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September 16, 2009

観光は経済活性化の切り札!

 手元に観光庁長官本保芳明氏の資料がある。
 タイトルは「観光庁の設置と今後の観光行政について」。
 平成21年5月10日に三島市で開催された「第1回観光立国教育全国大会」
 春日井市からも5名の教師が参加した。

 工業資源の乏しい日本。
 内需が滞り、雇用が創出できない日本。
 人口増が望めず、産業も滞る日本。

 そのような日本を再生する1つの起爆剤が「観光立国」の考え方である。
 長官の資料にも、次の一節がある。

 観光は少子高齢化時代の経済活性化の切り札
・少子高齢化で成熟した社会には、観光振興=交流人口の拡大、需要の創出による経済の活性化が有効
・国内旅行消費額は23.5兆円。
 生産波及効果は53.1兆円で、これによる雇用効果は441万人。(総就業者の6.9%)
 (ともに平成19年度)
・訪日外国人も今や無視できない消費活動の主体(平成19年度の訪日外国人旅行消費額→1.5兆円)

 このような観光立国を支えるのが、観光立国教育である。
 意義は2点。

・児童・生徒たちの旅をする心を育む
・地域を愛する心、その地域を誇りに思う心を育み、将来の地域づくりの担い手を育成する。

 政権は交代したが、まだまだ経済の見通しは暗い。
 経済復興の1つの手段が、観光資源の発掘と利用・観光による地域振興である。
 2008年現在835万人の訪日外国人旅行者数が835万人だが、これを2000万人に増やせば旅行消費額は1.4兆円から4.2兆円に跳ね上がる。
 ぜひ、今後の動向に注目したい。

詳細は観光庁のHPにある。
たとえば観光立国推進基本計画
http://www.mlit.go.jp/kankocho/kankorikkoku/kihonkeikaku.html

(1)計画期間における基本的な目標訪日外国人旅行者数を平成22年までに1,000万人にすることを目標とし、将来的には、日本人の海外旅行者数と同程度にすることを目指す。【平成18年:733万人】
我が国における国際会議の開催件数を平成23年までに5割以上増やすことを目標とし、アジアにおける最大の開催国を目指す。【平成17年:168 件】
日本人の国内観光旅行による1人当たりの宿泊数を平成22年度までにもう1泊増やし、年間4泊にすることを目標とする。【平成18年度:2.77 泊】
日本人の海外旅行者数を平成22年までに 2,000万人にすることを目標とし、国際相互交流を拡大させる。【平成18年:1,753万人】
旅行を促す環境整備や観光産業の生産性向上による多様なサービスの提供を通じた新たな需要の創出等を通じ、国内における観光旅行消費額を平成22年度までに30兆円にすることを目標とする。【平成17年度:24.4兆円】

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September 15, 2009

名古屋市長の英断~年金記録処理の肩代わり~

<消えた年金>名古屋市 記録約4000件の調査に協力
というニュースが報じられた。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090914-00000052-mai-soci

名古屋市は14日、支払った保険料記録が残っていない「消えた年金」のうち、対象者が特定できる可能性が高い1462人分の年金記録約4000件について、社会保険庁の確認作業に協力すると発表した。社保庁の持つ対象者の情報と、同市が持つ国民健康保険や介護保険などの情報を突き合わせて連絡先を特定、市職員が電話連絡や自宅訪問で確認する。
 「消えた年金」の調査協力は河村たかし市長が市長選の公約に掲げ、市が社保庁と具体的な内容を協議してきた。市や愛知社会保険事務所によると、調査協力するのは、年金受給者のうち社保庁の解明作業で住所まで特定できたものの、文書での問い合わせに回答がないため電話番号が分からず、連絡さえ取れれば年金記録を統合・整理できる約4000件。
 市保険年金課によると、市が100件を抽出して国民健康保険情報と突き合わせたところ、77件の電話番号が特定できたといい、同課は「他の情報とも照合すれば8~9割は把握できるのではないか」と話している。
 河村市長は同日、記者団に「年金記録が消えて苦しんでいる納税者に感謝の意を尽くすために、市がボランティアで取り組んでいく」と述べた。【月足寛樹、丸山進】

 何がすごいといって、これまでこんなことすら実現できていなかった事実がすごい。
 社保庁は住所や電話番号が変わると、人物の特定ができない。
 市役所レベルなら、それができると言う。4000件は「連絡さえ取れれば年金記録を統合・整理できる」って、社保庁はそんなこともできないままでいたのか!
 中日新聞のWEBに次のようにある。

