« April 2007 | Main | June 2007 »

May 31, 2007

尋常小学修身書

尋常小学修身書について、ネットで閲覧できる。ありがたい時代である。

http://www.konan-wu.ac.jp/~kikuchi/siso/syushin5.html

興味深い項目が、たくさんあった。
1点だけ取り出すと、「礼儀」。
=====================
我等が世間の人と共々に生活するには、知つてゐる人にも知らない人にも礼儀を守ることが大切です。礼儀を守らないと、人に不快の念を起させ、また自分の品位をおとすことになります。
人の前に出る時には、頭髪や手足を清潔にし、着物のきかたにも気をつけて、身なりをとゝのへなければ失礼です。人と食事をする時には、音を立てたり、食器をらんざつにしたりしないで、行儀をよくして、愉快な心持でたべるやうにしなければなりません。又室の出はいりには、戸・障子のあけたてを静かにするものです。
汽車・汽船・電車などに乗つた時には、互に気をつけて人に迷惑をかけないやうにすることが必要です。自分だけ席を広くとつたり、不行儀ななりをしたり、いやしい言葉づかひをしたりしてはなりません。集会場・停車場其の他、人がこみあつて順番を守らなければならない場所で、人をおしのけて、われさきにと行つてはなりません。又人の顔かたちやなりふりを笑ひ、悪口を言ふのはよくないことです。
外国人に対して礼儀に気をつけ、親切にするのは、文明国の人の美風です。
====================
・・・なんと当たり前の事ながら教科書に示してあることか。
 上記は五巻。
 四巻では、同じ「礼儀」について、次のように書かれている。
==================== 
人は礼儀を守らなければなりません。礼儀を守らなければ、世に立ち人に交ることが出来ません。
人に対しては、ことばづかひをていねいにしなければなりません。人の前であくびをしたり、人と耳こすりしたり、目くばせしたりするやうな不行儀をしてはなりません。人におくる手紙には、ていねいなことばをつかい、人から手紙を受けて返事のいる時は、すぐに返事をしなければなりません。又人にあてた手紙を、ゆるしを受けずに開いて見たり、人が手紙を書いて居るのを、のぞいたりしてはなりません。その外、人の話を立ちぎきするのも、人の家をすきみするのもよくないことです。
人としたしくなると何事もぞんざいになりやすいが、したしい中でも礼儀を守らなければ、長く仲よくつきあふことは出来ません。
 シタシキナカニモ礼儀アリ。
====================
・・・確かに「親しき仲にも礼儀あり」である。ありがたい教科書である。
ついでながら、巻四の「礼儀」の次の項目は、いいお話だった。

  第十九 よい習慣を造れ
よい習慣を造るにはつねに自分をふりかへつて見て、善い行をつとめ、わるい行をさけなければなりません。滝鶴台の妻が或日たもとから赤い毬を落しました。鶴台があやしんでたづねますと、妻は顔をあかくして、「私はあやまちをして後悔することが多うございます。それであやまちを少くしようと思ひ、赤い毬と白い毬を造つてたもとへ入れておき、わるい心が起るときには、赤い毬に糸を巻きそへ、善い心が起るときには、白い毬に糸を巻きそへてゐます。初のうちは赤い方ばかり大きくなりましたが、今では両方がやつと同じ程の大きさになりました。けれども白い毬が赤い毬より大きくならないのをはづかしく思ひます。」といつて、別に白い毬を出して鶴台に見せました。自分をふりかへつて見て、善い行をつとめることは初は苦しくても、習慣となればさほどに感じないやうになるものです。
 習、性トナル。

・・・このようなエピソードが、たくさん紹介されている。
感心したのは日本人だけでなく、西洋の偉人についてもたくさん紹介されていることだ。
そういう意味では「国粋主義」の教本ではなく、国際人(文明国の人)になるための教養本なのである。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

May 29, 2007

両陛下がリトアニア訪問

「両陛下がリトアニアの杉原千畝記念碑訪問」というニュースがあった。
2007年05月26日22時37分
http://www.asahi.com/national/update/0526/TKY200705260219.html
 

