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October 31, 2005

「反発必至」という決まり文句

 今回の発言は、政治的意味合いではなく「メデイアリテラシー教育」の話題の1例というつもりで書いています。
 
 10月17日に行われた小泉首相の靖国神社参拝についてのニュースについて書こうと思っていたら、日がたってしまい、ネットのニュースも消えてしまった。
 それで、関連ブログを調べたら、詳しいのがありました→ここ
 そうそう「反発必至」というニュースの締めの言葉が、やたら目に付いたので、いつか書いてやると思っていたのだ。
 そもそも「・・・必至」などという予想表現が、なぜ事実のみを伝えればいいニュースで使われるのだろう。
 
 結局、こうなると中韓のマスコミをあおっているというように疑いたくもなる(こういうことを勝手に語るのは「勇み足」である。相手と同じレベルで中傷するのはよくない)。
 ただ「反発必至」というような予想記事を書くマスコミは、「靖国参拝反対」という自分の立場を表明しているようなものだ。
 マスコミ報道は「中立」と思いがちだが、そうとは限らないことの典型だ。
 
 ====
 今日のニュースでおまけしよう。
 サプライズ人事が予想されるなどと煽ったマスコミは、今回の内閣改造の結果をどう思っているのだろう。
 マドンナ議員は小池氏・猪口氏2人にとどまり、留任や再任がいっぱい。そのような堅実な人事になることは、ある意味で当然だと思う。今更人気取りをする必要もない。衆議院は過半数あるんだから、実行力のある実力者で布陣できるなら言うことないわけだ。
 民主党の前原代表でさえ、今回の内閣は「実力者そろい」だとインタビューで答えていた。
 だからこそ、平気でトンデモ人事を予想していたマスコミは、襟を正して自粛するなり、謹慎するなり、おわびするなりして自らの報道の劣悪さを告白すべきだと思う。
 
 

 
 

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October 29, 2005

「プチクリ」 岡田斗司夫

 先日、夜中に何となくテレビをつけていたら、おもしろい話をしていた。
 番組の最後の3分くらいを観ていたようで、話の流れは全くわからなかった。
 曜日と番組を確認してHPで調べてみた。
 わかりましたよ。番組は「爆笑問題のススメ」。
 ゲストは岡田斗司夫(オタク研究家らしい。伊集院さんかと思って見てた)。
 テーマは「プチクリ」。
 「プチクリ」って何かなあと思う程度の視聴だったので「プチクリエイター」の略だったと後で知った。
 ネットで検索してみたら、次のブログがその日の番組の様子を詳細に紹介してくれていた。
ここ
 僕が見たのは、次のような場面(勝手な解釈が含まれています)。
==============
 プロになれるほどの才能を持っているのはほんの一握り。
 才能がありそうだからと行ってアルバイトをやめて、その道1本に絞るのは止めた方がいい。
 常に「もう一方」を確保しておくべきだ。
=================
 「才能を伸ばす」とか「夢をかなえる」という生き方があることは僕も分かる。
 しかし、全ての人が才能を活かす仕事につけるわけではないし、夢がかなうわけではない。
 現実的な生き方として、「プチ」=「ほどほど」というのも分かる気がする。
 生徒の夢をつぶすようで教育的でないという意見もあろう。
 しかし、夢ばかり追いかけて現実を直視できない(生活できない)生徒を生み出すことも教育的でないはずだ。
 このことは、しばらく気に掛けてみようと思う。 

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October 26, 2005

説明文の授業

OECD調査の読解力の問題は評論文のようなものでした。
しかし、指導要領の「読むこと」の項目には、自分の意見をふまえて読むことも含まれていました。
中3の教科書(光村)でも、説明文のあとの「手引き」に次のようにあります。
=======================
体験に基づいて考えを深める

「マスメデイアを通した現実世界」「パソコン通信というコミュニケーション」でのそれぞれの筆者の主張を、自分自身の体験に基づいて考えてみよう。同意できる点は何か。また、「そうは思えない」ところはどこか。ノートにまとめ、友達と意見交換しよう。
========================
・・・・どのように意見交換したらいいのかは定かではないが、自分の体験を生かせ、とある。
 今回はスピーチを行うと言うことで、次のようなプリントを配布しました。

