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November 29, 2004

図画工作の指導は本物で

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 11月28日(日)、たじみ創造館ギャラリー工房というところに「内田新哉 ギアリンクス詩画集原画展」を見に行った。なぜ行ったのかという理由は省く。内田さんのHPも参考にしていただければと思う。
 繊細なペンのタッチと淡い水彩絵の具のタッチに感激しながら原画を見入った。上に提示した絵では、さすがに水彩のタッチまでは分からないが・・。
 もちろん、絵画にはいろんな用法があることは分かる。
 しかし、このように「水彩絵の具の使い方をうまく生かした絵画をよく見てごらん」と見本を子供たちに示すことはあまりない。「いわさきちひろ」や星野道夫さんのカレンダーを教室掲示する先生はおられるが。
 小学校の図画工作の教科書は大半が子供の作品で、見本というにはあまりにも技術レベルが低い。
 内田新哉氏の作品はA4サイズ程度のものも多かったから、そのまま教科書に載せられる。そのような本物の見本こそをきちんと子供に提示して行くべきではないのだろうか。
 子供作品の見本ということならトスランドに子ども美術館がある。
 酒井先生のサイトにはたくさんの作品が掲示されている。
 水彩のタッチまでは分からないが、よりよい見本を与えてよりよいイメージを持たせること、より確かな技術を教えていくことが大切だと思う。
 同じサークルの先生は、サークルの先輩の指導した児童作品を掲示して絵画指導を進めた。
 子どもにしてみれば「百聞は一見にしかず」である。先生が「こういう絵を描かせたいんだ」と理解できるのだから無用な混乱もない。
 ちなみに中学校では美術の資料集を別に購入する(本校では800円程度)。見本作品をたくさん示すためには、これぐらいの投資は必要である。
 そもそも図工の教科書のあの薄っぺらさは何なのだ?
 無料配布だから販売価格に制約がある。したがってカラー印刷の図工教科書は薄っぺらにならざるを得ない。全く本末転倒な話である。

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November 27, 2004

重松清の世界 『エイジ』

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 『エイジ』は、新潮文庫と朝日文庫から出ているらしい。
 大元は朝日新聞の連載だったそうだ。
 中学生の通り魔事件という現代的な事件をモチーフにして、中学生の心理を鋭く描写している。
 したがって「きよしこ」と違い、作者の実話かどうか迷う必要はない。
 それにしても主人公エイジの心理描写がすごい。
 部活動への思い・恋愛感情・クラスメイトの分析など、エイジの独白が中心になっている。
 同じクラスの生徒が通り魔事件で捕まる。
 戻ってきたらどうしよう・どうやって受け入れようといったクラスの生徒のリアクションもリアルに描かれている。
 次第にエイジは「ひょっとしたら自分も通り魔になるかもしれない」と思うようになる。そして仮想殺人を起こす。
 エイジにも通り魔の要素がある。本当にエイジも通り魔になるのではと、ドキドキしながら読んだ。
 クラスの友達は事件を異様にはしゃいでいたが「うちの母親が通り魔に襲われたらどうしよう」と悩むようになる。 
 この友達のキャラがいい。
 このキャラのおかげで、重い空気が和らいでいく。それは読者のとってもそうであり、エイジのクラスにとってもそうなのである。
 通り魔のクラスメイトが戻ってきても受け入れられないだろう、と思っていた子どもたちが、結局は「犯人」を受け入れる。その結末でよかったのかどうか。
 そんなにあっさり受け入れられるなら、作品中盤での迷いや犯人への非難は何だったのか。
  『ナイフ』のどの章も深刻な「いじめ」がありながら、わりとすんなりと終わってしまった。その結び方とどこか似ている。 
 読み応えのある作品だっただけに、結びの部分にやや欲求不満を感じた。

 

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重松清の世界 『日曜日の夕刊』

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『日曜日の夕刊』 重松清 新潮文庫

同じく重松清の作品。これは短編集。
学級文庫に入っていたので給食の合間に少しずつ読んだ。
そして、ときどきハッとしたりジーンとしたりした。
最後にあとがきを読んだ。構成のうまさは宮部みゆきと双璧とあって、それほどの作家なんだなとあらためて感じた。逆に言うと何の先入観もないまま読んで、素直に感激したことがうれしかった。
ほのぼのとした感じがするのは家族や子どもからの視点が多いからだ。
そのことが「きよしこ」と同じ日に読み終えたことで一層明確になった。
個人的には「チマ男とガサ子」が自分のことのようで面白かった。
「すし喰いねえ」などのもの悲しいストーリーもいい。

ただ、『ナイフ』『エイジ』などの長編を読んでしまうと、『ビタミンF』も『日曜日の夕刊』もやや印象が薄れてしまう。
「後藤を待ちながら」などは、『ナイフ』の延長上にあるような作品だから。

