July 03, 2009

PISA型読解力と「論語」

 「読解力から読解リテラシー」というテーマを、時々耳にする。
 これは、OECDの国際学力調査(PISA調査)を念頭においたもので,PISA型読解力の定義は
「自らの目標を達成し,自らの知識と可能性を発達させ,効果的に社会に参加するために,書かれたテキストを理解し,利用し,熟考する能力」
とある。従来の「読解力」と区別して「読解リテラシー」とか「PISA型読解力」と呼ばれる。
 文科省の 読解力向上プログラムによれば,指導3つの重点目標が示されている。

①テキストを理解・評価しながら「読む力」を高める取り組みの充実
②テキストに基づいて自分の考えを「書く力」を高める取り組みの充実
③様々な文章や資料を読む機会や,自分の意見を述べたり書いたりする機会の充実


 筆者の主張を自分はどう思うのか・・・読み取った内容を元に自分の意見を述べる【読み書きの関連指導】は指導要領でもきちんと位置づけられていますが,行事作文や日記を書かせるだけでは意見文を書けるようにはならない。
 「○○について,あなたはどう思うか」
 「あなたの意見に対する意見をどう思うか」
という形で書かせたり発表させたりする活動に日ごろから取り組むことが大事だ。

 指導要領では「書くこと」の指導の中で,
「なぜかというと~」「その理由は~」「~のためである」「例えば~」「事例を挙げると」「などが当たる」などの表現について指導するとある。こうした表現の習熟させれば,意見文の質も上がってくる。

 各学年「読むこと」の「自分の考えの形成及び交流に関する指導事項」からも明らかなように、自分の意見や感想を発表することと,みんなの感想や意見を聴き合うこと・比べて考えてみることが大切です。

◆1・2年 文章の内容と自分の経験とを結び付けて,自分の思いや考えをまとめ,発表し合うこと
◆3・4年 文章を読んで考えたことを発表し合い,一人一人の感じ方について違いのあることに気付くこと
◆5・6年 本や文章を読んで考えたことを発表し合い,自分の考えを広げたり深めたりすること

 指導要領には感想を述べ合う言語活動について「次のようにも感想を述べ合ったら,自分の感想が,友だちの感想と比べてどのような特徴をもつのかを認識させていくことが大切です」と記されている。

 さて、7月1日の地元中日新聞の文化欄、池内了氏(総合研究大学院大)の文章が掲載された。
 論語の「学びて思わざれば即ち罔し。思いて学ばざれば即ち殆し」を引用し、「学ぶ」だけで「思う」がなければ、干からびた知識の集積でしかなく真理が明らかにならないし、「思う」だけで「学び」がなければ根拠や論理性のない空論や暴論がはびこってしまう、 と説いている。

 「国際学力テストなどでも指摘されているように、日本の小中学生は暗記した知識には強いが応用問題には弱いと言われてきた」ともある。
 「論語」の説くところは、まさにPISA型読解力の望むところと同じだ。
 論語の言葉はもちろん知っていたが、このPISA型読解力と重ねたことはなかった。(既習の「論語」の知識をPISA型読解力と結び付ける思考力こそが、PISA型読解力なのだ)。
 論語からも分かるように、PISA型読解力の望むものは、決して目新しい学力ではない。
 永遠の課題ともいえるほど根源的な学力なのである。

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June 13, 2009

教員免許更新制度

 教員免許更新講習の内容は、2つある。
 そのくらいのことは、きちんと把握しておきたいと思う。

1)教育の最新事情・・・・・・・・・・・12時間以上
2)教科指導・、生徒指導その他教育の充実に関する事項・・・18時間以上

計30時間。
1日6時間で5日間の講習である。

1)の正式名称は「教職についての省察並びに子どもの変化、教育政策の動向及び学校の内外における連携協力についての理解に関する事項」。
これを総称して「教育の最新事業」とは、ずいぶん無理があると思うが・・・。
 文科省の解説では次のようにある。

◆すべての教員に共通する事項を扱うものです。具体的には、
 「教職についての省察」
 「子どもの変化についての理解」
 「教育政策の動向についての理解」
 「学校の内外での連携協力についての理解」
を主な内容とします、とあるから、4項目から成り立つということになる。


2)の「教科指導、生徒指導その他教育の充実に関する事項」は、学校種・教科種などに応じた内容を扱うもので、
 「各教科の指導法やその背景となる専門的内容」
 「生徒指導等、幼児・児童・生徒に対する指導力に係る各論的な内容」
を中心に扱います、とある。
 免許更新制の対象は幼小中高だから、その多様性に対応する選択講座ということだ。
 1講習が6時間(1日)なので、1)で2日間・2)で3日間受講することになる。
 某大学のパターンで言うと、90分の講義を午前2コマ・午後2コマ行って6時間。これで1講習、これが基本形である。

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June 08, 2009

教員免許更新制度①

 教員免許更新制度について、実際のところ多くの先生の関心は薄い。
 「多くの」と書いたが、思い切って数値で言うと8割だと思っている。
 10年に1度受講するこの制度。
 本年4月1日から 平成23年3月31日までの2年の間に受講する必要のあるのが、次の生年月日の方。

55歳 昭和30年4月2日~昭和31年4月1日
45歳 昭和40年4月2日~昭和41年4月1日
35歳 昭和50年4月2日~昭和51年4月1日

 これ以降、55歳・45歳・35歳になる先生方が順次受講対象となる。
 本年度対象者の受講期限が23年3月。
 来年度対象者の受講期限が24年3月。
 10年に1度の受講で、当面意識しているのは今年と来年の対象者ぐらいだろう。これが「2割」の根拠である。
 3年後以降の対象者は
・そのうち改善される
・そのうちなくなる(官製研修で済むようになる)
ぐらいに思っている。

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June 07, 2009

国内生産と海外生産の論理

ひゅ自分が得意でない経済問題について、論理の学習ネタとして扱ってみる。
【問題提起】
http://www.nikkei.co.jp/neteye5/goto/20061214n79ce000_14.htmlには「これは一体、正しいモノづくりの姿なのだろうか? 」と題して次のように述べられている。
 「いったん持ち上げた加工品は手から離さず次の工程につなげ」
 「体を90度回せば0.3秒のロス」。
 日本の工場ではストップウオッチ片手に作業者の動きを分析し、ムダな動作をできるだけ排除し、効率を上げようとする。
 そんな努力を積み重ねる一方で、原料や部品、製品が太平洋、大西洋、インド洋を縦横無尽に行き交っても「高度なサプライチェーンに立脚した
最適地生産」と納得してムダには気をとめない。
 今、世界のモノづくりは工場の内と外で完全に矛盾したことを行っている。