 1・「マスメデイアを通した現実世界」は、やや抽象的な内容で理解が困難です。
読んでいて、その段落の内容に合うような具体的なニュースや話題は思いつきませんでしたか。
 あったら、それを元に、意見文を書きましょう。
(例) 
①(ケネデイ暗殺のように)ニュースを知ってテレビで確かめたくなった経験
 ②(ケネデイ暗殺のように)ニュースで知ったことをたくさんの人に語った経験
 ③鳥瞰情報型のニュースの例
 ④エピソード情報型の例
 ⑤観光名所を紹介するテレビ報道がマニュアル化してしまったと感じた経験
 ⑥テレビで紹介されたイメージに慣れて、現実に違和感をもった経験

(書き方の例)
マスメデイアを通した現実世界」の○段落の○○の部分を読んでいて、次のようなニュース
(エピソード・報道の例)を思い出しました。
↓具体的な例
このように具体例で考えると、筆者の○○という意見がよく理解できました。


 これがAランクのメニュー。
 Bランクは説明文を読んでの感想です。
 文章から触発されて自分の経験や既知のニュース・エピソードを例示できればA。 
 文章の感想は書けるが、自分の体験を盛り込めなければB。
 残念ながら、いずれも書けなければCという評価基準です。

  それにしても肝心なのは「書けない子」をどうするかです。
 読解力調査でも問題になっていたのは無答の生徒が他国より多かったことで、それが平均点を下げる結果になっています。
 じゃあ、力のない子にはどう指導すればいいのか。
 Aランクの意見文どころかBランクの感想も書けない子はどうすればいいのか。
 「意味の変わり目で段落を変えなさい」「想起した自分の経験を踏まえながら書きなさい」という指示の仕方は
================
 「AさせたければAと言え」
================
と言われるあまりに直接的な指示で、これはなかなか成果が上がりません。
 「AさせたければBと言え」というのが、「間接性の原理」を踏まえた指示で、この方が子どもは動くのだと言われます。
 しかし、作業指示というのは、直接表現( 「AさせたければAと言え」)であることが多いのです。
 そこをどうするか、できない子も取り組めるような指示の出し方・ヒントの出し方。
 子どもの思考を促す指示や発問について、なんとかならないかなあと思案するばかりです。

 「ノートは縦にどんどん進めようね」と算数の力のない子に言ってもなかなかできない。
 図形の問題は補助線を入れると簡単なんだよと言われても、力のない子は思い浮かばない。
 「跳び箱は遠くに手を着きなさい」と言われても、できない子はできない。

・・・・・「分かってるけど、それができないから苦労しているんだよ」
という子どもの叫びが聞こえてくる。
 「分かる」と「できる」は違うから、
・分かっていても、なかなかできないものなのだ。
・できる子の中には、分かっていなくてもできてしまう子もいる。
・でも、できない子は「分かる」から取り組ませよう。
ということになるのです。

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October 22, 2005

インテリジェントデザイン

 10月17日の中日新聞夕刊に「インテリジェント・デザイン」の裁判がアメリカで開かれているという記事が載った。
 IDは、進化は知的な存在(インテリジェント)が計画(デザイン)したという主張で、ダーウインの進化論では進化のすべてを説明できないのだと言う。
 ダーウインの進化論(自然淘汰)は「仮説」にすぎない、というような意見を以前耳にしたことがあったが、その頃は意味が分からなかった。
 今回、IDの説明を読んで「このことだったのか」と納得した。
 IDについては、次のHPなどが明確に内容を示している→創造デザイン学会
 このページの上にはIDについての様々なリンク先が示されている。
 創造デザイン学会が宗教団体系であることからも分かるように、IDは科学ではなく、宗教の論理である。
 「知的存在の計画」とは要するに「創造主である『神』の計画」の言いかえに過ぎないのだという考えだ。
 産経新聞関係で、二件のHPが検索できた→Sankei Web
産経Web
 
 鈴木光司の『リング』でなくて『らせん』でなくて『ループ』だったと思うが、生命体の成分だけをいくら放置しても生命体は生じなかった。生命が生じるのは「何かの力」が必要だ、というような部分があった(と記憶している)。
 読んだとき、「要するに『神の仕業』ということを言いたいのかな」と感じたのを覚えている。
 ジョデイフィスター主演の映画「コンタクト」は、地球外生命体に会いに行く宇宙飛行士の様子を描いている。
 誰が宇宙飛行士として選ばれるとき、たしか「神を信じるかどうか」が問われていた。そして出発するロケットをたくさんの宗教団体が取り囲んでいた。宇宙人の存在は神の否定になるようだ。
 「コンタクト」はIDとは直接関係ないが、アメリカに根付く「科学と宗教の論争」を感じた映画だった。
 
