと」と「良いこと」、もしくは「悪いこと」と「悪いこと」のどちらを選ぶのかという問題である。ここに決断の難しさがある。
 良いことと悪いことであれば、前者を選べばいいに決まっている。そんな仕事は誰にでもできる。そもそも「決断」は必要ない。
 無能なリーダーは「一理ある」というフレーズを連発する。しかし、考えてみれば世の中に「一理もないこと」など存在しない。錯綜するさまざまな「理」のどれを捨てるか。これが決断の正体だ。それは定義からして「苦渋の決断」になる。(後略)


・・・「真の評価は歴史が決める」という通りである。明快で何も足せないし、何も引けない。こういう明快な文を自分で創り上げたいものだ。
 そしてまた自分も難しい決断に果敢に対処していきたい。

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February 24, 2020

日常では、リテラシー能力が求められている!

発熱の対処、マスクの必要性、民間の健康療法、サプリメントなどなど。

これらは、つくづく「情報リテラシー」だと思った。

薬の服用については、真逆な見解や極端な見解が平然と出回っている。

そんな薬はいらないとか、そんな治療は危険だとか。


例えば「文藝春秋」3月号の特集記事。
【特集】「ニセ科学」医療に騙されるな
本庶 佑 「『免疫療法』の正しい理解のために」
超高額「がん免疫療法」戦慄の実態 岩澤倫彦
ネットの医療情報にご用心<血液クレンジングだけじゃない> 朽木誠一郎
子宮頸がんワクチンは薬害ではない 吉村泰典
<外科医が教える>漢方薬はもっと有効に使える 新見正則
安直な「睡眠薬」使用が“廃人”をつくる 辰濃哲郎/坂口 直

インフルエンザの予防にマスクは効くとか効かないのか、人によってまちまち。
インフルエンザの予防接種は効果があるとかないとか、これも人によってまちまち。

少しでも効果があるなら、念のためやっておこうかと思う。
でも、効果がない方法なら、一喜一憂するのは、すごく無駄だ。

マスクが品切れで困っているが、本当に困る必要があるのかないのか。

どうして生死に関わる大事な問題なのに、真逆の見解が出回るのか。
フェイクニュースと同じように、薬のデマはきちんと取り締まってほしいと思う。

マスクが効くという人もいれば、効かないという人もいる。
手洗いが効くという人もいれば、効かないという人もいる。

というように賛否両論が多い中、これは間違いなく「効く」というものがある。
栄養を摂る、睡眠をとる・・・つまり、自然治癒力を高めることだ。
薬には副作用の心配があるが、自然治癒力に副作用はない。
自然治癒力を高めるための様々な方法を知り、必要以上に薬を使わないようにすることが大事だ。

テレビで感染症の専門家が言っていた。

「カギは免疫力」

◆どう免疫力をつけるか、
◆どうすると免疫力が落ちるのか
◆そもそもの免疫力のメカニズム

をしっかり勉強したい。

と同時に、病気や健康に関する間違ったニュースに惑わされないリテラシー能力を身に付けたい。

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「PISA型読解力は何を示唆するか」

「PISA型読解力は何を示唆するか」は、「現代教育科学」2006年9月号の特集テーマ。
最初のPISAショックが起きて、文科省の「読解力向上に関する指導資料」が出たことを受けた特集であった。
2019年末は、14年前と同じ議論をグルグルしているのだろうか。
ここまでの情報を整理してみる。

