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April 19, 2009

エラーレス・ラーニングに注目せよ

 特別支援教育に限らず、「エラーレス・ラーニング」は重要な教育課題である。
 古くなるが、「家庭教育ツーウエイ」2008年11月号は、エラーレス・ラーニングの特集で必読だ。
 巻頭論文 向山洋一氏 P5は、重要な指摘を含んでいる。
 保護者向けの文章だから読みやすく分かりやすい。
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「間違いを記憶すると間違いの脳回路ができる」

エラーレスラーニングとは「失敗させないように学習させる」ことである。
「お手本を見せて写させる」のが、そうである。先生が教材を一文読んで、子ども達に読ませるのもそうである。
水泳指導、逆上がり指導などで、補助教具を使うのもそうである。
 自転車を習うとき、うしろの荷台を持ってやって、倒れないようにするのもそうである。
 お習字のとき、先生がうしろから筆を持って、一緒に動かすのもそうである。
 間違いがないように工夫を加えた「あかねこ漢字スキル」「あかねこ計算スキル」「暗唱直写教材」「うつしまるくん」などのTOSS教材もそうである。 子どもは、とりわけ小さな子ども、発達障害の子どもは、このように「失敗させないように工夫した学習」で、学んでいく。
 それが、エラーレスラーニングである。
 逆に「トライ・アンド・エラー」の学習もある。
 通例は、スポーツで県大会レベルに到達した上級者に使われる。
 基本がきちんと身につき、かなり上達した人に使われる。
 それは、自分なりの工夫、更に高いレベルへの挑戦をしているからである。
 「エラー」から、学ぶことも必要になるからだ。
 しかし、初心者、小さい子、障害をもった子には、絶対にやってはいけないのである。
 「なぜなら、間違いを学習してしまい、それが脳回路になってしまうからです」と、慶応大学医学部の根本ドクターは言う。 (後略)
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 自分自身、ワープロに打ち込んでみて、改めて、このエラーレス・ラーニングの重要さを自覚した。
 授業の原則・TOSS教材・成功体験等、これまで自分が惹かれてきたものが、ここに集約されるからだ。
 
 ちなみに向山氏は、同書で次のものを挙げている。
◆「お手本を見せて写させる」
◆先生が教材を一文読んで、子ども達に読ませるのもそうである。
◆水泳指導
◆逆上がり指導などで、補助教具を使うのもそうである。
◆自転車を習うとき、うしろの荷台を持ってやって、倒れないようにするのもそうである。
◆お習字のとき、先生がうしろから筆を持って、一緒に動かすのもそうである。
  間違いがないように工夫を加えた
◆「あかねこ漢字スキル」
◆「あかねこ計算スキル」
◆「暗唱直写教材」
◆「うつしまるくん」
などのTOSS教材もそうである。

 同書では、別の箇所で
 エラーレスラーニングの教具として、
◆百玉そろばん
◆九九計算尺
が紹介され、 
 エラーレスラーニングの指導として、
◆丁寧なノート指導
◆補助計算
◆机上や筆箱の整理
が紹介されている。

 また、次のドクターの言葉が紹介されている。

◆「人生の早期に子どもに挫折体験を与えて良いことは一つもない」
 杉山登志朗氏『発達障害の子どもたち』(講談社)より


◆認知に障害がある子どもにとって、間違いながら学習を進めていくよりも、間違うことがまったくない学習(エラーレスラーニング)の方が有効である。
 慶応大学教授 山本淳一氏

 印象的なフレーズが、

「やり方を教え、できたらほめる 」の繰り返しです。(P25 佐藤泰弘氏)


 成功体験の積み上げ、完全習得学習などのTOSS実践の有効性を改めて考えさせられた。
 自分でやらせることを重視し、放置する教師がたくさんいる。
 子どもの発想を大事にしたいからと、何でも自由にさせる教師がたくさんいる。
 自由にさせることで、エラーが起きる場面が大きくなる。

◆エラーの起きそうな部分は一斉指導し、それから各自の自由行動の場を設定する。

◆フォーマットは決めておいて内容は自由に選択させる。

 年度当初。
 まずはエラーレスラーニングの積み重ねで自信をつけるべきだ。
 それが子どもや保護者からの信頼につながる。

 TOSSランドに登録された「どの子もできる指導法」などは、エラーレスラーニングの宝庫である。
 ぜひ、TOSSランドからエラーレスラーニングの実践を学び、目の前の子どもたちに役立ててほしい。

