« March 2005 | Main | May 2005 »

April 19, 2005

恩田陸「ネバーランド」

4087475778
 重松清ばかり読んでもなあということで、本屋で恩田陸の作品を探した。
 恩田陸が直木賞をとれないのはおかしい、と新聞に書いてあったからだ。
 何の予備知識もないままに手頃な厚さの一冊を買った。
 文庫裏の解説に「「イブの番の『告白』ゲームをきっかけに起こる事件」という表現がある。
 この「事件」は大げさ。ミステリーなのかと楽しみにして読み始め、「ホラー」かと期待したが、それはなかった。
 文庫裏の解説に「日を追うごとに深まる『謎』。やがて、それぞれが隠していた『秘密』が明らかになっていく」という表現もある。
 読み終えてみると確かにその通りだが、「謎」「秘密」の割にはトーンが明るい。
 そして文庫裏の解説の最後は「青春グラフテイ」という表現。
 ああ、読み終えて一番納得したのはこの表現だね。いかにもネアカな高校生の7日間のエピソード。
 「ネバーランド」の元の意味は大人の踏み込めないピーターパンの世界で、この場合は男子寮。
 酒飲んで鍋物つくってトランプやって告白タイムやって喧嘩して年賀状書いて記念写真撮って・・・というのがいかにも青春っぽくていいですね。友達の下宿で大騒ぎした自分の学生時代を思い出した。
 そして3人組の一夏の体験を語った『夏の庭』を思い出した。『夏の庭』は小学生が主人公。そいつを高校生にしたようなイメージである。 
 もちろんこの高校生4人には「秘密」も「謎」もある。なかなか大変な過去を背負っている。
 それは一歩間違うと、天童荒太の『永遠の子』」になりかねない重たい過去だが、それでもサラリとしているのは高校生である彼らが過去を乗り越える個々の強さと、仲間を持っているからだ。『永遠の子』はもっと小さい頃の話だから、そこが違う。
 もっと言うと、この高校生はかなりのリッチで、リッチなればこその悩みや心の傷が出てくるのである、そこも『永遠の子』とは違う。貧困ゆえの悲惨さがないから、どんな暗い過去も明るく受け止めることができるのだ(その分、リアリテイがない。だからピーターパンの「ネバーランド」という題でちょうどいいのだ)。
 ミステリーやホラーを期待するなら、止めた方がいい。
 心地よい青春モノを期待するならおすすめする。 
 3時間あればイッキ読みできる。軽いタッチの本が読みたい方におすすめの一冊である。

| | Comments (0) | TrackBack (1)

April 13, 2005

反日デモ

「反日」のキーワードでたくさんニュースがヒットできる→ここ
「竹島の日」の制定で韓国を刺激し、国連常任理事国入りと教科書検定で、中国・韓国を怒らせてしまったようだ。今回の中国各地での反日デモはニュースでもかなり報道された。
 原因についても、いろんなコメントがあった。歴史教科書検定(の何が問題か分からなかったが)・尖閣諸島の見解から、なかなかやめない小泉首相の靖国参拝、そして中国の貧富の差のような国内での不満まで。
 それにしても「謝罪」をしないで「日本側の責任」を持ち出す中国外務省報道副局長の態度はすごかった。
 日本の町村外務大臣も損害賠償など強気な態度で応酬している。 
 教科書検定でも強気な姿勢が見られたから、いつも以上に中国や韓国は過敏に対応しているということなのだろうか。
 「いつも低姿勢の日本側が謝らないので中国も戸惑っているのでは・・。」というようなラジオでのコメントも聞いた。
 アメリカが今回の中国政府の暴動化放置の姿勢を批判した。
 また、中国のHPでデモをあおった愛国団体が「過激な行動」を自重するよう促したらしい。
 中国のマイナスイメージをおそれたのだそうで、中国政府よりも弱気だったのか、自分たちへの批判が怖かったのか、アメリカを敵に回してまずいと思ったのか。
 今回の反日デモは「愛国主義」の団体によるものである。
 これだから「愛国教育」はおそろしい、ということか。
 「愛国心教育」は「国のために死ねる」「一度いきり立つと暴徒化してしまう」から日本では反対されるのか。
 