(1)2005年12月文部科学省より出された「読解力向上プログラム。「はじめに」で次のように書いてある。

◆なお、PISA調査の「読解力」とは、「Reading Literacy」の訳であるが、わが国の国語教育等で従来用いられてきた「読解」ないしは「読解力」という語の意味するところとは大きく異なるので、本プログラムでは単に「読解力」とはせずに、あえてPISA型「読解力」と表記することとした。
①数学的リテラシー
②科学的リテラシー 
③読解力リテラシー
であるべきところを、「読解力」としてしまった。
本来「Reading Literacy」と書くべきところを「PISA型読解力」と表記したと言いながら、冊子のタイトルは「読解力向上プログラム」。
ここに初動のミスがあると思う。
2019年になってもマスコミは「PISA型読解力」と書かずに、「読解力」と表記して騒ぐ。
問うているのは「Reading Literacy」なのだという前提が共有されない。
「PISA型」という注釈をつけても、いつしか「読解力」に置き換わってしまう。
◆リテラシーとは、特定分野の事象や情報を正しく理解・分析・整理した上で、自分の言葉で表現したり、判断したりする能力を指す
(「総合教育技術」2020年2月号の教育ジャーナルより)

 PISA調査の「Reading Literacy」は、従来の日本の読解力とは大きく異なることを理解した上での議論を期待したい。
(2)「Reading Literacy」に沿った具体的な対応が、学力テストB問題であり、2020年の大学入試記述問題であった。
 センター試験に代わって2020年度から行われる大学入学共通テスト(国語)は、これまで行われてきた全国学力調査問題と傾向が酷似していた。
==============
「大学入試が求めるもの」
①複数の種類の実用文を読ませる  
②複数の文章を組み合わせて考えさせる
③大量の情報を処理させる
④最大200字程度の文章を20分程度の短時間で書かせる
⑤多くの条件を踏まえた文章を書かせる
⑥誰かの立場で文章を書かせる

難波博孝氏(広島大学大学院教授)
東京書籍発行「教室の窓 Vol.55」
=============

この点について難波氏は次のように指摘していた。

==========
実はこの方向性は、文科省がずっと追い求めてきたことであった。小学校・中学校関係者の方ならすぐわかるだろうが、今まで10年以上行われてきた全国学力・学習状況調査のB問題と共通テストのここまで傾向はそっくりだからである。文科省は10年かけて、共通テストの基盤をつくってきたといえる。
============

 2018年11月、朝日新聞に掲載されたコメントも、同様の趣旨だ。

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文部科学省はこれまでも高校までに教える内容を決める学習指導要領で「思考力、判断力、表現力」を身につけるよう学校に求めてきた。
だが、高校では大学入試に向けた勉強に重点が置かれがちだ。
そこで大学入試も、より学習指導要領の内容に合わせるよう大きく変えることにした。
                            
朝日新聞 進学特集「20年度入試から共通テスト」2018/11/5朝刊
=============

授業を変えるためにゴールを決めた。入試を変えるというウルトラCを決行したのだ。
同様の指摘は「全国的な学力調査に関する専門家会議」の委員である田中博之氏も述べている。
冒頭の「現代教育教育」の特集でも執筆されている方だ。

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(2017年の大学入試試行調査は)全国学力・学習状況調査の問題と、とてもよく似ています。これは偶然ではなく、意図的に合わせているのです。つまり、記述力が全国学力・学習状況調査から大学入試まで一貫して問われる必須の学力になる、という画期的な出来事が起きようとしています。だからこそ、小中学校では一層B問題的な学力観を重視すべきなのです。  
「総合教育技術」2019.11月号 P43
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・・・「記述力が全国学力・学習状況調査から大学入試まで一貫して問われる必須の学力になる、という画期的な出来事が起きようとしています」が実現はずだった。土壇場になって、大学入試にまでつながる「PISA型読解力」が、無期延期になって混乱してしまったが、我々の問題意識まで延期するわけにはいかない。
学力テストを、無理矢理やらされているテストと捉えているようでは、PISA型読解力が身につくわけがない。
学力テストで問われているような内容を授業の中で行わない限り、PISA型読解力向上は望めないし、国際的な場で日本の生徒は活躍できない。

(3)直近の文科省のPISA読解力の見解は?

