« August 2006 | Main | October 2006 »

September 29, 2006

いろは歌(3)

Hyou1
(図はクリックすると大きくなります。ローマ字表です)

「いろは歌」から発展して、もう1点。

あるクラスでカタカナの「ヱ」を教えたら「ヱビスビール」だと教えてくれた。
確かに「ヱビスビール」だった。
しかし、ついでながら、ローマ字(?)の表記は「YEBISU BEER」である。
「ヱビス」なら「WEBISU」になるはずなのに・・。

「YEBISUのYってなによ・・」

のHPは「Y」の疑問にかなり忠実に答えている。
しかし、「ヱ」なら「WE」になるはずだという僕の疑問には答えていない。
と思ったら、このHPのトラックバックに、その解答と解説が載せられていた。

http://d.hatena.ne.jp/hakuriku/20060312#wed

しかし、そうやってローマ字表記を調べていくと、内閣訓令式ヘボン式や何ならで、これまた深い淵に落ちていく。

http://www.halcat.com/roomazi/iroiro1f.html

「つ」は、「TU」と書くと、正しくは「トウ」になる。「つ」はヘボン式では「TSU」である。
学校は内閣訓令式で教える。
しかし、パスポートはヘボン式表記である。

http://www.seikatubunka.metro.tokyo.jp/hebon/index.html

だからパスポートでは「ゆう」のように伸ばす音を示すことができない。
======================
ヘボン式では長音を表記しない(ただし、OH表記については下記参照)
(例) 河野(こうの) KONO   大野(おおの)ONO
    日向(ひゅうが) HYUGA   中馬(ちゅうま) CHUMA   

 平成12年4月1日から、パスポートの新規申請に際して、氏名に「オウ」又は「オオ」の長音が含まれる場合、「 O 」 か 「 OH 」 のいずれかの表記を選択することができるようになりました。
======================
ヘボン式だと「SHINJO」である。学校は訓令式だから「SINZYO」で教える。
そのような表記の問題(教え方の違い)も、当然国語科の範疇だから、生徒から質問が出た時の準備をしておかねばならないのである。
 深い知識もないままに、適当に思いつく事例だけで説明していると授業中に「あれ、この場合はどっちだったかん?」と混乱をきたすことになる。

| | Comments (1) | TrackBack (0)

いろは歌(2)

「いろは歌」から、古典に持っていくのに、まずは「ゐ」「ゑ」という文字に触れる。

最近では芸能人に「よゐこ」という人がいるので、なじみやすいようだ。。
近くのお店に「ゑびすや」がある。以前は「こづゑさん」という生徒もいた。
そのような日常を利用して、ふだん使わない日本語の表記を覚えていく。

しかし、それぞれの読み方は「イ」「オ」である。
なぜ、こんな文字があるのか。
そこで、50音図の登場だ。生徒が持っている国語便覧にも掲載されている。

「ゐ」「ゑ」はワ行の「 i 」「 e 」である。
おおげさに発音すると「うぃ」「うぇ」なのだ。
PCでは何と入力すればこの字が出るか尋ねた。
コンピュータに詳しい生徒が「WI」「WE」と発表してくれた。

※ただし、今、PCがATOKスマイルの辞書を使っているが、「WE」と入力しても「ゑ」には変換しない。
職場のワードなら「WE」と入力すれば「ゑ」が出る。
PC辞書ごとの規格があるようだ。

ところで、「ゐ」「ゑ」は、カタカナでどう書くか。
生徒は「ヰ」「ヱ」と教えても、ほとんどピンとこない。見たことがないという。

ここで国語便覧の別の場所で五十音図を見ていた子がいることに気づいた。
彼は、ひらがな・かたかなの由来のページを見ていた。
他の子は気づいていないので尋ねてみた。

平仮名の「あ」は「安」、「た」は「太」からできました。
「ゐ」「ゑ」の元の漢字は分かりますか?

便覧を見れば、答えは分かる。
「有為の奥山今日超えて」の「為」が、「ゐ」の元になっている。
そして「恵」が「ゑ」の元になっている。
元の漢字をかすかに覚えていたら、なじみのない「ゐ」「ゑ」を区別するきっかけになるのでは、という話をした。

では、カタカナの「ヰ」「ヱ」の元の漢字は分かりますか?

これも便覧にある。
「ヰ」の元の漢字は「井」、 「ヱ」は「慧」である。「慧」などは分かりようもないが。

この後、50音図で示しながら「わ・ゐ・ゑ・を」が「ウア・ウィ・ウェ・ウオ」であることを話した。
しかし、授業後、50音図の発音を調べるとア行のオと、ワ行のヲは、同じ「o」となっていた。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%94%E5%8D%81%E9%9F%B3

「ヲ」は、特別「ウオ」でなくてもいいようだ。
へえ、そうなのか?。
ええ、それでいいのか?

