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August 26, 2008

「のだめカンタービレ」と春日井市

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 「のだめカンタービレ」という漫画については少ししか知らない。テレビドラマも観なかった。
 春日井市で「のだめカンタービレ」のコンサートがあるということもポスターで知ってはいたが、すでに完売状態。
もちろん「のだめ~」と春日井市の関係などは知らなかった。
 副市長さんのブログでいきさつを知ることができた。
http://blog.livedoor.jp/nanahomma/archives/51662170.html
「のだめカンタービレ」はクラシックを描いた漫画が原作となっているが、かすがい市民文化財団のスタッフにこの漫画の熱烈なファンがおり、たまたま茂木大輔という名指揮者のマネージャーと縁があったことから、それがきっかけとなって、生のオーケストラと映像とのコラボレーションという、新しい形の音楽会を3年前に日本ではじめて開催したのであった。
 その後漫画が爆発的にヒットし、テレビドラマ化されたことから、日本全国にのだめ疾風が沸き起こり、春日井発の「のだめ音楽会」も全国に展開されるようになって、うちの財団スタッフも全国各地にお手伝いに行っている。
 今年もひろがって兵庫県のたつの市でも行われたが、その担当者が2部146期の元自治大研修生で、去年春日井を訪ねてきて、「先生、春日井のこの取組み、ほんま、すごいですわ。今度は地域創造の支援などもお願いして、たつのでもやりたいと思ってます。」と言っていたが、まさにその言葉どおり地域創造の支援を受けることができたのである。
 こうやってみると、結構この「のだめ音楽会」は春日井市のPRにもなっているようである。

・・・そうだったのか。「のだめ~」のコンサートが春日井市で開催されたのは、たまたま回ってきたのではなく、春日井が発祥だったのか!
 「のだめカンタービレ」のHPにも、春日居市との関わりが紹介されている。
http://www.me.ccnw.ne.jp/kasugai_zaidan/nodame/
★“のだめ音楽会”の誕生
 『茂木大輔の生で聴く“のだめカンタービレ”の音楽会』の記念すべき初演は、2006年1月、春日井市(愛知県)で開催されました。漫画“のだめカンタービレ”をベースにした初めてのコンサートで、クラシック公演では異例の、発売から一週間でチケットが完売という快挙を成し遂げたのです。
 そもそも“のだめ音楽会”は、“のだめ”の熱烈なファンであった、かすがい市民文化財団スタッフKと、茂木大輔氏のマネージャーが以前、同じ職場で働いていたという、不思議な縁がきっかけで誕生しました。
  「二ノ宮知子先生の漫画の素晴らしさとともに、作中で登場する楽曲の素晴らしさを、わかりやすく、そしてなにより楽しく観客に伝えたい!」。そんな茂木氏の熱い想いを受け、かすがい市民文化財団スタッフが映像を製作し、生のオーケストラとコラボレーションすることによって、新しい形の“のだめワールド”を作り上げたのです。
 その後、マンガの爆発的な人気上昇とテレビドラマ化がきっかけとなり、日本中に“のだめ”&クラシック旋風が巻き起こりました。同時に、“のだめ音楽会”も、全国各地で開催されることになり、今まさに、あなたの住む街でも、新しい “のだめワールド”が広がろうとしているのです。

・・・テレビドラマよりも先だったというところが誇らしい。
 ただ、春日井市の教員として、そのあたりの事情を知らなかったことは実に恥ずかしい。
 「YOSAKOIソーランの創始者の長谷川岳さんは春日井市出身なんですよ」と強調しても春日井市でYOSAKOIが開催されているわけでもないのでアピールにはならない。
 それに比べ、「のだめ~」は、春日井発祥で、しかも現在進行形だ。
 このような誇るべき「我が町」を教育の現場で確かに伝えていくことが大事なのだとつくづく思う。

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August 24, 2008

『悪意』東野圭吾

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犯人が決して語らぬ動機加賀刑事の推理は!?
誰が?なぜ殺したのか!?超一流の「フー&ホワイダニット」
人気作家・日高邦彦が仕事場で殺された。第一発見者は、妻の理恵と被害者の幼なじみである野々口修。犯行現場に赴いた刑事・加賀恭一郎の推理、逮捕された犯人が決して語らない動機とは