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April 05, 2009

茂木健一郎氏とモンテッソーリと向山型指導法

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 茂木健一郎氏の「脳を活かす勉強法」が書店で平積みになっている。
 中でも「ドーパミン」「強化学習」の記述部分は、
「向山型指導法と同じだ」
「モンテッソーリ教育と同じだ」
と感じる内容だった。

抜粋して再構築してみると・・。
◆一生懸命考えていた問題がやっと解けたとき、脳の中にはドーパミンが分泌されて大きな喜びとなる。
◆ドーパミンが分泌された快楽を再現しようと脳は行動を記憶する。
◆ドーパミンは、できると分かっていることをなし遂げても放出されない。できるかどうか分からないことに、一生懸命になってぶつかり、そして苦労の末それを達成したときに大量に分泌される。
◆どんな小さなことでもいいから自発的にやったことで「成功体験」を持たせることが大切である。
◆「成功体験」による快感がくせになり上達していく状態が「学習」のメカニズムである。
◆「学習」について試行錯誤を経て脳内に強固なシナプス(神経回路網)ができることを「強化学習」と呼ぶ。
◆何をするにも「自分が選んでいる」という感覚こそが強化学習には欠かせない。


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さて、モンテッソーリ教育の第一人者である相良敦子先生の著書、『幼児期には2度チャンスがある』を読んで、モンテッソーリ教育で「敏感期」と呼ばれる感覚が研ぎ澄まされた時期があり、「正常化」と呼ぶ劇的な変化があることを知った。

◆「正常化」が起こると、「歪み」がひとりでに消えるばかりでなく、その子本来の落ち着きや善良さが現れてきます。(P75)

・・・この変化は、「敏感期(幼児期)」でなくてもよい。集中体験が人生を変えるのだと相良先生は書いておられる。
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 『お母さんの敏感期』には次のようにある。

◆幼児期の強烈なエネルギーがほとばしりでる敏感期のようなかたちではないにしても、人間には生涯にわたって、いつも何か夢中になれるものがあり、そのために情熱を傾ける時期があります。
そして、全力投球して夢中にやり抜いたあとは、人間いくつになっても素直になり寛大になります。(P107)

・・・自分が選択した課題について集中してやり遂げたとき落ち着きが生じ、人格に変化が現れる「正常化」は「ドーパミン」による効果だったのか。
 向山型もモンテッソーリ教育も、どちらも最新の脳科学の知見によって、その教育の効果が裏付けられたことが分かる。
 
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 さて、斎藤孝氏の『天才になる瞬間』(青春文庫)では、表紙に次のように書いてある。

◆自分の中の未知能力をスパークさせる方法
◆ブレイクスルーは誰にもやってくる!

 斎藤氏の用いる「スパーク」「ブレイクスルー」は、相良先生の書かれた「正常期」の叙述と酷似している。

◆『天才になる瞬間』とは、自分の才能をガシッとわしづかみにした感覚が生まれる時のことだ。
 「そうだ、これがやりたかったんだ!」「自分じゃないみたいに体と頭が勝手に動いてうまくいった」
 表現は色々あり得るが、自分の才能をふと肯定する瞬間は、それほど珍しいことではないだろう。 (P5)

 また、斎藤氏の用いる「渾身」は、相良先生の書かれた「集中」の叙述と酷似している。

◆渾身というのは、言ってみればブレイクスルーの極意なのです。(中略)壁全体ではなく、壁の一部、それも針の先ほどの一点に向かって、持てる力のすべてを託して打ち込むーそれが”渾身”という意味であり、天才の領域に向けて突破口を開くコツでもあるわけです。(P24)

 モンテッソーリ教育を意識して日常を過ごすと、いろんなものがひっかかってくるようになった。

 ところで、敏感期・臨界期といった言葉が出てくると、当該年令を超えてしまった保護者には焦りをもたらすし、小・中学校の先生は無関係かなとも思われがちだ。ななめ読みすると不安と絶望に襲われる。
 たとえば、「お母さんの敏感期」次のような記述。