これは、もう少しきちんと調べてみたいと思う。
授業準備が不足していたことが、恥ずかしい。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

「いろは歌」(1)

中学校1年の授業で「古典」に入った。
まずは「いろは歌」が導入である。
しかし、正直なところ、準備不足だった。
調べれば調べるほど、新しい知識が増え、驚くことも増えていった。
たとえば「いろは歌」の数。
50音(正確には50音ではないが)を全部1回ずつ使った歌は数個あるという記憶だった。
「伊呂波」「天地」「本居宣長」「とりなくこゑす」などだ。

しかし、次のHPを見て驚いた。
http://archive.hp.infoseek.co.jp/iroha.html

「いろは歌」はたくさんあったんだ。
しかも「パングラム」というゲームは、現代の46音を1回ずつ使って詩を作るというもので、パングラムの作品例はたくさんあった。
http://www.jomon.net/Resigna/HTML/sakuhin.html

自分では到底作れない代物であるだけに、こんなにたくさんの作品がつくられているとは驚きだった。
「いろは歌」を導入にするなら、そこまできちんと提示する必要があった。

| | TrackBack (0)

September 28, 2006

「おまえは幼稚園児か」~海月ルイの言葉~

 以前、「自分探しは嫌いです」という作家海月ルイ氏の意見に感銘を受けたことを記した。
http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2006/03/post_6fab.html
 
 9月27日の中日新聞夕刊のコラム「紙つぶて」で、今度は海月氏が「おまえは幼稚園児か」というすごいタイトルで、世の甘ったれを糾弾していた。
==================
 いい大人が「僕は誉められて伸びるタイプなんです」と言っているのを聞くと、「おまえは幼稚園児か」と怒鳴りつけたくなる。
 誰でも褒められればうれしいし、気分がいい。だから人は、社交辞令で褒め言葉を口にする。これは社会の常識で、その言葉が必ずしも真実でなくとも問題はないという暗黙の了解がある。(中略)
 「褒めて育てる」というのは、あくまでも幼稚園か小学生、せいぜいが中高生までの子供に対する躾や教育の方法である。いい大人がそんなことを他人や世間に期待するものではない。

===================
 「自分探し」と称して今の自分を見つめようとしない若者を糾弾した視点と同じだ。
 そして、それは「ナンバーワンよりオンリーワン」を言い訳にして自分を高める努力を怠る若者を糾弾するのと同じ視点である。
 「ほめてやらねば人は動かじ」は、山本五十六の言葉である。
 でも、それは指導者側のポイントだ。
 「ほめてもらわねば自分は動かじ」と自分で言い切ってどうするのだ。
 
 「がんばれよ」と声をかけられれば、辛くても再びパワーがわいてくる。
 しかし、だからといって「『がんばれよ』と言われないとがんばれない」では、お話にならない。
 「ありがとう」と言われれば、誰だって悪い気はしない。
 しかし、だからといって「『ありがとう』と言われないと何もできない」では、お話にならない。

 「褒められて伸びるタイプだ」などと豪語する人は「褒められないと伸びないタイプだ」と自分の欠点を表明しているようなもので、ライバルひしめく世界だったら、けなされて奈落の底に落とされてしまうだろう。
 他人の言動に過度に期待する生き方は、結局、他者依存というマイナスを背負うことになる。
 自分の人生を他者の言動に左右されるのは、ひどく損な生き方である。
 

| | Comments (114) | TrackBack (0)

September 26, 2006

がんばれ、三和スクリーン銘板!

Product
近頃、すっかり企業シリーズから離れられないなあ。
中日新聞の尾張版の「月曜・トップバターわが社の魅力」というコーナーに三和スクリーン銘版(愛知県愛西市)という企業が紹介された。
三和スクリーン銘版は2004年の「愛知ブランド」にも選ばれている→ここ
各種スクリーン印刷やタッチパネルを手がけている。
洗濯機のタッチパネル印刷では全国シェア8割だそうだ。
へえ、タッチパネルって「印刷業界」の担当なんだ、というのが僕の理解のレベルだから、「インサート成型パネル製造」と言われてもよく分からない。
後藤社長のインタビューが中心の記事。
社長の言葉には自信が漂っている。

「印刷業界の競争は激しい。新しい技術を開発しても、すぐに他社も同じ製品を作ってくるので、技術革新は欠かせない。一日の生産が終わった夜中に、社員同士でああでもない、こうでもないと言い合いながら、みんなで新しい技術を生んできました。」
現在はプラスチック部品を射出成型すると同時に、印刷を施せる技術を確立しています。部品の曲面にもうまく印刷できるので、デザイン性に優れた製品を作り出せます。この技術は他の追随を許しておらず、いわゆる『白物家電』メーカーのほとんどと取り引きしています。(中略)自分たちの技術さえ進んでいれば、仕事が減ることはないと確信しています。」

すごいなあ、実績に裏打ちされているから、こんな話ができるんだ。
岡野社長と遜色ないじゃん。

僕は、以前「単価で勝負したら中国には、かないっこない」と語っていた地元一宮市の織物メーカーの発言に同情していた。
その業者に技術革新の努力があったのかどうかは今となっては分からない。
でも、同じ仕事をしていたらアジアに負けるのは当然だ。三和スクリーンだってマレーシアやタイ、中国にも工場をもっている。アジアの生産力を否定しても毛嫌いしてもしかたない。