 IDを授業への導入をアメリカの31州で検討されていると言う。我々日本人にはとうてい理解しがたい部分である。

 (追記)
 NHKーBSで深夜「コンタクト」をやってました。ナイスタイミングで録画しました。
 科学者のジョデイフォスターはやっぱり素晴らしい。
 宗教団体の関係者らしき男が「人間は猿から進化したのではない」と叫ぶシーン・宇宙人に出会うことは神の冒涜だという抗議のシーン、存在証明できないから「神」を信じないと言い切る科学者ジョデイフォスターの台詞などは、やはりIDとの関連を匂わせるものでした。

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October 21, 2005

「ドラゴン桜」10巻の学び(4)

 忘れないうちに「ドラゴン桜」10巻の学びを追加しておこう。
 数学の解答で「答案二分割法」が推奨されている。
 東大入試の解答用紙が白紙1枚なのだから、確かにいいかげんな解答の書き方は不都合だ。
 「数学は芸術だ」と言う柳先生は次のように語る(要約は僕)。
===================
「数学とは論理的学問で論理的である時美しい形となる」
「論理とは次へ次へと発展していくものである」
「それはイメージで言えば縦のつながり」「横へ伸びる感じではない」
「数式も縦に降りていくのが自然で美しい」

「ちなみに数学の得意な子はわざわざ線を引かなくても自然と計算や解答が縦になっている」
「逆に数学の不得意な子の答案は横に長くなっていく」
「答案を見るだけで数学の実力をある程度は判断できる」
「もしも横に解き進む癖があるならノートに縦に線を引いて縦に解き進む癖を無理にでもつけさせよう」
「こうすると数学的思考が身に付きやすくなる」

====================
 小学校勤務時代に算数でノート指導に苦労したことを思い出す。
 「ノートを沢山使う子は賢い」
と常々言ってきた。
 それは、要するに、縦に縦にと計算を考えていける子なのだ。
 賢い子はなぜ、縦に縦にと計算できるか。
 私の仮説は

 「分かる」ことは「分ける」ことだ

という言葉に集約される。
 思考が整理され、分けることができるから、「分かる」のだ。
 箇条書きにできる子・ナンバリングができる子は、やっぱり分かっている子なのだ。
 逆に言えば、「分かる」ためには、1つ1つ分けて考えていこう、と指導していく事だ。
 だから、
「ノートはゆったり使おう」
「どんどん改行していこう」
「ノートが整理できている子は頭の中も整理できる子」
ということを繰り返し話し、きれいなノートを紹介していく必要があるのだ。
 

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October 20, 2005

文相互の関係

 再びトラックバックいただいた渡辺知明氏のブログの中に、接続語による文相互の関係(接続語の論理的機能)が示されています。なるほど鋭い指摘です。
 出口氏の「日本語トレーニング」の中にも、文相互の関係を示した部分があります。
 出口氏の分類はわずか3つです。

 ①イコールの関係    命題 =  具体例・引用
 ②対立の関係      命題 ←→ 対立命題
 ③因果関係        命題 →  次の命題

 
 実は、僕も接続語で文相互の関係を意識したことがあります。
 前身の研究サークル「春日井まるの会」のサークル通信。
 1991年12月13日号です。
 下記に、一部を掲載してみます。考察はまたいずれ。
 
ちなみに、その頃まとめた「要約指導」のレポートはHPにアップしてあります。
 また、ちなみに、ここで紹介される松本成二氏は、予備校の講師だった方で、先ほど人名検索したら氏の本は絶版で「幻の名著」になっているとのことでした。 

============================
 中2で文法をやっていて、先日「接続詞」を学習しました。
 教科書には文をつなぐ意味関係に即した分類が書いてあります。

①順接(それで。だから・したがって・そこで・と)
②逆接(しかし・けれども・だが・ところが)
③並立・累加(そして・そのうえ・それから・さらに)
④対比・選択(または・あるいは・もしくは)
⑤説明(なぜなら・というのは・つまり・すなわち)
⑥転換(さて・ときに・ところで)

