January 10, 2021

「葉桜の季節に君を想うということ」

2004年のミステリーだから「何を今更」という読書。
たまには小説を読もうということで、「ミステリー」で検索したらヒットした作品。全く予備知識のないままに手にとってみて、どんでん返しのトリックにまんまとやられた。それはともかく「咲き終わった桜も精一杯生きている」というメッセージは60歳目前の自分には心に響いた。題名の割に、文章はちょっと軽いけど。
ところで、読むまで全く知らなかったが、実家の清洲町が出てくる(今は清須市)。「名古屋の市場にある飲み屋」を探すくだりで、金山や納屋橋を探して最後に見つけたのが清洲町の「市場」。先週も歩いたJR清洲駅付近の描写にビックリした。なお、作者が同じ1961年生まれであることもビックリした。
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January 04, 2021

「人はいかにして学ぶか 日常的認知の世界」(中公新書)

「人はいかにして学ぶか 日常的認知の世界」(中公新書1989)

稲垣佳代子、波多野誼余夫の共著という点では、あの1973年の「知的好奇心」と同じだ。
学ぶところが多く、たくさん付箋を貼った。厳選すると以下の箇所。

経験と知識の獲得との関連については、第二章の「現実的必要から学ぶ」が深い。

◆金魚の飼育経験のある子どもは、金魚についての概念的知識を獲得しただけではなく、この知識をもとにして、他の似た動物について類推することもできた。(中略)彼らは、その動物の生態について、大人も顔負けするほどの知識を獲得していることが珍しくない。(中略)これらの事実は、伝統的な学習の説くところとは違って、人は、能動的に環境と交渉し、そこから自分なりに知識を構成していける存在であることを示唆しているといえよう。p32


興味関心の高さが、知識獲得を促す点については「第三章 知的好奇心により学ぶ」

◆子供たちが磁石遊びを終えた時点で、どんな事物が電磁石に吸い付くかを、いろいろな仕方で聞いてみた。すると、探索を熱心にあった子供ほど、そこから学んでいることが多かった。どんなものが、どんなふうに磁石に出かに関して、正確に答えることができたのである。

・・・「角砂糖が水に溶けた時の重さ」について集団討論の効果について説明した次の箇所も興味深い。仮説実験授業を参観したのかなと思わせる場面だ。

◆観察後には、討論群もそうでない群も、ひとしく「砂糖は水中で溶けても重さは変わらない」と答えることができるようになった。しかし、なぜ変わらないのか、その理由を聞いてみると、討論群の子どもでは十分な説明を述べることができたが、ただ観察しただけの群の子どもでは、それができなかった。51ページ

◆彼らは、得られた結果だけに満足せずに、どのようにしてその結果が生じたのか、自分たちの行為と結果との因果的な関連を理解しようとしているのである。53ページ

・・・因果関係を自分で考え、自分の中で生じた事象に整合性を持たせたい(自力解決したい)というのが、「知的好奇心」であり「学ぶ意欲」であるのだと理解した。


また、文章の読み取り=イメージ確定についての次の箇所も印象に残った。

====================================
書いてあることがわかるだけで満足するのではなく、そこに直接書いてないことを推測し、書いてあることに照らしてその推測が正しいかどうかを吟味していく。こうすることによって、書いてある事を超えてより深く理解することができる。54ページ
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◆人は、たえず自分なりに納得のいく、整合的な世界のイメージを構成しようと努めている存在なのである。

◆理解するためには、新しく入ってくる情報を既有の情報と関連づけ、そこに整合的な関係を見出すことが必要である。

・・・「AとBの事態を理解するには、Cという解釈をしないとつじつまが合わない」といった思考過程だろうか。

子どもは「整合性」なんて言葉を知らなくても、整合性のある解釈をする。
それが「知性」だ。

ちなみに、何の根拠もないが、子どもは「穴うめ」問題が好きだ。
空欄を見ると、前後の内容からの類推で埋めてみたくなる(「文字数指定」があると類推もさらにやる気になる)。
それは「整合的に物事を理解したい」という知性の表れなのだと思う。

 

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「語彙」にこだわる

品のない論争の場合は、悪意のある同義語を駆使して、イメージダウンを図る。これを「攻撃用語」と呼ぶ。
例えば、昨年12月30日の中日新聞の社説。

今年大統領選が行われた米国では現職大統領が自国民を威圧、分断し、投票結果にも難癖をつけて覆そうとしています。

・・・「威圧、分断」はトランプ陣営だけの問題なのか、「難癖」とあるが全ての投票結果に不正はないと確定したのか、そう思うと、明らかに攻撃用語を駆使しているなと思う。