というのが講談社の紹介文。
超一流の「フー&ホワイダニット」???
そんな言葉を知らなかったのでこれもネット検索。
ホワイダニットって何?
 Why done it? 犯人は何故犯行に及んだのか…つまり「動機」です。本格とは相性が悪い…なんて云われたりもしますが、そうとも限りません。まぁ、動機って言葉が社会派を連想させるからそう云われたりするんだと思いますけど。
 フーダニットとホワイダニットは密接に結びついていることが多くあります。探偵も両方を一纏めに考えたりしますよね。
 実際問題、意外な犯人を作り上げるために動機はどうも納得が行かない作品や、その逆も少なくないってことも多々あります。 読者としては「え~! この人が犯人?! 何で? ど~して! …なるほど~。そう言う訳ね」ってすっきり納得したいですよね。

 なるほど。この作品の犯人は早々に決まってしまう。あまりにも早く決まったので、実は別の犯人がいるのかも、という期待もしたほどだ。
 だから「誰が犯人か?」が問題ではない。
 というわけで「なぜ犯人は、罪を犯したか?」
 これが次第に解き明かされて「なるほど~」と感心していたら、実が大ドンデン返し。
 ネタバレぎりぎりで書くけど、
======================
◆殺された被害者に何の落ち度があったというのか?
◆そんな動機だけで、人を殺していいのか?
======================
という点で、あまりにも救いのない話だった。
 でも「しょせん、他人からすれば、どうでもいいような動機で殺人は起きるのだ」ということなのかもしれない。
 それにしても「書く」という行為は、事実をいくらでもゆがめるものだし、自伝や手記などというものは往々にして自分を美化しがちだということが、よく分かった。

 ドンデン返しの構成は面白いけど、ラストの「動機の解明」の語り部分が冗長かな~と感じた。
 「白夜行」なんか、動機が全く語られないから欲求不満になるくらいだったので、そこまでとは言わないが、もう少し抑制を聞かせてもらってもよかったかな?
 もちろん、犯人の口から「動機」を語らせていない、という点では、本当のところはよく分からないのかもしれない。
 

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August 23, 2008

『さまよう刃』(東野圭吾)

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角川文庫の紹介ページには、次のように書いてある。

自分の子供が殺されたら、あなたは復讐しますか?
[ 内容 ]
長峰重樹の娘、絵摩の死体が荒川の下流で発見される。犯人を告げる一本の密告電話が長峰の元に入った。それを聞いた長峰は半信半疑のまま、娘の復讐に動き出す――。遺族の復讐と少年犯罪をテーマにした問題作。

正義とは何か。
犯罪被害者の叫びを聞け。
遺族による復讐を描いた社会派サスペンス。

長峰の一人娘・絵摩の死体が荒川から発見された。花火大会の帰りに、未成年の少年グループによって蹂躙された末の遺棄だった。謎の密告電話によって犯人を知った長峰は、突き動かされるように娘の復讐に乗り出した。犯人の一人を殺害し、さらに逃走する父親を、警察とマスコミが追う。正義とは何か。誰が犯人を裁くのか。世論を巻き込み、事件は予想外の結末を迎える――。重く哀しいテーマに挑んだ、心揺さぶる傑作長編。

・・・嫌悪感で言えば、重松清の「疾走」の方がはるかに上であるが、それにしても読んでいて辛くなる重い作品だった。殺人シーンよりも陵辱シーンが気持ち悪い。
◆罪悪感のかけらも感じられない犯罪少年の行為のおぞましさ。
◆平気で逃げ回る少年のふてぶてしさ。
◆現代法のもとでは被害者側の復讐行為が罪に問われてしまう理不尽さ。
◆被害者よりも加害者を擁護する法律のむなしさ。
が、読書のスピードを減速させた。
しかし、読書を止めることは現実から目をそらすことなのだから、とにかく読破するしかなかった。
P450の主人公のセリフに作者の問題提起がこめられている。
=======================
自分たちの生活さえ保障されていれば、他人のことはどうでもよかった。少年犯罪について真剣に考えたことがあるか、問題解決のために何かをなしたかと問われれば、何も答えられない。
========================
この作品の陵辱シーンから目をそむけることは、「他人のことはどうでもよい」自分であり続けることだ。
いくら目をそむけても、現実の世の中では毎日のように性犯罪・少年犯罪・凶悪犯罪が起きている。その事実から目をそむけることが「共犯」なのだと東野は言う。
たまたま、自分の身に犯罪が降りかかることを「共犯者としての報い」だと東野は言う。
松岡祐介の『カウンセラー』も少年犯罪の被害者家族の復讐という点でモチーフは同じである。
『カウンセラー』は、まだ、エンタテイメントとして読める。主人公の奇抜さが現実感を薄くしているからだ。
『さまよう刃』は、現実感に満ちているから重い。
主人公の結末は、あまりに悲しい。
「正義とは何か。犯罪被害者の叫びを聞け」という文庫の帯が訴える通りだ。