 どちらかというと当たり前の分類ですが、私には新鮮に見えました。
 というのは、この接続詞の意味関係を考えれば文章全体の意味関係が把握できると思えたからです。
 また、意味関係に合わせた記号を使えば「記号を使ってノートをまとめる作業」の手がかりになると思ったからです。
 ちなみに松本成二氏は、「リレーションの3大種類」として

①同一指示 ②分析(説明) ③近接と類似(比較・例示)

の3つを挙げています。、
 そして、文章法の原則(部分の関連法則)として次の5つを挙げています。

①同一指示   ②分析  ③原因理由   ④例示   ⑤比喩

 岡本明人氏は松本氏・大西忠治氏の基準をまとめて次の4つに分類しています(「国語教育」90年5月号)。

①同一指示   ②分析  ③原因理由   ④例示・比較

 ただ、教科書の接続詞の働きに準じた6つの分類なら生徒にも納得されやすいということもあるので、今回は6つの分類でやらせてみました。
 (順接の場合)  A君が発言した  → 皆は静かになった。
 (逆接の場合)  A君が発言した ←→ 誰も聞こうとしなかった。
 (並立「A君が発言した。またB君も発言した」の場合)・・・カッコの記号が示せません
   
    A君)               (A君
       )→発言      発言→(       
    B君)               (B君

 (累加「A君が発言するだろうか、それともB君が発言するだろうかの場合)・・・カッコの記号が示せません
   
    A君  )                (A君?
     OR  )→発言?      発言→(       
    B君  )                (B君?

(説明 「A君が発言した。なぜなら誤解を解く必要があったから」の場合)

     
 A君が発言(誤解を解く必要から)   A君が発言←誤解を解く必要から
 
 「ところで」「さて」のような転換の場合は改行すればいいので、記号化の必要はありません。
 その代わり、というわけで「同一指示」の記号と不等号を教えました。
(同一指示の場合)
 分かると言うこと = 知の営み
 本当に分かる   ≠ テストの問題が解けること
   

 順接や逆説といった擁護は教えなくても、小学校でも「接続詞・接続語」について学習しますよね。
 私はその時、接続語の用法に即した記号の使い方を教えてしまうと便利じゃないかと思います。
 先生は板書の際、よく上手に記号や矢印を使ってまとめます。
 大事なのは、子どもたちが、どうしたら教師の板書と同じようなまとめ方を見につけるかです。
 いつまでも「板書待ち・板書まる写し」では困りますから。

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October 19, 2005

「読解力」と「考える力」

 『授業研究21』11月号(明治図書)で「なぜ知的発問づくりが必要か」という提言がある。
 長瀬荘一氏が、「発問」が子どもの思考力を育てる、と述べている。
================
 教師が子どもに問いかけをしない授業は、教師の独りよがりの「わからせたつもりの授業」であることが多い。
 教師が子どもに「質問」する授業は、子どもの断片的な知識を問う「覚えさせる授業」であることが多い。
 これに対して、教師が子どもに「発問」を投げかける授業は、単なる知識でなく、教科の本質や科学的理解を獲得させようとする授業である。
================
 なるほど、こうして「問いかけない」「質問」「発問」と並べて語られると、その違いがよく分かる。
 (ちなみに「発問」は業界用語だから、世間では「質問」との差異が理解されないと思う。)
 読解力をつける授業は、教師の解釈を朗々と語り続けたり、押しつけたりすることでは成立しない。
 発問を通して生徒自身で解を見いだすような授業、知的な作業によって自分でテキストを読み取っていくような授業であらねばならない。

 ところで、長瀬氏の論文には「考える力」について、次のような「多くの種類がある」と列挙されている(箇条書きは私)。

・覚えたり思い出したりする記銘的思考や再生的思考。
・要素に分けて考える分析的思考
・創造(想像の誤記?)やイメージを広げる拡散的思考
・筋道を立てて考える論理的思考
・新しいものを生み出す創造的思考
・善悪や美醜についての価値的思考
・全体的視野で物事を判断する総括的思考
敵視公