追求する野党議員に対し、安倍氏はこう強弁し続けました。これらがすべて虚偽だったわけです。
(中略)安倍氏が首相任期在任中、国会審議の中で行った虚偽答弁は百十八回に上ります。

・・・安倍氏本人は「結果として、答弁の中には、事実に反するものがあった」と述べている。
「事実に反する答弁」と「虚偽答弁」は意味が違う。「虚偽答弁」は意図的なものだ
相手を貶めるために「虚偽答弁」という表記を使い、フラットな「答弁」を。悪意ある「強弁」に置き換えて「傲慢さ」を印象付けた。
私は冷静に読んでいるが、この社説を読んで「安倍氏はとんでもない」と思う人もいるわけだ。

言葉にはフラットなものと、感情を加味したものがある。
野球の試合の「勝利」がフラットなら、「快勝」「大勝」「楽勝」「辛勝」は感情が入っている。
「勝利」の反対語は「敗北」。「敗北」と言った時点で感情が含まれている気もするが、「惨敗」「惜敗」「大敗」などが感情の入った表現だ。スポーツ新聞の見出しは、語彙の宝庫である。

前にも書いたが「言いました」は、場面に応じて様々に言い換えることができる。
言い換えることで、その場に応じた感情を加味することができる。
だから「要約・大意・ストーリー」にこだわると、些細な言葉の違いにこめた感情がスポイルされる。

若い頃、「何が書かれているか(内容読み)」と「どう書かれているか(表現読み)」の双方の指導が必要だと教わってきた。
時々そのことを思い出して、内容に偏りがちな自分の読み方を戒めている。

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「語彙力を鍛える(6) ~ワーキングメモリーが弱い子ども~

手元に「読み理解を促す語彙学習」の資料がある。

「実践障害児教育」2019年1月号・2月号「学習困難な子に効く ワーキングメモリー活用術」河村暁氏の論稿だ。

冒頭に「語彙はなぜ大事なのか」の章がある。

◆「今年の柿は 豊作で、安い価格で おいしいものが 出回っている」

子供に馴染みがない太字の単語を「実在しない非単語」に置き換えると、例えば次のようになる。

◆「のけさの柿は くみぬらで、安いそめらで おいしいものが どみらみもいる」

知らない単語に出会った子は、たとえ文字は読めても意味が分からないことを、このように非単語を用いた文例で示している。

河村氏は「ワーキングメモリーの言語領域が弱いと、語彙量が少なくなりがちである」と述べる。

①初めて聞く音を覚えられない
言語領域のワーキングメモリーが弱い子どもの中には、初めて聞く言葉を正しく認識できない子がいる。
「へいこうしへんけい」のような長い言葉を「へい・・」としか復唱できなかったり、「テレビ」を「てびれ」にように覚え間違えたりして、効率的な語彙学習が難しくなる。

②情報を処理しながら覚えられない。
文章を読むことは子どもの語彙の大きな供給源になっている。しかし言語領域のワーキングメモリーが弱い子どもは、言葉の意味を学ぶ学習(情報の処理)をしている間に言葉を忘れたり、言葉の意味を思い浮かべられなかったりして、効率的な学習が難しくなる。



定型発達の子は1年間におよそ7500語(1日に20語)の言葉を覚えていく。
語彙量が多い子は、読んだ内容を理解できるので読書量が増え、ますます語彙量が増える
一方、語彙量が少ない子は、読んでも理解できないので読書量が増えにくく、語彙量も増えない。各教科の「れき岩」「前方後円墳」「直方体」などの単語の意味を覚えにくい。
しかも、「読めない」「書けない」に比べて、語彙量が少ないことは発見されにくい。

・・・このように「語彙の少なさ」が抱える課題は多いのだ。

①その言葉を知っているかどうか・・「既知度」
②どういう意味か・・・・・・・・・「辞書的定義」
③どんな風に使うか・・・・・・・・「文脈的定義」

の3つの質問で子どもの語彙量を把握せよと述べているが、この①②③は語彙習得のステップである。
ステップ③までいかないと、語彙は自分のものとして活用できない。

部屋の整理をしていたら、息子の大学入試問題集が出てきた。
数学や物理の問題は、まさに「宇宙語」で書いてあるように思える。

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January 02, 2021

テキストを鵜呑みにしないために、「拡散的思考」で読む。

一読総合法では、教材文のシートに「書き込み」をしながら読ませていく。
宇佐美寛氏は「ケンカ読み」と言って一文ずつ疑って読むことを勧めた。

ずいぶん前の「ウミガメのはまを守る」(小四 東京書籍)の授業メモが出てきた。

第一段落は次の通り。

静岡県御前崎町のすなはまには、毎年五月から九月にかけて、アカウミガメがたまごを産みに上陸します。その数は百頭以上、多い年は五百頭を超えます。毎年これだけの数のアカウミガメが上陸するすなはまは、それほど多くはありません。

