July 14, 2024

学校教育は、Well Proven Technologyで進んでいく

 東海道新幹線の開業に携わった島秀雄。
 様々な「昭和のすごさ」を見直していて、次の部分に出会った。
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新幹線実現にあたっての秀雄の基本コンセプトは、在来線で培った技術を確実に適用することにあり、技術開発の著しい分野については将来的にそれを採用できる十分な余裕を設けることとした。(中略)
新幹線の工事予算は一部を世界銀行からの借款でまかない、秀雄は新技術を対象とした事業に融資できないという世界銀行の規定をパスするため、新幹線は「Well Proven Technology(充分実証済みの技術)」であるとしてこれを説得した。
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 「Well Proven Technology」
 世界銀行の融資規定をパスするためには、「充分実証済みの技術」のみである必要があった。
 
 これを「教育の世界」で考えてみる。
 教育に関する大改革が叫ばれたとしても、多くの教師・国民の理解を得るには「充分実証済みの技術」がベースでなければならない。
 子供たちを実験材料にするわけにはいかないのだ。
 こういう言い方をすると、保守的で後ろ向きで、現状維持に走るヤツだと批判されそうだが、そういうことではない。
 もう6年も前の合田哲雄氏のコラムで、次のようにある。
 一部抜粋、改行を増やして提示。
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◆AI研究の第一人者の松尾豊東京大学准教授や国立情報学研究所の新井紀子教授を交えた議論のなかで出た結論は、「我が国の学校教育は浮足立つ必要はない」ということでした。
◆松尾先生や新井先生がAI時代に求められる資質・能力として挙げているのは、
「教科書や新聞、新書などの内容を頭でベン図などを描きながら構造的に正確に読み取る力」、
「歴史的事象を因果関係で捉える、比較・関連付けといった科学的に探究する方法を用いて考えるといった教科固有の見方・考え方を働かせて、教科の文脈上重要な概念を軸に知識を体系的に理解し、考え、表現する力」、
「対話や協働を通じ、新しい解や「納得解」を生み出そうとする態度」。
これらは、
「書くことは考えること」という指導、
多様な子供達がともに学ぶなかでの「学び合い」「教え合い」の学校文化、教科教育研究や授業研究といった固有の財産を持つ我が国の学校教育が140年にわたって重視してきた力そのものではないでしょうか。
初中教育ニュース(初等中等教育局メールマガジン)第327号(平成30年2月23日)
「出藍の誉れ」時代の学校教育-浮き足立たず、自信をもって子供達に向き合っていただくために- 〔文部科学省初等中等教育局財務課長 合田 哲雄〕
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・・・もちろん、合田氏の主張を「都合のいい解釈」をして、今まで通りでいいんだと何も学ばないのは困る。
 少なくとも、教育界における「充分実証済みの技術」は何かを吟味する必要はある。
 我が国の学校教育140年の財産を探るのは大変だが、向山実践や法則化・TOSSの実践は、Well Proven Technology(充分実証済みの技術)の宝庫である。
 しっかり伝播していきたい。
「奇跡と呼ばれた学校」(朝日新書)で、京都市立堀川高校の当時の荒瀬克己校長は次のように書いている。P47
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◆島さんは新幹線をつくるとき、勇気を持って冒険をしませんでした。それが新幹線の信頼につながっている。
堀川高校も冒険はしません。教育とは見果てぬ夢のようなものではなく、過去を振り返って評価をし、淡々と進めていく実務だからです。
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July 13, 2024

作品のテーマを考えさせることは大事(3)

今日(7/7)の中日新聞に、「感想文の書き方」の6項目が紹介されていた。

1、簡単なあらすじ

2、注目した言葉や場面、挿絵など

3、この本のテーマ

4、テーマについて考えてみたいこと

5、本や人の話から得たこと

6、4に対する意見・考え

 

 主題指導が明示されなくなった今の時代に「テーマ」は必要ないかと思っていた。 

 しかし、斎藤孝氏の意見を読んで「テーマ」は大事だと思い直すようになった。

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 「この話にはどんな意味があるのか」を読み解く力です。

 これはいはば、テストでいうと小論文です。(中略)

 つまり人生で役立つ読解力と言うのは、客観的な理解と、ある種の主観的な読み込み、この二つを両輪のように回していくものなんです。(中略)