下記のHPには、作者東野圭吾の、作品にかけた思いが分かる。
http://from1985.pekori.to/keigotaku/review/yaiba.html

犯罪への思いのぶつけ方は、東野圭吾『手紙』によく似ている。
『手紙』は加害者家族の視点、『さまよう刃』は被害者家族の視点。
あたかも正対する形で、「人を殺す行為」「人を許す行為」について語っている。

「さまよう刃」の犯罪少年には、「手紙」を読ませたいくらいである。

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August 22, 2008

『カウンセラー 完全版』 松岡圭祐

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有名音楽教師を突然の惨劇が襲う。家族を殺したのは13歳の少年だった……。彼女の胸に一匹の怪物が宿る。臨床心理士・嵯峨敏也の活躍を描く「催眠」シリーズ。サイコサスペンスの大傑作が、ついに完全版で登場!!
というのが、角川出版のPRの言葉。
完全版というわけで、以前の作品もあるのだが、そちらは読んでいない。
臨床心理士・嵯峨敏也シリーズの1つであるが、『催眠』と比較すると
音楽教師のまれな能力・あっさりと起こる殺人事件と復讐などは、ちょっと突拍子もない印象がある。
それは「千里眼」シリーズを読んだときの印象に近いかもしれない。
殺人事件がお好きな方にはいいが、殺人のない「催眠」のよさを満喫してしまうと、ド派手な分だけ、少し興ざめしてしまう。

いずれ書き込むが、この後、東野圭吾の「さまよう刃」を読んだ。
少年犯罪に憤った復讐劇という点では共通項がある。

罪を問われない少年犯罪に対する憤りは多くの日本人が感じていることなので、この手の復讐劇がスンナリと受け入れられてしまう。テレビの「必殺仕事人シリーズ」と同じで爽快感まで漂っている。
その点に、若干の違和感がある。おまけに、この作品の少年犯罪のリアルな描写は、さすがに読んでいて辛い。
最近の自分は安易に殺人が起こる子ども向けの「名探偵コナン」や「金田一シリーズ」さえ拒否してしまうぐらいなので、どうにも腰が引けてしまう。
どうして人間って殺人事件がこうも好きなのだろうか?

しかし、その復讐劇がメインでなく、それを題材にした心理描写・心理戦がメインなのだと考えれば、カウンセラー嵯峨の活躍は知的で面白い。カウンセラーという仕事の深さも勉強になる。嵯峨の行動は熱く優しいのだ。

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August 20, 2008

「海のいのち」(立松和平)は、共生の物語か

 「海のいのち」は「共生」の物語なのだと作者の立松和平の講演で聴いたという方がいる。
 したがって、作者の思いとして、この話は「共生」がテーマなのだろう。
 しかし、作者の思いを読者がそのまま読み取らねばならないわけではない。読者には読者の読みが許されている。
 それにしても「共生」か。
◆「千びきに1ぴきでいいんだ。千びきいるうち1ぴきをつれば、ずっとこの海で生きていけるよ」
◆太一は村一番の漁師であり続けた。千びきに1ぴきしかとらないのだから、海のいのちは全く変わらない
といった叙述に、「共生」の思想が読み取れる。

 しかし、そもそも「捕るー捕られる」「食うー食われる」「殺すー殺される」という関係しかない「人間ー魚」に「共生」の思想があてはまるのだろうか。
 一方的に魚を捕まえて殺して食しておきながら「千匹に1匹でいい」から「共生」だというのは、あまりにエゴイステイックな話ではないだろうか。
 宮沢賢治の『やまなし』が「共生(輪廻)」を感じさせるのは、いい匂いを放つやまなしが動物に実を食べられることで次世代を育てるというサイクルが存在するからだ。
 人間のみの世界を描いては、なかなか自然のサイクルは見えてこない。
 残念ながら人間は自然界のサイクルとは異なる場所に位置することが多い。
 
 作者の意図は別にして、小学生に、「海のいのち」を読ませるというのは、どこまで読ませることを意識すればいいのだろうか。もちろん、この疑問は「海のいのち」に限ったことではない。

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August 09, 2008

「海の命」(立松和平)をどう読むか?