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 読解力についていえば、前回までは、「読解力」の定義は、書かれたテキスト(本や新聞など出所や校正・校閲がしっかりした書きもの)の中から「情報を探し出す」「字句の意味を理解する」「統合し、推論を創出する」「内容と形式について熟考する。」等でありました。つまり「従来型」の範囲内での「読解力」を問うものだったといえるでしょう。
 今回からは、オンライン上の様々なデジタルテキスト(ブログ、投稿文、宣伝サイト、メール文)など、文責が誰にあるのか、出所が定かであるのか、校正・校閲がしっかりなされているのかなどが一見明確ではない文書について、「質と信ぴょう性を評価したり」「矛盾を見つけ対処したりする」ことも求めており、問題自体もその7割がPC使用型調査のために開発された新規ものとなっています。つまり、前回までの「読解力」の調査からは大きく変化しているということです。
 OECDの責任者であるシュライヒャー局長も、現代社会においてデジタルの世界で求められる読解力に焦点を当てたこと、「フェイクニュース」が広がる世界での読解力がより重要な能力になっていることを明確に言及しており、今回のPISA調査は、これまでの「読解力」の範囲に加え「情報活用能力」をも求めていることは明らかだと思います。

初中教育ニュ-ス(初等中等教育局メ-ルマガジン)第373号(令和元年12月24日臨時号)
【矢野 文部科学省大臣官房審議官(初中教育担当) 特別寄稿】PISA調査2018とGIGAスクール構想
https://www.mext.go.jp/magazine/backnumber/1422844_00003....
====================

この審議官の言葉が一次資料なら、求められる読解力は
1 「情報を探し出す」
2 「字句の意味を理解する」
3 「統合し、推論を創出する」
4 「内容と形式について熟考する」
5 「質と信ぴょう性を評価する」
6 「矛盾を見つけ対処する」

となる。これを、

◆これまでの「読解力」に「情報活用能力」を加えたもの
◆新たな読解力(読解力と情報活用能力のハイブリッド型)

と呼んでいる。
これがまさに新学習指導要領の先の課題ということになるだろうか。
しかし、デジタルニュースの信ぴょう性を検討するスキルは、今後ますます「Reading Literacy」だ。
ハイブリッドなどと新たなワードを用いなくても、元々の「Reading Literacy」が一層重視されてきたのだとも理解できる。

ということで、「Reading Literacy」をオーソドックスにしなかった初動ミスではないかという思いが増している。

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February 23, 2020

PISA型読解力とクリテイカルシンキング

ロジカルシンキングと併せてクリティカルシンキングについては、ずっと関心を持ってきた。

PISA調査での読解力(リーディング・リテラシー)との関連で、批判的読み(クリティカル・リーディング)の重要性が話題になったからだが、元々は、宇佐美先生の著作に刺激を受けたことが発端だ。松本俊樹先生が今でも会うたびに話題にしてくださるが、法則化の初期に国語の説明文を批判的に検討したものだ。

「論理的思考力を育てる!批判的読み(クリティカル・リーディング)の授業づくり」(明治図書)という本を2年前に買ったはずだが、「積ん読」の末に、行方不明になってしまった。

ネットで改めて前書きを読む。なるほど、そうであった。

この前書きだけで、いたく感心したのだ。

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 批判的読み―この読み方を取り入れることは、説明的文章の授業を改革していくための鍵である。本書では、その意義と内容、そしてそれを取り入れた授業づくりのポイントを具体的、実践的に記した。限られた紙幅の中での不十分さはあるが、研究、実践面での議論が進展することを願って、可能な範囲で体系的、構造的にも示したつもりである。

 批判的読みは、PISA調査における読解力(リーディング・リテラシー)として注目されることになったクリティカル・リーディングでもある。批判的ということばは、日本語のニュアンスとしてはマイナスイメージがあるが、この読みは粗探しをするためのものではない。文句をつけることを奨励する読みでもない。納得できることはよしとし、腑に落ちないことはそのまま受け入れることはしない読み、文章(=筆者のものの見方や考え方)に対する自分の意見をしっかりともつ読みである。これは、高度情報社会には必須の読みの力であり、自己を確立していくためにも是非身に付けておきたい力である。