 Aの発想は、コスト削減のために「移動ロス・輸送ロス」を抑えること
 Bの発想は、コスト削減・利益拡大のために、海外も視野にいれること
 AとBに矛盾がないか、というわけだ。

 「コンパクト・プロダクション」とは、筆者の造語だが、モノの動きを極力抑えた、上流から下流までが短いコンパクトなモノづくりこそ、持続可能であり、これから世界の製造業が目指すべき目標ではないかと説く。
  フードマイレージ、地産地消も「コンパクト・プロダクション」と同じ発想だろう。
 世界に生産拠点を求めることが主流というイメージがある。
 しかし、国内生産を堅持する論理というものがある。
 たとえば2000年のコンパックコンピュータの記事。
http://www.senryakukou.com/mlmg/200002/21noki.html
◆コンパックコンピュータは販売の7割を占める企業向けパソコンの全量を国内生産に切り替える。今夏にデスクトップ型の生産を移管、年内にサーバー、来年以降にはノート型も国内生産に移す計画だ。
◆消費地での生産により2週間かかる納期を5日間に短縮する。パソコン生産の中心はコストの低いアジアに移っているが、市場の急激な変化に対応するために国内での最終組み立てを強化する動きが出てきた。
◆国内生産シフトで人件費などは上がり、パソコンの原価は高くなる。一方で顧客対応上、販売代理店が持っていた流通在庫を大幅に削減できる。さらに国内生産の方が不良率が低いため、同じ価格で販売してもコスト競争力は逆に高まるとみている。
◆日本ヒューレット・パッカードも昨年国内生産を開始。NECなど国内勢も最終組み立て工程を日本に残している。
━ 経営戦略考コメント ━
●メーカーの戦略にとっての最重要ポイントは「何を作るか」だが、「どこで作るか」もないがしろにできないポイントだ。より消費地に近い場所で生産するのがよいとされている。顧客ニーズをとらえやすく、機敏な対応も可能であり、物流コストも低く抑えられる。
コンパックをはじめとするパソコンメーカー各社がこの原則に立ち返ったというのがこの記事だ。パソコンは人件費の安い海外で生産するのが当たり前、という風潮に対するアンチテーゼでもある。
●生産活動における重要ポイントはQCDと呼ばれる3要素であり、すなわちQuality(品質)、Cost(原価)、Delivery(納期)だ。
それぞれが相反する面もあるので、これら3要素の組み合わせを最適にすることが競争力強化につながる。海外生産は、コストの面でメリットがあるが、品質や納期の面では不利だ。コンパック等はQCDの3要素を総合的に判断して、国内生産の道を選んだと言える。
●海外生産を国内生産にシフトすることによるコストアップ要因は人件費だ。しかし国内生産することによりビジネスの競争力を高め、販売・生産台数を上げれば製品一台あたりの人件費を低下させることは可能だ。輸送費が削減されることは、コストダウン要因になる。
●品質とコストとは相反するようにも見えるが、実は品質が上がればコストは下がる(品質=仕様という意味ではない)。部品・材料のムダがなくなるし、不良品の処理に関わる経済的・時間的・精神的コストはバカにならない。「国内生産の方が不良率が低いため、同じ価格で販売してもコスト競争力は逆に高まるとみている」というコンパックの弁はその通りだ。
●このように、QCDの3要素は必ずしも対立する概念ではない。コンパックは海外生産から国内生産へとシフトするという生産の仕組みの改革により、3要素すべてを大きく改善することを目論んでいるのだ。

・・・別々のウエブの記事であるが、先のABに矛盾がないことが、このQCDが対立概念でないという解説でクリアできたことになる。
 もちろん2000年の記事だから説得力がないとも言える。その後コンパックはヒューレッドパッカード(HP)に吸収される。そのHPのサイトでも、国内生産のメリットがよく分かる。Web_090223_370x180px_2
http://h50146.www5.hp.com/products/workstations/pro_quality/core_value/cost.html
日本で販売される製品の多くが、その生産過程の拠点を海外へと移行する中、HPは「国内生産」にこだわり続けています。HPは、メーカ都合ではなく、消費者ニーズにあった製品をご提供し続けたいという思いで、国内に生産拠点を置いたモノづくりに徹しています。
現在、日本で出荷しているすべてのPC Workstationは、昭島の工場で生産されています。
「国内生産」に対する「信頼」と「安心感」を確かな形にすることはもちろんのこと、きめ細かなところにまでこだわった品質やフィードバックの早さなど「国内生産」ならではのメリットを日本のお客様に提供していくこと、また、国内でお客様本位の製造プロセスをしっかりと構築することで、海外生産品に負けないコスト削減を実現することが我々の使命と考えます。
ワールドワイド企業ならではの部品調達手法などを介したコストメリットやHPの本来の品質の高さに加え、国内生産によるさらなるメリットを日本のお客様にお届けしています。

・・・アパレルメーカー「ワールド」が、国内生産にこだわるのも同じ発想だ。
http://monoist.atmarkit.co.jp/fpro/articles/forefront/02/forefront02c.html
 「数年前にアパレル業界がこぞって中国に生産拠点を移転するといっていた時代に、ワールドの寺井社長は日本国内での生産を続けていた。淡路島などに工場がある。
もちろん中国でも作ってはいるが、それは『売り切り御免』の製品が中心である」
 「ところが、ハイエンドの商品の中には、春夏物や秋冬物など、あるシーズンには必ず置いておかなければならないアイテムがある。さあ、これをどうするか。
中国にまとめてどかんと大量発注するのか。おそらく大ロットで発注すれば20%以上の期末残存在庫が出てしまう。ワールドはハイエンドの商品を毎週、後補充生産している。
このやり方なら、期末残存在庫は非常に少ないだろう。そうすると、中国にまとめてどかんと発注する場合に比べて20%ぐらい残存在庫に差が出てくる。この残存在庫をたたき売りする場合と比較すると、寺井社長によれば『中国人の賃金が仮にゼロでも、日本で作った方が安い』という。毎週後補充するのは、リードタイム的に中国生産
では無理。それで国内の工場で生産するのだけれど、その方が安いと寺井社長は見切る。


・・・『中国人の賃金が仮にゼロでも、日本で作った方が安い』は「勘」ではない。
  「計算」であり「理論」であり、「事実」である。
 たとえば、次のような計算がある。
http://wwwf1.mitsubishielectric.co.jp/e-factory/biz/strategy/25/index4.html

ex.2 中国で加工すると安くなるか?