・・・最初は、要約で授業を進めるつもりだったが、本文を見て、ここは導入でもあるし、一文ずつ疑問を出させていきたいなと思った。
 「収束的思考」よりも「拡散的思考」を狙ったと言える。
テキストを鵜呑みにしない「情報リテラシー」の態度の育成とも言える。
「主体的に読む」ということになるかもしれない。
 

◆静岡県御前崎町のすなはまには、毎年五月から九月にかけて、アカウミガメがたまごを産みに上陸します。
①ウミガメが上陸するのは御前崎町だけか。
②なぜ五月から九月なのか。
③アカウミガメってどういう亀なのか。
④アオウミガメはいるのか。
⑤なぜアカウミガメと言うのか。


◆その数は百頭以上、多い年は五百頭を超えます。
⑥最近は減ってきているのか。
⑦今年は何頭来たのか。
⑧五月から九月で上陸する数は違うのか。


◆毎年これだけの数のアカウミガメが上陸するすなはまは、それほど多くはありません。
⑨「多くはない」ということは、他にどこに上陸するのか。
 

・・・一段落、三文しかないのに、たくさん疑問が出たね、と感心してみせた。
ここで出した疑問について教材の後半で答えが出ることもあるし、教科書だけでは最後まで分からないこともある。
それでも「疑問を出させる」ことは「細部にこだわる」ことである。
確かな意味を確かに読みの力を育てるには細部にこだわるよりも必要であると思う。

この時は「疑問」を用いた。
今なら「わ・き・お」を使って、まずは拡散させるだろう。

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January 01, 2021

受験学力は、情報処理能力である。

受験学力、受験対策、受験テクニックと言うと、マイナス評価で受け止められることが多い。

しかし、一定の時間で解答を求められる「入試」は、情報処理能力を鍛えている。
国語の入試問題は、聞き慣れない用語も多く、語彙力を鍛えている。

テスト対応の授業は「受験テクニック」という言い方をされることもあるが、いいかげん、そのようなレッテルを貼るのはやめて、「情報活用・情報処理」という視点で評価すべきだ。
そのためにも、そもそも高校入試・大学入試等を、「情報活用・情報処理」という視点で評価すべきだと思う。

「受験学力=暗記力が高くたって、そんなの将来の役に立たないよな」と言われがちだが
「受験学力=情報処理能力の高い人は、将来役に立つよね」と評価すべきだ。受験を勝ち抜いた学生の情報処理能力は素晴らしいのだ。

国語の入試問題では「本文を読まなくても、設問を読めば、およそ解答は検討がつく」と言われることがあるが、これも受験テクニックではなく、情報処理能力だ。

なお、「選択肢の中で、断定して書いてあるものは疑った方がよい」と言われることがあるが、これは情報リテラシーの能力として考えた方がよい。
そういう意味では、文章の全体をパッと把握する処理能力も大事だが、文末表現の細部の違うを見抜くリテラシー能力も極めて大事だ。

集合で言えば

A・全て 「事実」である。
B・一部は 「事実」である。
C・一部は 「事実」でない。
D・全て 「事実」でない。

の4つをきちんと区別し、次のようなさまざまな否定のニュアンスもきちんと把握できる能力を育てたい。

A:必ずしも「事実」ではない。
B:「事実」と言えないことはない。
C:「事実」が決して少なくない。
D:「事実」が少ない。
E:全て「事実」でない

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簡単だから難しい

市の教員会から干支にちなんだ原稿を書くように依頼があった。

退職予定の校長の中で自分に回ってきた仕事だ。

 

少しの違い               

「丑」という漢字は十二年に一度しか意識しないから、すぐ忘れてしまう。「五」や「互」に近いから、かえって覚えづらい。

 先日、二年生の子が漢字の間違い直しで苦労していた。「来」が書けなくて「半」と書いていた。「惜しいね。」と声をかけると「米」と書き直した。なるほど、確かに「半・米」と「来」はよく似ている。「丑」が覚えられない自分には、よく似た漢字で苦労するこの子の気持ちがよく分かった。

 「恕(じょ)」という漢字がある。「ただ一言で生涯行うことができるものは?」と問われた孔子は「恕」を挙げ、その意味として「己の欲せざる所、人に施すなかれ」と説いた。「怒る」と「恕す(ゆるす)」は「又」と「口」の違いだけなのに意味は真逆だ。