 これまで説明的文章領域では、こうした読み方が、研究者や一部の実践家を除いては、なかなか広まらなかった。それでも、先のPISA調査の影響を受けて、ここ十年くらいでずいぶんと様子が違ってきているのも事実である。

 折しも、平成二九年版の学習指導要領が告示され、国語科の「内容」の〔知識及び技能〕の項目の中に「話や文章に含まれている情報の扱い方に関する」事項が位置付いた。そこでは「事柄の順序」「原因と結果」「具体と抽象」等の論理的思考力を使って「情報と情報との関係」を理解することが要請されている。説明的文章の学習指導はその担い手として、いっそう重要となった。

 また、中学校第三学年の「読むこと」領域の内容には「イ 文章を批判的に読みながら、文章に表れているものの見方や考え方について考えること。」と明示された。義務教育最終学年に、批判的読みが位置付いたということは、小・中学校の九年間をかけて批判的読みの授業を積極的に展開し、こうした読みの力を身に付けさせるように、というメッセージである。

 筆者に立ち向かい、自分の考えをつくっていく批判的読み。そうした批判的読みを楽しむ説明的文章の授業が、多くの教室で行われるように願っている。本書が、そのための一助となれば幸いである。

https://www.meijitosho.co.jp/detail/4-18-234728-3

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・・・併せて「立ち読み」コーナーを読むと、1971年に倉沢栄吉が、以下の点が重要だと指摘したことが紹介されている。

(テキストの意味それ自体に担いがあるのではなく)その意味が、どういう人から、何のために送られてきたか

・・・書かれた内容を鵜呑みにしない「自立した読者」であるべきだと。これが批判的な読みのスタンスだ。宇佐美氏は「喧嘩読み」とも書いている。

なるほど、ネットによる著者不明の情報が溢れる現代こそ、倉澤の指摘は重みを増している。著者もそのことを強調している。

ただ、PISA型読解力=リーディング・リテラシーと、「クリティカル・リーディング」の異同となると、これまた、明快な解説が見当たらず、私は結局保留してしまったいた。

いろいろあって後回しになっていたので、改めて自分なりのアプローチで整理したい。

PISA型読解力に対応する指導をするには、どんな要素が必要かを検討するためだ。

PISA型読解力対策の事例の中に、フェイクニュースがないかを、しっかり見極めるためでもある。

著者吉川氏の以下のインタビュー記事を読んで、改めて疑問に思うのは

◆では、「クリテイカルシンキング」と、「リテラシー」はどう異なるのか

ということだ。

https://www.meijitosho.co.jp/eduzine/interview/?id=20180018

以下の学術論文を読むと、その違いは結構ややこしいのだ。

https://www.jstage.jst.go.jp/article/sjpr/60/2/60_163/_pdf/-char/en

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危機管理のあり方

 自分はツイッターしていないが、検索したら、2月16日に有本香氏が次のように発信していた。

◆お化け屋敷がなぜ怖いか。暗くて見えない中を進むうちに、あちらに一つ、こちらに一つお化けが出て来るから恐怖心を煽られる。
国民の心理を考えたら、こういう「お化け屋敷」発信は最悪のやり方。日本人だから世論が荒れないだけのこと。広報のプロを入れたほうがいい。