天皇、皇后両陛下は26日、リトアニアに入り、第2次大戦中にナチス・ドイツから迫害された多くのユダヤ人を救った外交官、故・杉原千畝氏の記念碑に立ち寄った。同国には杉原氏の記念館や名を冠した通りがある。遺族は「両陛下のご訪問で、杉原の人道的行為が改めて報われた思い。本人もきっと喜んでいると思います」と話している。
 杉原氏は1939年から2年間、リトアニアの領事代理を務めた。その間、ナチス・ドイツに追われた多くのユダヤ人難民に、外務省の方針に反して日本通過ビザを発給し、約6000人の命を救ったとされる。
 こうした功績が次第に評価され、リトアニアは91年に日本と国交を回復させた際、ビリニュス市の通りのひとつを「スギハラ通り」と命名。杉原氏がビザを発給した旧日本領事館も杉原記念館として保存されている。
(中略) この前に行われた昼食会でも、大統領は杉原氏が日本とリトアニアの間に「外交業務を超えた特別な懸け橋」を作ったと述べ、「常にリトアニア国民の尊敬を集めている」と評価した。
 杉原氏は海外で評価される一方で、日本国内では冷たい扱いを受けていたとされ、00年に当時の外相が遺族に「ご無礼があった」と謝罪した。関係者のひとりは「杉原の行為をめぐり様々な声があるのは確か。だが、(今回の訪問が)何よりも平和の大切さを見直す契機になって欲しい」と話している

別のニュース記事によると。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070527-00000013-san-soci

両陛下、杉原記念碑に 「命のビザ」 リトアニアご到着
5月27日8時0分配信 産経新聞
 【ビリニュス=大島真生】欧州5カ国を歴訪中の天皇、皇后両陛下は26日(日本時間同)、バルト三国で最後の訪問先となったリトアニアのビリニュス空港に政府専用機で到着し、ビリニュス市内に建てられた元駐リトアニア領事代理、故杉原千畝(ちうね)氏の記念碑を訪問された。
 杉原氏は第二次世界大戦中の1940年、ナチス・ドイツに追われてポーランドからリトアニアに殺到したユダヤ人たちに対し、外務省の意向に逆らい独断で大量の査証(ビザ)を発給。約6000人を救った「命のビザ」で知られる。
 外務省の意向は、三国同盟の締結交渉中だったドイツに配慮したものとされる。
 本省の指示に背いて戦後退職に追い込まれた杉原氏は、死亡後の平成12年、当時の河野洋平外相が外交史料館の顕彰プレート除幕式で、「勇気ある判断で人道的考慮の大切さを示した」と祝辞を述べたことにより、ようやく名誉が回復された経緯がある。
 旧ソ連圏で初めての渡航先にバルト三国が選ばれたことで、今回のご訪問が実現した。
 
http://www.chunichi.co.jp/article/national/news/CK2007052702019396.html両陛下、リトアニア到着 故杉原千畝氏記念碑を訪問 2007年5月27日 朝刊
 