だからこそ、技術革新で勝負する企業にエールを送りたい。
がんばれ、三和スクリーン銘版!

| | Comments (10) | TrackBack (0)

September 24, 2006

がんばれ亀山ブランド

Img_fea_model_01_1

正規社員雇用を増やしたソフトバンク、町工場の底力を見せた岡野工業。
続いて、ネットで調べ学習して確認してみたかったのが、亀山ブランドと言われるシャープの液晶工場(亀山工場)だ。
液晶を中心に企業を誘致したので「クリスタルバレー構想」と言われる。→ここ
国内の他県や中国との誘致合戦に勝ったのが三重県の亀山市だった。→ここ
 そして、液晶のシャープ。→ここ
 町田社長の次の話は「なるほど!」と、うなるものだった。
=======================
そして、もうひとつ、シャープの経営のなかで見逃せないのが、日本における物づくりへのこだわりだ。「亀山ブランド」という、工業製品としては、初の産地ブランドが定着している同社の液晶パネルも、日本の物づくりによるもの。

 「場所を決める時に、海外からは、法人税をただにするとか、土地をただで提供するとか、様々なアプローチがあった。だが、大画面テレビ用液晶パネルという新たに作る技術であること、テレビに採用する上で、製品部門やパートナー企業との摺り合わせの技術が必要なこと、海外への技術流出の可能性があることなどを考えると、日本での物づくりしかないと考えた」(町田社長)。

 亀山では、三重県がクリスタルバレー構想を推進しており、液晶関連企業が相次いで進出していたことも、同地への工場進出に大きく作用した。現在、亀山には、約70社の液晶関連企業が進出している。
==========================
というのが、日本での物づくりにこだわった経緯である。
 ただし、「日本での物づくりのこだわり」は、「日本の物づくりの危機感」でもあった。

=======================
 実は、町田社長は、海外生産シフトの動きに対して、危機感を感じていた。「海外の生産拠点の社員に話を聞くと、日本に帰りたくないという。海外にいると、日本よりも安く作れるため、それほど努力をしないままでいられる。そして、日本に帰っても、自分のポジションがない、という。一方、日本の工場は、多くの製品を海外で生産し、日本では作るものがないので、生産革新をしようという気持ちがない。メーカーという立場で考えると、これは大変なことが起こると感じた。海外生産は、安く作れるというメリットはあるが、メーカーの生産技術が衰えることになりかねない。まさに、一時的な痛みを和らげるモルヒネみたいなもので、なにも解決しないと考えた。そこで2001年に日本での物づくりを改めて訴えた」。
======================
 海外生産への移行は「モルヒネ」、という指摘を大企業の社長からされるとは・・。 
 先の岡野工業の岡野社長の話とリンクするとよく分かる。
 岡野社長は、
・だれもやりたがらないような安い仕事
・だれもやりたがらないような無理な仕事
を進んで引き受けて活路を見いだした。
 だれもやりたがらないような安い仕事は海外へ発注されてしまう。
 しかし、そのような安い仕事も、知恵を絞り、機械の性能を上げて、生産量を上げて、単価を下げる努力をすることで利益の上がる仕事になっていく。それが生産革新の意欲であり、生産技術の向上につながっていく。
 安いからと海外に生産を任せていたら、生産革新や生産技術向上の機会が失われるのは当然のことだ。
 シャープは、技術流出の心配と、日本の物づくりの衰退の心配から、国内生産を選択した。 

======================
それに対して、「マスコミは非難し、『中国行きのバスに乗り遅れた』というような表現を使った」という。しかし、「いまではその論調も変わった。私は、日本での物づくりは正しかったと判断している。とくに、液晶パネルのような発展途上の製品であり、摺り合わせが必要な製品は、日本での物づくりが適している」とした。
======================
 このような英断を下したシャープの心意気にエールを送りたい。
 
 がんばれシャープ! 
 がんばれ日本の物づくり! 

(追記)
吉永小百合のテレビコマーシャル「亀山工場物語」が、ネットで見られます→ここ

| | Comments (2) | TrackBack (0)

September 19, 2006

岡野雅行「俺が、つくる!」(中経出版)

