寺脇研氏の発言
『諸君!』(文藝春秋)3月号に、櫻井よしこVS寺脇研の「『ゆとり教育』の責任者に問い糺す」があった。
寺脇氏の発言には、これまで「なるほど」と思うことが多かったので、切れ味鋭い櫻井氏との対談でどんな話が出てくるか楽しみだった。
櫻井氏は寺脇氏を「孔子(相手によって、メッセージの発し方や内容が変わる)」と評した。なるほど、のらりくらりと「ああ言えばこう言う」のような態度であることで、私もイライラさせられた。私がこれまで信用していた「寺脇氏」が崩壊するような思いだった。
例えば、次のような例を挙げて子供の体験不足を訴える。そして理科・社会をなくして「生活科」を設立したことの擁護・弁護になっている。
・子供たちがカブトムシが動かなくなったら「電池が切れたから換えて」というような例が出てきた。「トマトはどこの工場で作るの?」なんて言い出す子供まで出てきた。
私は、このような例は本当に極端な事例だと思う。
そんな極端な事例の子供の体験不足を補うために、数多くの「まっとうな」子供のための教育が犠牲になったのかと思うと愕然とする。
学校五日制になったんだから、そのような体験をこそ、家庭に任せるよう訴えるべきではなかったのか。
家庭に任せるべき自然体験を学校が引き受け、本来学校でやるべき体系的な基礎教育をやれなくなったということか。
元々「自然体験を補う」など、学校の行動範囲では無理があるのだ。土日に保護者の引率であちこち出かける方が代ほど成果があることは明らかである。我が家だって、それなりに自然体験を保障してきた。→ここ
この1点だけでも、この対談を読む意義はあった。
また、この1点だけでも、私が寺脇氏に失望するには十分だった。
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