 名作で言えば、その文章で一番言いたいことは何かをさっさとつかまえて表現できる力とともに、それについて自分はどう思うかの、両方が言えること。

子どもの学力は読解力で決まる」(朝日新聞出版)

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 「読解力は客観的要約力と主観的コメント力の両輪からできている」と述べており、この「主観的コメント」が、「この話にはどんな意味があるか」「一番言いたいことは何か」である。要するに「主題」の読み取りなのだ。

 

・・・先に「自分は『読書感想文』の指導をしていたのだとも言える」と書いた。

しかし、本意としては、斎藤氏の言うような「小論文」を書かせたいのである。

 学習指導要領から主題指導がなくなったのは、一つの主題に収束しなくてもよいという意味であって、個々の感じ方・考え方を披露し合うことまで否定されているわけではない。

 「この話にはどんな意味があるか」「その文章で一番言いたいことは何か」という課題設定をためらってはいけない。

「読書感想文」という言葉は、手垢がついてしまっていて、ロジカルでない。

「それってあなたの感想ですよね」と思われてしまったら、対話にはならない。

「読書感想文」というジャンルを一掃して「小論文」にすればいいのだ。

http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2021/12/post-f066b9.html

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作品のテーマを考えさせることは大事(2)

今日(7/7)の中日新聞に、「感想文の書き方」の6項目が紹介されていた。
1、簡単なあらすじ
2、注目した言葉や場面、挿絵など
3、この本のテーマ
4、テーマについて考えてみたいこと
5、本や人の話から得たこと
6、4に対する意見・考え
 主題指導が明示されなくなった今の時代に「テーマ」は必要ないかと思っていた。 .
 しかし、昨年、「スイミー」のあらすじを生成AIに尋ねたら、なぜかAIが「テーマ」に言及してきて、それから考えが変わった。。
 以下の太字の部分だ。
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A:スイミーは、小さな青い魚の物語です。ある日、スイミーと仲間たちは、大きなマグロに襲われました。スイミーだけが逃げることができましたが、仲間たちはみんな食べられてしまいました。スイミーは、一人で広い海を泳いでいました。途中、たくさんの危険に遭いましたが、何とか逃げ切りました。そして、ついに仲間たちのいる場所にたどり着きました。スイミーは、仲間たちに助けを求め、みんなで力を合わせてマグロを追い払いました。スイミーと仲間たちは、無事に家に帰ることができ、幸せに暮らしました。
 スイミーの物語は、仲間と協力することの大切さを教えてくれます。また、どんな困難にも負けず、諦めずに努力することの大切さを教えてくれます。スイミーの物語は、私たちに勇気と希望を与えてくれます
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・・・「この物語は〇〇の大切さを教えてくれる」というフォーマットで考えさせることは、とても意味があるのだなと納得した。
 先のブログで紹介した折原みとさんの言うように、作者は何かを伝えようとして作品を書いているのだから、そこを汲むのが読みの力である。
 学習指導要領から「主題指導」がなくなったからと言って、考えさせなくていいものではない。主題指導がなくなったのは、教師の価値の押し付けが蔓延していたからだ。
※生成AIとのやりとりはこちら。

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作品のテーマを考えさせることは大事(1)

本日(7/13)の中日新聞に、「感想文の書き方」の6項目が紹介されていた。
1、簡単なあらすじ
2、注目した言葉や場面、挿絵など
3、この本のテーマ
4、テーマについて考えてみたいこと
5、本や人の話から得たこと
6、4に対する意見・考え
先のブログにも書いたように、私も「テーマ」を考えさせてきた。
というか、主題を考えさせることに遠慮があったが、今は考えさせるべきだと思っている。
「主題指導」は小学校の学習指導要領では、ずいぶん前から扱わなくなったが、だからと言って無視していいものでもない。
およそ1年前(7/18)の「朝日小学生新聞」。
「物語を作ってみよう」の見出しで折原みとさんの講座報告があった。
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 物語を作るには、まずテーマを決めます。「ホラーを書いて読者を怖がらせたい」「きゅんきゅんするような恋愛の話を書きたい」 など、自分がどんなお話を書きたいのか、何を伝えたいのかを考えます。簡単なことからでも決めてみましょう。
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 物語を書く側がテーマを設定しているのだから、読む側は「作者が何を伝えたかったのか」を受け止めることが大事だ。
 もちろん受け止め方は様々でいいから、「自分はどんなお話だと感じたか、作品から何が伝わってきたか」を言語化すればいい。
 