26日、リトアニア・ビリニュスで、故杉原千畝氏の記念碑を見学される天皇、皇后両陛下=石橋克郎撮影
 両陛下は午後、第二次世界大戦中に日本のビザを発給して六千人以上のユダヤ人の命を救った元リトアニア領事代理の故杉原千畝(ちうね)氏の記念碑を訪問した。
 記念碑はネリス河畔に立ち、高さ二メートル、幅二・四メートル。杉原氏が学んだ早稲田大が二〇〇一年に市に寄贈した。同氏の顔の浮き彫りが施され、発給したビザの写真製版が埋め込まれている。
 両陛下はアダムクス大統領夫妻と記念碑を見学し、杉原氏の業績などの説明を受けた。
 これに先立ち、アダムクス大統領は、歓迎昼食会のあいさつで杉原氏に言及し「人道的な功績を残したことで、常に国民の尊敬を集めています」と述べた。
◆両陛下の訪問喜ぶ両国民
 故杉原千畝氏が勤めていた日本領事館は、当時首都だったリトアニア中部の都市カウナスにあった。建物は今、杉原千畝記念館になっている。
 館長のシモナス・ドビダビジュスさん(46)は天皇、皇后両陛下の記念碑訪問について「日本とリトアニアがともに杉原氏の業績を尊敬すべきことだと認めたことになる。次にリトアニアを訪問する機会があったら、この記念館にも立ち寄ってほしい」と話した。
 館長によると、記念館には年間七千人以上が訪れる。うち約五千人は日本からの観光客だが、地元リトアニアの高校生や大学生も多い。
 「杉原氏の名前はリトアニアでよく知られており、勇気や人間性のシンボルとみなされている」とドビダビジュスさん。「ユダヤ人を助けずに日本に帰ることもできたのに、リトアニアに残って助ける道を選んだ。今の時代、人の不幸を見ても何もしない人が多いが、杉原氏を手本にしてほしい」と同国の若者にメッセージを送った。
 二〇〇一年に杉原さんの妻とともにこの記念碑の除幕式に参加した杉原さんの長男の妻美智さん(69)=東京都在住=も、今回の訪問に期待を寄せる。「二つの国のきずなが今まで以上に強くなれば…。こうして皆さんが義父を顕彰してくださるのをうれしく思う。再びあのようなビザを発給しなければならない時代に逆戻りしないようにしてほしい」と話した。
 一九六三年に結婚したころ杉原氏の業績はほとんど知らされていなかった。杉原氏は時々、大使館で苦労をともにした妻との会話の中で「あの時のユダヤ人たちは、どうしているだろうね」と話していたが、“命のビザ”のこととは思いもしなかったという。
 美智さんは「寡黙な人でした。今になって『ちゃんと話を聞いておけばよかったね』と、家族と悔やんでいるところです」と故人をしのんだ。
 また、杉原氏の出身地、岐阜県八百津町の赤塚新吾町長も「今回のご訪問は、リトアニアと日本の友好親善というだけでなく、皇室が杉原氏の功績について理解を示されたということで、感慨深く思います。両陛下に感謝申し上げます」と喜んでいる。
 【杉原千畝氏(1900-86年)】 岐阜県八百津町生まれ。39年、リトアニア領事代理として首都カウナス(当時)に赴任。翌40年に離任するまで、ナチス・ドイツの迫害から逃れた6000人に上るユダヤ人難民に、日本通過を認めるビザを独断で発給して命を救った。戦後、外務省を依願退職。「命のビザ」のエピソードは忘れ去られていたが、夫人の著書などで知られるようになり、死去から5年後の91年、同省は公式に謝罪した。

 特に中日新聞の記事で分かるように、独断でビザ発給した杉原氏は、戦後評価されることもなかった。どうやらご自分から話をされることもなかったようだ。外務省の意向に逆らっての行為だから退職も当然と考えておられたのだろう。
 しかし、今の尺度で考えれば、本当に尊い行為をしたのだと思う。
 リトアニアで賞賛される杉原氏の存在は、同じ日本人として実に誇らしい。
 小学校の道徳の副読本にもあるようだし、中学でもよく授業化される。
 学年発達に応じた難易度で、杉浦氏の功績を紹介していくことは望ましい。
 誇らしい内容だから、学年が変わって何度聞いても効果がある。

| | Comments (55) | TrackBack (0)

「日本人としてこれだけは知っておきたいこと」中西輝政(PHP新書)

4762jhjh
「日本人としてこれだけは知っておきたいこと」中西輝政(PHP新書)

「なぜ戦前を否定するのか?」という帯のメッセージも挑発的といえば、挑発的である。
GHQの問題・皇室問題・戦争問題・日本文明などについてやさしく解説してくれる。
でも、総じて言えば、これぐらいの内容はタブー視せず、事実・常識として次のステージで生産的な議論が進めばいいと思う。
 覚え書きとして、1点記しておくことにする(P23~26)。

★アメリカによる初期の対日占領政策は、終戦時に国務、陸軍、海軍三省合同で作成した文書 『日本降伏後における米国の初期の対日方針』に明らかですが、 それは一言でいえば、日本が再び「米国の脅威」にならないよう、 徹底的に日本という国の弱体化を図ることにありました。
(中略)だから、アメリカの占領政策は、日本人の精神を根底から突き崩すこと、ここに主眼を置かれたわけです。そのために目をつけたのが学校教育、なかでも歴史教育でした。
 そういった意図を雄弁に物語っているのが、昭和20年12月15日にGHQより出されたいわゆる「神道指令」(国家神道、神社神道に対する政府の保証・支援・保全・監督ならびに弘布の廃止に関する件』指令)です。