 なるほど、読解の授業においても、それぞれの思考を促す(それぞれの思考を利用する)ことになるわけであり、「読解力」は、どの思考とも関連する能力であるように思う。
 
 1つ前の「論理的思考」との関連も含め、「読解力」とはどんな力なのか、自分なりに決着をつけていかねばならない。
 

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「読解力」と「論理思考」

 これも『ドラゴン桜』の紹介で『論理思考の鍛え方』(小松公夫著・講談社現代新書)を入手した。
 全部読んでいないが、第一章は「有名小学校入試問題から幼児期に芽生える能力因子を考える」
 P23に医学部入試にまで通じる能力因子として次の7つのカテゴリーが示してある。

 ・推理能力・・・・物事の関係性の発見
 ・比較能力・・・・相対性の認識
 ・集合能力・・・・全体と部分の把握(事物の同質性・異質性)
 ・抽象能力・・・・高度な問題解決能力
 ・整理・要約能力・・言語を媒介とする論理性
 ・直感的着眼能力
 ・因子順列能力

 P60には、「これまで述べてきた7つの能力因子は人の論理的思考能力を構成するもの」と記されている。
 (そして、総合能力として「論理的思考力+コミュニケーション能力」が挙げられている)。
 「読解力」が7つの能力因子とどうつながるかは、まだ理解できていない。
 ただ、読み取りのテスト問題=読解力を問う問題は、7つのどの能力因子にも関わってくるように思う。
 
 1冊読み終えるのは大変そうだが、何とか読破してみたい。

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「読解力」と「論理エンジン」

 先日書いた「読解力向上プログラム」にトラックバックいただいた渡辺知明さんのブログでは、文部科学省の「読解力向上」の提言に対する疑問が示されている。
 氏の主張の一部を箇条書きで示してみる。

・一と口に読解力といってもさまざまなレベルがある。
・その基礎となる能力は、構文論――文の組み立てとつながりの文法である。
・何よりも大事だと思うのは、まずしっかりと文(句点でまとまる文)を正確に読むことである。
・ものごとについて評価したり、考えを記述するためには、文によって考えを組み立てる能力が必要である。

 先日、『ドラゴン桜』で紹介された出口汪の受験参考書を探しに行った。
 分かりやすそうだったので入手したのが『日本語トレーニング』(小学館)。
 キーワードは「論理エンジン」と呼ばれる独特の日本語トレーニングのステップ。
 レベル1からレベル100まで全体で1000の問題プリントからできているのだそうだ。
 そのレベル10までは、主に一文を論理的に扱うための訓練になっている。
 前掲書P84・85には次のように書いてある。
==================
 一つの文でも、主語ー述語、修飾ー被修飾など、そこには論理的な関係が存在している。そうした一文の構造を論理的に把握し、さらに言葉の規則を習得する。(中略) 以下、どのような効果があるか、列挙しておく。
 ①言葉の規則を知ることで、文法力が身に付き、客観的な解法が可能になる。
 ②現代文の問題を解くときに必要な、一文の構造を分析する能力が身に付く。
 (中略)
 ③古文は省略の文章であって、その省略部分を補うのが、論理力と文法力である。まさに読解のための生きた文法を使いこなすことができるようになる。(中略)
 ④言葉の規則を知ることで、規則に従った正しい文章を書くことができる。これが後に記述式問題を解く際の武器になるし、作文・小論文の基礎となる。
===================
 渡辺氏の、文の組み立て・つながりの文法を重視しようと言う考えは、出口氏の基本姿勢と同じである。
 出口氏は、「日本語を鍛える=論理を鍛える」としてとらえている。
 論理とは、筋道である。私たちは物事を筋道を立てて考え、筋道を立てて人に説明し、また同時に、話を聞き、文章を読んで相手の筋道を理解していく。(前掲書P49)
と述べ、大学受験まで対応させている。小論文を書く能力まで見据えての論理トレーニングである。
 したがって、出口氏の論理トレーニングは、小論文に近いPISA型の読解力の向上に役立つのである。

 
 

 

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October 18, 2005

「宿題はやれ」

 『みんなのためのルールブック あたりまえだけどとても大切なこと』(ロン・クラーク著 草思社)の50のルールの中に次のものがある。
 
 「宿題は必ず提出しよう」

 この本には、趣意説明がある。
========================
 宿題をかならず提出するのは、期限どおりに課題をこなすことを学ぶためだ。
 大人になって仕事をするようになると、しめきりやそれを守るためのプレッシャーがかかってくる。
 期日までに課題をしあげる練習が、将来、きみたちの役に立つだろう。
========================
 なるほど、将来の訓練としての「嫌なこともやる」「期限を守る」ことの大切さを学ばせるわけだ。
 
