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September 30, 2005

日本の最先端の授業が見られる

 Slide_0001_Thumb

読売新聞のオンライン「教育ルネッサンス」のシリーズは、読み応えがあります。
 その企画の1つ「教師力」の中で模擬授業が公開されました。
ここ
をクリックしたら、真ん中あたりに「模擬授業1」とあります。
 向山洋一氏を代表とするtossのメンバーによる模擬授業の様子です。
 そこをクリックすると、1時間を超える模擬授業の映像が見られます。
 暗唱の授業とはこうして行うのか。教師の笑顔とはこのような表情を言うのか。
 子どものための教材開発とは、このようなものか。
 最先端の小学校英会話の授業
 日本人の森林との共生・イソップ物語の結末に見る日本人の考え方・・
 教師以外の方も、このブログが目に留まった方、一度ご覧ください。

 僕は最初フル画面で見ていました。
 2回目にフルをやめたら、スライドの部分に、授業で用いているスクリーンが表示されていることに気づきました。
スクリーンに提示された内容を知るにはフルでない形での視聴をお薦めします。
 また、スライド一覧から興味のありそうな場面(もう一度見たい場面)を選べば、そこから映像が再生できます。
 そして、よろしかったらコメントをください。
 映像公開は期間限定です。どなたか保存の仕方知りませんか?
 

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「ドラゴン桜」10巻の学び(2)

 『ドラゴン桜』」教師の感覚で読む。
 教師スタッフの連携が見事だとつくづく思う。
 10巻で言えば、自習に来ない水野さんについて心配をし、「あいつなら大丈夫」と信頼もする。
 矢島がイライラしている様子に気づくと、ケアのために性格分析をし、プラス思考を促していくための時間を設定する。
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 担任の桜木が、生徒個々の性格や現状をよく把握し、適切な手を打っている。
 そういう意味では、「学活」のような場面がうまく機能している。
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 「安定と焦り・不安を交互に繰り返す心理の波の中に受験生はいます」
 「その波をいかに打ち消して乗り切るかが受験の鍵になります」
 「矢島のように思いつめやすいタイプはその波に飲み込まれてコントロールを失う危険が大きいから注意しないと」
とある。
 これって「受験」を「人生」に変えても同じだよね。
 東大受験一本やり・受験テクニック満載の漫画のようで、こういう精神的なケアの場面が多く出てくる所がすごいと思う。
 もちろん、逆に言えば、受験を支えるのは個々の性格や状況に応じた精神的なケアだということだ。

 中学校も、ともすれば教科で教える中身だけが重視されるが、担任や教師チームの精神的なケアが重要だということを「ドラゴン桜」は教えてくれる。

 また10巻の柳先生が、数学の美しさを説いていても反応が悪かったので
「そうか数式を見て美しさを感じるレベルにはまだ程遠いか・・」
と判断し、次の手を打っている(数式の美しさを実感させる例を提示している)。
 このような場面は、理科の亜員先生が最初に登場するところにもあった。
 このように生徒の反応・状況に応じて、教える内容を変化させているところもすごい。
 教師はともすれば「教えたい内容」を押しつけるところがある。
 相手に「教えたい内容」を受け入れる基盤や関心ばないなら、潔く修正・変更することも教師の技量の1つだ。
 指導案を作ったから、指導案通りに教えなければと思う狭い度量の教師は×なのである。

 

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September 29, 2005

「ドラゴン桜」10巻の学び(1)

 dorago
「ドラゴン桜」コミックの10巻が出た。
 相変わらず、学べる内容が盛りだくさんなので、少しまとめてみる。
 まずは、教師集団の「学びの構え」だ。
 数学の柳先生が、東大の数学の入試問題の解説や答案の書き方の解説をする場面が出てくる。
 英語の川口先生は、「柳先生の数学の説明に少し興味がある」ということで、授業中の教室をのぞきに行く (このように他の先生の授業を見学する場面はこれまでもあった)。
 ガラガラっと川口先生が教室に入る。
 しかし、柳先生は淡々と生徒への説明を続ける。途中から国語の芥川先生も見学に来る。
 そして川口先生も芥川先生も、柳先生の見事な講義に聞き惚れてしまう。
 
 授業中に他教師が平然と見に来るという雰囲気のすばらしさ

がそこにある。
 それは「よい授業は貪欲に学ぶ」という意志の現れでもある。
 特に、他教科の授業の先生から謙虚に学ぶ、という点もすごいと思う。
 講師の先生は、それぞれ各教科のエキスパートである。
 それでいて(いや、だからこそというべきか)、他の先生の良さを学ぼうとするその姿勢は素晴らしい。
 ぜひ、現実の学校でも、授業見学を盛んにして、力量向上につなげられたらと思う。
 
