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July 08, 2006

具体的に語る

 「人間の自分勝手な生き方」とか「自然と共生した生き方」という意味は、具体的に何を指しているかがイメージできて初めて理解できたと言える。
 では、「愛国心」を教えるというのはどういうことなのか。
 一体、「愛国心」を教えると言う行為をどう具体的にイメージして賛成だとか反対だとか語っているのだろうか。
 「国を愛する心」を育てる授業に反対するというのは、どんな授業をイメージしてのことなのだろうか。
 「愛国心」を教える、という行為は、「君が代」を行事の際に斉唱させるという行為とは具体さが全く違う。
 「国のために戦え」と押しつける授業なら、反対する。
 しかし、「人のためになることをしろ」「国のためになることをしろ」なら賛成するだろう。
 「総論賛成、各論反対」ということもある。そして「総論反対、各論賛成」ということもある。
 「愛国心」を教えることに反対はしないが、そんな授業をするなら反対だ。
 「愛国心」教育は反対だが、そんな授業なら賛成だ。
・・・つまり肝心なのは「どんな授業」をしようとしているか、である。
 その具体性のない「愛国心」の議論は不毛である。
 
◆サッカーのワールドカップでは日本の決勝進出を目指して、新聞やテレビは大はしゃぎだった。
 2点以上の差をつけてブラジルに勝てば決勝リーグに進出できるじゃないか、というのは結果から見ればあまりにも能天気なプラス思考でしかなかった。同じような風潮がトリノオリンピックでもあった。
 たまたま見かけた週刊誌では、ブラジル戦惨敗後、次のような批判文があった(文責は私)。

 冷静に日本チームの実力を分析できず「決勝リーグ進出」を繰り返したマスコミは「大本営発表」を信じて「日本は負ける」と言い出せなかった戦時中と何も変わらない。

 日本代表チームを一丸となって応援することが「愛国心」か。
 代表チームの勝敗に一喜一憂し、興奮のあまり器物損壊することも許されるのが「愛国心」か。
 日本チームは「決勝リーグへ進めない」と述べることさえ許されない雰囲気が「愛国心」か。
 ワールドカップやオリンピックの時だけ盛り上がる「愛国心」なら、なくてもいい。
  

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