※この記事についての詳細は、以下
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中日新聞「差がつく読書感想文」

本日(7/13)の中日新聞に、「差がつく読書感想文」が紹介されていた。
大竹稽氏が、「テーマ見つけ対話しよう」として、次の例を示している。
1、簡単なあらすじ
2、注目した言葉や場面、挿絵など
3、この本のテーマ
4、テーマについて考えてみたいこと
5、本や人の話から得たこと
6、4に対する意見考え
なるほど。
この6項目は、先のブログで自分の列挙した内容と結構似ている。
1、内容の予想
2、初発の感想  
3、あらすじ
4、授業で取り組んだ課題
5、主題
6、学び(この本を読んでわたしは・・ということを学びました)
7、活用(わたしは、これを機会に・・と思っています)。
8、その他
あまり意識してなかったが、結局、自分は「読書感想文」の指導をしていたのだとも言える。
実際は、そうでもないので、そこは、続きのブログで書きます。
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「ごんぎつね」セレクト

◆フィンランドメソッドで「ごんぎつね」の発問計画

http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2010/01/post-55bd.html

 

◆題名から要約・題名からサブタイトル

http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2020/12/post-2b4aa5.html

 

◆『ごんぎつね』の構造は「序破急」

http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2021/10/post-ff1270.html

 

◆『ごんぎつね』の構造は「無限ループ」

http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2022/09/post-ad34f2.html

 

 ◆「ごんぎつね」の解釈(1)「つぐない」

http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2008/06/post_f418.html

 

 ◆「ごんぎつね」の解釈(2)悲劇を繰り返さないための教訓読み

http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2008/12/post-c1c4.html

 

◆『ごんぎつね』の解釈 (3)「人間と狐」だからこその悲劇

http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2021/10/post-14fa17.html

 

◆『ごんぎつね』の解釈(4)「有隣」

http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2021/10/post-abc9be.html

 

◆「ごんぎつね」の解釈(5) 「分かってほしい」作者の投影

http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2021/10/post-c57571.html

 

◆「ごんぎつね」の解釈(6) 額縁構造から読めること

http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2022/09/post-8c786a.html

 

「ごんぎつね」の主役の検討

http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2022/09/post-9152b8.html

 

◆「ごんぎつね」の対比の検討

http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2022/09/post-a9dff2.html

  

◆別教材で「有隣」

http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2022/09/post-1e76a5.html

 

◆「ごんぎつね」はコミュニケーション不足の悲劇

http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2023/08/post-fafc2a.html

 

◆「ごんぎつね」の語彙の指導

http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2023/08/post-843ab3.html

 

◆「ごんぎつね」のワークシート

http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2023/08/post-ee09ef.html

 

◆「ごんぎつね」の指導計画

http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2022/10/post-9693ab.html

 

◆ごんぎつね ~兵十の状況が理解できない子~

http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2022/10/post-01096e.html

 

◆「ごんぎつね」の構造 ~ラストまで読んだら振り出しに戻る~

http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2022/09/post-ad34f2.html

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単元のまとめから、逆算して授業を構想する

国語の授業では、授業でやったこと、つまり、ノートに書きためたことをもとに、以下のフォーマットでまとめを書かせることが多かった。
授業の流れを安定させたいという思いもあった。
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0、題名
 今回読んだのは「〇〇」という作品です。
1、予想
 読む前には、次のような内容かなと思っていました。
2、初発の感想
 この本を読んで、最初に強く思ったのは、・・・ということです。
3、あらすじ
  本の内容を簡単に紹介すると、次のようになります。
 (最後にはどうなった話かが分かるように書きましょう)
4、授業で取り組んだ課題
  わたしは、この本を読んで、いろんなことを考えました。(まず 次に さらに)
5、主題
  この作品は・・・・というメッセージを伝えようとしています。 
  そう思った理由は・・・からです。
6、学び
  この本を読んでわたしは・・ということを学びました。
7、活用
  わたしは、これを機会に・・と思っています。
8、その他
  書き足りないことがあればどうぞ。
=======================​
 授業の展開や学年によっては、これらを全部提示していない。汎用的に示したら、こんな感じということ。
 5・6・7はまとめて1つでしか書けないことが多かった。
 5の「主題」という言葉は、ほとんど使ったことはないが、「作者のメッセージ」という言い方はよくしてきた。
 