Okano
世界一の町工場、岡野工業株式会社社長の岡野雅行。
wikipediaにも個人名で出てくるほどの有名人である→ここ
 本書は岡野社長のインタビュー記事で、おびただしいほどの語録で、もはや一部引用が不可能である。
 どの章も圧倒された。
 岡野社長が発言からは、やり方次第でビジネスチャンスはあるのだ、ということが分かる。
 中小企業も、すごいんだなという気にもさせる。
 最新情報の入手と英断、「人がやらないことをやる」という反骨精神・チャレンジャー精神、そして義理人情。
・・・どれも岡野氏の大事な要素だと思う。
 解説者の財部誠一氏は、岡野氏が中小企業の新しいビジネスモデルを創造したのだと言う。
 解説の中で財部氏が次のように書いている。
====================
やれデフレだ、中国だと、悪い話ばかりを並べ立て、日本経済がいかにダメであるかを一生懸命に語る学者や評論家たちと岡野さんでは、住んでいる世界が違います。(中略)
しかし、日本経済の将来をいくら悲嘆しても、また景気の現状をいくら嘆いてみても、そこから何も生まれません。
=====================
 前にも書いたように、環境問題と同じで「フリーター」のような非正規社員の問題ー日本の経済問題ーを悲観しているだけでは教育にならない。
 そういう意味では岡野社長の話は、悲観論からの脱却である。
 決して順調な人生ばかりではなかったのだと思う。
 寝る時間を削ってまで開発やら配達やら技術の鍛錬やらに費やした苦労は半端ではなかったはずだ。
 そうした苦労を乗り越えた岡野氏の発言は、説得力がある
 「小泉首相や竹中大臣よりも日本経済のことは分かってるよ」という言葉も重い。
  
 目次にあらためて目を通してみて、あえて、もう1カ所紹介するとしたら「狩猟民族」の話だ。
 「農耕民族」は、人と同じでいいし、人がやったことを真似していれば間違いはない。
 一方、「狩猟民族」は人の後から行っても獲物は残っていないから、自分で狩場を開拓していくしかない。

 
 「人と違うことをしないと生き残れない」という意識の差が、同じ町工場でも明暗を分けた。
  読んでいて「圧倒的なパワー」を感じる元気の出る本だった。
  なおインタビュー記事も、本書と同じくらい岡野氏から元気がもらえる→ここ

| | Comments (0) | TrackBack (0)

September 17, 2006

がんばれソフトバンク?

 「フリーター」のような非正規社員の過酷な現実をどうすればいいか。
 環境問題と同じように「困った問題だね」と憂いているだけでは、教育にならない。
 まずは、正規社員の採用をすすめる企業を称えることから始めようか。
 2005年に非正規社員よりも正規社員を積極的に採用したのがソフトバンクである。
 
http://www.nikkei.co.jp/neteye5/mori/20040524n275o000_24.html

http://japan.cnet.com/news/biz/story/0,2000056020,20065871,00.htm

 ただし、手放しで喜べない理由がシロウトの僕にも書ける。
 正規社員採用の、もともとの理由は非正規社員による情報漏洩の影響で100億円以上の損失があったからだ。
=================
顧客情報漏えい問題の影響としては、対策費用として31億7600万円の特別損失を計上した。解約率も2004年3月が1.89%、4月が1.57%となっており、前年に比べてわずかながら上昇している。また、今後の情報漏えいを防ぐために新規顧客契約時の内部プロセスを増やしたことから顧客獲得効率が下がっているといい、「営業コストを考えると100億円から200億円ほどの影響があった」(孫氏)としている。
==================
 この事件がなかったら、ずっとパートタイムでの雇用が続いていたのかもしれない。
 誤解を恐れずに言えば「動機が不純」なのである。 
 しかも、孫氏の次の発言は要注意である。

===================
 Yahoo! BBを運営するソフトバンクBBでは、今後の戦略として更なる事業規模拡大のために正社員の比率を増やす方針だ。現在パートタイムで雇っているコールセンターの人員などを正社員に変更する。2005年度に新卒を3000名、中途を1500名採用する方針。これによりソフトバンクBBの人員が全体で1000名ほど増えることになるが、「単価はパートタイマーよりも新卒のほうが安く、コストは変わらない。しかし正社員のほうが(会社に対する)ロイヤリティが高く、生産性や顧客満足度が上がる」と孫氏は説明する。「(Yahoo! BBの)ビジネスモデルに確証が持てた。これからは効率を上げるように駒を進めていく」(同氏)
====================
 「単価はパートタイマーより新卒のほうが安く」とある。
 安いから新卒採用をすると断言しているわけだ。
パートタイマーなら給料を上げなくてもいいかもしれないが、正規社員となればそうはいかない。
 いずれパートよりも新卒採用の方がコストが上がる時期が来る。
 「正社員の方がロイヤリテイが高い」というメリットを単価の安い新卒でなく、単価の高い10年社員・20年社員にも感じられるのかどうか。
 「単価が安いから」というのも、私企業としては当然ではあるが、動機の不純さを感じてしまう。
 「単価は高いが、正社員のほうが(会社に対する)ロイヤリティが高く、生産性や顧客満足度が上がる」と言ってほしかった。それなら心からエールを送れる。
 さて、2005年度の採用は正社員(新卒)増だった。
 翌年度の(あるいは今後)の採用は、どうなのだろうか。1年こっきりの方針ならがっかりだ。
 2005年度の新卒社員は元気だろうか。パートの方が安上がりだからと嫌みを言われたり、肩叩きされていないであろうか。
 そのような心配をクリアできるなら、ソフトバンクの採用方針を賞賛していきたいと思う。