社保庁によると、だれが支払ったか分からなくなった年金記録は5000万件余、半数弱は依然として解明されていない。うち770万件は調査の中で年金番号や氏名の一部が間違っているだけで解決の可能性が高いとされるが、当人と思われる人が引っ越したり、電話番号を変えたりして、社保庁で連絡がとれず確認できないでいた。介護保険などで頻繁に情報を更新している市ならば、連絡先が分かる場合が多い。
本来は国の事務を自治体が引き受ける場合、「委託料」が発生するが、消えた年金問題の解決を市長選の公約にも掲げた河村市長の方針で一切受け取らない。双方で覚書を交わし、個人情報の扱いにも慎重を期する。

http://www.chunichi.co.jp/article/feature/nenkin/list/200909/CK2009091402100003.html

 市町村と連携したら解決する案件があるなら、連携すればいい。
 それだけのことだ。何を今更、といった感じ。
 なのに、このような取り組みは名古屋は第一号。
 市町村の職員に負担がかかるから依頼できないのだろうが、それにしてもあほらしい「縦割り意識・縄張り意識」である。
 先の中日新聞のWEBには、次の解説もある。

■厚生労働相直属の「年金記録問題拡大作業委員会」委員長の磯村元史・函館大客員教授の話…自治体が協力すれば、調査は大いに進む可能性がある。社保庁は自治体を巻き込む積極性に欠け、自治体側にも、国のミスの後始末をする必要もないとの意識があった。うがった言い方をすると、この問題を解決すれば、市民の年金が増えて市民税や健康保険料が増額し、ひいては市にも利点がある
。 ・・・なるほど!   市にも利点があるのだから、市町村もしっかり取り組むといい。  ただし、そもそも社保庁の責任なのだから、むしろ委託料は取るべきだと思う。  いいことだからと何でも無償で公務員に背負わされては、本来の業務の支障をきたす。むしろ安易に委託された仕事が問題なく取り組めると言うことは、いかに普段から人が余っているかということになってしまう。    読売にもニュースがある。 http://news.nifty.com/cs/domestic/societydetail/yomiuri-20090914-00707/1.htm  
社保庁によると、地方自治体がこの種の協力、調査に乗り出すのは全国初。対象は年金受給者の年金記録約4000件(1462人)で、年度内の早期の完了を目指すという。  市保険年金課によると、市は社保庁から対象者の情報提供を受け、国民健康保険システムや介護保険システムなどの福祉情報をもとに、住所や連絡先を調べる。  10月中旬以降、同課や16区役所の保険年金課の職員約100人が電話や訪問で、年金記録に残っていない消えた年金の持ち主を特定し、社会保険事務所で手続きするよう促すという。  国の事務を自治体が引き受けるため、本来は委託料が発生するが、河村市長の方針で受け取らないという。  河村市長は「納税者のために、税金をもらって働く公務員が調査に取り組むのは当然のこと。職員にはボランティアで取り組んでもらう。全国の自治体に波及するよう新政権にも求めていく」と述べた。

 ところが・・。
 翌日の配信ニュースは「自主調査には慎重姿勢 中部の自治体」と否定的。
http://www.chunichi.co.jp/article/feature/nenkin/list/200909/CK2009091502000200.html

 当然ながら、どの自治体も、通常業務がある。安易に新たな業務がこなせと言われても現場が混乱する。
 河村市長のリップサービスは迷惑だ、ということのようだ。
 社保庁から出向でもしてもらわないと、無理な話なのだろうかもしれないが、なんとか、どの自治体も解決の方向で進んでいくことを願ってやまない。

