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August 20, 2005

責任逃れの論理

 8月16日付の中日新聞「ひろさちやのほどほど人生論」で「変な因果関係」と題したコラムがあった。
 禅の言葉に「張公喫酒 /李公酔」というのがあるそうだ。
 「張さんが酒を飲んだ。李さんが酒に酔った」としか書いていない。
 では、李さんは酒を飲んでいないのか、いやいや、書いていないだけで李さん自身もちゃんと酒を飲んで酒に酔ったのだ。
 さて、世の中には、まるで「張さんが酒を飲んだから、そのせいで李さんも酒を飲んで酔っぱらってしまったと主張している」ような責任逃れの言い方をする人が多いのだとコラムでは書いている。
 「その人は自分でも酒を飲んだのです。すなわち、自分の人生を滅茶苦茶にするようなことをいっぱいしてきたのです。そういう自分の責任を棚上げにして」悪いのは人のせいだと責任逃れをする。
・父の言葉に傷ついて私の人生は狂って滅茶苦茶になった。
・世の中が悪いから自分は失敗した。

 こういう言い逃れをする人は多いが、そうした人を一喝する人は少ない。
 なにせ、外国では自分で吸ったタバコによる害まで裁判にしてしまうんだから。→ここ
ただし、日本のJTの裁判では、原告敗訴になっている→ここ
 「トラウマ」という言葉が流行になって、何でも「トラウマ」のせいにしてしまう風潮もある。
 「トラウマ」のせいにしたところで事態が変わるわけではない。
 自分が自分の力で立ち直るしかないのだ。
 こういう言い方は弱者にむち打つようで厳しいから批判される。みんな言いたがらない。
 でも、バシッと言わないと変わらないなら、変わるように言ってあげるのも相手のためだ。
 本日読み終えた『この国の宿題』で櫻井よしこ氏と対談している宮川俊彦氏は次にように書いている。
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 教師が「されたからこうなりました。仕方ありません」という論理を是認すれば、おしつけた側(文部科学省)の問題に責任の重点が移動していきます。された側(教師)は「被害者」ということになります。
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 これも同じ「責任逃れ」の論理である。
 「・・されたから」という理由であれ何であれ酒を飲んだのは自分なのだ。
 そのことをきちんと指導し、責任逃れのしない子どもを育てていきたい。
 いずれ、このネタをサイトにアップして、授業にかけてみたい。
 導入は「喫煙者の裁判、アメリカでは勝訴・日本では敗訴」あたりにしてみようか。

 

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