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May 31, 2007

尋常小学修身書

尋常小学修身書について、ネットで閲覧できる。ありがたい時代である。

http://www.konan-wu.ac.jp/~kikuchi/siso/syushin5.html

興味深い項目が、たくさんあった。
1点だけ取り出すと、「礼儀」。
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我等が世間の人と共々に生活するには、知つてゐる人にも知らない人にも礼儀を守ることが大切です。礼儀を守らないと、人に不快の念を起させ、また自分の品位をおとすことになります。
人の前に出る時には、頭髪や手足を清潔にし、着物のきかたにも気をつけて、身なりをとゝのへなければ失礼です。人と食事をする時には、音を立てたり、食器をらんざつにしたりしないで、行儀をよくして、愉快な心持でたべるやうにしなければなりません。又室の出はいりには、戸・障子のあけたてを静かにするものです。
汽車・汽船・電車などに乗つた時には、互に気をつけて人に迷惑をかけないやうにすることが必要です。自分だけ席を広くとつたり、不行儀ななりをしたり、いやしい言葉づかひをしたりしてはなりません。集会場・停車場其の他、人がこみあつて順番を守らなければならない場所で、人をおしのけて、われさきにと行つてはなりません。又人の顔かたちやなりふりを笑ひ、悪口を言ふのはよくないことです。
外国人に対して礼儀に気をつけ、親切にするのは、文明国の人の美風です。
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・・・なんと当たり前の事ながら教科書に示してあることか。
 上記は五巻。
 四巻では、同じ「礼儀」について、次のように書かれている。
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人は礼儀を守らなければなりません。礼儀を守らなければ、世に立ち人に交ることが出来ません。
人に対しては、ことばづかひをていねいにしなければなりません。人の前であくびをしたり、人と耳こすりしたり、目くばせしたりするやうな不行儀をしてはなりません。人におくる手紙には、ていねいなことばをつかい、人から手紙を受けて返事のいる時は、すぐに返事をしなければなりません。又人にあてた手紙を、ゆるしを受けずに開いて見たり、人が手紙を書いて居るのを、のぞいたりしてはなりません。その外、人の話を立ちぎきするのも、人の家をすきみするのもよくないことです。
人としたしくなると何事もぞんざいになりやすいが、したしい中でも礼儀を守らなければ、長く仲よくつきあふことは出来ません。
 シタシキナカニモ礼儀アリ。
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・・・確かに「親しき仲にも礼儀あり」である。ありがたい教科書である。
ついでながら、巻四の「礼儀」の次の項目は、いいお話だった。

  第十九 よい習慣を造れ
よい習慣を造るにはつねに自分をふりかへつて見て、善い行をつとめ、わるい行をさけなければなりません。滝鶴台の妻が或日たもとから赤い毬を落しました。鶴台があやしんでたづねますと、妻は顔をあかくして、「私はあやまちをして後悔することが多うございます。それであやまちを少くしようと思ひ、赤い毬と白い毬を造つてたもとへ入れておき、わるい心が起るときには、赤い毬に糸を巻きそへ、善い心が起るときには、白い毬に糸を巻きそへてゐます。初のうちは赤い方ばかり大きくなりましたが、今では両方がやつと同じ程の大きさになりました。けれども白い毬が赤い毬より大きくならないのをはづかしく思ひます。」といつて、別に白い毬を出して鶴台に見せました。自分をふりかへつて見て、善い行をつとめることは初は苦しくても、習慣となればさほどに感じないやうになるものです。
 習、性トナル。

・・・このようなエピソードが、たくさん紹介されている。
感心したのは日本人だけでなく、西洋の偉人についてもたくさん紹介されていることだ。
そういう意味では「国粋主義」の教本ではなく、国際人(文明国の人)になるための教養本なのである。

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