 日本での売値1,500円の製品をつくるのに、国内で加工した場合は、原材料費500円、加工費500円が掛かる。中国で加工した場合は、原材料費500円、加工費30円、物流費が行きは10円、帰りは30円掛かるとしてどちらが収益性が良いか?
【従来の会計論】
   国内:製造コスト=500+500=1,000円  粗利=1,500-1,000=500円
   中国:製造コスト=500+30+10+30=570円  粗利=1,500-570=930円
となって、断然、中国が良いということになる。
【Jコスト論】
加工に日本10日、中国20日、国内~中国間の輸送日数として行きに20日、帰りに20日掛かるとする。
   国内:収益性=500円/(750円×10日)=0.07[/日]
   中国:収益性=930円/31,700[円・日]*=0.03[/日]
   *(500+10/2)×20日+{(500+10)+30/2}×20日+[{(500+10)+30}+30/2]
となり、逆に国内で加工したほうが収益性(利回り)が良くなる。このように、ある程度の粗利率のある製品では十分に太刀打ちできると言えるわけです。
 このようにJコスト論を使えば、従来は「勘と度胸」で判断せざるをえなかったものが正確な数値としてあらわれてきます。これまで常識とされていたことが、実は間違っていたり、やはり正しかったり、客観的に検証できるのです。このJコスト論が日本のモノづくりの発展に少しでもお役に立てれば幸いです

・・・というわけで海外生産がいいか、国内生産がいいか、は安易に決められないことが分かった。
 複数の要因が混ざっているからだ。
 すると、以下のようなニュースも注意深く読むようになる。

<日経>◇トヨタ大幅減益 海外生産シフトも 2008/11/07 01:32 
 トヨタ自動車は2008年度の国内生産台数が前年度比約1割減の385万台となり、05年度以来、3年ぶりに400万台を割り込むとの見通しを明らかにした。
同社はここ数年、世界市場の拡大に合わせた輸出増に頼る形で高水準の国内生産を維持してきた。
今後、急速な円高に対応し、もう一段の海外生産シフトを迫られることにもなりそうだ。
 内需低迷が続くなか、トヨタは国内生産の6割以上を輸出に回しており円高の打撃を受けやすい構造になっていた。08年度は世界全体の生産も792万台と約9%減らす計画だが
世界生産に占める国内の比率は07年度の49.1%から48.6%に下がる。

・・・この記事だけでは明らかにならないが、輸出する自動車は海外(現地)で生産する方がコスト削減できるのだから、国内生産を推奨する意義はない。

鳴海製陶が食器生産を国内から海外へシフト 2009年 5月12日 (火) 
 鳴海製陶は、収益改善に向けた取り組みに着手する。主力の食器部門で、秋までに生産を国内から海外へシフト。海外生産比率を現在の七割から八割まで引き上げ、人件費コストの削減に取り組む。さらに全社的に余剰感が出ていた人員を、全社従業員の約一割を削減する。

・・・この記事での食器生産が輸出向けなのか国内向けなのか分からないから、判断は保留せざるを得ないのである。

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June 05, 2009

面倒くさがり屋の仕事術~急がば回れ~

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 『面倒くさがりやのあなたがうまくいく55の法則』(本田直之著)を読んだ。
 「面倒くさいことはほうっておくと雪だるま式に増えていく。そうならないための逆転の発想術とは?」がコンセプトの本。
 こういうアプローチは多くの面倒くさがり屋さんをひきつける。
 55の目次だけでも、およその内容は分かる(ネット検索で探せます。ここでは書きません)。

 面倒なことをほかっておいたら、ますます面倒な事が膨れ上がっていく。だからさっさと済ませてしまおう。
・・・これは本当にその通りだ。
 海外旅行に行くのに面倒だからと下調べも予約もしないのは無謀に近い。
 なのに普段の生活では、ほとんどこの「無謀」に近いことを平然としている人が多いと筆者は言う。
 そのことが
(23)の「全部予約する」
(33)の「2次会に行かない」
等につながる。
 1次会ではあれほど周到に時間・場所・値段・内容を決めるのに、2次会になると、とたんに無計画=いきあたりばったりになり、まったく予定が立たないのは愚行だと嘆く(注:まともな幹事役なら2次会の配慮は当然です)。
 面倒な大事態を回避するには面倒な小事態で解決しておくべきだと主張する筆者は
 ・予約してスムーズにいくなら予約をする
 ・下調べしてスムーズにいくなら下調べをする
 ・遅刻して大騒ぎするくらいなら、遅刻をしないようにする

といった具体的な行動を勧めている。
 なるほど、本田氏の指摘は説得力がある。
 
 スムーズに事を進めるためのアドバイスを一言でまとめると「急がば回れ」の発想である。
(27)の「マニュアルを熟読する」
(46)の「パソコンとケータイに詳しくなる」
は、自分が実行してこなかった弱点の1つだ。
 せっかくの最新機器を持っていても操作方法を知らなければ意味がないし、そもそもどんな機能があるのを知らなければ使えるわけがない。新しい機能を使わないのだから、便利さを享受できていないわけで、それが仕事の進展を阻んでいるのだとも言える。
 最近、自分がエクセルの操作を学ぼうという気になったのも、これまで苦労していた作業がエクセルを使ったらあっという間というケースが何度もあったからだ。PCソフトの奥深い機能もしっかり熟知すべきだ。
 マニュアルを馬鹿にしてはいけない。
 それに自分が使う機器の機能を十分知りつくすことは、自分の行動(仕事の処理能力)のキャパシテイを高めることになる。
 (51)のタッチタイピングも同じ意味だ。
 タッチタイピングを習得することで、その後の仕事の能率がはかどるなら少々時間をかけてでも習得すべきだと主張されている。

・・・もう1つ、印象に残ったのは「時間を金で買う」の発想である。
 お金は殖やすことができるが、時間は誰も増やすことができない。
 だから、時間を有効に使うためには、時間短縮に役立つものは進んで買うべきだと説く。
 若いころは、有り余る時間が気にならなかったが、最近はもったいなく感じるようになった。
 しかも、時間の浪費は体力の浪費にもつながる。
 お金で買える時間は健康の購入でもあるから、買えるものなら買うべきだと今は思う。
 
 ただし、今はさすがに真似できないと思ったのが
(44)の頻繁なパソコンの買い替え。
 データ破損のリスク回避と最新機能を使って仕事処理できるメリットを考えて1年に4度のモデルチェンジの度にPCを買うのだそうだ。
 車検の度に新車に買い替えて安全と快適さをキープするタイプの人もいるから、さまざまな場面で、うまく乗り換えること・うまく更新させていくことも生活の知恵・仕事の知恵なのだろう(デジカメのような電化製品をどんどん買い換えるタイプの人はこれだな。最近はネットオークションで売って、新製品を買う人も多いらしい)。
 PCの頻繁な買い替えを今は「えー」と思っているが、メリットは分かるから、いずれ実行するかもしれない。