 ストレスマネジメントのアドバイスに「辛い気持ちを乗り越えると幸いになる」とあった。「辛」と「幸」が一画違いというのも意味深い。

 日々の生活も「怒と恕・辛と幸」の繰り返しであるが、禍福は表裏一体だから「辛・怒」がなければ「幸・恕」は味わえない。残る一年は「辛・怒」を受け入れる自分でありたい。

 

・・・よく似ているから簡単なのではない、よく似ているから混同しやすいから難しい。

「簡単だからすぐ覚えられるよね」などとアドバイスしてはいけないのだ。

自分も、ハングル語の1から10の漢数詞は、到底、覚えられないと思う。

数字・ひらがな・カタカナ・アルファベットで、つまづく子たちに優しい教師でありたいと、今更ながら思う昨年だった。まだまだ教師修行は続く。

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December 28, 2020

要約は総合的な表現活動である(3)

キーワードを選ぶ作業は難しいが、題名がそのままキーワード・キーフレーズになることが多いので、物語にしろ説明文にしろ、まずは題名に着目させる習慣をつけさせたい。


◆「ごんぎつね」
◆「アップとルーズで伝える」
◆「三つのお願い」
◆「初雪のふる日」


・・・主人公や題名を第1キーワードとしたら字数制限まで拡大させる。
要約なのに「字数を増やす」ことができる。

 

◆つぐないが通じず兵十に撃たれた「ごんぎつね」
◆「アップでルーズ」の違いを生かして効果的に伝える」
◆「三つのお願い」で一番大切なものは友達だと気づいたレナ
◆「初雪のふる日」に白うさぎにさらわれそうになった女の子

 

・・・第1キーワードに比べて、第2・第3キーワードは特定しにくい。

新聞では、見出しの横に小見出しがあって、記事本文の概要が分かるようになっている。
見出しが第1キーワード、小見出しが第2・第3キーワードだ。
 

題名をアレンジするという点で、かつて中学校の『故郷』の授業では、次のようにサブタイトルをつけさせたことがある。

◆「故郷~変わってしまったルントウの今と昔」
◆「故郷~変わり果てた人々と小さなのぞみ~」
 

・・・このダイアリーも「要約指導の第一歩 ~題名に注目する~」というようにサブタイトルをつけてみたので、第2キーワードが意識できる。

上記の4つの作品なら、例えば次のようになるだろうか。


◆「ごんぎつね」・・・ つぐないが通じず兵十に撃たれた狐の悲劇
◆「アップでルーズ」・・情報を効果的に伝える2つの方法
◆「三つのお願い」・・・一番大切なものは友達
◆「初雪のふる日」・・・白うさぎにさらわれそうになった女の子


・・・自分がこの作品をどう読んだか、一言でいうと何が書いてあると理解したかが、このサブタイトルに現れる。
おすすめの本の紹介のパンフなら、このようなサブタイトルをつける工夫もありだと思う。

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要約は総合的な表現活動である(2)

かつて、中三の教科書(光村図書)に「要約文の書き方」のコーナーがあり、次のような解説があった。
 

◆字数の制限に合わせて、この3つの要点を短くまとめたり、必要なことをやったりして、意味がよく通るようにつなぎ合わせていくと、正しい要約ができあがる。
 

・・・ これは「桃太郎」を文末にして「鬼退治」「犬・猿・きじ」を含めて20字でまとめる向山型の要約法と同じである。

ちなみに松本成ニ氏の次の主張も同じ意味である。

「○○字の要約」を求める場合、ともすると文中の<単語>を適当に抜き出して字数制限いっぱいにまとめ上げる人がいるが、それは根本的に間違っている。Sum up または Summarizeという作業は文章中の<命題>を大事な順に抜き出して足していくのである。「現代文の科学的研究1 評論編」あずみの書房 26ページ


・・・主人公や題名を第一キーワードを決めたら字数制限まで拡大させる。
要約なのに「字数を増やす」ことができるのだ。


◆つぐないが通じず兵十に撃たれた「ごんぎつね」
◆「アップでルーズ」の違いを生かして効果的に伝える
◆「三つのお願い」で一番大切なものは友達だと気づいたレナ
◆「初雪のふる日」に白うさぎにさらわれそうになった女の子


・・・ なお、松本氏は前掲書で、「モチーフは、テーマをさらに煮詰めて『〇〇の××』のようなフレーズ(句)の形に直したもの」と述べている(49ページ)。「桃太郎」の要約指導は、句の形で表現させるモチーフ型ということになる。