 戦争を嫌う人たちは「話し合い」を強調する。
 話し合いで、韓国は竹島を手放すか?中国は、尖閣諸島を手放すか?
 竹島近辺には日韓の漁業権の問題があり、尖閣諸島近辺には東シナ海のガス田の問題がある。
 どうでもいいような小さな島でも「存在価値」は大きい。
 「話し合い」では簡単に解決しないのが現実なのだ。
 

| | Comments (0) | TrackBack (0)

April 08, 2005

教科書検定

 「竹島の日」の制定で大騒ぎしたばかりのこの時期に教科書検定で追い打ちをかけた形。
 何とタイムリーというか間が悪いんだろう。
 新聞やネットで見る限り、検定の指示は極めてまっとうである。
===============================
 当初の記述は「韓国とわが国で領有権をめぐって対立している竹島」。
 これに対し、「領有権について誤解するおそれのある表現」との検定意見がつき、
「韓国が不法占拠している竹島」と修正して合格したのだとか。
==================================
 どうやら、これが扶桑社の教科書のことらしい。
 何と扶桑社でさえ、最初は「韓国とわが国で領有権をめぐって対立している竹島」という中途半端な両論併記だったのか、僕はそのことの方が驚きだった。
 これに対して「領有権について誤解するおそれのある表現」と意見をつけたのが文科省。
 そうか、扶桑社よりも検定意見の方が、強気だったんだな。
 ただ修正した「韓国が不法占拠している竹島」が合格するのは当然である。
 何度も書いているように外務省のHPにそう書いてある。
 扶桑社は「外務省のホームページに載っている記述に基づき直した」という。
 それなら修正前の教科書でも、毅然と記述して欲しかったなあ。
 文部科学省は「日本固有の領土の竹島について、わが国と韓国が対等に記述されていた」と修正前の記述を指摘したらしい。
 私は、前のブログで「竹島の日」についての記事に触れた。→ここ その時の新聞記事は、まさに「日本固有の領土の竹島について、わが国と韓国が対等に記述されていた」
といえる状態だった。
 新聞では文部科学省が抗議するような記述が平然と垂れ流されていると言うことだ。
 韓国も外務省のHPで公式 見解されていることを批判せず「竹島の日」や「教科書検定」で大騒ぎするのは結局マスコミ受けするからなのだろうか。
 たまたま「教科書検定」で検索していたら朝鮮日報がヒットした。→ここ
 扶桑社の教科書は「極右団体」だと。
 扶桑社が極右なら、扶桑社の教科書の手ぬるい両論併記を糾弾した文部科学省はどうなるのか?
 


| | Comments (0) | TrackBack (1)

学力調査の特集記事

 ある先生のメールで「読売新聞」の教育関連の特集を知った。
 少し前に僕がこだわった「学力調査」の特集もあった→ここ
 読解力ダウンについては「無回答」が多かったこと、読書量が少ないこと、悪評高い「総合的な学習の時間」が実はOECD的な読解力、つまりただ読み解くのではなく、自分の見解を加えるという点で役に立つのだということなど、納得する記述が多かった。もっとじっくり読んでみようと思う。 トス技量検定の話題もあるし。
 いわゆる「要約」の作業は「理解」の典型的な活動で、1つの解答に絞り込む「収束的な思考」とも言える。
 一方「拡散的な思考」は多様な解答(発想)を重視するもので、「敷衍」という言葉があてはまる。それは誤解を恐れずに言い換えれば「表現」なのだと僕は思っている。
 「理解」と「表現」は相反する思考のようだが、「表現(説明)」させる事によって「理解」が深まるということもある。OECDの読解力は、日本で言う「理解」と「表現」の融合なのだ。
 今、新しい国語の指導が求められているのだが、現場の評判は思わしくなく、「総合的な活動」が不評なのと状況はよく似ている。理想として言えば、なるほどもっともで素晴らしいのだが、教師の指導が大変なのである。
 まあ、教師の指導が大変と言うよりも、むしろ教師の発想の転換が大変と言うべきか。
 発表やスピーチといった表現活動の指導のノウハウがないから、つい時代を逆行し「昔ながらの読み取り活動」の方がいいのでは、と思ってしまうのである。それでは駄目なのだと分かってはいるが。
 
 

| | Comments (0) | TrackBack (0)