 単元の最後にこの形でまとめさせたいと事前に伝える。
 そして、何度も繰り返して慣れさせる。
 「最後にこういうこと書くんだよな」と思って毎時間の授業に取り組ませれば、単元最後になって悩まなくていい。
 これらの項目について、ノートやデジタルで書き込みが残っていれば、最後のまとめは、それらのデータを参照すればいい。
 と、言いながら、実際は全員がスラスラ書けたわけではない。
 この流れで行った「ごんぎつね」の実践例を先に示したが、主題には迫っていないバージョンである。

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単元のまとめの感想 「ごんぎつね」を例に

かつて、「ごんぎつね」のまとめの感想を書かせたことがある。
ほぼほぼ授業でやったメニューを板書で提示し、書きやすいものを書かせた。
全部書く必要はない。自分が書きやすいものを選ぶためのメニューであり、授業内容を思い出すためのメニューである。

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①題を見て,読む前に予想した内容
②あらすじ
③各場面の感想          
④何度も読んでの感想 
⑤一番印象に残った場面    
⑥自分が音読した場面・音読発表の感想
⑦ごんは気づかれたかったのか・気づかれたくなかったのか
⑧さいごは「よかった話」のか「ざんねんな話」なのか。
⑨残念な最後にならないためには,どうすればよかったのか。
⑩この話の続き
⑪「サーカスのライオン」との比較  
⑫「てぶくろを買いに」との比較
⑬授業の感想(がんばったこと・もりあがった課題)
⑭感想文の感想 
============= 
そして、何を書いていいかわからない子のために、留意点を提示した。 
①自分のノートを見て、これまでの授業を想起させる。
 ノートに書いたものを書き写させる。

②何番のメニューなら書けそうかを個別に尋ねてみる。

③その子が書けそうなメニューを提示して、書き出しをノートの書くのを見届ける。
作業中は、順調に書きすすめている子の様子を紹介する。
また、○○君は原稿用紙何枚目というように紹介し励ます(追い込む?)。
その結果、場面読みの時は、きちんとまとまりきらなかった子も、再度振り返ることで、完成度が高まった。
多い子で原稿用紙10枚・少ない子で3枚(欠席のため)という結果だった。
このとき、書かせてよかったと思ったのが「感想の感想」だ。
=========
▼次にこの感想文を書いての感想を書きます。
5枚書いたのでちょっとむずかしかったけれど1まい目2まい目だんだんスピードが速くなって最後5まい目は1まい目と比べて速く書けました ごんがこうかいしてつぐないをする場面,兵十がごんをうつ場面それぞれ感想を書いたり授業の感想を書くなどいろいろなことを書き最後感想文の感想を書くことが出来ました。
またお話の感想を書いてみたいです。こん度は10まい以上書きたいです。
 (授業中,ほとんどノートがとれない子が,あらすじを含めて5枚書いた⑭の感想)

▼感想文の感想・・わたしはこの感想を書いてもっと「ごんぎつね」が分かったような気がしましす。たとえば,「サーカスのライオン」や「手ぶくろを買いに」というお話ににていることを上手な読み方を知ったりなどいろいろなことがこの感想文を書いて分かりました。これからも,「ごんぎつね」を読みたいなと思いました。

▼この「ごんぎつね」の授業の感想は,いろいろな場面があってその場面の音読などをして,いっそうこの「ごんぎつね」のお話を知ることができました。たくさん発表もしました。発表できたのもあったけど,ほかの人に同じ意見を発表されちゃったこともありました。がんばったことは,音読です。ごんの気持や兵十の気持ちを考えて読むことをがんばりました。授業で発表をたくさんできてよかったです。