 石原千秋著の『国語教科書の思想』(ちくま新書)を買った。 ひょっとしたら以前も買ったかもしれないが、とにかく買った。
 パラパラ見たら、6年教材の『海の命』の記述があり、そこだけでも価値があると思ったからだ。
 「海の命」の解釈がどうしてもできなかった自分には、次のような記述だけでも衝撃的だった(P101)。
==========================
父親の命を奪った偉大なものへの挑戦によって成長する物語。
あの宮崎駿のアニメ『天空の城 ラピュタ』にも採用された話型である。
そう、形を変えた象徴レベルでの父親殺しの物語である。
==========================
 そのような読み方があるのだと初めて知った。
 「海の命」をそのような典型で読むのだと初めて知った。
 これが石原氏の専門ジャンルである「構造分析」だ。
 それにしても
「父親の命を奪った偉大なものへの挑戦によって成長する物語」
とは、実に的を得た表現だ。この作品の本質を見事に抽出している。

 ところで、「海のいのち」は、直接的な父親殺しの作品ではない。
 象徴的な父親殺し・精神的な父親殺しというのは、「親を乗りこえる」という意味だ。
 「親を乗り越える=親への挑戦」ということになると、この作品は2つのターゲットを持つことになる。
◆偉大な父への挑戦
◆その命を奪ったクエへの挑戦
 クエを捕まえることは、イコールあの偉大な父親を越えることを意味するわけだ。
 クエを捕まえなければ一人前の漁師になれない、という太一の独白もある。
 太一の父はクエを捕まえようとして命を落とした。
 そのクエを捕まえることで、太一は父親を越えられる・一人前の漁師になれると思っていた。
 しかし、クエを捕まえる直前になって太一は迷う。
 そして、あれほど捕まえたかった父のカタキなのに、最後には捕まえるのをやめてしまう。
・・・椋鳩十の『大造じいさんとガン』みたいだ。
 「なぜ、大造jじいさんは銃を下ろしガンを撃つのをやめたのでしょう」と同じように
 「なぜ、太一はクエを捕まえるのをやめたのでしょう」
という発問が成立する。
 クエを捕まえなかった太一の心境を考えていたら、菊池寛の「恩讐の彼方に(青の洞門)」とも重なってきた。
 父親殺しの犯人は、今は出家して世の中のために洞門を掘っている。
 敵討ちにやってきた息子に洞門を掘り終えたら死んでもいい、工事が終わるまで待ってくれと頼む。
 20年も及ぶ工事を貫徹した姿に心を打たれた息子は、結局は敵討ちをやめる。
・・・このような『恩讐の彼方に」の結末は、殺されたがっているように見えたクエの様子に、殺す気をなくす太一と重なってくる。
 石原氏は「海の命」を「偉大なものへの挑戦によって成長する物語」と括った。
 偉大なものに出会い、戦意喪失したというか、クエを捕まえることの無意味さを知ったということなのだろう。

 ところで、比喩としての「父親殺し」とは、父親と同じ道を歩まなかったという意味だ。
 父親はクエを捕まえようとした。
 もし、太一があのままクエを捕まえていれば、父と同じ道を歩んだことになるが、クエを捕まえなかったのだから父と別の道を歩んだことを意味すると石原氏は言いたいのだろう。
 太一は、最低限の魚しか捕まえない漁の仕方を与吉じいさんから学んだ。
 クエを殺さなくても生きていけるなら、わざわざクエを殺す必要もない。
 太一は与吉じいさんの元で漁を学び、父親とは異なる漁師の生き方を学んできたということなのだろうか。
 よく分からない。
 石原氏の「父親殺し」を知って、気になったのは次の点だ。
=====================
 大人になった太一の生き方は父親と同じか、違うか。
=====================

 「海のいのち」って要するにどんな話なのだろう。

1)尊敬する父親と同じ道を歩もうとする作品

2)尊敬する父とは違う道を歩もうとする作品

3)尊敬する父親を奪ったものを追い求める作品

4)さまざまな人に出会い、成長していく作品

5)自然の偉大さに触れる作品

 PISA型の読解力は、確かな読みの上に自分なりの読みを主張することだから、あえて1つに絞ることもなく、自分らしい読みを主張すればいいのだろう。
 石原氏も同書の中で、文学作品はさまざまな読みが可能であるとを知ることに意味があるのだと述べている。
たった1つの解釈絞り込むことは石原氏の本意でもない。
 それを承知で言うならば、小学生にとって、この作品を「少年が父親と異なる生き方を選んだ話=精神的な父親殺しの話」と捉えるのは難しい。
単純に「漁師の息子が父親と同じ一人前の漁師に成長した」と捉えるのが普通だと思う。
 子供たちの意識の中に「親を乗り越える=親の生き方の否定」という概念が確立していないからだ。もちろん対象は6年生だから、そろそろ「親の否定」を学ぶべき時期なのかも知れない。