 蛇足ながら、向山洋一氏の実践の1つ、「恵理子は昨日新潟に行った」を「恵理子」「昨日」「新潟」で終わる一文に書き直すレトリックの指導は先の要約指導につながっている。
要約指導が日々の表現活動の訓練の成果であることがよく分かる。

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要約は、総合的な表現活動である(1)

(1)大事な箇所を絞り込む

大事な部分に線を引くように指示すると、何行も線を引く子がいる。一文どころか二文・三文とまたいでしまう。自信がないから絞れないのだろう。

だから、次のように、飾りの部分を削り大事な句や単語まで絞り込ませる訓練が必要になる。
 

◆「環境を大事にすべきではないでしょうか」→「環境を大事に」

◆「秘密を発見することができた」→「秘密を発見」

 
・・・要約指導は、主に理解活動として扱われるが、この「大事な箇所を絞り込む」を含む日々の表現活動の訓練の成果が如実に現れる。

 

1 常体で書く訓練
2 文末の「思う」を削る訓練
3 主語述語を見抜き、修飾語を削る訓練
4 「まず〇〇について述べる」のように、主張内容を〇〇で括る訓練(ラベリング)
5  意味段落に見出しをつける訓練(ラベリング)
6 主張や結論を先に述べる訓練
7 統括語や同義語等で縮める訓練

 

(2) ラベリング

作文やスピーチに取り組むと、「要するに何が言いたいのか」がはっきりしない子がいる。
主張や結論を明確に表現させる訓練の一つが、「次の○○」の部分のように予告文を入れたり、まとめの言葉を入れたりする「ラベリング」だ。

これが、上の5、6に該当する。
 

◆「まず○○について述べる」
◆「結論は○○である。その理由を二つ述べる」
◆「以上で、○○の発表を終わります」
 

本文が「具体」であるのに対して、ラベリングの言葉は「抽象語・統括語」になる。
このラベリングが難しいのは、文中にない言葉に置き換える場合だ。抜き出しなら容易だが、自分で考えるのは難しい。

 
◆「ちょっ、あんないたずらをしなけりゃよかった」 →「後悔」
◆栗や松たけを運ぶ  →「償う」
◆ごんのしわざだと勘違いして撃ってしまう →「誤解」

など、状況や心境を端的に表す適切な言葉を自分で考える訓練が必要で、これが上記の7だ。
受験でも「主人公の心境にふさわしい語を次から選べ」といった設問がある。答えに幅ができるから選択肢問題になる場合が多い。

同義語・類義語・対義語・抽象的な語彙をどれだけ身に付けさせるかで、要約文の質は、がらりと違ってくる。

だから「語彙」の指導が重要になるのだ。

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語彙力を鍛える(5) 〜齋藤孝著「語彙力こそが教養である」〜

「語彙力こそが教養である」斎藤孝(角川新書) 2016年版

語彙力が教養である事を説明するのに、斎藤氏は、「より多くの語彙を身に付ける事は、手持ちの絵の具が増えるようなものです」と「絵の具」の比喩を用いた。5、6ページ
 

「すごい」「やばい」「なるほど」「確かに」ばかり使う人は、8色の絵の具しか持っていない人。一方で、200色の絵の具を使える人は、あまねく表現を駆使して相手を動かします。部下にかける言葉も、自己アピールの言葉も、ビジネスでの商談も、プライベートな雑談も、「200色」の彩りを持って表現できるようになる。当然、それに伴って、あなたが受ける評価も大きく変わっていくでしょう。

 

・・・さすがだと思う。ここで8色と200色の絵の具の違いで説明するとは!

「彩り」という言葉も上品だ。

52ページには「頑張る」の別表現が例示されている。

「精一杯尽くす」「全力であたる」「精進する」「粉骨砕身する」「全身全霊を捧げる」

こうしたバリエーションの多さが知性であり、教養なのだ。

これまで私自身が意識してきたのは、次のような点だ。
 

※子どもの作文は「楽しかったです」で終わりがちだから、「楽しかった」以外の言葉を使わせる。

※会話場面で「○○さんは言いました」の繰り返しではくどいから、「言いました」以外の言葉で表現させる。

※文のつなぎが「そして」ばかりでは単調だから、別の語句を使わせる。
 

自分は何でも「最高」と褒める人を信じない。「最高」をそんなに乱発したら「最高」の意味がないからだ。同じ意味で「もう、最悪」などとよく言う人も信じない。「一生のお願い」を使う人も信じない。もっと、その場に合った言葉を吟味して使ってほしいと思う。

 