▼最後に感想文を書いてみて,ごんぎつねのあらすじからはじまって最初に読んでみたことを書いたりして,こうやってまとめたりすることは,大切だと思いました。まとめてあらためてこんなお話で,ごんや兵十がどんな気持ちかわかりました。こうやってまとめていると,ここまで楽しくまとめれたなあと思います。(中略)最後には,この感想文をたくさん書けてよかったなあという気持ちでいっぱいです。これからもお話の感想を感想文にまとめてみたいです。
▼私はあまり本を読むのが好きじゃなかったから,そんなに感想が思いつかなかったけど,なんどもなんどもよんでみるといろいろな感想が思いつきました。さいしょはよみがあさかったけど何度もよんでみるとよみがふかくなりよりいっそう感想がふえいろいろな感想が思いつきました。 
 感想文の感想:こんなにいっぱいの感想文がかけてうれしいです。前は2枚でした。でも5枚もかけてうれしいです。これにかいてみるといっぱいの感想がかけてうれしかったです。これからは学年が上がるにつれて1枚1枚ずつふやしていきたいと思います。
====================
 まとめの感想も、これぐらいのボリュームがあると、主体的な態度の「粘り強さ」「自己調整(工夫)」の度合いがよく分かる。
 もちろん「思考力・判断力・表現力」もよく分かる。
 
分量が多いので、表紙をつけて冊子にすると、ますます満足感が高まった。
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「一つの花」のリンク集

(1)Microsoft Bingで「一つの花」について聞いてみました。

http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2023/06/post-9e0395.html

 

(2)生成AIを使った「一つの花」の教材研究

http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2023/06/post-e2e622.html

 

(3)『一つの花』お父さんの気持ちを多様に考えてみる。

http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2024/06/post-11a857.html

 

(4))「一つの花」お父さんの気持ちを多様に考えてみる (その2)

http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2024/06/post-bd9421.html

 

(5)「一つの花」~お父さんの高い高い - 

http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2024/06/post-2f2ed6.html

 

(6)「一つの花」の題名の理由は?

 http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2013/06/post-7623.html

 

(7)「一つの花」の対比から、今の戦禍を考える:

http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2024/06/post-72ea4d.html

 

(8)「一つの花」 父への手紙

http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2024/07/post-11a1e8.html

 

(9)対比は奥が深い 

http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2022/10/post-3830c5.html

 

(10)対比の授業を考える

http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2020/08/post-5274a7.html

 

(11)「一つの花」を授業するための教養(スキーマ)としての読書

http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2024/07/post-4663f0.html

(12)出征を見送る「事実」を知ろう。

http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2024/07/post-6b14df.html

 

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戦争を知らないから、情報を収集する

「太平洋戦争最後の証言 第三部 大和沈没編」門田隆将 小学館2012年
一時帰郷した隊員が家を出る次のくだりは『一つの花』と重ねて読んだ。
==============
 自分はもう生きては帰れない。そのことを母に告げなければならなかった。文男は家を出る前に、意を決して母にこう言った。
「おっかさん、今度は、とても駄目だで」
 思い切って言葉にした。そして、
「あきらめておくれん」
と。母もとうにそのことはわかっていただろう。村に次々と帰ってくる”英霊”の数を見ればわかるはずだ。
 万歳の声でおくられた青年たちが、やがて白木の箱となって帰ってきていた。戦況が悪化するにつれて、その数は増えていった。
 しかし、たとえ頭でわかっていても、それがわが子になるとは、考えられなかったに違いない。 母は無言だった。
「海軍は沈んじゃうから…骨は帰らんで」
 文男は、そうつづけた。
「残してある髪の毛でお弔いをしておくれん」
 弔いは残してある髪で・・・まだ17歳の少年が口に出すには、それは、あまりにつらい言葉だった。
 自分の弔いのことについて母親に告げる少年。文男は、その時の母の表情をそれから70年近く経った今も忘れることができない。
 「おふくろはクッと噛みしめてね。返事はなかったですよ。その時に私、まだ17歳でしょう。こっちも、それ以上は何も言えんかった。おふくろは、もう駅まで私を送らなかったですよ。出征の時も、おふくろだけは駅までよう送ってくれんかったですからね。それが最後になることがお互いわかっているから、もうおふくろには(見送りは)無理だったね…」
160ページ
=====================
・・物語よりも、事実は重い。
 出征に行くということは「死」を覚悟してのこと。
 見送る側も「死」を覚悟しているし、それが辛くて見送りに行けなかった身内もいたということ。
 
