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July 23, 2005

複眼的思考(2)

 先日も「複眼的思考」ということで書いた。
 1つの事象を両面から考える・あるいは別の見方をしてみるというのは大切な思考訓練である。
 ただし、それにはきちんとした情報収集が必要で、確かな情報をキャッチする力がないと両面からの思考も難しくなる。少なくとも一面的な情報を鵜呑みにしないことである。

 スポーツがおもしろくて、ニュースもよく見る。
 たとえば若の花・貴の花兄弟の仲違いでも、一面的な言い分だけでは何も信用できないから、今のところ我々はコメントしない方がよい。それを宇佐見寛氏は「番」の意識と述べた。
 貴の花の単独インタビュー記事だって、本当の事を言っているかどうか我々には信じられないのだ。
 
 複眼的思考のススメということは、短絡的な判断や一面的な判断、いわば「勇み足」をするなということだ。
 例えば大リーグの野茂投手は現在のデビルレイズ球団を解雇された。
 今年になって通算200勝を達成したとはいえ、今年の野茂投手は勝ち数が少なかった。
 成績が悪いから解雇も仕方ないというのが私の個人的な考えだった。
 しかし、別の筋によると、これ以上野茂投手が投げるとオプションの形でお金が支払われる契約なっていたのだそうだ→ここ
 だから成績の善し悪しに関係なくコンスタントに登板した野茂投手はいずれ解雇されることになっていたということなのだろう(これは憶測)。
 そういう裏話は妙に野球に多い。
 たとえば、先日のオールスターで松阪投手と清原が対戦した。
 1打席目が清原のドーム直撃の大飛球。
 2打席目は三振。
 その日のテレビで掛布さんが「清原は1球勝負(しかも直球勝負)をするために2ストライクまでは意図的に見送った。最後の一球で勝負してくれる松阪に敬意を表して2ストライクまで見送ったのだ。1球勝負でないと打者に有利だから」と語った。
 三振かホームランかという一騎打ちに意味があるのであり、変化球でかわしたり、ヒットねらいでは意味がないということなのである。
 あるいは、今シーズン、完全試合を逃した中日の川上憲伸→ここ
 スリーボールから投げた1球を打たれてしまった。
 翌日の谷繁捕手のコメントが「完全試合を狙っていたからフォアボールが出せなかった。ノーヒットノーランでいいなら、あそこでストライクを取りに行くことはなかった」。
 なるほど、フォアボールを出せるか出せないかという状況によって配球も変わり、結果も変わってくる。 
 そこまで知らずに、プロ野球の「うんちく」などをあたるのは情けない。 
 くれぐれも自分の思っていることが万人の思っていることと完全一致するなどと思わないことだ。
 
 

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July 17, 2005

OECD読解力への対応

 OECDの学力調査によって、日本の15才の読解力低下が叫ばれた。→ここここ
 しかし、OECD調査の「読解力」の問題は、普段我々が解いているような問題とは異なっている。→ここ

 「次の文章を読んで、自分の意見を述べなさい」

 これは、我々の観念から言えば「表現力」であり、もっと言えば「小論文」である。
 共通一次世代には「小論文」というジャンルは無縁だった。
 小・中、そして高校でも「小論文」という視点で取り組んでこなかったし、対策も学んでこなかった。
 しかし、最近の大学受験では「小論文」は避けては通れないようで、受験対策として「小論文」対策は必須である。
 私の持っている資料には「小論文」対策関連書籍はない(「分析批評」をのぞく)。
 だから「OECD読解力」に対応するノウハウを子どもに身につけさせることができない。 
 河合塾の小論文対策講座がネットで見られる→ここ
 解き方を読んでいると、「テーマに即して自分の意見を述べる」ことのノウハウが見えてくる。
 単なる行事作文を書かせるだけでは、小論文は書かせられない。
 作品内容と自分の経験や意見を融合させる読書感想文は、確かに小論文に近い。
 ならば、読書感想文の指導において「何でもあり」でなく、何をどう書いたらいい、ということをきちんと示していかなくてはなるまい。
 OECD読解力が低下したというのは、最近の国語の授業が作文の指導時間を削減してきたことに起因しているのだろうか。
 中学校では週4時間から3時間に授業時間が減った。授業時間数が減ったことは何よりも大きい。
 しかも、「聞く・話す」の評価観点をきちんと点数化するため「スピーチ」の時間をとるようになった。60秒のスピーチを全員に言わせるだけで1時間は費やしてしまうのだ。
 そのしわ寄せが、いわゆる「読み取り」の授業時間の削減と「作文」の時間の削減にきている。
 読み取ったことを踏まえて自分の意見を書くという「まとめ」が甘いのかもしれない。
 「分析批評」の授業においても「分析」の授業は、なんとかできるが、肝心なのは「批評文」を書かせることだ。
 「評論文指導」「小論文指導」という観点で、国語の授業を考えてみたい。

続いて「読解力」についての文献整理。
 ネット検索で次の資料がヒットした→ここ
 日本の国語教育の定義する「読解力」と、OECDの「読解力」では意味合いが違う、というのが大方の意見である。
 ということは、従来の読解力指導ではOECDの学力調査の成績向上をのぞめないのだと僕も思っていた。
 先に述べたのは、OECD対応として「小論文対策」を導入することの提案であった。
 ところが、リンクさせた篠田信司氏は次のように述べている。
=============================
 事実、現行中学校学習指導要領「読むこと」の内容に目を通してみると

