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January 20, 2005

「総合学習見直し示唆」

総合学習見直し示唆 文科相、学力低下傾向で」という見出しが某新聞に載った。
ネットの新聞の見出しは、「ゆとり転換」だった→ここ

・いくら見出しで短縮とはいえ「総合学習」という教科はないよ。
 文科相の発言を引用するカッコの中でさえ「総合学習」となっており、ホントかしらと疑ってしまう。実際リンクさせた読売ニュースの記事では、きちんと「総合的な学習の時間」になっている。
・文科相発言として「特に国語を重視する観点から、総合学習の在り方を含め(中略)課題がいろいろある」ともあった。
 どこから「国語重視」が来たのだろうか。年末の読解力低下のニュースを受けているのだとは思うが。
・中学校では総合学習が210~335時間を導入し、国語105時間・数学70時間・理科25時間を減らしたという紹介記事もあった(3年分の数字です)。
 「国語重視」はこの削減時間を見れば、分からなくもない。総合的な学習の時間の運用は学校任せで、実際は学級活動に流用していることも多いのが事実だから。
・「総合学習」という誤った表現や、「OECD調査で読解力低下」と安易に不安をあおるような報道には不審を抱かざるを得ない。正確な表記や正しい定義に基づく発言ができないマスコミにアレコレ言われたくない。
 前にも発言したが「OECD調査」の「読解力」の定義は普通とは違う。
 読解力とは「自らの目標を実現し、自らの知識と可能性を発達させ、効果的に社会に参加するために、書かれたテキストを理解し、利用し、熟考する能力」である、とされている。普通の定義では「書かれたテキストを理解する能力」程度であろう。
 つまり、旧態依然の国語の授業を復活し、授業数を増やしても、OECD定義の読解力を高めることは難しいのだ。
 本当は「総合的な学習」の例示項目である「環境・福祉・国際理解」などの内容を追究テーマとして設定し、情報検索したり、外部講師の話を聞いたり、社会見学やインタビューしてレポートにまとめたりすることの方がOECD定義の読解力を向上させるには有効なはずである。
 「総合」の見直しは必要だと思う。学校裁量で「何でもあり」や「やらずじまい」「やったこと」になっている学校が多いからだ。それは、以前文部科学省も通達したとおり、「より一層の充実」をはかる方向で検討するものであって、単純に時間削減するべきものではない。→文部科学省通達
 「総合」に全ての責任を転嫁するような風潮が怖い。 
 また土曜日の授業復活を含め、授業数を上乗せすればいいだろうという安易な発想も怖い。

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