・・・ちなみにPHP新書そのものが、次の経緯で刊行されている(1996年10月)。

★平和で豊かな生活を手にした現在、多くの日本人は、自分が何のために生きているのか、どのように生きていきたいのかを、見失いつつあるように思われます。
 そして、その間にも、日本国内や世界のみならず地球規模での大きな変化が日々生起し、解決すべき問題となって私たちのもとに押し寄せてきます。
 このような時代に人生の確かな価値を見出し、生きる喜びに満ちあふれた社会を実現するために、いま何が求められているのでしょうか。それは、先達が培ってきた知恵を紡ぎ直すこと、その上で自分たち一人一人一人がおかれた現実と進むべき未来について丹念に考えていくこと以外にはありません。

・・・さらに、ちなみに、光文社の学芸叢書シリーズは次の経緯で刊行されている。
★私たち日本人は、戦後の飢餓状態から豊かな生活の実現に向かって、ひたすら経済第一主義で半世紀を過ごしてきた。その結果、日本は世界的にまれに見る経済上の成功は収めはしたが、省みれば見れば、国も社会も、個々の人間も、金銭の追求以外に目標を見失ってしまった。
 この叢書は、混迷する社会にあって、個々人が一回限りの人生を、より充足した確かなものとするための
知識・理念を、いかなる権威にもヘコたれない「カッパ精神進」をもって送り続け、読者の心の中にありつづけたいと思うものです。

 今という時代は、モラルの低下・経済第一主義の弊害が「ある」という事実は、ほぼ確定でいいのだろうか。
 「今のままではいけない」というのが、大方の意見の一致するところであるならば、もっともっとみんなでよりよい日本になるように議論し、提案し、遵守していかねばならない。
 もちろん「法律で規定するから守りましょう」という議論にならないようにしていきたい。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

May 14, 2007

南極の氷はどうなるの?

朝日新聞の4月9日の記事で、地球温暖化と海面上昇の子供向けのQAが出た(らしい)。

http://www.asahi.com/edu/nie/tamate/kiji/TKY200704090171.html

◇ののちゃん そうか。じゃあ陸(りく)の氷がとけて海に流(なが)れ出(だ)していくと、海面が上がるんだ。

 ◆藤原先生 そうね。陸をおおう氷を氷床(ひょうしょう)と呼(よ)ぶの。でも、氷床はそんなにかんたんには、とけないのよ。たとえば、グリーンランドの気温が7度上がったとしても、氷床が消滅(しょうめつ)してしまうまでには3000年ほどかかるという計算(けいさん)があるわ。もし、グリーンランドの氷が全部とけると海面は7メートル上昇するそうよ。
 ◇ののちゃん 南極はどうなの。
 ◆藤原先生 21世紀の間(あいだ)は、雪(ゆき)が増(ふ)えて、氷床が厚(あつ)くなるかもしれないんですって。このまま地球が温かくなると、数百年後(すうひゃくねんご)に、氷床は小さくなると予想(よそう)されているの。でも、気温が10度高くなったとしても、全部とけるには、1万(まん)年以上(いじょう)かかるのではないかしら。もし南極の氷が全部とけたとしたら、海面は60メートルくらい上がると考えられているのよ。

 ◇ののちゃん そうか。でも、すぐにとけないなら、安心(あんしん)だね。
 ◆藤原先生 安心するのはまだ早(はや)いわ。海面上昇の予測には、わからないことも多(おお)いから。気温が上がると、陸にある氷がくずれやすくなって、海の中(なか)に入(はい)ってしまうかもしれないという考えもあるのよ。そうだと、もっと早(はや)く海面が上がるかもしれないわね。

 つまり、氷が解けて海面上昇すると考えるのは早計だというわけだ。
 しかし、昨日テレビで、地球温暖化→氷山が溶ける画像→海面上昇という朝日新聞のCMを目にした。
 朝日新聞は、上記のQAのような立場を自ら否定して、氷山が解けて海面上昇という意見を堅持しようとしているのだろうか。

 http://www.asahi.com/special/070110/TKY200704100397.html
「平らな島 迫る海 〈地球異変〉1」と題した特集記事は、地球温暖化の海面上昇でツバルが消滅しそうだということを伝えている。この特集が先のQAの数日後の4月15日付なのである。


| | Comments (4) | TrackBack (1)