April 05, 2005

重松清の世界『カカシの夏休み』

023192970000
 あまり重松作品を続けると飽きるかなあとも思う。リストラだとかいじめだとかの話題が類似しているし、「中年男」という人物も定番だからだ。
 それでも、よくもまあ同じような人材・話題でありながらこんなに異なるワールドができるものだと感心もした。
 『カカシの夏休み』は短編集(といっても1冊で3編だから十分長い)。
 『ビタミンF』や『日曜日の夕刊』よりは読みごたえがあった。
 ただし、個人ランキング1位の『流星ワゴン』、2位の『きよしこ』、3位の『ナイフ』に比べると、文量が少ない分だけ読み応えごたえ感が劣ってしまう。
 まあ、それでもそうした長編と並ぶだけのインパクトがあった。
 特に「カカシの夏休み」がよかった。この章だけでも十分満足できた。
 ダムの建設により故郷を失った仲間の物語。仲間の死・再会・故郷への思いにジーンとするものがあった(主人公のコンタが教師であることは別に何ということはない)。
 僕の個人的な事情でいえば、僕が20才まで育ったアパートは今はもうない。付近の様子も変わってしまった。父母は別の町に転居しているので、僕にとっての故郷(住み慣れた家)はもう存在しないのだ。そのことがひっかかっていて実は今でも時々子供の頃住んでいたアパートが夢に出る。「今はもうないんだ」という事実は、僕には重い。
 日照りのせいでダムの底に沈んだ故郷が見られるかもしれない・・・なんて素敵なシチュエーションだろう。
 今さら、他人が住んでいるこぎれいな新築アパートを訪れるわけにもいかない、そんな僕には当時の家が見られないとしても素敵なシチュエーションだと思わずにはいられないのだ。
 というように過去を美化し始める中年男には、ぐっとくる1編だった。
 2章の「ライオン先生」は、同業ゆえに、かえって読む意欲をそがれてしまった。まあ僕はハゲでもカツラでもないのだが。
 3章の「未来」は『エイジ』のような『ナイフ』のような、それでいて、やっぱり独自の世界を作っていて、被害者と加害者の偶然の組み合わせが絶妙だった。
 「生と死」という言葉では表現できない。 あえて言えば、それは「先立つ者と生き残る者」。
 「先立つ者には見られなかった未来。生き残る者が死んだ者の分まで背負うべき未来」。

 「カカシの夏休み」が、あまりに過去仁こだわっているのと対照的に、「未来」はタイトル通り「未来」にこだわっている。結構シビアな題材を取り上げているが、読後感はすごく明るい。
 

| | Comments (11) | TrackBack (2)

April 04, 2005

フードファデイズム

 中日新聞の日曜版に「世界と日本 大図解シリーズ」というのがある。→ここ
 4月3日はNo677で「フードファデイズム(Food Faddism)」というテーマ。
 初耳の用語だった。
=======================
 マスメデイアや食品・健康食品産業などから日々、大量に発生される食べ物に関する健康・栄養情報を過大評価したり、過信すること。
========================
 なるほどね。
 大図解にも例があるが、「カテキン」「コラーゲン」「コエンザイム」といった健康食品が話題になる。
 スーパーでも、ココアも黒ゴマもバナナまで「テレビで紹介された」ことをPRしている。
 極端に言えば、みのもんたが「体にいい」とテレビで言うかどうかで、健康産業・食品産業が大きく動くということだ。
 メデイアリテラシーをかじっていると、

 ★みのもんたがテレビである食品をPRし、食品業界が動く

ではなくて

 ★食品業界が、みのもんたを動かして、ある食品をPRさせる

という構造であることが分かる。業界に安易にだまされないぞ、とは思う。
 ただ、たとえ業界に踊らされているのだと分かっていても「体にいい」と言われる食品には気持ちが動く。
 どうせ買うなら「効果がある」と言われたモノを買おうと思ってしまう。
 他の品物とは違って、食品はどうせ毎日買わざるを得ないからなあ。
 大図解には群馬大学の高橋久仁子氏の文章が掲載されていて、
 「○を食べると△に効く」という話題に接した時、「もしかすると、それってフードファデイズム?」と疑ってみて下さい、
とある。
 いかにもメデイアリテラシーの精神とよく似ているではないか。
 「ちなみにアミノ酸やカテキン飲料に『やせる』作用はほとんどなく、プルーンが鉄欠乏症性貧血に有益という事実はありません」だと。

 「食育」も教育の緊急課題である。
 しかし、安易な情報で子どもを煽ってもいけないし、子ども自身が情報を疑ってかかる「批判の目」を持てるように指導していかなくてはならない。 

| | TrackBack (0)

« March 2005 | Main | May 2005 »