 なお、正社員優先と言えば、「カンブリア宮殿」で紹介された、樹研工業
====================
採用は先着順、学歴・国籍・性別は一切問わない。元ヤンキーら若者たちが現場を仕切る。
賃金は、年功序列制。出張するときは、全社員がグリーン車使用。
会議は自由参加。残業は申告制。
定年制は、ない。
===================== 
 優秀な人を採用するのではなく、採用した人を優秀にしていくという発想が樹研工業にはあるようだ。

 なお、「カンブリア宮殿」では、以前放映した「岡野工業」も素晴らしかった。
 従業員6人で世界で唯一無二の製品を仕上げる町工場である。NASAが依頼に来るほどだ。
 「寄らば大樹」で必死に大企業への就職に固執することはない。
 樹研工業・岡野工業の成功は、日本の底力を感じさせてくれる。
(あれ?、タイトルは「がんばれ、ソフトバンク」だったのに・・・)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

September 16, 2006

ネットにはまる人々

昨日、ミクシイの株式上場の話題のついでに、SNSにはまっている主婦の様子がテレビで映し出された。
驚いた、というか嫌になった。
=======================
子どもが帰ってきても、画面を見ながら「お帰り」
子どもが何か話しかけても上の空で画面を見てマウスを動かしている。
そのうち子どもが離れるが、母親は知らん顔。
返信や反応が気になるのだろう。
掃除をしていても何をしていても10分とおかず、PCの前に戻ってきてネットを確かめている。
========================
一緒に見ていた家族は何も言わなかったが「我が家の父親も同じだ」と思ったかもしれない。
PCの画面を見ていると、目の前の家族はそっちのけになる。
返信が気になる時は何度も何度もPCの画面を確かめる。
そのような自分が嫌になって、家族が寝てからしかメールは開かないと誓ったこともあるが、ついついなし崩しに
なっていた。
それが、まるで自分の姿を見るような家族ほっぽりだしの女性の姿を見て、情けなくなった。

目の前にいる人の気持ちを無視してネットにはまる人間に教育を語る資格はない。

という思いを新たにした。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

September 15, 2006

貧困層比率の問題

 「フリーター・ニート」について調べていたら、「ワーキング・プア」(働く貧困層)に当たった。
 続いて出会ったのが「貧困層比率」である。
 ネットで出会った共同通信記事には次のようにある。

============================
経済協力開発機構(OECD)は20日、日本経済の現状を分析した「対日経済審査報告書」を発表した。相対的貧困層の割合は先進国で2番目とし、「不平等の度合いが増している」と指摘。格差拡大は、所得が低い世帯の子どもたちの教育水準低下などを招く恐れがあると懸念を表明した。
 ゼロ金利解除後の金融政策にも言及し、デフレに逆戻りするのを避けるためにも、追加利上げは慎重に判断するよう求めた。主要国の日本経済に対する考え方を示す同報告書は、構造改革への抵抗を強めかねない格差拡大を防ぐよう警告しており、経済政策をめぐる国内の議論にも影響を与えそうだ。
(共同通信) - 7月20日11時26分更新
=============================
 
 おそらく、次に引っかかるキーワードは「格差社会」である。
 貧困層の割合が先進国で2番目というには実感がないかもしれないが、いろいろ調べてみると、中位者の等価可処分所得の50%以下しかない者を貧困者と定義している。そして日本は所得格差是正の施策を怠っているため、相対的に貧困層が多いということになるらしい。→ここ
 社説もネットでみられる→ここ
 日本の貧困層比率は13.5%で2位。1位はアメリカの13,7%。1位とほとんど変わらない。
 しかも、これが2000年のデータだから、小泉政権後の数値だったら1位になるのではと言われている。
 
そして、その原因の代表格が「正社員雇用の減少と、非正規社員雇用の増大」である。
 はやく「悪の連鎖」を断ち切らねば!
 

| | Comments (0) | TrackBack (0)

September 12, 2006

「読書感想文」のマニュアル

中学校の夏休みの課題ワークとして明治図書の「サマースクール」を採用した。
このワークの付録プリントとして「読書感想文の書き方シート」というのがついていた。
原稿用紙に書く前に、まとめようということで、書き出しの指定がされている。

1 わたしが読んだのは「    」という本です。
2 この本を読んで、私が強く思ったのは、~ ということです。
3 わたしが、この本をよむことにしたきっかけは ~ ということです。
4 この本の内容を簡単に紹介しましょう。
5 わたしは、この本を読んで、いろんなことを考えました。
  まず~ 
  次に~
  さらに~
6 この本を読むことによってから、私は ~ という経験をしたと思います。
7 わたしは、これを機会に ~ と思っています。

どなたかの実践に基づいたワークだと思うが、ふだん指導する項目と同じである。
というわけで、読書感想文は自由課題だったが、このプリントの提出は宿題とした。
自由課題の感想文をこのパターンで書いた物を清書して出した子もいた。
このパターンで感想文は指導できる。
もちろん、内容の簡単な紹介というのは、けっこう高度な力が必要で
6・7のような自分の経験との連結、読みによる自己の生き方への向上などは、慣れないと何をしていいか分からないし、作品が悪いと書くべき内容がない。
そもそも読書感想文は、感想文を書くに適した「心を動かされる」作品が要求される。
だから感想文は、あざとくて嫌だという先生もいる。
でも、感想文を契機に「心を動かされる」作品に出会ってもらいたいものだという願いは強い。

| | Comments (1) | TrackBack (0)