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August 08, 2008

春日井市と中部大学

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春日井市にある中部大学を会場にして夏期研修会が開催された。
現代教育学部を開講した中部大学は、今後も春日井市教育委員会と連携していく方針だそうで、
立派な施設を利用するといった物的な交流だけでなく、教育実習生・スクールサポーターのような人的な交流も行われるのだろうと思う。久しぶりに大学の学食に入り480円で立派なランチも食べられた。

以前、どこかのニュータウンで人口減を食い止めるために、大学生・留学生の入居を勧めているというニュースを聞いた。
ネット検索してみた。
多摩ニュータウンの話題では「外国人との温かい交流」と題する次の記事があった。
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/tokyotama/feature/hachioji1197541850504_02/news/20071214-OYT8T00921.htm

千里ニュータウンだったかもしれない。
次のような取り組みをしている。
http://www.toshisaisei.go.jp/05suisin/kinki/04suisin/h18/11.html

 まちびらきから40余年を経過した千里ニュータウンでは様々な問題・課題が顕在化している。公的住宅の計画的更新など再生に向けたハード面の整備とともに、福祉・教育・環境などのソフト面では、地域の多様な主体(住民、大学、NPO、企業など)が智恵を交流させ、行政と協働しながら、市民レベルの活動を成熟させていくことが重要である。このような活動の先駆である「ひがしまち街角広場」、「大阪大学」と地域との連携、「千里・住まいの学校」の活動を発展させ、“様々な主体の普段着の智恵の交流拠点”を形成するとともに、高齢者等の緊急の課題である住み続け・住み替えの情報バンク整備と相談会のモデル実施を行い、拠点の継続的確保とコミュニティビジネス化について検討した。

 日本3代ニュータウンと呼ばれた「多摩・千里・高蔵寺」。
 高蔵寺ニュータウンでも高齢化や人口減が問題になっている。

http://www.toshisaisei.go.jp/05suisin/kinki/04suisin/h18/11.html では、次のように解説されている。

 高度成長期に建設された郊外のニュータウンで今、「オールドタウン化」という、耳慣れない現象が深刻化しつつある。特徴は、住民の高齢化と、地区内商店街の衰退である。 

 中部大学等の学生を受け入れる形で、うまく連携すれば、全国のモデルになりうるかもしれない。

 北名古屋市は名古屋芸術大学と連携して、学生の彫刻作品を景観の1つとして町並みに配置している。
アートエリアロード」と呼ばれている。これも立派な大学と市町村の連携だ。

 若者は夜中にコンビニでたむろすれば確かに迷惑だが、若いエネルギーは街を活性化させる。
若いエネルギー満載の大学と市町村との連携は、町おこしの起爆剤になるのだと思う。

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August 06, 2008

おすすめのココログで紹介されました。

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日刊ココログガイドで、本ブログが紹介されました。

http://guide.cocolog-nifty.com/guide/2008/08/post_c44d.html

書きまとめた甲斐がありました。

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August 05, 2008

春日井市とトヨタホーム

春日井市の教職員の夏期研修の1つとして市内巡検がある。
私は別の会ががあって参加できなかったが、旧跡めぐりの中に
「トヨタホーム」が入っていた。

理由を尋ねてみたら、トヨタホームの春日井工場は、そこで家そのものを生産するところで、なかなか見ものなのだそうだ。
http://www.toyotahome.co.jp/corporate/history.html には、

1987年 コンピューター制御の最先端工場、春日井事業所を操業開始

と書いてある。

http://www.jsqc.org/ja/kiroku_houkoku/report/1998/980825-3.html
には、次のように・・。

そこではクルマづくりのノウハウを活かした高い生産技術力により,工業生産化率85%という高度に工業化された生産体制で住宅を製造しているのには目を見はるものがある.
その結果基礎から完成まで40日~45日という業界でも屈指の高い施工期間を実現するとともに安定した品質を確保している.
自動化,無人化された工場内には溶接ロボットが正確な作業を行い,大きな工場内を無人搬送車が所狭しと行き交っている.

・・・なるほど、工場の面白さも小学生・中学生にはぜひ伝えたい。
まずは、教師が「何があるか」を熟知しなくては!