「文章を読んで人間、社会、自然などについて考え、自分の意見をもつこと」
「目的をもって様々な文章を読み、必要な情報を集めて自分の表現に役立てること」

という記述があるではないか。
 つまり、これらの内容まで含めて「読解力」ととらえるのであり、学習指導要領にはすでに示されているのだということを再認識していただく必要がありそうだ。

 問題は、「正確に読み取る」ことを目標に行われてきた「よむこと」の学習指導過程に、「自分の意見をもち、自分の表現に役立てると」ということをどう組み込むかということと、それをどう評価するのかといった点にありそうだが、いかがであろうか。
=================================
 なるほど、第1級資料の中学校の学習指導要領の読みが足りなかったか。
 ただし、感覚的に言うと、中学校の現場で「自分の意見を持つ」「自分の考えを表現する」ところまでを「読むこと」の範疇だと考えて指導はしていないと思う。
 それは、リンク先にある通り、読みを深める段階には4つのステップがあり、

1・文字理解(文字が読める)
2・意味理解(意味・内容がわかる)
3・相手理解(相手の言いたいことがわかる)
4・自分理解(自分自身がすべきことがわかる

 通常の授業では1・2、がんばって3まで行うのが精一杯だからだ。
 強く意識しないと、そして効率よく授業しないと4まではもっていけない。

 それにしても、 この1・2・3・4のステップも鋭い指摘である。
 この指導ステップで、うまくいけないかなあと思う。
 


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July 10, 2005

アスベスト

 アスベストによる悪性中皮腫で死亡というニュースが続いている。→ここ
 
 アスベストによる被害は自覚症状もなく発症は数十年後にあると言うことで「静かな時限爆弾」とも言われているそうだ。
 =========
アスベスト製品製造工場の近くに住んでいた主婦や子どもも悪性中皮腫になりました。アスベストを使った物置の屋根に登ってワイヤブラシでコケを落とした姉妹が、二人とも悪性中皮腫になったという報告もあります。ほんの少しのアスベスト繊維を吸い込んでも、がんになる可能性がある-それがアスベストのおそろしさです
==========
といった解説もあった。→ここ アスベストは僕の前任校の小学校の体育館の天井部分に吹き付けてあった。
 鳩が入り込んだり、ボールを当てたりすると、綿ぼこりのような固まりが床に落ちていたものだ。
 「どの程度吸い込んだら発症するか」が分からない。
 しかし、学校の体育館である。
 製造メーカーの近くに住んでいた人だけではすまない。
 発症の可能性がたくさんの人にあるということになる。
 その意味では「少しのアスベスト繊維を吸い込んでも」という表記では不安をあおるだけだ。
 マスコミの報道は、肝心な部分に答えてくれないような気がしてならない。
 もちろん、学校体育館でどれだけ使用されていたかを示さないと、僕も単に不安を煽っているに過ぎない。
 学校体育館のアスベストの(過去の)使用状況、現在の状況を知りたいと思う。

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複眼的な思考

 僕は少しだけデイべートの勉強をしたことがある→ここ
 小・中学の教科書にも以前は「デイべート」が掲載されていた。
 新学習指導要領に即した教科書になって「デイベート」は、もっと一般的になるかと思ったらそうでもなかった。
 「聞く・話す」の力をつけるには「デイべート」はかなり有効だとは思うが、教師の指導体制が整っていなかったのかもしれない。どちらの側が勝ちなのかをきちんと判定でき、また説明できなければいけないのだから浸透するのが難しかったのだとも思う。僕自身デイべートを授業内のゲームとして実践する自信はなかった。
 さて、それでもデイべートが面白いと思ったのは、ずばり肯定・否定という双方の意見を考えるという「複眼的思考」が鍛えられるからだ。
 デイべートで勝つためには相手側の論理を想定した上での意見の構築が要求されるからだ。
 先日、新聞の投書欄に中学生の意見として「愛・地球博のペットボトル持ち込み禁止」への反対意見が載った。
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このままペットボトルの持ち込みを禁止したままだと脱水症状になる人が続出するのではと心配です。
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 この意見は甘い。
(1)万博会場でペットボトル等の飲料を売っていないならば正しい。しかし実際は売っている。
(2)全ての飲料の持ち込みが禁止されているならば正しい。しかし水筒も紙パックも許可されている。
(3)会場内でのペットボトルがあまりにも高額なら問題がある。しかし1本150円は標準である。僕は見ていないがウオータークーラーもあるらしい。
(4)「水筒では重い」という意見があると思う。しかし、それは「脱水症状になるからペットボトル解禁を」という主張とはズレる。保温機能のないタッパーのような物なら決して重くない。

  投書欄に載せる文章なのだから、反対意見も想定できた方がいい。
 中学教師の僕としては、そこまで指導したいと思う。
 
 個人的には「ペットボトル解禁」に賛成である。
 しかし、デイベートだから、自分側の意見あろうと反対意見を述べることもある。
 このように自己否定できるところがいい。
 
 

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