September 11, 2006

ワーキング・プアの問題

 教育雑誌『教室ツーウエイ』の9月号は「フリーター・ニートを考える授業」を特集していた。
 全国キャラバンしている鳥居徹也氏の授業を中心に紹介されている(鳥居氏の著書は『フリーター・ニートになる前に読む本』)。
 フリーター・ニートにならないように意識づける指導は大切だ。
 軽い気持ちで「フリーターでもいいや」「正社員はシンドイから非正社員でいい」なんて行って欲しくない。
 「一番光っているのは派遣社員の○○さん」なんていうCMで、派遣もカッコいいかなんて思っている子も多いかもしれない。
 「アウトソーシング」って響きはいいけど、外部委託、つまり派遣社員のことだ。
 企業のコスト削減のためには非正規社員は都合がいい。給与は正規社員の6~7割でいい。
 しかし、都合良く使われる派遣社員の生活は大変だ。いつ無給になるか分からない。
 そのような状況を表す言葉が「ワーキング・プア」だ 。
 私は、今日『文芸春秋』9月号の後藤正治氏の「ワーキング・プアの時代」を読んで初めて知った。
 内容の深刻さもショックだったし、今頃知った自分に対してもショックだった。
 
 NHKでは、つい最近特集を行っており(見逃した)、かなりの反響だったという→ここ
 =========================
働いても働いても豊かになれない…。どんなに頑張っても報われない…。
今、日本では、「ワーキングプア」と呼ばれる“働く貧困層”が急激に拡大している。ワーキングプアとは、働いているのに生活保護水準以下の暮らししかできない人たちだ。生活保護水準以下で暮らす家庭は、日本の全世帯のおよそ10分の1。400万世帯とも、それ以上とも言われている。

景気が回復したと言われる今、都会では“住所不定無職”の若者が急増。大学や高校を卒業してもなかなか定職に就けず、日雇いの仕事で命をつないでいる。正社員は狭き門で、今や3人に1人が非正規雇用で働いている。子供を抱える低所得世帯では、食べていくのが精一杯で、子どもの教育や将来に暗い影を落としている。

一方、地域経済全体が落ち込んでいる地方では、収入が少なくて税金を払えない人たちが急増。基幹産業の農業は厳しい価格競争に晒され、離農する人が後を絶たない。集落の存続すら危ぶまれている。高齢者世帯には、医療費や介護保険料の負担増が、さらに追い打ちをかけている。
===========================

 「今年の流行語『ワーキング・プア』」というブログもあった。
この話題は重い。
政府は昨年5月に「20万人常用雇用化プラン」を提唱し、企業に正社員の採用拡大を求めたと言うが、正社員の割合でも義務づけない限り、正社員は増えない。コスト削減しなくては企業の利益が上がらないからだ。
鳥居先生の授業は「努力」で願いを実現させようとさせている。
しかし、企業がますます派遣社員やパートやアルバイトのような非正規社員を増やすのだとしたら、個々の努力では何ともならない事態に陥る。せいぜい「正社員になったら簡単にやめるなよ」ぐらいか。

次期首相候補の安倍さんは再チャレンジのできる社会を提案している。
政府の「再チャレンジ推進会議」の議長は安倍晋三官房長官である。
神戸製鋼という民間企業経験のある安倍さんに期待していいのだろうか。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

September 09, 2006

恐るべしコンビニ

コンビニについては、前にも書きました。→ここ

たまたまあるHPを見ていて、コンビニの秘密にぶつかりました。→ここ

以前はコンビニのお店の前にジュースやタバコの自動販売機がありました。
最近ではその自動販売機がなくなってきていることに気づいている方も多いでしょう。
なぜでしょうか?

言われてみれば、確かにそうだ。
タバコの販売機はまだ見るけど、ジュースは見あたらない。
この答えは以下の通り。
=====================
そうなんです、ノドが乾いたからコンビニの前にある自動販売機でジュースを買おうと思ったら自動販売機がなくなっているので、仕方なくお店の中に入って買おうと思ったら一番奥にあるんですよねジュースは・・・。
=====================
要するに、他の品物も一緒に買ってもらおうという作戦です。
レジの周りにちょっとしたお菓子が置いてあるもの、会計のラストに加えてもらおうという作戦です。
百貨店で屋上に遊園地があったり、上の階に催事場や書店や食堂街を配置するのは、降りてくる客が他の買い物をしてくれることを狙っているんですよね(シャワー効果)。

家の間取りを考えるときも、スーパーの陳列を考える時も「動線」を考えろ、と言います。
人が通りやすい道・使いやすい道・目を止めやすい道を考えて、家具や陳列物を適正配置しようということです。
自動販売機を置かないで、一番奥にジュースを配置するコンビニの作戦。
そうした発想を、他にも活かせないかなあと思う。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

