重松清の世界『四十回のまばたき』
(1)書評を読むと、これは重松作品には思えないという意見もあるようだが、僕は極めてまっとうな重松作品だと思う。
作者30歳の時の作品である。
考えてみれば作者だって年を重ねていくのだから、その年齢と実体験に基づいた内容であればそれだけリアリテイが出せる。30歳だからこそ表現できた重松ワールドを、後の中年男の世界の作品群と比べても仕方ない。
それにしても、この作品は僕は結構いいと思った。
ついでにいうと重松清について情報不足だった僕には藤田香氏の解説が役に立った。作者の歴史がよーく分かった。
(2)僕は作品の展開よりも、主人公「啓司」の人物設定に惹かれた。
彼は感情を出すのが苦手で、人と接するのが苦手で、内面ではそれなりに喜怒哀楽を持っているのに、外に対しては常に冷静で淡々としている。
周囲への観察眼は鋭く、相手に自分を読まれる前に、相手を読んで対応するというタイプである。
僕自身がそこまでではないにしろ、そういう一面があることをこの本を読んで改めて実感した。
そして重松作品に惹かれる理由が、物事に動じない・他人と距離を置く・どこか冷めた部分を持つ・冷静に他人を観察する、そんな人物設定に興味と共感を持ったからなのかもしれないと思った。
『エイジ』の主人公は中学生だが、周りに振り回されず、注意深く周りを観察している。
『半パンデイズ』の主人公は、小学生でありながら、冷静に大人を見ている。
『流星ワゴン』の主人公は、とんでもないワールドに足を踏み入れながら冷静に行動している。
『舞姫通信』の主人公教師も明らかに周囲に溶け込んでいない。
僕自身も、自分を守りたいから、過度に他人に交わらないし、他人に全てを委ねない。
そんな自分を軽蔑もするが、仕方ないなとも思う。
そういう自分には、つきあいの悪い重松作品の登場人物が抵抗なく読めるのである。もちろん「こいつほどつきあいの悪いのは駄目だよな」と自分を反省する材料としても読んでいるのであるが・・。
重松作品の主人公が、他の人間ではうまくつきあえないような人物とうまく対応できる(あるいはその人物が一目置いている)というのは、「憧れの人物設定」であると僕は思う。
とんでもないアメリカ人作家とすんなりと打ち解けてしまう「啓司」。
「半パンデイズ」の主人公と「よっさん」の関係、「エイジ」と「ツカちゃん」の関係も同じだった。
話が出来過ぎなのだけれど、そういう人間関係は心地よいのである。
(3)突拍子のないストーリーでありながら、すごくリアリテイが感じられるというのも重松作品の魅力の一つで、この作品も、もちろんそうなっている。
「季節性感情障害」で冬の間眠り続ける義理の妹。
不思議なアメリカ人作家との出会い。SFでもないのに、そんなとんでもない場面設定に違和感を感じさせないところが作家の腕なのだろう。
(4)文庫で言うと226・227ページはクライマックスである。
泣けなかった亡き妻を思い泣く。
そして、「これからはずいぶん涙もろくなるはずだ」と断言する。
主人公の成長というか変化が見事に描き出される。
だれもが抱えている「穴ぼこ」、それを埋める「漆喰」といった比喩も実に効果的だ。
(5)主人公に人生の示唆を与えた不思議なアメリカ人作家について、ネタバラシのような形でオチがつく。
なんか余分だったなあ。なんであんなオチをつけなくてはいけなかったのかな?
「書籍・雑誌」カテゴリの記事
- AかBかを問うて、理由を発表させる授業(2024.07.15)
- 瀧本哲史氏の檄を受けて(2024.07.14)
- 整合的に物事を理解したい(2024.04.23)
- 『知の体力』ラスト(5)(2024.04.07)
- 「知の体力」(4)(2024.04.07)
Comments