(04) 変えられないものに執着しない
は、ラジオのテレフォン人生相談での加藤諦三氏の次の言葉と同じだと思った。
 「変えられることは変える努力をしましょう。変えられないことはそのまま受け入れましょう。起きてしまったことを嘆いているよりも、これからできることを皆で一緒に考えましょう」
 以前の主任には「過去と他人は変えられない」という格言を教えてもらった。
 自分を変える努力をした方が精神的に楽だ。

 というように、本田氏の提言を自分のフィルターを通してみる。 
 書物のノウハウを鵜呑みにするのでなく、自分の体験を加味することで、書物からの学びが強化されることが、よーく分かった。

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May 26, 2009

「なぜ」で追い込んではいけない

 指導がうまくいかない時や子どもが思うように動かない時。
 ついつい
「どうして、そんなことするの?」
「どうして、先生の言った通りにやらなかったの?」
と言うことがある。

 自分では気がつかなかったが、先日、他の人が「なぜ?」で子供を責めている場面をみて「これは、いかんわ」と思った。
 
 やり方が定着していないから苦労して算数の問題を自分なりに解いている子に浴びせかける「どうして」の嵐。

 「どうして、そんなやり方でやるの?」
 「どうして、また同じ間違いを繰り返すの?」
 「どうして、分からんの?」

・・・「どうして」(実際は名古屋弁なので「なんで」)と問う側は、そもそも相手に理由など求めていない。
 「どうして」と質問の形にはなっているが、実際は「詰問」であり「批判」であり「侮蔑」である。

 「どうして、そんなやり方するの? だめに決まっているでしょう」
・・・反語的な使い方

「どうして、分からんの? 馬鹿だねえ、この子は」
・・軽蔑的な使い方

 言われた方が、「なぜ」に正対して返答することはない。
 
間違った理由など存在しないので答えようがない
・・・無理由ゆえの無返答

批判・軽蔑の意味であると分かっているから答えない
・・・・・あきらめゆえの無返答

 したがって「どうして~」と詰問された子は、悲しそうな顔をしているか、不満そうな顔をしている。

 逆ギレ風に言うならば
「最初から分かっとったら苦労せんわ」
「分かるように教えるのがお前の仕事だろう」
「馬鹿で悪かったな。ほかっといててくれ」
ということになる。
 逆ギレされずにすんでいるのは相手が小さいうちだ。
 いつか反撃を食らう。
 
 自尊感情を傷つける「どうして?」には、何の効果もない。
 言う側の憂さ晴らしだけだ。
 そして言われた側には、屈辱感が残り、遺恨が残る。
 まさに、エラー・ラーニングだ。

 想像してみるといい。
 おかしな使い方をして器具を壊したからといって、家電メーカーの人は「どうして、そんな使い方をしたんですか」とは言わない。
 心の中でそう思ったとしても、ぐっとこらえて「ああ、壊れてしまったんですか」と故障した現実を受け入れるだけだ。今更、過去を責めても何の意味もない。
 相手を子どもと思っているから無遠慮に嫌味混じりに「どうして?」が出る。

 われわれ教師は、相手が子どもだからと、つい相手の尊厳を損なう言い回しをすることがある。
 その1つが「どうして、そんなことしたの?」という詰問だ。
 もっともっと発する言葉に敏感にならねばと思う。

 以上の考察の背景には、言語の「語用論」的なアプローチがある。
 「語用論」とは?
 これは、検索してみればいろいろヒットするはずだ。
 要するに
「言葉には額面どおり受け止められないことがある」
「言葉の状況によってその意味が規定される」
ということだ。

 「マッチ持っていますか?」という問いは「はい・いいえ」を答えて欲しいわけではなく、「マッチを貸してください」の意味である。
 「今、何時になった?」という問いは実際の時間を尋ねているのではなく、「早く終われ・今何時なのか早く気付け」の意味である。

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May 24, 2009

仕事術を学ぼう その2

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 仕事が遅い理由・仕事がたまる理由の最大の原因は以下だ、と分かってはいる。


◆1つ2つの仕事を任されていたころと同じ手法で10や20の仕事を進めるのは無理である。

・1クラス分のテスト集計なら手計算でもできるが、多クラスの場合は表計算を使うべきだ。
・少々の部分の雑草なら手で刈ればいいが、大規模なエリアの場合は草刈り機を使うべきだ。
・数枚の帳合いなら手でやればいいが、多量な場合はページセッターを使うべきだ。

 文書作成・印刷・ホチキス・清掃・園芸・修繕など、さまざまな場面で上記のような発想が必要なことが分かった。
 だから、一度、大規模な仕事を任された人は、その時の大量な処理の方法を利用できるから仕事が早い。
 小規模な仕事処理しか馴染んでこなかった人は、どこかで発想の転換を強いられる。従来の方法でいいじゃないかという発想を変え、行動を変えなければ、残業時間が増えるか、破たんするかのどちらかだ。

 「急がば回れ」の発想で、大量処理の方法を自分のものにしておくと、次からが楽になる。
 そもそもPCや様々な機械は大量処理のために開発されたものだ。
 費用対効果を考えても、利用できるものは利用すべきだ。 
 もちろん手でやれば早い・手作業で十分な作業をわざわざ機械を使って時間をかけるのは愚行である。
再利用しない文書なら手書きで十分。早く終わらせることを優先させるべきだ。

 そんなことが、最近になって分かってきた。
 参考文献は、「なぜか『仕事がうまくいく人』の習慣」(PHP)。
 帯の文字は、大きな発想の転換だった。

◆仕事に優先順位をつけるな すぐにやれ!

 これは、前回の書き込み「優先順位をつける」と相反するが、重要な指摘だった。 
 後回しにした仕事もいずれは、期日が回ってくる。いずれ再度作業するなら今やればいい。
 文書を読んで後でやるか先にやるか決めることが多いが、あとでもう一度読み返す時間を考えたら、できることは今終えてしまうべきだ。
 あれもやらねば・これもやらねばと身動きできなくなることが多い。1つずつやり終えて片付ける習慣が大事。
というわけだ。
 そして、お決まりの鉄則が

◆整理整頓

 整理整頓の重要さは、要するに「システム化」の重要さだ。
 位置を決めたり順序を決めたりすることで、・いつでも誰でも分かるようにする「システム化」。
 仕事ができない・整理ができないのは、自分自身の行動と思考をシステム化できないからだ。

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May 05, 2009

仕事術を学ぼう!