◆初めに「全員検査」とアナウンス ⇒ 現実的でないので体調不良者のみ ⇒ 感染拡大 ⇒ 全員検査へ。
これも「お化け屋敷広報」+「戦力逐次投入」という最悪のパターン。

https://twitter.com/arimoto_kaori/status/1228839893368881152


 「お化け屋敷広報」は初耳。

 「戦力逐次投入」は、少しだけ記憶があるが理解不十分。

 ツイッターを検索したのは、「虎ノ門ニュース」2月20日(木)の有本香氏の話で、開始43分頃に「リスクマネジメント」で同様の指摘があったからだ。

 以下の部分は私の責任でまとめたもの。

◆最初に、大きく網をかけてだんだん小さくしていくのがリスクマネジメントの基本。
「大きすぎる蓋で押さえ込め。」大丈夫だったら徐々にだんだん蓋を開けていけばいい。
徐々に危機管理レベルを上げていくのが心理的に一番まずい。これが、「お化け屋敷」理論。
お化け屋敷では、一番怖いお化けは最初から出てこない。この、ちょっとずつ悪い情報・だんだん悪くなってくる情報を提示するのが心理的に悪い企業広報のパターン。投資家が信用しないのは、ちょっとずつ悪い情報が出てくること。

・・・司会の居島一平氏が、ガダルカナル島の戦いのようだと評したが、これが「戦力の逐次投入」の典型例。

◆ガダルカナル島の戦いでは、「戦力の逐次投入」の愚かさも『失敗の本質』で指摘されました。問題の大きさを正しく把握せず、小出しに解決策を出して自滅していくことです。
https://diamond.jp/articles/-/98447?page=2

・・・中日新聞の本日2月23日の「視座」の欄。宇野重規氏が「危機に備える哲学」と題した論考の中で、災害対応の経験がある自治体首長の話を紹介されていた。

===========
(前略)その首長は言った。「危機を管理することはできないが、対応することはできる。」管理と対応はどう違うのだろうか。
 災害などの危機にあたって、その危機を完全に管理することはできないとしても、「追い抜かれない」ことが大事だという。言い換えると、初動において、」なるべく「大風呂敷を広げる」ことが求められる。迅速に、可能な限りの対応を取るべきで、その決断が重要である。なるほど、多くの場合、そこまでの対応は不要だったという結果になるだろう。とはいえ、そのような対応は、来るべき大災害に対する良い訓練になる。
 逆に、初期の段階で小出しに対応すると、」危機が深刻だった場合、取り返しがつかないことになる。いったん後れをとると、対応は後手後手になり、災害に「追いつく」ことができないからだ。

=============

・・・初動の大切さがよく分かる。

  「初動」でいうと、この宇野氏の意見が悪いという意味ではないが、有本氏は以前の放送で「後出しジャンケン」のことも述べていた。
 後になってから「こうすべきだった」「自分もそう思っていた」というのは簡単だ。

 宇野氏の論考の中で、もう1つ印象に残ったのは、次の箇所だ。
==========
 その首長がまず指摘したのは「危機を管理する」という発想そのものが、人間の傲慢さを示しているということであった。「危機管理」という言葉には、危機は予測可能であり、ゆえにコントロールできるという発想が込められている。しかし、予測できない事態だからこそ危機なのであり、完全に予測することなどできるはずがない。
===========
 
 ちなみに、この日の中日新聞の社説は「恐れのなさに恐れ入る」。当然、コロナウイルスの件での政府の対応を批判しているかと思ったら、「桜を見る会」。
 いまだに桜を論じる中日新聞の対応に「恐れのなさに恐れ入る」であった。

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February 11, 2020

「PISA型読解力」をどう捉えるのか?

平成1712月文部科学省より出された「読解力向上プログラム」に、PISA型「読解力」の定義がある。

自らの目標を達成し、自らの知識と可能性を発達させ、効果的に社会に参加するために、書かれたテキストを理解し、利用し、熟考する能力

なお、PISA調査の「読解力」とは、「Reading Literacy」の訳であるが、わが国の国語教育等で従来用いられてきた「読解」ないしは「読解力」という語の意味するところとは大きく異なるので、本プログラムでは単に「読解力」とはせずに、あえてPISA型「読解力」と表記することとした。