 セミナーやサークルでは以前は実践のレポート報告が主流であった。
 しかし、今や「模擬授業」の形で、実際の授業の様子を見せるの形の研修がスタンダードになっている。 
 授業の形で見せるという研修は、レポート報告とは格段の差がある。
 
 

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September 13, 2005

見てもらうブログの条件

 ココログの「週刊ココログガイド」で、本ブログを紹介していただきました。
ここ
 ありがたいことです。ちゃんとチェックしている人がいるんだ!
 これからも、読み手を意識した文章をつづっていきたいと思っています。
 国語の名人といわれた野口芳宏氏は「たった一人の目利きを意識して書け」と言われました。
 誰かが読んでいるという意識を持つだけで文章の内容は、ぐっと引き締まってきます。
 「こんな事を書いたら反対の立場の人はどう思うかな」と思うと独善的な内容が書けなくなります。

 作文指導の基本は「相手意識」です。
 以前、小学校1年の作文の基本は「せんせい あのね」でした。
 先生に聞いてもらう、という相手意識のはっきりした作文を書かせることが基本なのです。
 そして、その指導の発展として「2つのF」があると思っています。
  FOR WHAT・・・・・何のために書いてるの?
  FOR WHOM・・・・誰のために書いてるの?

 そして、さらに次の段階(論理的な展開を目指す段階)にいくと「2つのS」があると思っています。

 SO  WHAT・・・・・・それで何なの(結論をきちんと示しましょう)  
 WHY  SO・・・・・・・なぜそうなの(結論を導く根拠は正しいですか)

  ちなみに樋口裕一著「まるまる使える入試小論文」(桐原書店)では
5W1Hを発展させて、3WHAT 3W 1H と示しています。
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 3WHAT  それは何か(定義)
        何が起こっているか(現象)
        何がその結果起こるか(結果) 

 3W     WHY(理由・背景)
        WHEN(いつからそうか・以前はどうか)
        WHERE(どこで・他の場所では)

 1H     HOW(どうたればいいか=対策)
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 多すぎて覚えられない、というのが正直な感想。
 でも、確かにそうだなあと思いました。
 
 

 

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September 11, 2005

くせ者は「特定郵便局」

(政治的な興味ではなく「論理的な思考を鍛える例題」という視点で書いています。「論理のすり替え」を見抜く訓練です)
今現在、総選挙の結果がテレビで報道されている。
自民党圧勝のようで、いまさらながらの発言になるが、昨日見つけたHPですっきりしたことがある。
「民営化されれば過疎地の郵便局がなくなる」という野党の意見に対し、なくなるのは都市部の特定郵便局であるという数値が示されていた。→ここ
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 全ての無集配特定郵便局15405局を全廃すれば年間約4400億円の経費削減。それは暴論というならば、無集配特定郵便局を簡易郵便局にするだけで年間約2600億円の経費削減になる。

また、平成15年度都道府県別郵便局数を見れば分かる通り、実は無集配特定郵便局が集中しているのは過疎地ではなく大都市圏だったりする。東京1379局・神奈川681局・埼玉543局・千葉590局・愛知716局・大阪1010局・京都368局・兵庫696局、これらを合計すると合計5983局に上る。北海道の果てや長野の山奥ならまだしも、銀行もコンビニもあるこんな大都市圏で窓口業務をわざわざ高コストの特定郵便局として現状のまま維持する理由なんて全く無い。
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 都市部の無集配特定郵便局15405局という数字は、集配を行う普通郵便局・特定郵便局合計4792局の3倍にもなる。
 自民党も、無集配特定郵便局に絞り込んで「民営化します」と言えば、誤解がなかったのか。
 「集配を行う普通郵便局・特定郵便局合計4792局を守ります」と言えば、誤解がなかったのか。
 「郵政解散」と言いながら、野党の「過疎部の郵便局がなくなる」という批判を放置して置いた自民党の意図がよく分からない。
 また、中立であるべきマスコミ・双方の意見を整理すべきマスコミが、この程度の数値を示さなかった意図もよく分からない。
 まあ、自民党圧勝ということは、きちんと示さなくても国民は、野党の強引な論法をうすうす理解していたということかもしれないな。
ブログの意見では信用できないという方には日経ビジネスの特集記事がいいだろう。
 これが2002年の記事。郵政民営化は、そのころから十分話題になっていた。
 特定郵便局員は国家公務員でありながら世襲性であるという一点だけでも、疑問がわいてくる。
 
 