 たとえば、○日までに書類を作成して市教委に提出しろという文書が回ってくる。

◆見た瞬間に市教委あての封筒を作っておけば、あとが楽になる。
◆見た日のうちに(記憶が定かなうちに)書類を作成してしまえば、期日を忘れてしまうことはない。

 これがなかなかできない。
 しかし、できる人の仕事術はこうなのだ。ゴールを見据えて仕事をするし、極力その場で済ませてしまう。
 かつて、ある先生にサークル通信を郵送で送っていた。
 その先生は、封を開ける前にハガキを用意して私宛の住所と名前を書いて、それから通信に目を通したのだそうだ。
 上の◆は、そのような先生なら実行済みの行動だ。
 できない仕事を「多忙」のせいにしてはいけない。自分の仕事の処理の仕方が悪いのだ。

 最近、エクセルの処理を求められる仕事が多くなった。在籍人数の確認や名簿管理・集金等の金額の処理には表計算が欠かせない。
 知らないままにエクセルを使っていると、実は恐ろしく効率が悪い。
 逆にエクセルの使い方をきちんと知れば、実は恐ろしく仕事がはかどる。
 罫線の引き方やコピーの仕方・データ処理の仕方・印刷のテクニックなど、マニュアルや裏技集を見ないでエクセルを使っていた自分が愚かだった。
 何も見ないで1人の力でやろうとした自分は、不遜であった。
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 『エクセル 頭のいい人の使い方』(三笠書房)の前書きにもある。
◆じつはエクセルがなかなか上達しない人というのは、決められた操作方法」しか知らないためにわざわざ「面倒くさい」やり方で作業をしてしまっているのだ。
◆大切なのは「ワザを覚える」ことではなく、「要領よくやる」ことなのだ。
・・・「要領よくやる」という目的意識がないと、仕事の効率は上がらないし、上げられない。本当にその通りだと思う。

 仕事の効率を上げるために何としても踏み切らなければならないのが「残業しない」という意志である(できるだけ)。
 教師の世界では、まだまだ遅くまで残っている先生=熱心な先生という評価をされがちだが、
 残業する会社員は仕事が時間内に終わらない出来の悪い人、という民間的な評価がいずれされると思う。
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 『脳が冴える15の習慣』(築山節著 NHK出版)の指摘はズシンときた。
◆脳の基本回転数を上げるには、時間の制約が必要です。(中略)何時までにこれだけの仕事をしなければならない、何個の問題を解かなければならないという状況が与えられないと、
速さである脳の基本回転数は上がりません。(P37)
◆問題は、持ち帰り仕事を当たり前にして、時間の制約を外してしまっていることにあると考えました。
最初から「私生活を削って1日かけていい」という発想で仕事をしているので、どこでも基本回転数が上がらない。(P40)

 時間の制約を課すからには、仕事の優先順位を決める必要がある。
 優先順位を決めるためは、「リストアップ」が必要である。
 きちんと書き出しておかないと、思いついたもの順に取り掛かることになり、提出期限のある仕事が後回しになってしまうからだ。
 これも『脳が冴える15の習慣』に書いてあった。
◆その日にやるべきことを当日の朝か前日の夜に書いて並べてみる。書かなくても分かると思われるかもしれませんが、書いてみると行動を「意識して行う力が強くなります。
何となく行動して失敗したり、忘れ物をすることが少なくなります。(P77)

・・このあたり、今流の「有言実行」に近いかもしれない。口にすること・書きとめることで自分を追い込むからだ。

『脳が~』では、さらに参考になる習慣が指摘されていた。「物の整理」だ。
 「思考の整理は物の整理に表れる」(P88)と題したページには、何となくそこらへんに物を置く人は、意識して整理していないので、どこに置いたか忘れやすいのだとある。

◆「忙しいときほど、身の回りの物を整理することを優先させて下さい」(P92)
◆しっかりと分類することは、物理的なファイル化であると同時に、思考のファイル化そのものであります。それをした上で、今度は優先順位を考え、机を機能的に整理していきましょう。そうすると、思考の混乱も自然と収まっていくと思います(P93)

 その通りだ。
 しかも、時間の浪費の中で一番多いのは「探す」時間なのだとも言われる。
 「探す」時間が省ければ、イライラも減る。
 自分の流儀で仕事がはかどれば、ますます快適に仕事ができる。そのような好循環めざして、まずは整理整頓から始めようか!

 「残業ゼロ」で検索ヒットする書籍はいくつかある。Photo

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May 04, 2009

自作教材 「時間カード」

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「時計カード」と言えるフラッシュカードを自作しました。
 従来の時計カード(たとえば公文製)は、「時刻」を読み取るもので、算数の教科書やドリルでも習熟させるのは、時刻です。
 ただし、学校での単元は「時こくと時間」です。時計の読みができればいいわけではありません。 
 自分が作成したのは、時間の「量」感覚をつかむフラッシュカードです。
 発想のきっかけは『教育トークライン』2008年5月号の「面積図」の特集でした。
 「面積図をかくことで、問題文の数値と数値の関係が視覚的に見やすくなる(木村重夫氏P10)」
とあるように、数値でなく数量で理解させること・視覚的に把握させることが、この「時間」の学習でも有効だと思ったからです。
 面積図とは直接関係はないのですが、面積図の発想を応用して、時間の「量」を1目で分からせるフラッシュカードを用いたら「時間」が理解しやすいのではと考えました。
 自作の「時間カード」は、写真の場合なら「10分」と読ませます。
 向きを変えても「10分」です。
 応用としては、
◆ 「残り50分」と読ませる。(補数とでも言えるでしょうか)
◆「10分と50分で60分」というように、「60分の合成」を読ませる。
◆「60分は10分と50分」というように「60分の分解」を読ませる。
などが、考えられます。

 目盛りがあった方がいい、仕切り線があった方がいい、という意見もあります。
 段階的には目盛りや仕切り線があるのもいいかと思いますが、最終バージョンは目盛りも仕切りもないもので取り組ませたいと思います。したがって検定の授業も、いきなり目盛なしでの取り組みで、戸惑う方が多かったのかもしれません。授業前に井戸先生には、分からない先生がいるかもしれないからカードをまくる速さはゆっくりがいい、とアドバイスをいただきました。
 ただし教卓の前でカードをめくるとなると、目盛りも仕切り線もおそらく見えないでしょう。その意味では目盛や仕切り線は、あくまで補助ということになります。

 10分間隔のコースなら6枚。
 5分間隔の場合、12枚は多いので30分までのカード6枚を使い、カードを繰り返し、めくります。
 このカードは横向きにしても提示できます。
 だから30分の位置から40分経過したら10分の位置にくることなども、数値計算でなく、量感覚で意識させられるのです。

 だんだんスピードアップしたり、ランダムにして慣れさせていきます。
 このあたりは他教科のフラッシュカードや百玉そろばんのやり方と同じです。

 ある先生は、カードを見て「パーセントの図?」と聞かれました。実際は、360度の角度、円グラフ・分数の理解にも使えると考えています。
 ある先生は、カードの向きを変えて提示する点に感心されました。横向きでもめくりやすいようにカードは正方形に近い形にしてあります。
 