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September 05, 2009

「無料化しても渋滞しない高速道路」の存在

 自分があれこれ言うことではないことは分かっているが、民主党公約の「高速道路無料化」の問題には、ついついこだわってしまう。

http://white0wine.blog10.fc2.com/blog-entry-534.html

に詳細がある。

ソースは、2009/09/02(水)の報道ステーションより。
以下まとめ
---------
 一色清:「高速道路を無料化したら渋滞が」
   馬淵:「渋滞しそうな所は国土交通省にシミュレーションさせて高速料金を取ります」
   古館:「へえ!国民のみなさんは首都高速と阪神高速以外は全部無料だと思ってますよ!」
   馬淵:「渋滞しそうなら有料です」
   古館:「渋滞しそうな所なら大体分かりますよね。東名高速とか有料ですか」
   馬淵:「どこの路線が渋滞しそうかは申し上げられません」
   古館:「今でも渋滞してるんだから分かるじゃないですか!」
   馬淵:「どこが無料にならないと路線名を上げると、地元の方の感情がありますから選挙前は言いにくかったんです」
---------
参考・民主党サイトより
 ■民主党 高速道路政策大綱~高速道路の無料化~
  2.施策概要
  > 実際の無料化にあたっては、首都高速・阪神高速など
  > 渋滞が想定される路線・区間など
  > については交通需要管理(TDM)の観点から
  > 社会実験(5割引、7割引等)を実施して影響を確認しつつ、実施する。
http://www.dpj.or.jp/news/?num=15550

 分かりやすいドタバタである。
 世界の高速道路が無料か有料かは問わない。
 それは、それぞれの国がどのような経緯で・どのような予算で道路を建設したかまで確認しないと比べようがないからだ

 「(無料化して)渋滞しそうなら有料です」 

 但し書きがあったことは、選挙前から分かっていたことで、ここは最初から「語るに落ちた」部分である。
 「無料化すると渋滞が想定される高速道路」は、無料化しなくてもいい。ここがポイントだ。
 常識で考えたら「無料化したら高速道路が渋滞する」のは当然のことで、誰もがその常識を肯定する。
 だから、民主党の公約は無料化をやろうと止めようと、どっちにしても実現可能になる。 なんといっても、「無料化しても渋滞しない高速道路」だけを無料化することが公約なのだから。

 逆にいえば、無料化したら渋滞が想定される高速道路まで無料化することは公約違反になる、ということだ。

 民主党に公約実現を求める人たちは、この点を自覚すべきだろう。無料化したら渋滞が想定される高速道路まで無料化を求めているのだとしたら、それは無理難題なのだということだ。あれほどマニフェスト選挙といわれたのだから、マニフェストの文言が、口当たりのいい選挙遊説より重視されるのは当然だ。

 それにしても、である。
 「無料化しても渋滞しない高速道路」が、もし存在するしたら、一体どのような交通需要の予測に基づいて造られた道路なのだろうか。
 「無料化しても渋滞しない高速道路」と認定された時点で、その高速道路は存在意義を問われている。おそらくその高速道路がなくても全然困らないということなのだから。
 「無料化しても渋滞しない高速道路」の存在が、高速道路の借金を膨らませる根源なのだ。

 もし「無料化しても渋滞しない高速道路」が存在するとしたら、なぜ、とっくに採算のとれている高速道路が渋滞を理由に有料を維持され、永遠に(?)採算のとれないそのような道路が早々に無料化されるのか。
 民主党が官僚主導の政治を批判し、自民党道路族議員による強引な道路建設を批判するなら、「無料化しても渋滞しない高速道路」の存在そのものの責任を問うべきであり、そのような不採算道路の存在こそ、世に問うべきなのではないか。
 
 高速道路無料化そのものには懐疑的だから、無料化にならなかったからといって私は非難しない。
 もちろん「無料化しても渋滞しない高速道路」しか無料化しないのだから、無料化しないことは公約違反でない。
 「シュミレーションや試験運用の結果、どの道路も無料化すると混雑することが分かりました」と結論付けられたら、むしろ無料化しないことが公約実現になるのだ。

 しかし、さまざまな問題をはらんでいるけれども、無料化できなかったら民主党を非難する有権者は多いと思う。
「あれほど豪語した公約は何だったのだ!」と。
 すると、次の参院選や衆議院選で、今度は民主党が窮地に立たされる。
 再び、極端な差で形勢逆転するかもしれない。
 こうしてシーソーがいったりきたりしている間は政治が進まないのかと思うと、この国はいつになったら安定するのか。
 「民主党が政策実現する前から、決めつけないでほしい!」
という批判も当然ある。
 そのような政治の議論をする立場にはない。
 ただ1点。
 「無料化しても渋滞しない高速道路だけを無料化する」という言いまわしが、1つのトリックではないかいうことだ。

