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February 28, 2010

「興奮と抑制」=「発散と集中」

 「興奮と抑制」についての指導の話を聞いた。
 十分理解できていないのだが、すごく印象に残った。
 「抑制」を先に持ってきてはいけない。
 興奮する(ような楽しい状態を体感した)後で、抑制をもってくることが重要だ、というような理解をした。
 これは、なるほどその通りで、子どもにしろ大人にしろ、楽しい活動を行っているからこそ「お預け状態=抑制」が学べる。
 もし、嫌々やっているのに「静かになるまでやりません」と注意されたら「別にやらなくてもいいし」などといった反発を浴びる可能性がある。
 だから、やりたくてやりたくて仕方ない状況こそ、抑制(がまん・集団のルール)を学ぶ絶好のチャンスなのだ。
 たとえば、次のような資料がネットで検索できた。

http://kids21.gr.jp/joho_box/box_c_02_07.html

●やる気の3つ目安
やる気は大脳新皮質の前頭葉の働きで、この働きの強さを「前頭葉の土台」といいます。
その土台の強さには3つの目安があるそうです。
1つ目は「興奮と抑制のそれぞれの強さ」、
2つ目は「興奮と抑制のバランス」、
3つ目は「興奮と抑制の切り換え」です。

興奮と抑制の切り換えから見ると、切り換えが遅い子どもは「おっとり型」早い子どもは「活発型」になります。
ところで、最近目立つようになってきた型に「抑制型」というものがあります。
これは、興奮の強さが発達する時期に、抑制の強さの方が先に発達してしまったということが特徴です。
●抑えられすぎた興奮の行方
興奮することで抑制の働きが発達する時期の子どもに、その興奮を強く抑制することを要求するとどうなるのでしょう。
最近の子どもたちは興奮の強さの発達が遅れているといわれています。
ある専門家は、家庭や保育・教育の場で、興奮の強さを発達させる時期にそれを抑え過ぎるるようなしつけや指導がなされているからではないか、といっています。実際、ある学校では、荒れているクラスの
子どもたちに身体を激しく使った遊びをやらせたところ、落ち着きを取り戻したというケースもあるそうです。
興奮と抑制のバランスが保たれないとき、子どもは急にキレたり、また幼児期に見られる特徴に逆戻りしたりするといわれています。
◆興奮の強さが発達していないところに、抑制の力をいい形で発達させるということは、難しいことなんですね。子どもたちが安全に、そして安心して興奮というエネルギーを爆発させる場を作ってあげるということは、育児に関わる私たち大人の大切な役割ですね。

参考/正木健雄著「ヒトになる人間になる」創教出版

http://www.kyoto-kyoiku.com/hiroba2/hiroba136/kusunoki.htm

①身体接触を伴う活動の組織化
 正木健雄は、今日、子どもたちに「抑制」を早期から強いるのではなく、「興奮」と「抑制」の両方の力、また、両者のバランスを取る力を高める活動の世界を保障することを重要であるとしている。
そして、かつては兄弟関係や地域の子ども集団の中で自然に行われていたようなじゃれあい、取っ組み合いの世界を保育のなかでも実施していくことの重要性を指摘し、それを「社会的兄弟」の関係と名づけている。
今日の少子化の状況を考えた時、様々な機会を通じて子どもたちが身体接触を伴うような活動を継続してやっていける「社会的兄弟」の関係を築いていくことが重要な教育課題となってきているのである。
 また正木は、小学校で「体育でゲームのルールを簡単にしてゲームに熱中させ、たっぷり運動させる」体育の授業を導入していくことで、「興奮」と「抑制」の機能の両方が発達している「活発型」の子どもたちが増加していくことを実践的にも確認している。
このように、小学校の教育実践で身体接触を伴う集団遊びの世界(押しくらまんじゆう、探偵ごつこ、馬とび、Sケン、鬼ごつこ的体育)をどれだけ再生していけるのかが、「荒れ」の背景にある中枢神経系の危機を克服していくためにも重要な教育課題であると考えられる。

・・・「荒れているクラスの子どもたちに身体を激しく使った遊びをやらせたところ、落ち着きを取り戻したというケースもあるそうです。興奮と抑制のバランスが保たれないとき、子どもは急にキレたり、また幼児期に見られる特徴に逆戻りしたりするといわれています。」という指摘をしっかり受け止めたいと思った。

 また、次の資料。
http://ameblo.jp/animallifesolutions/entry-10445910610.html 

「人間であること 」 (時実利彦 著 岩波出版)には自制心をつけて戒律を守ることを「躾ける」という
言葉で表現しているが、これは「し繰りかえす」という意味である、と書いてある。
人は、生きていく上で様々な欲求を持ち、やる気や意欲が高まることで積極的に行動をしてそれらの欲求を満たそうとしますが、このようなやる気や意欲が高まっている時は脳の前頭連合野の神経系が興奮した状態になります。
一方、人は社会を形成して生きているので、集団の秩序を保つためには自分の欲求を抑えなければならないときもありますがこのように欲求を我慢しているときは、脳の前頭連合野の神経系が抑制状態になります。
 このように、人が社会の中で生きていくためには「意欲と我慢」言い換えれば、「脳の興奮と抑制」のバランスを
保つことが重要になります。
 最近の研究では、切れやすい若者が多くなったのは、この前頭連合野の抑制の働きが低下していることがわかってきているようです。