 なお、円グラフは、エクセルで作りました。
下の写真が、くもんの時計カードです。
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April 19, 2009

エラーレス・ラーニングに注目せよ

 特別支援教育に限らず、「エラーレス・ラーニング」は重要な教育課題である。
 古くなるが、「家庭教育ツーウエイ」2008年11月号は、エラーレス・ラーニングの特集で必読だ。
 巻頭論文 向山洋一氏 P5は、重要な指摘を含んでいる。
 保護者向けの文章だから読みやすく分かりやすい。
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「間違いを記憶すると間違いの脳回路ができる」

エラーレスラーニングとは「失敗させないように学習させる」ことである。
「お手本を見せて写させる」のが、そうである。先生が教材を一文読んで、子ども達に読ませるのもそうである。
水泳指導、逆上がり指導などで、補助教具を使うのもそうである。
 自転車を習うとき、うしろの荷台を持ってやって、倒れないようにするのもそうである。
 お習字のとき、先生がうしろから筆を持って、一緒に動かすのもそうである。
 間違いがないように工夫を加えた「あかねこ漢字スキル」「あかねこ計算スキル」「暗唱直写教材」「うつしまるくん」などのTOSS教材もそうである。 子どもは、とりわけ小さな子ども、発達障害の子どもは、このように「失敗させないように工夫した学習」で、学んでいく。
 それが、エラーレスラーニングである。
 逆に「トライ・アンド・エラー」の学習もある。
 通例は、スポーツで県大会レベルに到達した上級者に使われる。
 基本がきちんと身につき、かなり上達した人に使われる。
 それは、自分なりの工夫、更に高いレベルへの挑戦をしているからである。
 「エラー」から、学ぶことも必要になるからだ。
 しかし、初心者、小さい子、障害をもった子には、絶対にやってはいけないのである。
 「なぜなら、間違いを学習してしまい、それが脳回路になってしまうからです」と、慶応大学医学部の根本ドクターは言う。 (後略)
========================
 自分自身、ワープロに打ち込んでみて、改めて、このエラーレス・ラーニングの重要さを自覚した。
 授業の原則・TOSS教材・成功体験等、これまで自分が惹かれてきたものが、ここに集約されるからだ。
 
 ちなみに向山氏は、同書で次のものを挙げている。
◆「お手本を見せて写させる」
◆先生が教材を一文読んで、子ども達に読ませるのもそうである。
◆水泳指導
◆逆上がり指導などで、補助教具を使うのもそうである。
◆自転車を習うとき、うしろの荷台を持ってやって、倒れないようにするのもそうである。
◆お習字のとき、先生がうしろから筆を持って、一緒に動かすのもそうである。
  間違いがないように工夫を加えた
◆「あかねこ漢字スキル」
◆「あかねこ計算スキル」
◆「暗唱直写教材」
◆「うつしまるくん」
などのTOSS教材もそうである。

 同書では、別の箇所で
 エラーレスラーニングの教具として、
◆百玉そろばん
◆九九計算尺
が紹介され、 
 エラーレスラーニングの指導として、
◆丁寧なノート指導
◆補助計算
◆机上や筆箱の整理
が紹介されている。

 また、次のドクターの言葉が紹介されている。

◆「人生の早期に子どもに挫折体験を与えて良いことは一つもない」
 杉山登志朗氏『発達障害の子どもたち』(講談社)より


◆認知に障害がある子どもにとって、間違いながら学習を進めていくよりも、間違うことがまったくない学習(エラーレスラーニング)の方が有効である。
 慶応大学教授 山本淳一氏

 印象的なフレーズが、

「やり方を教え、できたらほめる 」の繰り返しです。(P25 佐藤泰弘氏)


 成功体験の積み上げ、完全習得学習などのTOSS実践の有効性を改めて考えさせられた。
 自分でやらせることを重視し、放置する教師がたくさんいる。
 子どもの発想を大事にしたいからと、何でも自由にさせる教師がたくさんいる。
 自由にさせることで、エラーが起きる場面が大きくなる。

◆エラーの起きそうな部分は一斉指導し、それから各自の自由行動の場を設定する。

◆フォーマットは決めておいて内容は自由に選択させる。

 年度当初。
 まずはエラーレスラーニングの積み重ねで自信をつけるべきだ。
 それが子どもや保護者からの信頼につながる。

 TOSSランドに登録された「どの子もできる指導法」などは、エラーレスラーニングの宝庫である。
 ぜひ、TOSSランドからエラーレスラーニングの実践を学び、目の前の子どもたちに役立ててほしい。

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April 05, 2009

茂木健一郎氏とモンテッソーリと向山型指導法

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 茂木健一郎氏の「脳を活かす勉強法」が書店で平積みになっている。
 中でも「ドーパミン」「強化学習」の記述部分は、
「向山型指導法と同じだ」
「モンテッソーリ教育と同じだ」
と感じる内容だった。

抜粋して再構築してみると・・。
◆一生懸命考えていた問題がやっと解けたとき、脳の中にはドーパミンが分泌されて大きな喜びとなる。
◆ドーパミンが分泌された快楽を再現しようと脳は行動を記憶する。
◆ドーパミンは、できると分かっていることをなし遂げても放出されない。できるかどうか分からないことに、一生懸命になってぶつかり、そして苦労の末それを達成したときに大量に分泌される。
◆どんな小さなことでもいいから自発的にやったことで「成功体験」を持たせることが大切である。
◆「成功体験」による快感がくせになり上達していく状態が「学習」のメカニズムである。
◆「学習」について試行錯誤を経て脳内に強固なシナプス(神経回路網)ができることを「強化学習」と呼ぶ。
◆何をするにも「自分が選んでいる」という感覚こそが強化学習には欠かせない。


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さて、モンテッソーリ教育の第一人者である相良敦子先生の著書、『幼児期には2度チャンスがある』を読んで、モンテッソーリ教育で「敏感期」と呼ばれる感覚が研ぎ澄まされた時期があり、「正常化」と呼ぶ劇的な変化があることを知った。

◆「正常化」が起こると、「歪み」がひとりでに消えるばかりでなく、その子本来の落ち着きや善良さが現れてきます。(P75)

・・・この変化は、「敏感期(幼児期)」でなくてもよい。集中体験が人生を変えるのだと相良先生は書いておられる。
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 『お母さんの敏感期』には次のようにある。

◆幼児期の強烈なエネルギーがほとばしりでる敏感期のようなかたちではないにしても、人間には生涯にわたって、いつも何か夢中になれるものがあり、そのために情熱を傾ける時期があります。
そして、全力投球して夢中にやり抜いたあとは、人間いくつになっても素直になり寛大になります。(P107)

・・・自分が選択した課題について集中してやり遂げたとき落ち着きが生じ、人格に変化が現れる「正常化」は「ドーパミン」による効果だったのか。
 向山型もモンテッソーリ教育も、どちらも最新の脳科学の知見によって、その教育の効果が裏付けられたことが分かる。
 
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 さて、斎藤孝氏の『天才になる瞬間』(青春文庫)では、表紙に次のように書いてある。

◆自分の中の未知能力をスパークさせる方法
◆ブレイクスルーは誰にもやってくる!