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重松清の世界 『きよしこ』

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『きよしこ』  重松清 (新潮社)1300円

 何の先入観も持たず、一切の予備知識もなく、「きよしこ」という題の不思議さにひかれて読んだ。
 僕にとっての重松清第一段である。
 種明かしはしないが「きよしこ」の意味は意外で可愛らしい。こういうのは大好きである。
 主人公の幼少期から青年期までの、いくつかのスト-リーからできている。
 イッキ読みはできなかったが、どの話も吸い寄せられるように読み、たくさんの場面で思わずジーンとさせられた。
 これはきっと作者の能力の高さなのだろうと思う。
 僕の大学の友達は、浅田次郎の「蒼穹の昴」を読んで、作者のストーリーテラーとしての能力の高さにまいってしまったと話してくれた。僕は重松清にそれを感じた。
 壮大なスケールではないが、ほのぼのとした、そして心の細部に染みるその作品展開にまいってしまった。
 ただ、主人公の吃音や度重なる転校が実体験に基づくのかどうかがわからなかった。
 分からなければ読みが楽しめないということではないので、別にいいのだが、もしこれが実体験に基づいていないのだとしたら、逆にそれはすごい筆量だと思う。僕はそのことを詮索するつもりはない。
 あんなちょっとしたきっかけで吃音になるのか。
 吃音ゆえに、頭の中であんな風に言いたいことを考えるのか。
 自分の買ってもらいたいおもちゃがうまく言えず、クリスマスプレゼントを壊してしまう壮絶なシーン。
 せっかく自分のことを理解してくれる彼女(?)ができたのに、東京への進学を決意し、彼女に伝えるシーン・父親に伝えるシーン。
 どれも印象に残った。「北風ぴゅうた」もよかった。
 天童荒太の『永遠の仔』が児童虐待に関する参考になったように、『きよしこ』は吃音の参考にもなった。

 本校の図書館の本で何か紹介して、と言われたら「きよしこ」を薦める。

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November 21, 2004

三好万季『四人はなぜ死んだのか』

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恥ずかしながら(今さらながら)の読書記録第2段です。 
 1学期に中学校の図書館で、三好万季の『4人はなぜ死んだのか』(文芸春秋)を読みました。1999年発刊です。
 カレー毒物混入事件について中学生がネットを駆使して独自の主張した時事レポートということでずいぶん話題になったんですね。
 そういう事実も今回初めて知りました。
 ちょっと僕の文体(僕の目指すレポート)に似ていて驚きもしました。
 あのようにネットを駆使すれば、素人でも緻密なレポートが可能ということは今後のネットを利用した教育に1つのモデルを示したといえます。どこまで引用許可を求めるかも課題になりますが。
 僕は「カイワレ事件」について自分なりに追究し、授業にかけたことがあります。(「まるの会通信」96年8月号
 その時の問題意識でカレー毒物混入事件についても授業にかけてみれば、この本と対抗できたんだなと思います。

 ネット検索してみるといろんな中学でこの本が課題図書のような扱いをされていたようです。
朝日新聞で話題になったことが火をつけたようです。そのような状況もネットで知りました。
 本当に彼女が書いたかどうかを疑うHPもありました。
 でも、15歳の少女が書かなければあのレポートには価値がなかったのかというと、そうではないでしょう。
 誰が書いたとしても、あれくらいの情報入手がインターネットなら可能なのだということを実証したわけですから。

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November 19, 2004

重松清の世界 『ナイフ』

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恥ずかしい話だが、今年4年ぶりに中学校勤務になるまで
「重松清」についてほとんど知らなかった。
 ほとんどというのは『ビタミンF』で直木賞をとったということだけ。
 今年度、中学校に異動して学校の図書館の書籍・学級文庫として割り当てられている書籍を見ていて、妙に「重松清」が目に付いた。
 『きよしこ』『「日曜日の夕刊』などを先に読んだのだが、何といっても驚いたのが「ナイフ」(新潮社)だった。
 テーマは、ずばり「いじめ」。
 「いじめ」をモチーフにした4編と、授業ボイコットのような夫婦の出来事を描いた1編からなる作品集。
 冷淡ないじめのシーンは胸がえぐられるような思いだった。
 ①本当にこまで教師は気づかないものか。
 ②そこまでされても、子どもは教師に訴えないものなのか。

という思いもあるが、そうではない。
 ①こういういじめは間違いなくある。
 ②教師の気づかないようにいじめが起きる。
 ③子どもは、やすやすとは親や教師に訴えない。

