小学校唱歌「金剛石」
『正論』12月号の調査室のコーナーで「金剛石」という歌についての質問と回答があった。
明治20年昭憲皇太后が華族女学校(後の女子学習院)に賜ったものだということなので、今の女子学習院のサイトを探ってみる。
http://www.gakushuin.ac.jp/girl/kyoiku/houshin.html
本校は、明治18(1885)年、皇后陛下(昭憲皇太后)の「女子にも独自の教育を施す」という思し召しによって「華族女学校」として開設されました。その後学習院女学部、女子学習院、そして現在の学習院女子中等科・女子高等科と学校の名称や校地は変わりましたが、現在に至るまで一貫して「その時代に生きる女性にふさわしい品性と知性を身につける」ことを目標として女子教育を行って参りました。
その教育理念は明治20年に皇后陛下から賜りました御歌「金剛石・水は器」に表され、現在も入学式に歌い継がれています。その御歌には「金剛石もみかかすは 珠のひかりはそはさらむ 人もまなひてのちにこそ まことの徳はあらはるれ」とあります。この一節には自ら学習に励むことの大切さが示されています。この御歌を指針として、ダイヤモンドの原石である生徒たちが自らの能力を磨き上げるとともに、一人一人が個性を輝かせ、互いに切磋琢磨する六年間となるよう教職員一同力をあわせ、支援して参りたいと考えております。
・・・歌詞の全文と実に詳細な解説が次のサイトである。
http://blog.goo.ne.jp/hienkouhou/e/c5d4ab8d71b57f07c95ecb8e69e70eb1
金剛石・水は器
昭憲皇太后御歌
奥 好義作曲
金剛石もみがかずば / 珠の光はそわざらん
人もまなびて後にこそ / まことの徳は現るれ
時計のはりのたえまなく / めぐるがごとく ときのまの
日かげおしみて 励みなば / 如何なる業か ならざらん
水はうつわにしたがいて / そのさまざまになりぬなり
人はまじわる友により / よきにあしきにうつるなり
おのれにまさるよき友を / えらびもとめて もろ共に
こころの駒にむちうちて / まなびの道にすすめかし
曲は下記のウェブで聴くことができる。
http://oukai.etc.gakushuin.ac.jp/song/konmizu.htm
http://www.geocities.jp/abm168/Doyo/kongoseki.html
左翼の方から見れば「皇太后の歌などトンデモナイ」のだろうなあ。
純粋にこの歌詞を読めば、しっかり学んでほしい・しっかり育ってほしいという明治皇后の思いがよく分かる。
1番は、自己研鑽することの大切さを磨けば磨くほど輝きを増す「金剛石(ダイヤモンド)」に喩えている。
2番は、よき友と交わること大切さを器に従って形を変える「水」に喩えている。
1番の自己研鑽の言葉に比べ、2番はインパクトがあった。
◆人は良くも悪くも友達の影響を受けるから己に勝る友を選びなさい。
◆その友と一緒に、自分の心に鞭を打ちしっかり学びなさい。
・・・このような歌を入学式で歌う伝統があるというのがうらやましいとさえ思う。
ちなみに『正論』では、ある小学校の通信簿に掲載されていたが、戦後GHQの指示で墨で塗りつぶされたのだそうだ。
北九州の読者、境孝毅氏によれば、境さんの保存している尋常小学校1年生の対象13年度通告簿に記載されているが、3年後に転校した学校では記載されていなかったそうだ。
境さんは詳細に次のように補足された。
◆御歌は明治二十年昭憲皇太后が華族女学校(後の女子学習院)に賜ったもので、これに宮内省楽士の奥好義(おく・いきよし)が作曲して同年五月に発表されました。
その後、明治二十九年に編まれた「新編教育唱歌集」(第四集)に収められたとき「尋常小学唱歌」の五学年用の巻頭に掲載されて一般に歌われるようになったものです。
・・・中学生なら年に一度は触れさせたい歌である。
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