・・・本来、「Reading Literacy」と書くべきところを「PISA型読解力」としてしまった。

なのに、冊子のタイトルは「読解力向上プログラム」。

従来の「読解力」とは大きく異なると明記しているが、世の中は保守的なので結局意識が変わらない。

2019年になってもマスコミは「PISA型読解力」「Reading Literacy」と書かずに、「読解力」と表記して騒ぐ。

そして順位が下がると従来型の読解力の強化を図る。

ダメじゃん。

PISA調査の「Reading Literacy」は、従来の日本の読解力とは大きく異なる。

Reading Literacy」に沿った対応をしなくては成果が上がるわけがない。

それが、学力テスト、大学入試問題であったはずだ。

せめて、教師は、従来の読解力と、「PISA型読解力」を明確に区別して、その対応策を意識するべきだ。

それでも曖昧なら、やはり原点に戻って「Reading Literacy」の言葉を用いた方がいい。

①ハイブリッド読解力

PISA型読解力=Reading Literacy

③基礎的読解力

④基盤的学力

⑤情報リテラシー

⑥汎用的読解力

これらが同じ意味なら、多種多様な言葉を使う必要もない。

人によって多様に解釈される危険があるなら、しっかり整理しないと、進むべき方向がずれていく。

 

※なお、紛らわしい概念に「クリテイカル・シンキング」がある。

この「批判的思考」と「リテラシー 」も極めて近い概念で、厄介なのだ。

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February 01, 2020

ラグビーは理不尽なスポーツ?

ラグビーは自分の思い通りにならない理不尽なスポーツだと聞いたことがある。
楕円のボールはまっすぐ転がらないし、味方へのパスは後ろにしないといけない。
人生と同じで、思うようにいかないものなのかと思っていた。

ところが。

この楕円のボール軌道について、ワールドカップ後の選手のインタビューで、コロコロ2回転がったら次は上に弾むことがわかっているので、そこをうまくキャッチしてトライしたという言葉を聞いてビックリした。
ラグビーは決して「思うようにいかない」スポーツではないのだ。

さて、古い学校新聞に、このラグビーボールの軌道を扱った文を見つけた。
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(前略)「運」に左右されることの多いスポーツのように思われます。しかし、「ほんの一瞬のプレーのために真剣に練習を積み重ねていけば、必ずボールを支配できる。」とも言われています。
事実、繰り返し繰り返し練習をすることで、地面に落ちたボールがどちらに転がるかある程度予測できようになるし、さらには自分の思い通りの方向に転がるようにボールをけることもできるようになるのだそうです。、まさに「努力は運を支配する」ということなのです。
 皆さんも地道な努力を積み重ねていけば、「運」まで味方につけることができると信じて、最後まであきらめることなく、自分の目標や夢を達成してほしいと思います。皆さんの今後の活躍を期待しています。
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・・・なるほど。「努力は運を支配する」は見事だ。

子どもには難しいかもしれないが、大人には染みる。
すぐには分からなくても、大人になって思い出してもらえたら効果を発揮する話なのだと思う。

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January 26, 2020

2月16日(日)椿原正和先生の春日井講演会について

日頃から懇意にしていただいている熊本の椿原正和先生を春日井市にお招きする事になりました。

  2月16日(日)14:00〜16:00

  春日井市総合体育館会議室です。

翌週、東北大学で行われる椿原先生の情報リテラシー講座は1日で満席となりました。

この機会にたくさんの先生方にご参加いただければ幸いです。どうぞ、お知り合いの先生をお誘いください。よろしくお願いします。

SENSEIポータルhttps://senseiportal.com/events/56014

 

 椿原正和先生は、今年度で教職を退職し、教育アドバイザーとして全国各地を回ることになりました。すでに100校の校内研修の講師依頼が来ています。

 昨年末は、PISA2018の結果(読解力低下の話題)と、大学入試共通テストの記述式問題の見送りで教育界が揺れました。

 グローバル化の進展や産業構造の転換により、「思考力・判断力・表現力」が喫緊の課題であると言われながら、記述式問題は見送りとなりました。

 しかし、「記述式は答えが多様なので採点が大変で、バラツキが生じる」という受験生や保護者の不安は誤解です。記述式問題は、与えられた情報と条件をきちんと読み取れば一定の解答ができます。模範解答と自分の解答を比較して自己採点することも決して難しくありません。