という意識をもたねばならないことを思い知らされた。
 
 『ナイフ』の第3章の「大輔君」は、執拗ないじめにあう。
 1学期最後の日(結局本人が最後に登校した日になる)は、公開オナニーと称し、体を押さえつけられ、靴で踏みつけて射精させられる。
 幼なじみの少女は、その現場を目撃し、多少の良心の呵責も持ちながら、教師には言わなかった。
 教師に言ったらおしまいだという子供間の暗黙のルールを守るのだ。
 幼なじみの子がそこまでされても教師には訴えないのだということが教師の僕にはショックだった。
 そうしたルールの遵守は1章でも2章でも見られた。
 いくらひどいいじめでも親や教師には言わないのである。
 
 振り返って、自分のクラスをながめてみる。
 本当はいじめの事実が見えていないだけなのではないか・・・。
 「親友だよね」と言いながら相手を威圧する「えびす君」のような子がいないかどうか・・・。

 『ナイフ』の発行が1997年。
 7年前だから、やはり「いじめ」が話題になった頃だ。
 この本の存在を知らずにいたことは残念だと思う。今なら新潮文庫からも出ている。
 春日井まるの会は、以前「いじめ」に関するレポートをまとめて冊子にしたことがある。
文部省がいじめの緊急アピールを出した年だ。
 その中で、僕もいくつか書いた。
 「親や教師に言えないようないじめがあると思え」というようなことも書いた。
 忘れかけていた当時の「いじめ」への意識を喚起させてくれたという意味では、中学異動した今年、この本を手にすることができてよかったと思う。
 この本を読んでからクラスを眺める意識が明らかに変わった。
 ありがたい出会いであった。

 ただし『ナイフ』は重い。
 ほかの人にどの本を薦めるかと言ったら『きよしこ』を選ぶ。

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November 18, 2004

この詩は「夏」か「秋」か?

 今日はある小学校で研究授業がありました(5年)。
 授業者は2年目で、トスデイ春日井参加名簿にも名前がある方です。
 子どもの反応がすばらしく、とても勉強になった授業でした。

★詩の季節を答えさせる★

 導入で矢川澄子さんの「はつなつあきふゆ」という詩のNo23を紹介しました。
 この矢川さんのの詩を4月から時々子どもに提示しているのだそうです。
 提示されたのは次の穴あきの詩です。

  ○みのりはおぼえましたか
  ○りはうまくなりましたか
  ○まのぼりはどうでしたか
  ○みましたか、 しゅくだいは
  ○んなてをあげてください

 ○の中には「なつやすみ」が入って季節が「夏」になるという流れです。
 導入部分ですから、すんなり「夏」が確定して次にいくと思ったら、反対意見が出ました。
 「おぼえましたか、なりましたか、と聞いているから、夏は終わっている。
だからこの詩は秋だ」
 
 
 すばらしい。
 確かに、この詩の中では、楽しい夏休みは終わっている。
 この詩は楽しかった夏休みの思い出を列挙しているのだ。
 先生自身が、このような反論を想定していたかどうかは分からない(指導案にはなかった)。
 それでも、こういう意見が出るところがすばらしかった。
 先生は「そういう意見もあるね」でかわされたが、いくら「なつやすみ」が隠れているとはいえ、
季節は「秋」(夏の終わり)という意見は決してあなどれないという気になった。

 もちろん僕も、夏か秋かどちらかに決めてしまおうとは思ってない。
 そういう意味では、この詩は季節を特定しようとしても対立を引き起こすので、対立が嫌なら、
もう季節が鮮明に決められる詩を持ってくるべきだったということだ。
 
 ★自分の「論」を立てる★ 

 この詩で「夏」だと説明した子や、「秋」だと説明した子の中には、

「もし、○○なら~になる。(そうならないから)だから季節は△△」

というような言い方の子がいた。
 論理的な文章の指導の際に

「もし○○ならば△△である。しかし●●だったから△△ではない。」

というような反論の言い方を指導せよと言われる。
「もし○○ならば~」という言い方は、僕にとって一種のあこがれの表現なのである。

 そうした表現で相手を説得できるクラスは素晴らしいなあと感じました。
 子どもに力をつけている証拠です。
 そして、チャイムが鳴った後の反応が「先生、授業延長してもっとやろうよ」ですからね。
 いかに子供がのっていた授業かが分かります。
 先生の日頃の指導の確かさを感じた授業でした。


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November 15, 2004

春日井教育サークル結成

 春日井まるの会は、春日井教育サークルとして生まれ変わります。
 春日井まるの会は法則化運動に賛同して結成された教育サークルです。
 春日井教育サークルは、トスに賛同して結成するサークルで、いずれ「トス春日井教育サークル」になることを予定しています。
 現在、春日井教育サークルのウエブ日記(ウエブログ)を試作中です。
 これまで、メーリングリストを作成し、メンバー内で発信していた内容をMLダイジェストという形でHPで公開してきました。
 これを、直接HP上でやりとりできるよう、ウエブ日記を考えました。
 
 本日、ウエブ日記登録で、2度文面が消えてしまいました。
 消える前に、申請・公開します。
 まずは挨拶まで。

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