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September 06, 2005

事実の裏側

 複眼的思考と一部重なるが、「事実」は決して一面的ではないし、特にマスコミ報道の裏側には、たくさんの事実があるということを時々思う。
 『週刊ポスト』か『週刊現代』に二宮清純氏の「追憶のベストゲーム」というコラムがあり、1968年9月17日の阪神巨人戦で江夏豊が年間奪三振記録を更新したエピソードが紹介されていた。
 阪神の公式ページにあるように
この日、江夏豊は年間354個目の三振を王貞治から奪っている。
 二宮氏は、この出来事について、次のような事実を紹介している(要約して紹介)。
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 タイ記録である353個目の三振を早々と奪ってしまった江夏は、記念すべき354個目の奪三振を王貞治から奪うために「これから9人に三振を取らない」という離れ業を実現しなくてはいけなくなった。
 そのため「バッターの好きなコースからほんの少し内側を投げて内野ゴロ」という作戦を立てた。
 その結果、無事、奪三振の記録は王さんから奪うことができた。
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 すごい。
 三振をとる強烈な自信の裏返しで、三振をとらせない投球もできるわけだ。
 でも王さんから354個目の三振をとるために、結局はとれたかも知れない奪三振を断念したのだとも言える。
 僕は、そこがすごいと思った。潔く記録更新を捨てたと言うことでしょ?
 
 実は、以前から、「記録より記憶」というケースがあることが気になっていたし、「新記録より勝利優先」というケースがあることも気になっていた。
 例えば、プロ野球で優勝が決まってしまうと、勝利チームの選手は調整に入り、個人記録よりも日本一にこだわる場合が出てくる。
 例えば、ロサンゼルスオリンピックで活躍したカールルイスは100M・200M・幅跳びとリレーで金メダルを狙っていたから、世界記録は狙わなかったと思う。種目を絞ったら、もっといい記録が出たかもしれない。
 例えば、僕は大学3年の時、400メートルハードルで愛知県選手権6位になった。
 決勝の1つ前の種目が400リレー予選で、僕はこの予選の3走を走った。
 バトンを渡してスタート地点に戻ったら、もう「位置について」の状況だった。わざとフライングして少しは時間を稼いだが、さすがに400Mを走るにはダメージがあった。
 それがなければ6位ではなかった。後から考えると、僕はあの頃が一番調子がよかったので、僕は自己新記録の更新のチャンスを失ったのだった。こんなことは誰も知らないし、記録には全く載らない。
 
 事実には裏がある。
 事実の一面だけ見て、全てを知ったようなフリをしてはいけない。
 大リーグだって、確かに今の日本人選手はすごい。
 でも、江夏がピーク時に大リーグ入りしていたら・・というように気になる「仮想」をすると、往年のスタープレイヤーの名前も次第に挙がるだろう。
 今だって、現在の球団とのシガラミ(感謝の念)からメジャーを断念している選手もいるだろうし。
 巨人の上原投手は、最初からレッズに入団するところを巨人にまるめこまれた(はずだ)し。

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September 01, 2005

不随意筋のトレーニングと暗記のトレーニング

 TBSの「情熱大陸」という番組で、オリンピック水泳の金メダリストの柴田亜依さんのドキュメンタリーをやっていた。
 彼女の合宿中の練習は1日18000M泳ぐこと、50Mプールを180往復ということになる。そこらの25Mプールなら360往復だ。
 100M泳いで一休みして1000Mも泳いだら疲れてしまう自分と比べるつもりはないが、すごい量だと思う。
 コーチの話では「自分の脳の命令で自由に動かせる随意筋と違って、不随意筋は勝手に動かせない。それを鍛えるには時間がかかる」ということだった。例えば心臓の筋肉などは随意筋では困るわけで、当然不随意筋である。→筋力トレーニング
 心肺能力を鍛えるというのは、不随意筋を鍛えることだ。筋を太くしたり筋持久力を高めたり・・。
 反復練習というのは、無意識にでも動く・体が勝手に反応するレベルまでもっていくことだ。
 僕が続けてきた陸上競技でも同じで、スタートダッシュやハードリングは体が勝手に動くまで繰り返し繰り返し練習をした。反復練習あるのみなのだ。
 ついでにいうと、疲れてくると余分な力が入れられなくなる。力を入れたくても入れられない状況下での反復練習は、無駄のない動き作りに欠かせない。
 
 さて、 『ドラゴン桜』では、卓球のポーズをとって、飛んでくる玉を返しながら、発せられる問題に答えさせるというシーンが出てくる。
 条件反射のように答えが口をついて出てくるレベルまで反復練習を繰り返すのだ→ここ
 確かに「九九」をいちいち計算したり考えながら答えているようでは遅い。
 年号やちょっとした英単語なども無意識でも答えが出るレベルまでいかないと、「覚えた」とは言わない。
 体が勝手に動く・口から勝手に発せられるというところまで鍛える、というと「根性主義」に近い。
 しかし、「鍛錬」ともいえる練習こそが、基礎を作る。
 飽きさせない工夫・やる気にさせる工夫を考えながら、とにかく、子どもが納得済みで単調な反復練習に取り組めるようバックアップしたい。

 暗記のための反復練習と、不随意筋を鍛える練習とは同じではない。
 なんとなく共通点を感じる、といった程度の列挙である。

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