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「催眠」 松岡圭佑

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松岡圭介の「催眠」には2種類ある。
小学館から出されたものと、角川文庫の「完全版」と書かれたものだ。
ちなみに、稲垣吾郎主演の映画「催眠」は、小説と全く違ったストーリーなので、読書感想文の参考にはなりません。血が飛び交う映画版に対して小説版は極めて学術的で現実的でヒューマンドラマである。
「千里眼」シリーズのような派手なストーリーでもない。結構地味なストーリーと言えるかもしれない。

小学館版と角川版ではラストが違う。
ラストの驚きは角川版の方がすごい。
「やられた~」という思いと「え~、そうだったっけ?」という思いにかられる。思わずもう一度ページをたどって確かめてしまった。
角川版の方が新しい学識に裏づけされているようだし、パチンコやゲームの機種も最新版が紹介されている。
どちらに出逢っても、十分楽しめると思うし、ついでに勉強になると思うが、目の動きで何を考えているか分かるという小学館版の記述が否定されるなら、新しい角川版を読んだ方が、よそでひけらかせるだろう。

この話のベースにあるのは、「治療」である。
女性・母親・子供と3人の患者(?)が登場する。
彼女達の症状の原因は精神的なものであり、彼女たちを救うのはカウンセラーの力である。
学術的な用語が入っていて面白い。
何か面白い本はないかなあ、という方にはお勧めの1冊である。
私はパチンコには興味がないが、パチンコにはまっている人は、この本を読んで、自分がトランス状態に入りやすいのだという自覚をもたれるといいと思う。
ちなみにわが息子は「盆踊り」が好きである。
単純な音楽とリズムの繰り返し・大きな音響はトランス状態を引き起こしやすいのだそうで、わが息子は「盆踊り」でトランスしているのかもしれない。
そんなことを感じたのは「催眠」を読んだおかげである。

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200勝の重み

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プロ野球の投手は、よく200勝を目標にします。
1年の最多勝では、よく20勝が目標とされます。
めったにできない20勝を10年続けてようやく200勝。
投手が目安にする2桁勝利=10勝を20年続けてようやく200勝です。

さて、ある投手の場合。
高校からドラフト5位で入団して
 1年目0勝・・・登板なし
 2年目0勝・・・登板なし
 3年目0勝・・・1試合登板
 4年目0勝・・・3試合登板

どうでしょう。松阪やマー君やダルビッシュなら1年目から2桁勝利です。
ここでプロ野球を断念する選手も多いことでしょう。
事実、この選手も整理対象にされかかっており、5年目の春のキャンプで、そのまま野球留学の形でアメリカに残されてしまったのです。
さいわい、ドジャースのコーチの厳しいアドバイスの成果でカーブに磨きをかけた彼は、新たにスクリューボールも覚えて帰国。後半戦から5勝してチームの優勝に貢献しました。
 5年目 5勝・・・・通算 5勝
 6年目 9勝・・・・通算14勝
 7年目10勝・・・・通算24勝
 8年目 6勝・・・・通算30勝
 9年目13勝・・・・通算43勝
10年目17勝・・・・通算60勝(最多勝)
11年目19勝・・・・通算79勝(最多勝・沢村賞)
12年目 2勝・・・・・通算81勝
13年目 7勝・・・・ 通算88勝

11年目に19勝で最多勝をあげた翌年の2勝、続く7勝。
数字だけ見れば世間では「そろそろ終わりかな?」と思うところです。
しかし、次の年に再び18勝で最多勝をマークします。

14年目 18勝・・・通算106勝(最多勝)
15年目 9勝・・・・通算115勝
16年目 8勝・・・・通算123勝
17年目11勝・・・・通算134勝
18年目10勝・・・・通算144勝
19年目 7勝・・・・通算151勝
20年目 9勝・・・・通算160勝
21年目13勝・・・・通算173勝
22年目 7勝・・・・通算180勝
23年目11勝・・・・通算191勝

23年目で史上最年長のノーヒットノーランの試合を達成し191勝をマークした彼は、翌年には200勝達成確実と騒がれました。

結果は
24年目2勝・・・通算193勝。

この年は、何度も勝利投手のチャンスをつぶしました。
24年目41才での2勝です。。
そろそろ年齢の限界だと思われても無理はありません。
200勝目前で引退かも、という噂も流れました。

しかし、今年の8月4日、ついに7勝目をあげました。

25年目 7勝・・・通算200勝。

すばらしい結果です。
「大した素質もなく入ってきたぼくを、周りの方々の指導でよくここまでのピッチャーにしていただいたなと思う。」
「野球に対してはうそをつかない。そう思ってやってきた。さぼったら成績に跳ね返ってくるんだと」。
というインタビューの言葉がすばらしいです。

中日ドラゴンズの山本昌弘投手。
プロ野球史上最年長の完投勝利で史上24人目の200勝投手となりました。
2桁勝利と日本シリーズ優勝をめざして、今後も投げ続けるそうです。

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山本昌弘投手200勝!