誰しも自分が頼りがちな口癖、常套句があるから、まずそのNGワードを自覚して封印せよ、そして別の言葉に言い換えよ、と斎藤氏は説く。

「語彙力」イコール「言い換え力」であることが、よく分かる。

ただし、NGワードを封印すると言いながら、そのNGワードを冒頭で使って、後で具体化すれば良いと述べているところもスゴイ。

 

◆一度「おいしい!」と感情を見せ、その後に「さくさくしていて、歯ごたえが気持ちいいですね」と続ける。そうすれば、ただ「おいしい!」で終わる場合と違って語彙の貧困な人には見えません。(中略)単純なワードを冒頭に持ってきてから具体的な描写に移る癖をつけると、バランスの良いコメントができます。46ページ

 

なお、斎藤氏は、語彙力を測るポイントの1つとして、「耳で聞いた単語を反射的に漢字変換できるかどうか」を挙げている。

 

◆私たちは、人と話している時やテレビを見ているときはひらがなの「音」を聞いているんですが、決して「平仮名のまま」理解しているわけではありません。無意識のうちにそして瞬時に漢字かな混じり文に変換しながら聞いてるんです。p34

 

なるほど。同音異義語の多い日本ならではの、語彙力の定義だ。

それは、脳裏に言葉のイメージが明確に浮かぶかという問題でもある。

入力した音を文脈に合わせて漢字変換できないようでは、語の意味、文全体の意味を理解できるはずがない。

 

ところで、語彙を高めるのに「漫画」が良いとは、斎藤氏は挙げていないが、以前から漫画はスゴイと思っている。

漫画の良いところは、言葉の意味を画像が補うし、文字情報も提示しているから「漢字仮名交じり文」で情報がインプットされること。テレビの場合は字幕表示していなければ、文字としては補えない。

音として入ってきただけの知らない言葉は理解できない。

辞書的な意味を知っただけでは、腑に落ちていないから、自分の言葉としてアウトプットできない。

「端的な言葉に言い換える」「分かりやすい言葉に言い換える」ためにも、語彙力を鍛える手立てをきちんと体系化したい。

「本を読め」だけでは、あまりに根性論的な指導なのだ。

確かに「語彙といえば、読書量」となりやすい。

しかし、振り返ってみて、自分はそんなに読書をしてきたのかというと、案外そうでもないのかなと思う。

読書にも質があるから、軽い読み物を好んだ自分の語彙が、難解な文章を読む際に役立ったとも思えない。

2人の息子も、読書に熱心だったようには思えない。

となると、結局、日常生活と異なるジャンルでの語彙習得に一番寄与したのは、高校や大学の入試問題かなと思う。

実際のところ、久しぶりに大学入試問題に取り組んでみて、頭が「難解な論説文」モードに入った。

「入試」という壁がなければ、あれほど難解な評論文を読む機会もなかっただろうと思う。

 

語彙力は教養の表れであり、ウイットに富んだ会話ができると信頼を得られると斎藤氏は述べているが、そういうことで語彙の必要性を語る気はない。

◆正しく情報を読み取り、かつ他者に伝えるために必要なのが語彙なのだ。

◆難しい言葉を分かりやすく言い換える具体化、冗長な言い方を端的に言い換える抽象化、この抽象と具体の往復ができることが語彙力なのだ

と思っている。

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語彙力を鍛える(4)

これまで一度も目を通したことがなかった光村図書の指導書。


「小学校国語 語彙に着目した授業事業をつくる」(本校にあるのは平成27年度版)
 
語彙の習得過程について、次のようなステップを示している。
 
1、ある教材での「語」との出会い
2、語の様々な面の学習・・・・語構成、語源、新出語句や難語句の学習
3、「理解語彙」として学習・・教材本文に食した文脈的な意味
4、認識、想像、思考・・・・教材以外に広げた応用場面での学習
5、「表現語彙」として習得・・自分の表現のための語彙の活用
 
 理屈がややこしい中で、一番腑に落ちたのが、「外国人児童への語彙指導のアイディア」のページだ。
「語彙」の課題であると同時に「スキーマ」の課題なのかと思う。
 
◆異なった文化背景を持つ児童は、日本で暮らしてきた児童、教師が当然だと思い、気にも留めていないことがわからないことがある。これは、一つ一つの言葉の意味が理解できても、場面の状況が正しく把握できないことにつながる。
 
・・・とあるが、これは当然、日本の児童にもあり得ることだ。

小学生にとって、自分の周りとは違う環境を「異なった文化背景」と受け止めるのは当然のことなのである。小学生は日本人としてとらえるより、外国人として捉えた方が、指導のモレがない。 
指導のポイントの「言葉を言葉だけで説明しない」が重要な指摘だ。
 