 このような予備知識(スキーマ)を教師がもっているかどうかは、言葉の説得力を左右する。
 我々教師は、広く深く情報を集め、知識を蓄えて授業に臨まねばならない。
 なお、「国を守るために命を賭けて戦う」という事実は、今のウクライナ情勢とも重なった。
 降伏すれば何が起こるか分からない。だから情勢が不利であっても戦うしかない。
 同書の中で、沖縄での水上特攻から生き延びた方が次のように語っている。
==============
私たちは”負け戦さ”で死んでいくわけです。つまり、日本の将来がどうなるかもわからないまま負け戦で死んでいくんです。これは、無念ですよ。死んでいく時、仲間はどれだけ無念だったろうかと思います。」
「日本は勝つんだ、ちゅうなら、それは、よっぽどいいですよ。けど、実際は、”もう負けるんだ””日本の国はなくなるかもしれない”あるいは”今後日本はどうなるんだろうか”とほとんどの人が、案じながら死んでいったんですね。無念だったろうと、思うんです。(中略)あの時、 負け戦で死んでいったつらさ。それが私にはたまらんのです。」
 負け戦で死んでいく無念ーー日本の将来がどうなるかもわからないまま死んでいった若者の心情について、89歳となった山口はそう淡々と語るのである。292・293ページ
============
 太平洋戦争の事実を知ることで、ウクライナで戦う人たちの思いを考えることができる。
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「板書」に頼らない授業が、授業改革の第一歩

4年社会科の「ごみ」に関する調べ学習。
グループごとにドキュメントでまとめていた。
「他の班のまとめをのぞいて、参考にしよう」という時間は設定したが、全体発表はなし。
板書もなし。
総括もなし。
なるほど!
これまでの自分なら「まとめはなくていいのか」「レベルの低い班を放置していいのか」と懸念するところだ。
しかし、自分自身の感覚が変わってきた。
=========================
◆教師が板書でまとめるから、子供の思考が停止するのではないか。
◆最後に教師がうまくまとめるから、子供は頑張らなくなる。板書待ちになるのではないか。
◆ていねいな板書は、結局「履修型授業」に陥りやすいのではないか。
=========================
自分の予定した内容を教えたい。
自分が大事だと思った内容を全部詰め込みたい。
自分が分かりやすいと思うデザインで板書をまとめたい。
・・・これでは予定調和の授業ということになる。
教師の想定からはみ出さない授業が良いということになる。
教師が「教えたい・伝えたい」という思いを我慢して、子供自身の「学び」に任せる。
1人1人の「学び」だけでは心配なので、そこはグループで意見交換したり、他のグループのまとめを参照させる。
「最低ラインを保証しなければ」の配慮が大きなお世話で、そうやって教師が板書するから子供は自立できない。
教師が気合いを入れた板書の典型が「構造的な板書」
それは、教師の教えたがり・まとめたがりの象徴。
批判を覚悟でいうと、教師の自己満足。
「きちんと教える」という」視点を持ちながら、よりよい授業=「学び」の支援について探求してみたい。
なお、
◆できない経験を繰り返すと、がんばろうとしなくなる。
◆わからない経験を繰り返すと、理解しようとしなくなる。
◆やってもらう経験を繰り返すと自分でやろうとしなくなる。
これが「学習性無力感」
上の2つは「丸投げ」のデメリット。
最後は「丁寧な指導」のデメリット。
教師が丁寧に板書すると子どもは自分でやろうとしなくなるものなのだ。

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July 12, 2024

「記憶」は、能力よりも心構えの問題ではないか?

この時期、楽器のまとめの漢字テストに取り組む学校が多い。
子供たちの得点がよくない学級では、どうしたらいいのかと困惑して先生が困惑していた。
漢字練習の際は、空書きや指書きをさせている。
ただし、「覚えるまで練習する」という習得型の意識で取り組んでいない。
言われたからやっているだけの「履修型」の学級では、成果が上がらない。
3年生になると新出漢字が増える。ふだん使わない抽象的な語句も多い。
先生がいくら丁寧に解説しても、本人が覚えるつもりで練習しないと忘れてしまう。
いくら授業中、まじめに漢字練習に取り組んでいても、主体的に学習に向かっていないと覚えられない。
また忘れたころに自分でチェックしないと記憶を強化できない。
結果が出るまで何度も覚え、何度も思い出す学習を自分に課す強い意志が必要になる。
さて、記憶力が悪い人には次のような傾向があるそうだ。
能力の問題というよりは、心構えの問題だと思う。
========================
①目で見るだけで覚えようとする
・・見ている間は覚えているように感じるがすぐに忘れる。声に出して読んだり紙に書いたりして、五感と結びつけることが大切。
②復習・反復をしない
・・一度見て記憶できる人は珍しい。復習し反復しなければ記憶は定着しない。
③集中できない
・・勉強中にすぐ注意が散漫になってしまう人は、記憶力がアップしない。
④興味がない
・・好きなアニメの名前はすぐに覚えられる。自分の興味あるものと結びつけるとよい。
⑤日常生活に生かそうとしない
・・使わないから忘れる。
==================
   