 斎藤氏の用いる「スパーク」「ブレイクスルー」は、相良先生の書かれた「正常期」の叙述と酷似している。

◆『天才になる瞬間』とは、自分の才能をガシッとわしづかみにした感覚が生まれる時のことだ。
 「そうだ、これがやりたかったんだ!」「自分じゃないみたいに体と頭が勝手に動いてうまくいった」
 表現は色々あり得るが、自分の才能をふと肯定する瞬間は、それほど珍しいことではないだろう。 (P5)

 また、斎藤氏の用いる「渾身」は、相良先生の書かれた「集中」の叙述と酷似している。

◆渾身というのは、言ってみればブレイクスルーの極意なのです。(中略)壁全体ではなく、壁の一部、それも針の先ほどの一点に向かって、持てる力のすべてを託して打ち込むーそれが”渾身”という意味であり、天才の領域に向けて突破口を開くコツでもあるわけです。(P24)

 モンテッソーリ教育を意識して日常を過ごすと、いろんなものがひっかかってくるようになった。

 ところで、敏感期・臨界期といった言葉が出てくると、当該年令を超えてしまった保護者には焦りをもたらすし、小・中学校の先生は無関係かなとも思われがちだ。ななめ読みすると不安と絶望に襲われる。
 たとえば、「お母さんの敏感期」次のような記述。

◆からだを100%使って、精一杯の努力を惜しまないのは一生に一回、この時期だけです。しかも、大事なことは、この時期に100%の力をだし切る全力投球の経験をした子どもは、小学生以後、何ごとにも力をだし切ることができます。ところが、幼児期に100%の力をだし切って全力投球でがんばる経験をしなかった人は、小学生以上になってから、最後までとことん努力をするという粘り強さに欠けます。能力はあるのに、100%の努力をしないで、「もう、ここらでいいわ」と切りあげてしまいます。(P94)

 でも、相良先生の著書を安心して読んだ。 「敏感期を取り逃した」「手おくれだ」という意見に対して同じ『お母さんの敏感期』に次のようにあるからだ。(P107)

◆幼児期の強烈なエネルギーがほとばしりでる敏感期のようなかたちではないにしても、人間には生涯にわたって、いつも何か夢中になれるものがあり、そのために情熱を傾ける時期があります。そして、全力投球して夢中にやり抜いたあとは、人間いくつになっても素直になり寛大になります。

・・・そうなんだ。いくつになっても夢中にやり抜くと変わることができるんだ。
 たとえば中学生の部活動。
 自分で選択した部活動で全力投球すると、1年生も夏休みを越えてぐっと顔つきが締まってくる。
 軟弱なこの時代、部活動に参加して初めて全力投球を体験する子も多いのだ。
 たとえば、チャレランから発展した「30人31脚」の全国大会。
 悔し涙を流しながら「先生、ありがとうございました!」と感謝を述べる子どもたちのたくましさには、ぐっとくるものがある。
 
 相良先生の著書の「集中・熱中」の部分に高学年や中学生をイメージしてあてはめても、十分成立する。
 『ドラゴン桜』では、「何か夢中に慣れた経験のある子は伸びる可能性がある」とあった。
 これも同じ意味合いなのかもしれない。
 「幼児期」の重要さを説きつつも、一方で、いつだって全力投球の経験をすれば人は変われるのだと説いている。
 そこが、きわめて重要だ。
 このような誤解のないようなアピールを我々が反復させていかないといけないのだと思っている。

 再び、茂木さんに戻る。2009年3月31日の「プロフェッショナル」で、「自発性の回路」の話があった。

◆脳には、“自発性の回路”があらかじめ備わっていると、茂木は言う。「自発性の回路は、ある意味では、何で育んでもいいわけです。例えば音楽のレッスンを子供にさせている場合、音楽で自発性の回路を育まなくても、ほかのことで育めばいい。それがいつかは音楽にも生きてくるのです。一番いけないのは、“あれをやりなさい”“これをやりなさい”と強制すること。これでは自発性の回路を育む機会が失われてしまいます」
http://www.nhk.or.jp/professional/backnumber/090331/index.html

 これも、同じ意味なのかと考えている。

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日本が先駆者となったピクトグラム

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NHKーBSの「クールジャパン」で、ピクトグラムが日本のクールの代表の1つとして紹介された。
いわゆる絵記号による標識だが、当然過ぎて、あまり意識してこなかった。
ウィキペデイアには次のように書いてあった。

ピクトグラム(Pictogram、ピクトグラフPictographとも)は、一般に「絵文字」「絵単語」などと呼ばれ、何らかの情報や注意を示すために表示される視覚記号(サイン)の一つである。地と図に明度差のある2色を用いて、表したい概念を単純な図として表現する技法が用いられる。
主に鉄道駅や空港などの公共空間で使用され、文字による文章で表現する代わりに、視覚的な図で表現することで、言語に制約されずに内容の伝達を直感的に行う目的で使用されてきた。
日本においては、東京オリンピック開催時に外国語(特に英語)によるコミュニケーションをとることができ難い当時の日本人と外国人の間を取り持つために開発されたのが始まりで、1980年代以降、広く使われるようになった。

基本的には国によって異なるが、国際的に、ある程度意味が統一されたものとしては、
車椅子サイン - 身体障害者向けの設備を示す。
禁煙サイン
非常口サイン - 日本で考案されたもので、太田幸夫(NPO法人サインセンター理事長・多摩美術大学教授)らによる。
などがある。
東京オリンピック開催にあたり、国が違い、言葉が違っても一目で分かる標識を作ったのだという話は前から知っていた。
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でも、下記のサイトなどを見て、たとえば「足湯」には笑ってしまいましたよ。それは軽いおふざけにも似たマークですが、
一目で分かるのだから、すばらしいアイデアです。
子どもたちのアイデアが採用されたらうれしいだろう。

http://pictopedia.jp/index.html

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March 14, 2009

「介護 農業をバカにするな」~WEDGE 3月号~

http://wedge.ismedia.jp/articles/-/93?page=1http://wedge.ismedia.jp/articles/-/93?page=1