数値で物を考えよう

Scan6

「ビクトリア湖の悲劇」について先日、ブログを書いた。
「ビクトリア湖」についての認識が甘かった。

アフリカ最大のビクトリア湖は、面積6万8千平方キロ
ケニア、ウガンダ、タンザニアの三カ国に囲まれた世界第3位の広さ
湖の広さは九州の2倍、琵琶湖の100倍

九州の2倍の湖は、どう考えても「海」である。
例えば伊勢湾で1種類の魚が大量発生しても、
そんなに沢山の種類の魚は絶滅させるような影響はないだろうと思う。

琵琶湖や諏訪湖なら、1種類の魚に占領されるのもありうるとイメージできる。
絶滅がイメージできるからこそ、様々な取り組みが実施される。
「絶滅の危機」というイメージをするには、ビクトリア湖のサイズは大きすぎる。

とはいえ、いくらイメージしにくくてもビクトリア湖の状況が事実なら仕方ない。
絶滅品種を救いたいと思う。
ナイルバーチを駆除しればいいと思う。
しかし、漁場となる湖が九州の2倍である。
どれほどたくさんの人が漁業で生計を立てていることか。
商業価値のある魚を、ヒステリックに駆逐しよう、などと叫ぶことは幼稚な発想だ。

大切なのは「相対的なイメージを持つ」という発想だ。
「湖のサイズに比して多い外来魚」
「生活人口に比してのナイルバーチの漁獲量」
という相対的な関係の中で物事を論じないと、すごく片寄った意見になてしまう。
それは世に言う「バランス感覚」である。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

September 07, 2006

要約指導~「柱」概念への疑問~

 要約指導に関する私のブログ(ここ)に、井上さんという方からコメントをいただいた。
 井上さんの教材分析を見ると、「読み研方式」というか「柱概念」であることが分かる。
 大西忠治氏の書籍を読んで「柱概念」について、少し学んだことがある。
 不確かだが、宇佐美寛氏が「柱概念」を批判していたと思う。そのような文章も読んだ。
 宇佐美氏の論に乗っかるわけではないが、僕も「柱概念」には、疑問というか限界を感じたことがある。

===============
 僕は彼女のことが好きで好きでたまらなかった。
 僕は彼女に電話するかどうか悩みに悩んだ。
 しかし、僕は彼女に電話しなかった。
================

 この3つの文で「柱」を選ぶというのは、どの文を選べと言うことなのだろうか。
 最終結果としての行動・結論として考えたら最後の「電話しなかった」であろう。
 しかし、「電話しなかった」という行動は好きで好きで、悩みに悩んだという結果である。
 そう考えると、私には「柱の文」を見つけるということは、決して簡単なことではないのだと思う。
 教師でさえ、迷い揺れるような概念では授業できないと思うのだ。(続く)

9/10追記
「事後法で裁けない」と同じで、柱概念を意識していない文章を柱概念で分析するのは無理がある。
同じくトピックセンテンスを意識していない文章からトピックセンテンスを抽出するのも無理がある。
「起承転結」も同じで、我々が、いくら起承転結が「ああだ、こうだ」と推測しても、当の作者がそのつもりで書いていないなら仕方ない。
教科書教材を分析していると、「これは分析が無理なのではないか」と思える文章がある。
構成やトピックセンテンスを意識していない文章は、いくら緻密に分析しようにも限界がある。
いや、むしろ緻密に分析すると、破綻するのである。
でを

| | Comments (3) | TrackBack (0)

September 02, 2006

読んでない本『記憶がウソをつく』

045251
 まだ読んでいない(買ってない)本である。
 養老孟司と古館伊知郎の対談(扶桑社)。
 ネットで書評を読んでいて驚いた本である(そのHPが見つからないので紹介できないのが残念)。
 記憶は自分の都合の良いようにインプットされたり修正されたりするので、老人の昔話などは決して真実ではないのだそうだ。
 そのようなことが、この本には書いてあるらしい。
 その話を聞いたのが7月。その後の夏休み、たくさんの戦争体験話を新聞で読んだりテレビで見たりした。
 すると、これまで信用していた戦争体験談に、どうも懐疑的になってしまったのだ。
 
 現代の事例で考えよう。
 今年のサッカーワールドカップで日本代表は1勝もできないで予選敗退した。
 今なら誰もが「まあ、しょせん実力がなかったと言うことだよ」「負けると思っていたよ」といったコメントを言う。
 今さら「オーストラリア戦はミスジャッジで負けた。初戦の敗退が最後まで響いた」などと力説してもむなしいだけだ。
 たとえ大会前にハイテンションで「決勝進出だ~」と騒いでいた人もマスコミも、今となっては冷めた批評をしているか、盛り上がった過去はなかったかのようにオシムJAPANに気持ちを移している。
 今から思えば「ブラジル戦に勝機はある」なんていうのは無謀な予想記事ではあった。
 けれど、戦う前から「勝てるわけがけない・決勝は絶望的」なんて記事はとうてい世に出せない。
 日本代表を最後までで声援しようという気持ちも分かる。
 たとえ決勝に行けなくても応援しようよ、という姿勢はとても大事だ。
 (それなら、敗戦濃厚な状況下で「勝てる・勝てる」とあおった戦時下のマスコミも責められないということだ)。