◆からだを100%使って、精一杯の努力を惜しまないのは一生に一回、この時期だけです。しかも、大事なことは、この時期に100%の力をだし切る全力投球の経験をした子どもは、小学生以後、何ごとにも力をだし切ることができます。ところが、幼児期に100%の力をだし切って全力投球でがんばる経験をしなかった人は、小学生以上になってから、最後までとことん努力をするという粘り強さに欠けます。能力はあるのに、100%の努力をしないで、「もう、ここらでいいわ」と切りあげてしまいます。(P94)

 でも、相良先生の著書を安心して読んだ。 「敏感期を取り逃した」「手おくれだ」という意見に対して同じ『お母さんの敏感期』に次のようにあるからだ。(P107)

◆幼児期の強烈なエネルギーがほとばしりでる敏感期のようなかたちではないにしても、人間には生涯にわたって、いつも何か夢中になれるものがあり、そのために情熱を傾ける時期があります。そして、全力投球して夢中にやり抜いたあとは、人間いくつになっても素直になり寛大になります。

・・・そうなんだ。いくつになっても夢中にやり抜くと変わることができるんだ。
 たとえば中学生の部活動。
 自分で選択した部活動で全力投球すると、1年生も夏休みを越えてぐっと顔つきが締まってくる。
 軟弱なこの時代、部活動に参加して初めて全力投球を体験する子も多いのだ。
 たとえば、チャレランから発展した「30人31脚」の全国大会。
 悔し涙を流しながら「先生、ありがとうございました!」と感謝を述べる子どもたちのたくましさには、ぐっとくるものがある。
 
 相良先生の著書の「集中・熱中」の部分に高学年や中学生をイメージしてあてはめても、十分成立する。
 『ドラゴン桜』では、「何か夢中に慣れた経験のある子は伸びる可能性がある」とあった。
 これも同じ意味合いなのかもしれない。
 「幼児期」の重要さを説きつつも、一方で、いつだって全力投球の経験をすれば人は変われるのだと説いている。
 そこが、きわめて重要だ。
 このような誤解のないようなアピールを我々が反復させていかないといけないのだと思っている。

 再び、茂木さんに戻る。2009年3月31日の「プロフェッショナル」で、「自発性の回路」の話があった。

◆脳には、“自発性の回路”があらかじめ備わっていると、茂木は言う。「自発性の回路は、ある意味では、何で育んでもいいわけです。例えば音楽のレッスンを子供にさせている場合、音楽で自発性の回路を育まなくても、ほかのことで育めばいい。それがいつかは音楽にも生きてくるのです。一番いけないのは、“あれをやりなさい”“これをやりなさい”と強制すること。これでは自発性の回路を育む機会が失われてしまいます」
http://www.nhk.or.jp/professional/backnumber/090331/index.html

 これも、同じ意味なのかと考えている。

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日本が先駆者となったピクトグラム

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NHKーBSの「クールジャパン」で、ピクトグラムが日本のクールの代表の1つとして紹介された。
いわゆる絵記号による標識だが、当然過ぎて、あまり意識してこなかった。
ウィキペデイアには次のように書いてあった。

ピクトグラム(Pictogram、ピクトグラフPictographとも)は、一般に「絵文字」「絵単語」などと呼ばれ、何らかの情報や注意を示すために表示される視覚記号(サイン)の一つである。地と図に明度差のある2色を用いて、表したい概念を単純な図として表現する技法が用いられる。
主に鉄道駅や空港などの公共空間で使用され、文字による文章で表現する代わりに、視覚的な図で表現することで、言語に制約されずに内容の伝達を直感的に行う目的で使用されてきた。
日本においては、東京オリンピック開催時に外国語(特に英語)によるコミュニケーションをとることができ難い当時の日本人と外国人の間を取り持つために開発されたのが始まりで、1980年代以降、広く使われるようになった。

基本的には国によって異なるが、国際的に、ある程度意味が統一されたものとしては、
車椅子サイン - 身体障害者向けの設備を示す。
禁煙サイン
非常口サイン - 日本で考案されたもので、太田幸夫(NPO法人サインセンター理事長・多摩美術大学教授)らによる。
などがある。
東京オリンピック開催にあたり、国が違い、言葉が違っても一目で分かる標識を作ったのだという話は前から知っていた。
522_ashiyu
でも、下記のサイトなどを見て、たとえば「足湯」には笑ってしまいましたよ。それは軽いおふざけにも似たマークですが、
一目で分かるのだから、すばらしいアイデアです。
子どもたちのアイデアが採用されたらうれしいだろう。

http://pictopedia.jp/index.html

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