丸暗記(意味記憶)の能力を鍛えるピークは、10歳前後と言われている。
学級担任には「覚えることが楽しい」という雰囲気づくりを大事にして、
「え?もう覚えたの?すごいなあ」と驚いてもらって、
タイピング・漢字・都道府県名などを確実に習得させてほしい。

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July 11, 2024

「一つの花」 父への手紙

死を肯定する読みは難しい

「一つの花」のラスト。
父の姿はない。10年前に出征して帰ってこない父は戦死したのだろう。
しかし、4年生の子供たちは無邪気だから、お父さんは生きていてほしいと思っている。
最終場面を読み終えたところで、父に向けての手紙を書くという活動を取り入れてもらった。
例えば、次のような手紙。これは「戦死」タイプ。
読みにくいので一部漢字表記に直してある。
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ゆみ子は今は戦争もなく、ちゃんとお母さんとゆみ子でしっかり生きてます。
今は「一つだけちょうだい」のくせをやめています。むしろお母さんよりもがんばって町に買い物のもできるようになって、小さいお母さんになってごはんも作れるようになりました。
あのコスモスのように一人でも強くなれました。
ゆみ子は家の家事もできるようになって、お父さんにもそのすがたを見せてあげたいです。
今もお母さんのことを見守っています。
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・・・「あのコスモスのように一人でも強くなれました」とは見事に文学だ。
次は、どこかで生きている。単身赴任のような感じ。
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お父さん、元気ですか?
わたしが十年前にお父んにもらった一本のコスモスは家を包むように大きくなっています。
今は平和でお買い物に行けて、ごはんがえらべます。
戦争の時は配給しかもらえなかったけど、いろんな食べ物が食べれてとても幸せです。
お母さんもわたしも待っているので早くかえって来てください。
今日はわたしはつくるので、はやくいっしょに食べてほしいです。
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実は、このように「生きている」派の方が圧倒的だった。
それは担任が、「死んだと書いていないからどっちとも言えないね」とあいまいにしたからなのだと思う。
「ごんぎつね」も死んだと書いてないから、多くの子供はその後のストーリーで生き返らせたがる
。まるで手当をして助かった「大造じいさんとガン」のように・・・。
とはいえ、「一つの花」を読み終えた後、教科書の手引きにある通り「心に残った場面とその理由」書かせるのもつまらないかと思って提案した課題。
全員が手紙らしい文章を書けた訳ではないし、難しい点もあったが、それが分かったという意味でもが取り組んでもらえてよかった。
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造形の2つのアプローチ

1年生の「図画工作」

(1)「やぶいたかたちから生まれたよ」

 適当に破った色紙を組み合わせているうちに、自分なりのイメージが固まってきて1つの作品になる。

 破いたものを画用紙の上に置いていくうちにどんどんイメージが変わっていくことが多く、作品のお題は最後に決まる。

 思いつくままに作品に向かうので、自由な表現・独創性を育てる。

(2)「ぱくぱっくん」

 パクパクできる紙袋から「かえる」「鳥」「怪獣」などのイメージを確定させて、そのイメージに合うようにさらに工夫を重ねていく。

 だから作品のお題は早い段階で決まる。

 1年生なので、構想図やアイデアスケッチなどは描かせないが、自分の作りたいイメージを確定させて、実際の作品に表す「再現性」を育てる。

◆思いつくままに作品に向かう

◆作りたい作品のイメージを決めてから作成する。

 どちらのアプローチにしても、お友達の作品を鑑賞して、「こういう作品がいいね」「この作品のここがいいね」と教えてもらったり、自分で気づいたりする中で、配色やバランスといった造形の法則性を理解し、作品のレベルを向上させる。