 そのことを戦争体験談に、仮想的にあてはめると、
たとえ「日本は勝つぞ」「アメリカなんかに負けてたまるか」「国のために喜んで命を捨ててやる」と意気込んでいた人もマスコミも、その時のハイテンションな心境を今になって正直に告白することは難しい。
 「俺だって死にたくなかったんだよ」
 「負けると思ったんだよな」
 「あんな戦争無意味だと思ってたんだよな」
というトーンで語るのは、無意識の自己弁護のようなもので誰も否定できない。
 誰もがそのようにして自分の気持ちまでも改訂して語ってしまうのだろう。
 
 『少年H』という本も、事後法のような冷めた戦争批判の視点で書かれているらしい(読んでいない)。
 当時の少年では知り得なかった事実を語る部分があるらしいが、それは、知ってしまった事実を排除して過去を振り返るのは難しいし、やはり無意識に(結果的に)「ウソ」をついてしまうからなのだろう。
 

・・・読んでいない『記憶がウソをつく』から、勝手に「ウソをつく心理」を考えてみた。
 本当にこんなことが書いてあるのかどうかは、きちんと検証しなくては。

 それにしても、戦争にのめりこんでいった人の気持ちも、「靖国で会おう」と言って散っていった戦士の気持ちも、今の感覚でコメントすることは「事後法」と同じで極めてナンセンスだと思う。
  「うおー日本軍すげー」と戦果に大喜びして提灯行列した戦時中の人たちを、今になって責めることもできないし、そのように狂喜乱舞して盛り上がった事実を語ろうとしない(忘れようとしている)人を責めることもできない。
 繰り返すが、現代の我々だってワールドカップやオリンピック前に盛り上がった気持ちを今になって正直に語るのは難しいのだ。
 ホリエモンや村上ファンドを持ち上げた人もオウム真理教を擁護した人たちも、今は自己否定の毎日であろう。
 
 他人の体験談を、少し疑って聞いてみる。
 だいたい人間は過去を美化したがるものだ、自分に都合の悪い記憶はすり替わっていくものだと思うだけで世に中を見る目が変わった気がする。
 それぐらいインパクトのある本だった(って、まだ読んでないよ)。

・・・読んでいない本に感銘するという全くおかしな構造になってしまった。早く読了しないと。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

読まない本『水からの伝言』

020989840000
 タイトルは『水からの伝言』、写真は「水は答えを知っている」と微妙に違うが、まあいいか。
 いずれも江本勝氏の本。
 先日、書店にたくさん並んでいたのはサンマーク出版の写真集?だったから、おそらく「水は答えを知っている」である。
 どうして書店で平積みかというと(ネットで調べたところ)6月29日に「金スマ」という番組で歌手の倖田來未が「水の結晶」の話をしたかららしい→ここ
 ネットでもその話題はたくさん見られる→ここ
 私自身は、TOSS関連の実践で、目にしたことはあった。

 「ありがとう」のような言葉をかけた水は、美しい結晶ができる。ご飯が腐らない。
 「ばかやろう」のような言葉をかけた水は結晶が汚い。ご飯が腐る。
  
そのような道徳の授業に懐疑的であった。「そんな馬鹿な」と思っていた。
だから「水からの伝言」がインチキであるという発言の方が僕には信用できる。
 
 ・「水からの伝言」にみるにせ科学 ・世界一の誤解 市民のための環境学ガイド
 ・「水からの伝言」関連リンク集
 
江本勝氏の企業であるHPには、我が家のPCからは入れない。
セキュリテイソフトが次のように遮断してしまうからだ。

=======================
Norton Internet Security がこの制限サイトに対するアクセスを遮断しました。
------------------------------------------------------------
サイト: http://www.hado.com/

遮断したカテゴリ: オカルト/ニューエイジ
=======================

江本氏の企業が、制限サイトであるという事実も見逃せない。
関連リンク集からは、同士であるTOSSの先生方の道徳の授業実践・朝会の訓話などが出てくる。
中にはリンク切れになってHPが見られないものもある。
しかし、HPが見られなくても、授業をしてしまった事実は残る。
子どもは覚えている。授業参観で行った例もあるようで、そうなら保護者も覚えている。 
それも個人ではなくTOSS実践という形で批判をされる。
だからこそ、自分の発言には責任を持たねばならない。
私は、私個人の責任において、次のように発言する。

 「水からの伝言」「水の結晶」関連の書籍には、疑問点が多く、批判的な意見も多く見られる。
 少なくとも現在の段階で肯定的に学校教育の場で紹介すべきではない。
 すでに授業実践した人は、自分の責任において何らかの所信表明をすべきである。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

« August 2006 | Main | October 2006 »