Wedge
 WEDGEの3月号の見出しに惹かれて購入した。
 サイトでも記事が見られることがあとで分かった。

http://wedge.ismedia.jp/articles/-/93?page=1

 納得する部分もあり、疑問もあった。

◆「派遣の人は続かない。ここ3カ月で派遣労働者を5人受け入れたが、3人が辞め、そのうち1人は1日で辞めた。しかも彼らは仕事を時間で割り切る。そのため、終業時刻間際にお年寄りから用事を頼まれてもやらずに帰ってしまう」

・・・「派遣」に限定しているが、普通の社員だって簡単に介護の仕事などできない。派遣ではない自分も正直なところ自信がない。「派遣の人は続かない」と切り捨てるのはどうかと思う。

◆厚労省の調査によれば、介護職員の平均的月収は21万円。全産業平均の33万円を大きく下回る。やる気があっても、この給料ではとても家族を養えないという理由で、途中で転職してしまう人が多いという。さらに、男性非正規社員の平均年収は300万円弱であるが「介護の場合は、正規職員でも夜勤を何度かして、やっと300万円台になる」(結城康博・淑徳大学准教授)という状態だ。

・・・派遣社員の給料の低さだけが強調されるが、派遣より低い賃金で正規の介護職員の厳しい現実も何とかすべきである。
 派遣がだめなら介護職員があるじゃないか、という意見もあるのだろうが、「その年収では・・」と敬遠する人を誰が非難できるのだろうか。そして、これは農業でも同じである。

◆全国新規就農相談センターによると、就農1年目にかかる平均費用は、水稲が約690万円、露地野菜で約470万円に対し、平均売上高は水稲・露地栽培がともに約230万円と、5年以上経過しても事業を軌道に乗せることは難しいからだ。

 介護、農業をバカにするな、という特集タイトルの意味は重い。
 むろん、本意は「派遣で解雇されたって、介護や農業なら人手が足りないじゃないか、という世間の声に対する抵抗である。
 しかし、この機会に、介護、農業の世界では 派遣社員より低い収入で苦労してきたことを認知させたいという思いも感じられるのだ。

 これからは介護が大事だ
 これからは農業が大事だ

と言いながら、待遇面で正当な評価がなされていない現実をどうするかが問われている。

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March 08, 2009

愛知の武将観光とルーカス監督

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3月5日の中日新聞に「県が観光振興を強化 議会2月定例会で知事示す」とのニュースが載った。
 
富吉賢一産業労働部長は、県内の各地に存在する武将観光の資源から「武将のふるさと愛知100選」を選んだ上、誘客を促す意向を表明。「武将観光のシンボルとなる名古屋城本丸御殿復元事業にも支援する。名古屋市とも連携して武将観光のブランドを確立させたい」と答えた。


・・・「武将のふるさと愛知100選」は、まだ選定されていないということだ。
しかし、武将観光のツアーはすでに県下で実施されている。
 また、「武将のふるさと愛知」のHPは、かなり手の込んだ詳細なサイトとして完成されている。後述するが4000ページに及ぶそうだ。
http://www.busho-aichi.jp/

 愛知県の「武将観光」の取り組みは、「ニューツーリズム創出・流通促進事業」実証
事業採択状況のPDFファイルにも入っている。
http://tabihatsu.jp/special/newtourism/img/nt_jisho01.pdf

 そんな中で、たまたま目にしたのが、次のサイト。
http://samurai.kinbyoubu.com/ikisatsu/ikisatsu.html
=======================
◆2003年。
企画者であるdohalandは、愛知県の武将観光ウエブサイト「武将のふるさと愛知」の制作に携わりました。その頁数、なんと約4000頁!
 その際に、愛知の侍文化の深さ”江戸時代、なんと全国の約7割!!の殿様が愛知にゆかりのある人たちだったことなど”を知りました。
◆まさに、愛知は侍の国。
これは誇るべきオンリーワンの事実です。
ぜひともこの概念を全国に広め、観光やブランディングに役立てるべきだと考えました。
それと同時に、「侍」が世界に受け入れられるコンテンツであるため世界に発信するべきだと考えました。
========================
 
で、愛する愛知のために、どんなアクションを起こしたかというと、

侍好きのルーカス監督に、愛知での 侍映画撮影を懇願する署名

・・・・驚いた。
 実に夢のあるプロジェクトではないか。
 愛知の戦国武将の歴史を「世界的な監督の映画のロケ地」として選んでもらおうという組み合わせの発想だ。
 実現するかしないかではなく、このような署名活動を思いつき、プロジェクトとして始めてしまう行動力に憧れてしまう。
 たとえば、このような署名活動を授業で紹介したら、子どもたちの反応には2つの方向ができる。

①この署名活動に賛同し、広めるために自分が何をやれるか考えて、盛り上げる。
②自分ならどんな活動に取り組んでみたいかを考え、実現のための計画を立てる。

 ルーカスを呼ぶという「とんでもない」イベントだから面白い。
 でも、ひょっとしたら来てもらえるかも・・というところがミソだろう。

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March 01, 2009

エコキャップを集めることの意義は?

 エコキャップ推進協会という団体が中心になってペットボトルのキャップを集めている。
 春日井市の学校でもいくつか取り組んでおり、新聞でも県内の小学校の取り組みを紹介している。春日井市役所にも箱が置いてある。

 エコキャップ400個で10円。20円でポリオワクチン1つが買える。

 協会のHPには
◆ペットボトルのキャップで世界の子どもにワクチンを届けよう
◆あなたの行動が世界の子どもと地球の未来を創ります。
とある。

 趣旨は分かるが、少し引っかかる。
 
 エコキャップ800個で20円である。。
 
 うちの子どもの学校は「ありさん募金」といって2か月に1度、1円でもいいからと募金している。
 だいたいの子は10円持っていくそうだ。
 これなら、1回の募金活動で百単位のワクチンが買える。
 ワクチンを購入していますぐにでも救いたい命があるのなら、のんきに800個集めている場合ではない。

 アルミ缶なら1個1円になるはずだから、クラスで1個か2個のワクチンが買える。
 ペットボトル本体は、換金されないが、換金システムができればキャップよりも額が多い。

 かつて、プルキャップを集めて車いすに換える活動もあった。
 これも、どうしてアルミ缶そのものでないのか、疑問を感じていた。

 学校への持ち運びが容易なのはわかる。
 それにしても、わざわざ、金額が小さくなるような方向で運動を進めているように思えてならない。
 「どうせ、捨てればただのゴミなんだから」という意味もあるし、
 「捨てれば環境にも悪いんだから」という意味もあるし
 「直接お金を集めるのは問題があるのでは」という意味もあるのだろう。

非 効率な活動だなあと思ってしまうのですが、みなさん、どう思われますか?

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«「お任せ」文化は、日本の誇り!~「クオリア立国」~