◆児童がわからない言葉を、他の言葉に言い換えたり、優しい言葉で説明したりする事は有効だが、それだけにとどまらず、実物や写真を添えて説明することが大切になる。


 
「理解語彙」として学習や生活の中で定着させるための継続的な手立てについて、本文を自分なりに①②③で整理してみた。
 
①児童が新しい言葉に出会う場面で、実物や絵、図、映像があったり、体験ができたりすれば、理解における言語面での負担が減る。

②表現するときにも、具体物やジェスチャーなどの手段を利用できれば、児童の負担が軽減される。

③学んだ表現や学ぼうとする語彙などの言語材料を補助資料として提示しておき、児童が自らそれを利用して、理解したり表現したりすることができるように環境を整えれば、学習の助けになる。
 


◆日本語を母語としない児童は、単に日本語が理解できないだけではなく、日本で生活できた児童が当然のように接してきた言葉や物語、気候、行事、風物詩に触れていない可能性が高い。「読むこと」の学習、特に文学作品においては、言葉から場面を想像することや事物や天候等の描写の象徴性に気づくことを気づくことができないことで、学習に支障をきたすことが少なくない。だからといって、教師がつきっきりで言葉の説明をすることも現実的ではない。
そこで、作品中の言葉を取り上げた「絵言葉辞典」をあらかじめ作成しておくと、児童が授業中に参考にでき、また自宅学習でも活用でき有効である。

 
・・・ここも、もちろん日本の児童も起こりえる。
「絵言葉辞典」とは、教材に出てくる言葉で、児童の生活経験上ではあまりなじみのないものの名前や動き、様子を表す言葉を取り上げ、絵や写真、図表などを添えて説明するものである。
デジタル教科書には、よく参考となる写真や動画などがついている。無論、教科書の挿絵や写真なども子供たちの知らない言葉(概念)を補足する手立てになっている。

以前「スキーマ」に関わって、子どもの理解の補助資料を準備することを書いた。

「語彙」に関わる支援と重なっていることがよく分かる。

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語彙力を鍛える(3) 言語コード論

『学力を育てる』志水宏吉著(岩波新書)2005年初版。

◆バーンステインの「言語コード論」が印象に残っている。

労働者階級の子どもが中産階級の子どもに比べて、学校で成功しにくい(よい学業成績をおさめにくい)理由を探る中で、彼が注目したのが「子どもたちの言語使用」である「言語コード」であった。
中産階級の家庭では、5W1Hが伝わる「精密コード」での会話がされる傾向が強い。
一方、労働者階級の家庭では、「メシ・フロ・寝る」のような単純な言葉(限定コード)で会話が成立することが多い。

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文化伝達の機関である学校では、授業を中心とするほとんどのコミュニケーションが精密コードでなされるため、それに習熟しているMC(ミドルクラス)の子どもたちは成功しやすく、逆に習熟していないWC(ワーキングクラス)の子どもたちは成功しにくくなる。
端的に言うならば、母親の話す言葉と先生の話す言葉とが近いWCの子どもたちはスッと自然に学校生活に入っていけるのに対して、その両者のギャップが生じやすいWCの子どもたちは、学校不適応・学力不振に陥りやすいというわけである。P101
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・・・「論理的な表現」と「精密コード」が一緒だと思って読んでいたが、今は「語彙」と一緒かと思う。


============
クラスで喧嘩やトラブルがあったときに、あったことを筋道立てて説明できる子がいる一方で、言葉にならず、感情の赴くままの言動に走ってしまいがちの子がいる。バーンステインの「言語コード論」は、そうした現象の底流にあるものを析出しようとするものであった。P104
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・・・家庭の言語環境(保護者の言葉かけ)が学業成績に大きな差を生じさせるとしたら、日本の一般家庭はどうか?

日本の家族の会話は、子どもに合わせて易しい言い回しをすることが多い。
それが「限定コード」=「語彙習得の機会損失」になっているのではないか。

言葉足らずな表現を大人が安易に受け入れてしまうことについては、かつて次のように書いた。

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皆さんのお子さんは、言葉が足りないということはありませんか?
うちの息子は大学生ですが、テレビを見ながら、よく「水」と言います。
すると母親は「そうか、水が欲しいんだな」と水を用意してしまいます。
世間では旦那さんが「飯・フロ・寝る」しか言わないなんて話題になりますね。
これ、家族なら伝わりますが、社会では通じません。