 椿原先生は、昨年12月に行われた日本教育技術学会(京都大学大会)で5年生の子どもたちに学テB問題を授業しましたが、どの子の答えもほとんど同じになりました。昨年10月には八王子東高校の2年生相手に大学入試共通テストのプレ問題を授業しましたが、どの生徒の答えもほとんど同じになりました。

 与えられた条件に合わせて、情報を読み取り、正しく再構成することが記述式問題で問われている能力です。中教審委員の堀田龍也教授は「基盤的学力」という言葉を使っていますが、これも同じです。

Society5.0 に向けた教育内容・学習方法おける深い学びを実現すること

③【 基盤的学力】 Web等からの情報を適切に取り出すために必要な読解力,多くの情報を比較したり整理したりできる思考スキルの育成

https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/083/siryo/__icsFiles/afieldfile/2019/12/04/1420013_003.pdf

 

 2月16日(日)の椿原先生には、大学入試共通テストのプレ問題に触れていただきながら、どの教科でも使える汎用的読解力の指導法についてお話しいただく予定です。

 

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「初等中等教育局メールマガジン」に着目

初中教育ニュ-ス(初等中等教育局メ-ルマガジン)第376 2020/1/24□

https://www.mext.go.jp/magazine/backnumber/1422844_00007.htm

 

着目したのは、合田課長のコラム

【コラム】年末年始に先生方と対話して考えたこと -2020年を前にした3つの懸念を軸に-

〔初等中等教育局財務課 課長 合田 哲雄〕

このメルマガは、分量が多く強調部分がないので、自分に問題意識でピックアップするしかない。以下、意図的に抜粋し、太字にもしてみた。

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 では、「子供たちが未来社会を自立して切り拓くための資質・能力」って何でしょうか。人工知能(AI)の飛躍的進化やSociety5.0時代だから、プログラミングができて、英語を流暢に話せることでしょうか。そういう表層的なことではないですよね。

 ~中略~

教科書や新聞、新書などの内容を頭でベン図などを描きながら構造的に正確に読み取る力、

・ 歴史的事象を因果関係で捉える、比較・関連付けといった科学的に探究する方法を用いて考えるといった教科固有の見方・考え方を働かせて、教科の文脈上重要な概念を軸に知識を体系的に理解し、考え、表現する力、

・ 対話や協働を通じ、新しい解や「納得解」を生み出そうとする態度、

が大事なのですが、これらは、「書くことは考えること」という指導、多様な子供達がともに学ぶなかでの「学び合い」「教え合い」の学校文化、教科教育研究や授業研究といった固有の財産を持つ我が国の学校教育が150年にわたって重視してきた力そのものです。

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合田氏は30223号のメールマガジンのリンクをされている。

以前の主張と変わらないということだ。

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AIは与えられた目的の中で処理を行っています。他方、AIに与えるこの目的の良さ、正しさ、美しさを考えたり、複雑な状況の中で目的を組み換えたりといったことができることが人間の強みであり、目の前の子供達はAIが「解なし」と言ったときに本領を発揮しなければなりません。しかし、そのための力は、今の学校教育では到底及ばないような超人的なものでしょうか。 

 そうではありません。松尾先生や新井先生がAI時代に求められる資質・能力として挙げているのは、「教科書や新聞、新書などの内容を頭でベン図などを描きながら構造的に正確に読み取る力」、「歴史的事象を因果関係で捉える、比較・関連付けといった科学的に探究する方法を用いて考えるといった教科固有の見方・考え方を働かせて、教科の文脈上重要な概念を軸に知識を体系的に理解し、考え、表現する力」、「対話や協働を通じ、新しい解や「納得解」を生み出そうとする態度」。これらは、「書くことは考えること」という指導、多様な子供達がともに学ぶなかでの「学び合い」「教え合い」の学校文化、教科教育研究や授業研究といった固有の財産を持つ我が国の学校教育が140年にわたって重視してきた力そのものではないでしょうか。