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地元中日ドラゴンズの山本昌弘投手が他地区でどのように評価されているか分からない。
でも、史上24人目の200勝達成だ。
これは、もう一流の中でも一流の投手の1人といっていいだろう。
42歳11ヶ月での200勝達成は史上初。
おまけに86年に入団して初勝利は88年。3年間0勝後の200勝達成投手も史上初だとか。
88年に渡米、というよりもベロビーチでチームがキャンプした時、日本にいても役に立たないからとアメリカに残した5人のうちの1人が山本選手。つまり当時の彼は整理対象の選手だったのだ。
当時監督だった星野さんは「日本に帰ってきた彼は、ベルトの上に絶対いかない別の投手に変わっていた」と評している。

http://sports.nifty.com/cs/headline/details/bb-ns-p-bb-tp0-080805-0003/1.htmなどにも苦節の25年の様子が詳しく報じられている。
====================
25年。山本昌の歩みはウサギとカメの物語だ。野球を始めた小学校4年、初めて先発した試合は0-36の大敗だった。中学時代から2番手だった。エースが故障してやっと出番がめぐってきた。日大藤沢高からプロ入りのきっかけとなったのは引退後の神奈川選抜対社会人チームでの好投。その登板も県内NO・1投手が高校選抜へ引き抜かれたことによる繰り上げだった。プロ5年目で初勝利を挙げたが、勝ち始めてもエースと呼ばれたのは今中、野口、川上だった。
 ただ努力では負けなかった。3歳の時から自宅に届く200ミリリットルの牛乳12本を1日で飲んでいた。高校時代は、卒業するまで毎朝8キロのマラソンコースを走った。プロ入りから500試合以上投げたが、登板前日の夜に私用で外出していたことは1度もない。午後11時59分にはテレビも消し、本も閉じて布団に入った。入団当時は必ず遠征先に4キロのダンベルを持参。球団支給のキャリーバッグが誰よりも早く壊れるのが誇らしかった。「常に進化していくんだという気持ちを持ち続けていた。野球に対してはウソをつかなかった。サボったら必ず跳ね返ってくるから」。今でもランニングの量は若手に負けない。
 試合後には早くも次なる目標を掲げた。「あとはシリーズで勝ちたい。来年からも毎年、戦力でいられるようにしたい」。日本シリーズでの勝利、杉下氏の球団記録211勝…。200勝はゴールではない。ただ、その道程は尊い。【鈴木忠平】
[日刊スポーツ:2008/08/05 09:53]
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 結果的には200勝達成の名投手になったが、山本選手以上に才能を評価されても200勝にいかなかった選手は山の数ほどいる。逆に山本選手以上に努力しても報われなかった選手も星の数ほどいる。
 山本選手が、体を丈夫に生んでくれた両親に感謝し、プロ野球に誘ってくれた高木スカウトに感謝し、アメリカでコーチをしてくれたアイク生原氏の写真を玄関に飾っている、という人柄が大きな成果をもたらしたように思えてならない。
 中日スポーツ紙に掲載された独占手記に次のような箇所がある。
 最後に、ボクのような「決して特別ではない野球少年たち」に言葉を送ります。中学で終わる人、高校でやめる人。いろいろあると思いますが、やっている間は精いっぱいやってほしいんです。どのレベルまで上がるかは関係なく、自分が満足してやり終えてほしい。
 偉業を成し終えた選手の言葉は重い。

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August 04, 2008

オリジナルな読書感想文

中日新聞8月4日の高校生判のページに「感想文“盗用”嘆く先生」「ネットから安易にコピー」という記事が掲載された。著作権フリー・ばれたら自己責任の感想文の見本サイトは自分も見たことがある。
私のこのブログでさえ、読書感想文のヒントにするためかと思われる訪問者が多い。

しかし、前回書いたような読書感想文の基本形を考えたら、ネットの引用や本の解説を参考にして書ける部分は半分にすぎない。
読書感想文は
◆読書によって触発された自分の学びや主張を書く
◆ストーリーから想起された自分の体験を書く
を入れていくことが望ましい。

どこにでもあるような解釈や作者紹介・時代背景などに終始した感想文は不合格です。どんなに高尚な解釈でもそこに「自分らしさ」がないと疑われます。
だれもが想起するするような体験話を加えた感想文も「イマイチ」です。どこにでもある苦労話や失敗談では盗作を疑われます。
「自分しか書けない体験話・自分しか感じない思い」で勝負する。それが読書感想文の基本です。

