選挙に行く人間を育てる
たまたま2001年の西尾市立西尾小学校での寺脇研氏の講演テープが出てきたので、少し聞いてみました。
次のようなくだりがありました(勝手に要約しました)。
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以前は「小選挙区制は300あるんだよ」ということを一生懸命教えていた。
ところが2年も経たずに小選挙区の定数は変わってしまった。。
ということは、そういう数字を覚えることより「小選挙区制はどういう仕組みか」 を分からせることの方が大事。
しかし、何より大事なのは「選挙の時に選挙に行くという気持ちをもった人間」 を育てること。
選挙区の数を知っていようが、仕組みを知っていようが選挙に行かないというのでは一体何のための教育か。
歴史の年号を覚えることではなく、過去の歴史から何を学ぶか、どうすれば二度と過ちを繰り返さないか。そういう気持ちを育てることの方が大事。
「総合的な学習」に携わっている人は、そこを十分理解している。
「総合」的な学習」が目指すのは断片の知識を組み合わせること。
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学校では今だって「選挙区制の仕組み」が「選挙に行く気持ち」よりも優先的に教えられています。
選挙に行く気を育てようともしない教育を「知識偏重」というならば、やはり「知識偏重」の教育など無意味です。
教えられれば教えられるほどその教科を嫌悪するような教育なら、やらない方がマシです。
学力が低下したという結果報告がありました。・・・A
同時に家庭学習の時間も、教科に対する興味関心も低下していることが報告されました。・・・B
A・Bは相関関係にあります。
学力低下を嘆いて、またぞろ断片的に知識を詰め込んでも、根本的な興味関心を喚起させなければ成果は上がりません。
学力向上のカギは「勉強って楽しい」という快感をいかに味わわせるかにかかっています。
子どもが断片的な知識の習得に躍起になり(あるいは絶望し)、その知識を応用しようという気持ちにならないのは、そもそも教師の側が「知識の詰め込み型の教育」にしか慣れていないからでしょう。
授業に質は教師の力量に規定されます。
「○○の科目って楽しいね。○○の授業って素敵だね。」
「今日習った○○を実際に使ってみたいな。将来今覚えた○○が役立つぞ。」
という気持ちを大切にする授業は、単なる知識詰め込みの授業よりは、知識を詰め込むことができます。
意欲喚起された子供の方が、たくさんの知識を吸収する素地(容量)があるからです。
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