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・・・情報の正しい読み取りと、分析、解釈、自分なりの見解の表明といった一見目新しい情報リテラシー、読解力リテラシーの課題が、我が国がこれまで重視してきた力であると主張されている。

だからといって、昭和に戻れといってもいるわけではない。

でも、全く新しいことに取り組む「ゼロ発進」でもない。

向山実践が今なお新しいように、これまでの教育を正しく継承し、発展させていかねばならない。

残り少ない自分にもやるべき仕事がある。

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January 13, 2020

文科省のPISA読解力の見解は?

読解力についていえば、前回までは、「読解力」の定義は、書かれたテキスト(本や新聞など出所や校正・校閲がしっかりした書きもの)の中から「情報を探し出す」「字句の意味を理解する」「統合し、推論を創出する」「内容と形式について熟考する。」等でありました。つまり「従来型」の範囲内での「読解力」を問うものだったといえるでしょう。

 今回からは、オンライン上の様々なデジタルテキスト(ブログ、投稿文、宣伝サイト、メール文)など、文責が誰にあるのか、出所が定かであるのか、校正・校閲がしっかりなされているのかなどが一見明確ではない文書について、「質と信ぴょう性を評価したり」「矛盾を見つけ対処したりする」ことも求めており、問題自体もその7割がPC使用型調査のために開発された新規ものとなっています。つまり、前回までの「読解力」の調査からは大きく変化しているということです。

 OECDの責任者であるシュライヒャー局長も、現代社会においてデジタルの世界で求められる読解力に焦点を当てたこと、「フェイクニュース」が広がる世界での読解力がより重要な能力になっていることを明確に言及しており、今回のPISA調査は、これまでの「読解力」の範囲に加え「情報活用能」をも求めていることは明らかだと思います。

初中教育ニュ-ス(初等中等教育局メ-ルマガジン)第373号(令和元年1224日臨時号)

【矢野 文部科学省大臣官房審議官(初中教育担当) 特別寄稿】PISA調査2018GIGAスクール構想

https://www.mext.go.jp/magazine/backnumber/1422844_00003.htm

この審議官の言葉が一次資料なら、求められる読解力は

1 「情報を探し出す」

2 「字句の意味を理解する」

3 「統合し、推論を創出する」

4 「内容と形式について熟考する」

5 「質と信ぴょう性を評価する」

6 「矛盾を見つけ対処する」

で、これは、

◆これまでの「読解力」に「情報活用能力」を加えたもの◆

ということになる。これを後段で

◆新たな読解力(読解力と情報活用能力のハイブリッド型)◆

と呼んでいる。これがまさに新学習指導要領の先の課題ということになるだろうか。

なお補足の形で、従来の物語の読みを否定せず、並行して指導すべきだと述べている。

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1 PISAは全世界で同時に調査を行うため、文化に依存する価値観や筆者の気持ちなどは問わない。

2 PISAの読解力や書く力を議論するときには、日本の国語科の伝統的な読解力と区別する必要がある。

3 「ごんぎつね」の気持ちを丁寧に読解する活動をPISA読解力低下の「処方箋」として流したのは、的を射たものとは言い難い。

4 「読解力」に加え「情報活用能力」という「新たな課題」がOECDから各国に投げかけられている。

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これからは、「読解力」と「情報活用能力」なのだと何度も出てくる。

日本の伝統的な読解力と区別しろという指摘も重い。

矢野氏の私見とあるものの、文科省の見解と見てよいだろう。文科省のHPなのだから。

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«文科省と新井紀子氏の真逆の見解