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「表現」と「理解」の関連指導→「読書感想文の書き方」

 「活用」の「読むこと」においては、文部科学省の資料によると次のように解説されている。

「読むこと」の指導においては、読んだことや調べたことを要約したり、感想をまとめたり、評価したりする記述力を高めることが求められる。読むプロセスにおいては、精読段階で要約したり、読後に読書感想文を短文や長文にまとめたりする。また、文章の解釈について具体的な理由や根拠を示したり、主題や要旨について自分の考えを記述したりする場合もある。 例えば、「国語B」の問題2〔人物の場面や描写をとらえる〕は、「読む能力」を問うものである。  ここでは、本の紹介を目的として同じ作者の物語を比べて読み、登場人物の特徴、場面の様子や心情をとらえさせて記述させるようにした。 
・・・とりわけ「活用」問題は、自分の言葉で表現させることが特徴になっている。  それは、PISA調査における次のような設問とよく似ている。 (問題例1) 「二人が自分の意見を証明するには、それぞれどう言えばよいでしょうか。この物語からそれぞれの証拠をさがして、次に示してください。」 (問題例2) 「(この物語の)最後の文が、このような文で終わるのは適切だと思いますか。最後の文が物語の内容とどのように関連しているかを示して、あなたの答えを説明しなさい。」 (問題例3) 「あなたの意見では、どちらの手紙がよい手紙だと思いますか。片方あるいは両方の手紙にふれながら、あなたの考えを説明してください。

・・・石原千秋氏は、このような傾向を踏まえ、PISAが求める読解力を次の3つに集約しているが、、全国学力調査も同じような傾向があると考えられる。
①文章や図や表から情報を読み解く力
②文章を批評的に読む力
③これらを記述する力         (『国語教科書の思想』石原千秋著 ちくま新書より)


さて、学力調査の「活用」問題も、PISA調査で話題になった問題も、自分の言葉で表現させることが特徴になっている。それは、下記のような他府県の高校入試の論作文問題とよく似ている。
◆次の資料は「小学生がよくする遊び」についてまとめたものです。これを見て、あなたが気がついたことと、それについてのあなたの考えを百六十~二百字で書きなさい。ただし、あなたが気がついたことを述べる段落と、考えを述べる段落との二段落構成とすること。 (宮城)
◆「千里の道も一歩から」という言葉について、体験と感想を二段落構成で書く。(福島)
◆「ものを見る」ということについて、体験や見聞、感想や意見を分けて書く。 (石川)
 
平成16年の公立高校の入試では79%の都道府県で課題作文が出題され、課題作文のタイプは次のような割合だったそうだ(愛知県は実施していない)。
・テーマ指定型(二段落構成の指定が多い)・・・・・・・・・・・48%
  ・デイベート型(賛成・反対など1つの立場を選んで書く)・・・・10%
  ・図・グラフ読み取り型・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 21%
  ・文章読み取り型(詩歌や鑑賞文・論説文への意見)・・・・ ・・ 21%

夏休みの読書感想文も、【あらすじ → 作品の感想 → 自分の生活体験との関連】と指導するケースが多いが、上記の課題作文の「体験や見聞、感想や意見を分けて書く」と形式が似ている。
【文章内容を正しく理解する→自分の感想や意見を書く→自分の生活体験と結びつけて意見を書く】
という形で表現する力を育てるためには、「文章内容・文章構成を正しく理解する」正解志向の授業で終わらず、自分の解釈や判断を述べる場面・自分の生活体験と結びつけて感想を述べる場面等を設定する必要がある。
 
【例】
①どちらの解釈もありえるような場面で、各自、一方の解釈を選び、その理由を説明させる
②作品の結末の「その後」について、文中の言葉を根拠に、自由に発表させる。
③登場人物の1つの行動や台詞を取り出し、自由に感想や意見を発表させる。
④自分の生活体験と結びつけた感想や意見を発表させる。
⑤1人の子の感想文を単なる紹介し、その感想文についての感想や意見を発表させる。
(いずれの場合も、話し合いや相互交流が、作品の理解をより深める意義ある場面に限定して取りくむことが大事であり、自分とは異なる意見が存在する事実を知ることが大事である)。

・・・根拠のない空想や過大解釈・単なる思いつきは慎まなければいけないが、正しい読解を基盤とした解釈は許されるし、そのような解釈を許容できる授業でないと、
「書かれたテキストを元に自分の意見を述べる」というPISA型読解力
=文科省の「活用」問題に対応できる力
=読書感想文の表現力
の育成は難しい。

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