May 12, 2007

海軍の五省・論語の三省


「五省(ごせい)」と呼ばれるものがある。

一、至誠(しせい)に悖(もと)る勿かりしか   (真心に反することはなかったか)

一、言行に恥づる勿かりしか   (言葉と行ないに恥ずかしいところはなかったか)

一、気力に欠くる勿かりしか   (気力に欠いてはいなかったか)

一、努力に憾(うら)み勿かりしか   (努力不足ではなかったか)

一、不精に亘(わた)る勿かりしか   (不精になってはいなかったか)

ウィキペデデイアで検索できる。
ちなみに私は「文藝春秋」2004年3月号で阿川弘之氏のコラム記事で目にした。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%94%E7%9C%81

五省(ごせい)とは、旧大日本帝国海軍の将校養成機関であった広島県江田島の海軍兵学校(現在は海上自衛隊幹部候補生学校)において、生徒がその日の行ないを反省するために自らへ発していた5つの問いかけのこと。考案者は当時兵学校校長であった松下元少将。
今日では帝国海軍の精神を象徴する標語であるかのように語られる事があるが、五省が兵学校校舎に掲げられるようになったのは国内の軍国主義的色合いが濃くなり始めた1932年(昭和7年)からであり、その採用期間は七十余年に及ぶ海軍の歴史の中において、末期の十数年間に過ぎない。

 この部分よりも次の部分の方が興味深い。
========================
しかし、太平洋戦争後に日本を占領したアメリカ海軍の幹部が五省の精神に感銘を受けてアナポリス海軍兵学校に英訳文を掲示したほか、日本国内おいても海上自衛隊などで日々の行動を自省する標語として用いられている。
=========================
 海軍兵学校の言葉となれば、日本ではタブー視されそうな言葉だが、アメリカ海軍で推奨されている。
 逆に言えば、アメリカ軍は、「五省」のような日本の精神論の価値を認めたがゆえに、自分たちは取り入れつつも、日本に残ることを恐れたのである。
 それほど、日本の精神的な支えとなる教えは、価値があったと言うことだ。
 ちなみに、ウイキペデイアには出てこないが、この五省は、論語の「三省」が元になっていると阿川氏は書いている。
http://rongo.jp/kaisetsu/rongo004.html■学而第一 004

曽子曰く、吾、日に吾が身を三省す。
人の為に謀りて忠ならざるか。
朋友と交わりて信ならざるか。
習はざりて伝うるか。

〔通釈〕
孔子の弟子の曽参(そうしん)云う、
「私は毎日幾度となく自分の身(行ない)・口(言葉)・意(思い)について反省する。
喩えば、人の為にと思いながら、私心がなかっただろうか(意)?
友人との交際で、信頼を裏切るような行為がなかっただろうか(身)?
良く知りもしないくせに、知ったかぶりしていい加減なことを人に伝えなかっただろうか(口)?」と。

〔解説〕
儒教は、「自省自戒の学」或は「反省の学」とも云われておりますが、どうして自己を省(かえり)みる・反省をそんなに重要視したのでしょうか?
皆さんは、「自分のことは自分が一番良く知っている」と思ってはいませんか?
残念ながらそれは錯覚です。
本当は、自分のことを一番知らないのが自分自身なんです。
昔から、「人を知る者は智なり。自らを知る者は明なり(人のことを知るのは智者に過ぎないが、自分自身のことを真に知る者こそ聡明な人である)」と云って、自分のことを知るというのは、本当に難しいことなのです。

儒教は、「修己治人(しゅうこちじん)(自己を修めて人を治める)」というのが眼目(かんじんかなめ)ですから。

・・・教育勅語がタブーでも武士道がタブーでも海軍の五省がタブーでも気にすることはない。
仏教の教えなどと言うと「宗教教育」ということで問題になるが気にすることはない。
「論語」にまでケチをつける人はいないし、聖徳太子の憲法17条ならスルーされる。
福沢諭吉の「心訓」なら受け入れられるだろうし、さまざまな故事成語や四文字熟語なら大丈夫だ。
海外では宗教が担ってきた倫理教育を日本は、今、誰も手を付けられないでいる。
道徳教育が上滑りの心の教育にならないよう、日本が古来から重視し、日本人の礼儀作法や精神的なたくましさを支えてきた教えを見直していくべきだ。
 アメリカが恐れ、戦後否定してきた日本古来の規範意識を正当に評価していくべきだ。
 「軍国教育の支えになった」というような呪縛から解き放たれる時期にきている(もう遅いくらいだが)。

| | Comments (124) | TrackBack (0)