 ところで、以前イチロー選手が「どうすれば野球がうまくなるか」を聞かれて「宿題をやれ」と話しているところをテレビで見たことがある。
 何の説明もなかったので、僕としては

 ① 練習は好きなものばかりではない。嫌なこともきちんとやり遂げることが大切
 ② 野球は監督の命令に従うことが大切。言われたことをきちんと守ることが大切

という意味なのかと勝手に解釈していた。
 先日、別の解釈を聞いた。
土曜日の朝の「天才アスリートの作り方」というテレビ番組である。

 ③我慢して勉強すると、ストレス発散で練習に身が入る。

 なるほど、精神論・根性論としての「宿題擁護」ではなく、純粋に練習効果(練習意欲)を上げるための勉強か。
 ③の発想は子どもには通じやすい。自分の発想が、ちょっと貧相だったのかと反省した。

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October 17, 2005

フェロシルトの不法投棄

 6月には四日市での日本最大級の不法投棄が話題になった→ここ
 化学メーカーの石原産業が土壌埋め戻し材の「フェロシルト」の製造する際に認定外の硫酸廃液を混入させたという→中日新聞HPより
 しかも立ち入り検査時は配管を換えたり偽サンプルを提供したりしたらしい。
 東海三県には、このフェロシルトが既に大量に埋められており、全面撤去には1・2年かかるという。
 10月17日の中日新聞の報道によれば、中部国際空港の建設で利用することをあてこんで72万トン生産したという。
 空港の埋め立てに利用できないことが決まって東海3県への販売が始まったのだと。
 いやだなあ。
 全面撤去を会社に命じたって、破産したらおしまいでしょう?
 一度起こしてしまった産業廃棄物の不祥事の後始末は、途方にくれるほど困難である。
 生命の危険を感じる汚染状況だというのに、遅々として進まないのが、これまでのパターンである。
 
ちなみに、ここのところ新聞紙上をにぎわせているこの問題も、市民団体が三重県に申し入れたのは4月25日であった。→ここ
 石原産業も4月には製造中止しているのだから、今回の報道は「何を今更・・」ではある。
 
 「豊島」に象徴される無謀な産廃の不法投棄。
 危険と承知して使い切ろうとしたアスベスト・血液製剤・肉骨粉。
 
 取り返しのつかない事態を招くという認識はあるはずなのに、目先の都合や利益だけを考えて行動してしまうのは、まさに「モラルの欠如」としか言いようがない。
 いつまで同じことを繰り返すのだろう。

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October 16, 2005

「ドラゴン桜」10巻の学び その3

 コップの中にある水は「半分も」ですか、「半分もですか」という問題。
 これはプラス思考かマイナス思考かの現れですよね。
 「ドラゴン桜」の10巻で出てくる心理テスト。
 「半分も 半分しか」でキーワード検索したら、たくさんヒットしました→ここ

 この「半分も・半分しか」の例示は比較的ポピュラーなものなんですね。
 1度答えを聞いてしまえば「なるほど」という程度のものではありますが、それでも時々自問してみるのもいいと思います。
 自分は「足を知る」の心境で「半分も」と感謝できるかどうか・・・。

 僕は、以前ラジオのCMで聞いたことがあります。
 ジャックスカードの「手数料半額もちますキャンペーン」のCMです。
 ======================
 中国のある町に「半分も」と「半分しか」という兄弟がいました。
 (漢字は分かりません。リアリテイを持たせるなら「半文茂」と「半文鹿」にしましょうか)。
 ジャックスの手数料半額持ちますの話を聞いて、
 兄さんは「ええ、半分も」
 弟は「ええ、半分しか」
と反応し、王様は感謝の気持ちを持てる兄さんを誉めたたえた(のだったかしら)
========================
 まあ、ずいぶん前のラジオCMだったので記憶が定かではないので、
半分以上は僕の創作だと思って下さい(半分も」かな、「半分しか」かな?)。
  