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September 03, 2009

『ラッシュライフ』 伊坂幸太郎

Rush
 ストーリーが複雑なので、新潮社のHPから引用。
 未来を決めるのは神の恩寵か、偶然の連鎖か。進化する伊坂幸太郎、一気読みまちがいなしの傑作。待望の文庫化。
 泥棒を生業とする男は新たなカモを物色する。父に自殺された青年は神に憧れる。女性カウンセラーは不倫相手との再婚を企む。職を失い家族に見捨てられた男は野良犬を拾う。幕間には歩くバラバラ死体登場――。並走する四つの物語、交錯する十以上の人生、その果てに待つ意外な未来。不思議な人物、機知に富む会話、先の読めない展開。巧緻な騙し絵のごとき現代の寓話の幕が、今あがる

・・・さすがにうまくまとめられている。確かにその通りだ。
 作者はどこまで信奉しているのかな?と思えるくらい「神」の記述がある。
 「偶然の連鎖」だが、時間順に作品が構成されていない。その「ずれ」は、まさにエッシャーのだまし絵のごとく だ。連鎖という表現は、作中では、リレー(つながり)と表現されている。
 「ずれ」と「つながり」は紙一重といったところか。
 したがって、時間を整理するには二読・三読の必要がある。
 
 だが・・。

 『重力ピエロ』に比べると再読の意欲が落ちる。
 惨殺シーンがあるから。
 銃撃したこと・殺人を犯したことへのためらいが弱いから。
 殺人に対する痛みのなさは「重力ピエロ」の比ではない。
 あれほどの事件が起こっているのに、誰も罰せられもせず、淡々と終えてしまっていいのか、と妙な正義感にとらわれてしまう。
 身代わりで殺されてしまった行方不明の男に対する憐れみがかけらも見られない。これでは『重力ピエロ』の強姦魔を全く批判できない。
 「その苦痛を受けている被害者は俺ではない、ということを俺は知ってるんだ。俺はそこまで想像できるわけだ。相手の気持ちを想像して、自分の苦しみに感じるなんて、それこそ想像力が足りないんだ。もっと想像力を働かせれば、その苦しんでいるのは自分ではない、ということまで理解できるはずだ」(『重力ピエロ』P217)
・・・強姦魔の憎めべき詭弁が、この書では肯定されてしまうかのようだ。
 
 『チルドレン』や『ラッシュライフ』のような軽快さがないから、「まあ、いいか」と寛容になれないのだと思う。

 本書の泥棒が『重力ピエロ』の探偵で、本書で少しだけ出てくる銀行強盗の話題が『チルドレン』、これほど作品がリンクしてくると、ほかの含めての再読をしたくなる。
 井坂幸太郎は、実にすばらしい必殺仕掛人である。

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『重力ピエロ』(伊坂幸太郎)

Piero
 伊坂幸太郎 1971年生まれの若さ(実際に本著が出版されたのは03年だから32歳!)で、これほどの作品を書けるというだけで圧倒されてしまう。手元にある文庫版が34刷だから、すでにたくさんの読者ファンを惹きつけいることもよく分かる。
 一番の根底にあるもの(テーマと言っていいかどうかわからない)を、考えてみる。
 おぞましい事件=裁かれない少年犯罪が根底なら、東野圭悟の『さまよう刃』のように、仇討のような重苦しさが前面に出るだろう。
 しかし、事件に巻き込まれた家族は明るくたくましい。
 「遺伝子」、遺伝子を残すための「性」、生命の誕生・・・そのようなさまざまな要素も、結局は「家族」に集約されるだろうか。
 文庫の帯は「それでも僕らは家族なんだ」
 文中には「俺たちは最強の家族だ」という力強い父親の言葉がある。
 兄弟愛もほほえましい。
 「二人一緒なら決して負けないんだ」という言葉がすがすがしい。
 そして「赤の他人が父親面するんじゃねえよ」という一文による逆転・・・ここがいわゆるクライマックスだ。
 
 血のつながりって何?
 
 非常に重い問題だが、全体のトーンが明るいので救われる。
 兄弟や家族の会話が知的で、とてもいい。
 どこまでが本気かわからないセリフもいいし、随所に盛り込まれた格言・名言の数々もいい。
 引用文献・参考文献が、知的な会話のベースになっているのだ。
 後半は、うすうすストーリーが読めてくる。それでも兄の様々な言動の意味までは読めなかった。
 2回読むと、細かな仕掛けが分かる。実は何か所も布石がまいてある。そのような2度読みの楽しさも味わえる。
 格言・名言をメモしたいので、あと2~3回は読み返してみたい。

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