給食の時に箸を忘れた子は、(本校では)職員室にスプーンを借りに来ます。

「先生、箸を忘れました」っていう子には、「だから何ですか?」と聞きます。

「スプーンを貸してください」と言う子には、「なぜですか?」と聞きます。

「何年何組の〇〇です」「箸を忘れました」「スプーンを貸してください」

この3つがそろわないと言葉足らずで相手に伝わらないのです。
これからは「伝え合う力」が求められます。
ご家庭でも「水がほしいんだね」みたいに子どもの言葉足らずの部分を先どりするのではなく、ちゃんと自分の言葉で説明する訓練をしていただきたいです。

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不十分な子どもの言葉を安易に受け入れる大人は、語彙力をスポイルしているのだ。

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語彙力を鍛える(2)

樋口裕一氏の2冊の本。

◆「『頭がいい」の正体は読解力」 幻冬舎新書 2019年11月版
◆「すばやく鍛える読解力 」幻冬舎新書 2020年9月版


どっちがどっちか分からなくなるほど、同じようなテーマ。全く同じ内容の部分もある。

(1)語彙力を鍛える
(2)文章力を鍛える
(3)読解力を鍛える。


2019年の書籍を、2020年に焼き直したという印象が強い。
語彙力を鍛えるためには「言い換え力」が大切だと説き、練習問題を課している点は同じだが、2020版は、リニューアルして7つに減っていた。

①提示された一文に合う具体例を示す
②提示された一文に合うまとめの言葉を入れる
③持って回った表現をわかりやすく書き直す
④漢字熟語などを加えて簡潔な文に変える
⑤直接表現を婉曲表現に書き直す
⑥「言う」「行く」などを別の表現に改める
⑦古文を現代文に訳す


・・・この中で、まず、面白いと思った1つが⑥。

「言う」は、抗議する・叱る・語る・つぶやく・ぼやく・約束するなど、場面に応じて様々な表現が可能だ。
逆に場面状況を理解しないと、適切な「言う」の代案が出てこない。
こういう指導は、とても大事だと思う。

光村図書の「国語教育相談室(小学校)」98号にあった実践は、セリフ中心の「お手紙」で、「言いました」で終わりそうな箇所に、別の表現を入れてみようという試みだ。
https://sns.toss-online.com/u/54vxkxbuoo/gufhfoyok6usjt

これぞ、語彙指導の授業だ。

続いて、面白いと思ったのが③と④。例文が良いので納得感が強い。

③は、わかりにくい文を、やさしい文に改める問題

◆政府の度重なる失態が原因で国民の信頼が失われ、その結果として経済が末期的症状を呈するに至ったため(後略)
→政府が何度も失敗したため、国民が信用しなくなりって経済がひどいことになったので・・・


④は、③の逆で簡潔に言い換える問題

◆子どもたちが勉強したいという気持ちをだんだんともたなくなっているのが、勉強できない子が増えている原因だと思うが(後略)
→学習意欲の減退が学力不足の子どもが増加している原因だと思うが・・


・・・子供の言い訳が冗長すぎるとき「結局、何があったの?」と結論をきちんと言わせるのは、まさに、この③や④の対応なのだと思う。
 やさしく言い換えたらかえって分かりづらくなることもあるし、簡潔に言い換えたら熟語が多くてかえって分かりづらくなることもある。
 そのバランスを調整できるのが「語彙力」だ。

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高学年の授業は、語彙との闘い!

小学館の「教育技術」今月の5・6年号に、次の記述があった。

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◆高学年の授業は、語彙との闘いなんです。科目によっては、1時間授業をしただけで、学習に必要な語彙が一気に増えることも多いのです。読み書きに課題がある子は、『授業に参加するための語彙』を意識して指導して欲しいのです。
新しい語彙への抵抗をなくすためには、言葉に触れる回数を増やすことが大切です。勉強として『暗記が必要』になると本人も心理的な抵抗感も大きくなるので、それ以前に、『何となく触れておく機会』が欲しいのです。私は『NHK for スクール』の視聴などもよい方法の1つだと思っています。P64

NPOえじそんくらぶ高山恵子氏と松江市の支援学級担任の井上賞子氏の担当
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あるオンラインセミナーで新井紀子氏が、次のように発言した。


「中学を卒業するまでに、中学校の教科書を読めるようにすることが公教育の最重要課題」

・・・新井紀子氏が、中学校の教科書が読めない子が三割いるという指摘も同じだ。
日常会話に必要な語彙に問題がなくても、ふだん使わない学習の語彙に問題があれば、授業にはついていけない。

難解な用語が苦手な子は、まんまと詐欺にあう。
語彙不足・基礎的読解力の不足は国家の危機なのである。

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