 ただし、ややネガテイブな僕としては「半分しか」が絶対に悪いとは思いません。
 もし、合格ラインが70%なら、「半分」達成して「半分もできた」とは言えないでしょう。
 もし、試験日までの期限が迫っていれば、いつまでも「半分も終わっている」と言えないでしょう。
 「半分しか」と思うことで自分を叱咤激励できることもある。
 「半分も」と思うことで心に緩みが生じることもある。
 そういう意味では「まだ半分もあるじゃないか」とリラックスさせたり、
「もう半分しかないぞ」とハッパをかけるのも相手の状況次第だと思います。
 「ドラゴン桜」10巻の場合は、夏休みに入ったところなので受験勉強の消化状況は「半分も」という捉え方でいいのだと思います。

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「アガリクス」本で薬事法違反

 アガリクスがガンに効くという触れ込みの出版物は、よく新聞の広告で目にしていた。
 大学教授の監修で、ガン患者の体験談があるらしく、ふーんと思っていた。
 そうしたら、その出版物がでっち上げで薬事法違反だという→ここ
 そこまでいいかげんな書籍を少なくとも僕が知ったのは、新聞広告があったからに他ならない。
 たびたび目にする新聞広告に「アガリクスはガンに効く」と刷り込まれてきたのである。
 この場合、広告を垂れ流してきた新聞社の責任は何も問われないのだろうか(言論の自由・出版の自由か)。
 「アガリクス」だけ検索すると、今でもたくさんの通販のサイトが出てくる。→ここ
 で、結局のところはどうなんですか?
 たまたま書籍が薬事法違反なだけで、実際は効果があるんですか?
 それとも、ネットで販売されているアガリクスは、どれもさほど効果のない健康補助食品なのですか?
 
 週刊誌のどぎつい広告を載せている新聞に、良心はあるのだろうか? 
 メデイアリテラシー(メデイアを批評する力)の教育を考える上で、考えさせられるニュースであった。
 

 

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October 13, 2005

「読解力向上プログラム」

10月7日の中日新聞に「読解力向上プログラム」についての記事が掲載された→ここ
 全国の学校に配布される指導資料の中身が楽しみである。 
 しかし、何となくピントがずれているような気もする。
 「PISA型読解力」に対応しようという対処療法でいいのかどうか(ということを既に書いた)→ここ
 PISA型の読解力テストの内容は、従来の国語の読解力のイメージと異なる。
 むしろ大学入試の論文の問題のような感じである。しかも図を見て論じるようなものもある(ことも既に書いた)。
ここ
 だからといって、あえてPISA型に合わせることはない。そこまでPISAは「重要視」されるべきものなのか?
 
 一方、中学校の指導要領には、読み取った内容を活かして自分の論を展開することまで明記されており、今の指導要領に忠実に指導すれば、PISA型の読解力テストでもそれなりの結果は出るはずだ。

   「文章を読んで人間、社会、自然などについて考え、自分の意見をもつこと」
   「目的をもって様々な文章を読み、必要な情報を集めて自分の表現に役立てること」                                                  
 
 研究者の中に、そのように現行指導要領で対応可能だと指摘している人がいるのに、なぜ、文部科学省は現行指導要領では駄目だと判断したのか。そこも含めて分からないことが多い。
 学校配布される指導資料が楽しみである。

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October 09, 2005

著作権の勉強

前回の発信で読売新聞の企画「教師力」の公開セミナーに触れた。
ネット上では、セミナー時の模擬授業風景が公開されている。

期間限定だから長期保存する方法を考えたくなる。
たくさんの人にみてもらいたいから、ダビングや保存する方法を考えたくなる。
そうした教師の熱心さが「著作権侵害」という大きな「悪」に手を染める結果になってしまう。

10月4日の読売新聞では、セミナーの様子が2面にわたって大きく紹介された。
僕は研究会の打ち合わせで入った喫茶店で見つけ、コンビニで入手した。

たくさんの人にみてもらいたいからとコピーして配りたくなる。
そうした教師の善意が「著作権侵害」につながっていく。

HPやブログでも、どこまで引用するか、リンクはどうするか
よーく考えなけれないいけない。
例えば詩の授業実践の公開。
詩の内容を全部紹介した方が分かりやすいが、著作権を考えると、それは避けなければいけない。
小学校の市販テストでは明治図書以外は、教材文が載せてない。
教科書を見ながらテストをすることになっている。→教材と著作権
市販教材でさえ、それほど厳しいのだという自覚を教師は持たねばならない。

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