May 07, 2007

福沢諭吉の心訓七則

福沢諭吉の処世訓・人生訓と言われるもの。
某中学校の校長先生の卒業生へのメッセージであった。

世の中で一番楽しく立派なことは
一生涯を貫く仕事を持つことです

世の中で一番みじめなことは
教養のないことです

世の中で一番寂しいことは
仕事のないことです

世の中で一番醜いことは
他人の生活を羨むことです

世の中で一番尊いことは
人のために奉仕して
決して恩に着せぬことです

世の中で一番美しいことは
全てのものに愛情を持つことです

世の中で一番悲しいことは
うそをつくことです

「福沢諭吉が書いたものと俗に言われているが、実際は後年の偽作」
という評がネットで見られた。

教育勅語の12徳と比較しても同じようなものだと言える。
このような教えを伝えようとしない最近の教育が悪いのか、
このような教えを押し付けることが悪いのか。

| | Comments (7) | TrackBack (0)

May 02, 2007

「環境問題はなぜウソがまかり通るのか」

4862481221
以前「リサイクルしてはいけない」という書物を買った。
面白かった。
最近買った本が「環境問題はなぜウソがまかり通るのか」(洋泉社)
著者が同じ武田邦彦氏だと買う時に気づいた。
立ち読みして、その内容に驚いて購入してじっくり読んだ。

Introduction 環境問題が人をだます時
第1章 資源7倍、ごみ7倍になるリサイクル
第2章 ダイオキシンはいかにして猛毒に仕立て上げられたか
第3章 地球温暖化問題で頻発する故意の誤報 
第4章 チリ紙交換屋は街からなぜいなくなったのか
第5章 環境問題を弄ぶ人たち 

半分くらい理解できない。でも、すごい重要な内容だと思う。
我々は「リサイクル」の幻影に惑わされている。
その隙にリサイクルで大もうけしている人たちに、まんまとだまされているのだ。
たった1つだけ紹介すると
「アルキメデスの原理を知っていれば、氷がとけても海面水位が上がらないのは当たり前だ」
という事実を理解するのに、僕はかなり時間がかかった。
それは「温暖化→氷が解ける→海面上昇→島の消滅」という流れを受け入れることに慣れてしまっていたからだろう。
もはや自分の常識を破れないのだ。

http://takedanet.com/

ここから、たくさんの情報が入手できる。
もっともっと勉強しなくては。

| | Comments (5) | TrackBack (0)

だから新聞は・・・

へー、と思う新聞記事があった。
ネットで言うとこれ。

http://www.sankei.co.jp/shakai/wadai/070428/wdi070428000.htm
===================
週刊朝日が「長崎市長射殺事件と安倍首相秘書との『接点』」とする見出しの新聞広告を掲載したことについて、同誌編集長名で安倍晋三首相らに謝罪する広告を28日付の朝日新聞朝刊に掲載することが27日、分かった。
 朝日新聞広報部によると、問題の広告が、射殺事件や容疑者と安倍首相らが関係あるかのような表現になっていたとして、首相や読者らに謝罪する内容になっている。この広告を24日付の紙面に載せた毎日新聞と中日新聞、岐阜新聞にも同様のおわび広告を掲載。
=====================
 今までだって過激な週刊誌の見出しは、いくらでも新聞をにぎわせていたぞ。
 新聞は広告主が勝手につくった内容だからと関知しない。
 過激な週刊誌の広告が新聞のニュース以上のインパクトをもって、新聞に掲載されていた。
 アガリクスのインチキ健康本の広告が新聞に載ったり、詐欺まがいのネット商売の広告が新聞に載ったりして多大な被害者を出した時と事態は同じだ。
 今回も週刊朝日は謝る。
 でも、お金をもらって掲載した新聞社は知らん顔。
 広告を見て信じた人がいる、という被害に対して新聞社に責任はないのか。
 なんだかなあ・・・。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

« April 2007 | Main | June 2007 »