 自分の思いつきだけで取り組んでいる子は「我流」のままなので、作品のレベルが上がらない。

作品を完成させた後の自己評価や教師からのフィードバックが大事になる。

 

※音楽の場合は、図画工作と違って、なんでも自由に創造すればいいわけではない。

音楽には一定のルールがあり、そのルールを守らないと音楽として成立しない。

たくさんの音楽を歌ったり聞いたり演奏したりする中で、音楽には心地よいメロデイがあり、決められたリズムがあり、それを外すと「違和感」を生じることを体感させていく(「違和感」を説明させるのは、とても難しい)。

正しい音楽を浴びるように体感し、音楽の「モデル」を身に付けていくことが大事にされる。

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「一つの花」を授業するための教養(スキーマ)としての読書

「教育トークライン」(「東京教育技術研究所)7月号巻頭の谷先生の言葉が印象に残る。
◆「深い教材解釈」をもった教師が巧みでさりげない「投げかけ」や「ゆさぶり」をすると、子供たちの思考は更に活発になります。
そこには、やはり 優れた教師の教授行為  があります。
・・・「一つの花」に限らず、戦争を題材にした作品の場合、どれくらい予備知識があるかで、読みの深さが変わってくる
。退職した自分でさえ太平洋戦争を知らないのだから、現職の先生は誰一人、太平洋戦争を知らない。
予備知識(スキーマ)があると、読みが深くなるのは先生も子供も同じだから、先生も果敢に情報を取りに行き、深い教材解釈に挑んでほしい。教科書本文だけでは補えない事実がたくさんある。
さて、黒柳徹子の「小さいときから考えてきたこと」(新潮文庫)は、ユニセフ親善大使として訪れた紛争地域での出来事を書いている。
 「黄色い花束」は、コソボで黒柳徹子に手を振る子供たちを見て、過去の自分と重ねた短編エッセイで、「一つの花」の出征の場面を彷彿させる。
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 私が子どものとき、何も知らないで、日の丸の旗を振って送り出した兵隊さんは帰ってこなかった。自由が丘の駅に行って、出征する兵隊さんに旗をふると、スルメの足を焼いたのを一本もらえた。私は、それが欲しくて、時間があると、行っては旗を振った。スルメなんて、あの頃、めったに食べられるものではなかった。知らなかったとはいえ、私は、あのとき、スルメが欲しくて送り出した兵隊さん達が帰って来なかったことを、今も申しわけなく、私の心の傷になっている。あどけなく手を振っている子ども達(竹田注 コソボの子ども達)を裏切っては、いけないのだと、私は子ども達が手を振るのを見るたびに思う。あの女の子から貰った黄色い花は、ノートに挟んで押し花にした、コソボの記念に。
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・・・スルメ欲しさに兵隊さんを見送ったことを後悔する黒柳徹子
 父親との別れの間際におにぎりを欲しがったゆみ子は、いつか自分の行為を後悔する日が来るだろうか。
 いやいや、ゆみ子は覚えていない。だから大人になってそんな「心の傷」を負わなくてすむ。それがせめてもの救いなのだと話者は訴えているのかもしれない。
 このまま授業に使おうとは思ってないが、この黒柳徹子のエピソードを知っていると、『一つの花』を授業す教師側の「構え」が違ってくるような気がする。
 ただし、
 もっともっと知っておくべきエピソード・もっともっと読んでおきべき書籍があるのだと思うと、「知らないことの怖さ」を感じざるを得ない。
 そういえば『知の体力』永田和宏(新潮新書)にも、同じようなことが書いてある。
◆「何も知らない自分」を知らないで、ただ日常を普通に生きていることに満足、充足しているところからは、敢えてしんどい作業を伴う学問、研究などへの興味もモチベーションも生まれないのは当然である。しかし、あぁ、自分は実は世界のほんのちっぽけな一部しかこれまで見てこなかった、知っていなかったと実感できれば、そして自分がこれまで知らなかった世界がいかに驚異に満ち、知る喜びに溢れていることを垣間見ることができれば、おのずから知ることに対する敬意、リスペクトの思いにつながるはずである p56
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