・・・以前モンテッソーリ教育について次のようにまとめたことがある。
 モンテッソーリ教育の第一人者である相良敦子先生の著書、『幼児期には2度チャンスがある』を読んで、モンテッソーリ教育で「敏感期」と呼ばれる感覚が研ぎ澄まされた時期があり、「正常化」と呼ぶ劇的な変化があることを知った。
◆「正常化」が起こると、「歪み」がひとりでに消えるばかりでなく、その子本来の落ち着きや善良さが現れてきま
す。(P75)

・・・この変化は、「敏感期(幼児期)」でなくてもよい。
集中体験が人生を変えるのだと相良先生は書いておられる。
 『お母さんの敏感期』には次のようにある。

◆幼児期の強烈なエネルギーがほとばしりでる敏感期のようなかたちではないにしても、人間には生涯にわたって、いつも何か夢中になれるものがあり、そのために情熱を傾ける時期があります。
 そして、全力投球して夢中にやり抜いたあとは、人間いくつになっても素直になり寛大になります。(P107)

 楽しいことをやるから、やる気が出る。
 楽しいことをやっているから、我慢もできる。
 だから、楽しいことをやり続けると落ち着きが出る。
 
 『ドラゴン桜』で「何かに夢中になった経験がある者は伸びる」というくだりもあった
 「集団あそび」も 「カルタ」も「部活動」も同じだろう。
 
 小学生は、朝放課に存分に遊びまわっておくべきだし、
 中学校は、部活の朝練習でしっかり発散しておくべきなのだと思う。
 朝の会で元気よく歌ったり音読練習するのも「興奮・発散」だから、成果があるのだ。
 
 「朝読書」のような静かな時間は、十分な興奮のあとに仕組む方が効果があるのだろう。
 
 「興奮と抑制」
 「発散と集中」
 「意欲と我慢」
 このような両者のバランスを仕組むことが授業経営・学級経営の1つの鉄則なのだろう。

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February 13, 2010

教材研究・発問研究には「愚直さ」が必要だ

 ある講座で、国語の教材研究の仕方で、どれを選ぶかが問われた。

①まず教科書を何度も読む。優れた実践を集め、ノートにコピーして貼る
② 〃          人の実践を参考にする前に、まず自分で考えてみる
③ 〃          学校にある指導書を読み、指導書の流れを覚える

 私の回答(常套手段)は、②であった。
 まずは素の状態で教材にあたりたい・まずは自力で読んでみたいからだ。
 そこで、向山洋一氏の回答が紹介された。

まずは、教材を何度も読むことである。教材を何度も何度も声を出して読む。
そして、すぐれた実践を集め、コピーしてノートに貼っていく。
さらに、そのノートに、自分の意見を書き込んでいく
    「教室ツーウエイ」1994年4月号

 まずは先入観を持たずに自分の読みでぶつかってみる、という方法を好んで行ってきた。
 中学校の国語実践や、東京書籍の教科書教材は先行実践が少ないこともあったが・・。 
 これが甘かった。
 講座を聞いてなるほどな、と思った。
 自分の弱さ・甘さの大元がここにあることが分かった。
 向山氏、1教材でノート1冊作ると言われる、
 しかし、どうしても自分がやると1冊もいかない。それで仕方ないと思ってきた。
 国会図書館を含めありとあらゆる参考文献を入手したと言われた高段者の先生の話を聞いても、次元が違うと思うだけだった。。
 ネットで検索してヒットしたサイトは、とにかく全部目を通すと言われた先生もいる。そこまでしないで、よしとしてきた。
 まずは自分で。その後、資料を少々・・というパターンでお茶を濁してきたのだ。

 『ドラゴン桜』12巻にも同じような甘い姿勢を批判する箇所があった。
 2学期の指導方針を考えるのに、何の資料も出していない先生を侮蔑する桜木。
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  要するに資料を探すのが面倒だから、自分の力だけに頼ろうとしているだけなのだ。
◆「それなのにお前らは自分自身の頭で考えると言って何の型もないところからスタートしようとする」
◆「だから全然先に進まずに時間だけ無駄に喰っていつまでも形が見えてこない。」
◆「自分で考えてる・・ということは何も考えていない・・ということなんだよ」
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 この後、東大生の思考パターンを「楽したい・めんどくさがり屋」と断定するくだりが気に入らなくて無視していたのだが今は別の意味ながら、よく分かる。
 先行実践に学ぼうとする謙虚さもなく、コピーして貼ることさえサボってしまい、書き写す作業も怠った。 
 「ノート1冊」とか「見開き100問」と言われても、そこまでやってこなかった。
 5回は読め、と言われた本も1回しか読んでいないまなかった。

 先人の有効な授業を乗り越えられないのは、先人の実践を丁寧に調べ上げていないからだ。
 要するに、まだまだ学ばねばならない段階なのに、早々と「守・破・離」と称して自力でやりたがる。これが「我流」につながるのだ、
 もう1点、100の発問を列挙をするには、並みの発想だけに頼っていてはだめだ。
 逆から考える・視点を変えてみる・対比的、類比的に考えをつなげていくのは当然のこととして、一番感じたのは次の点だ。

 くだらないと思っても切り捨てない
 
 「くだらない」と思うような自由な発想の中に、新しい創造が生まれる。
 
 100の発問を列挙するには
◆どんなくだらない意見も入れよ
◆恥ずかしいなと思う意見も入れよ
◆とんでもないアイデアを大事にしろ、
・・・つまり自分で自分の愚かさやくだらなさを受け入れろということなのだ。

 これは、教室も同じ。
 どんなくだらない意見も競って発表する
 どんなくだらない意見も喜んで受け入れる、
 そんな、教室の「自由度」が必要なのだ。
 だから「裏文化」に強い子が存在感を発揮できる。
 優秀な表文化タイプの子(先生の意見を受け入れるだけの子)の発想では100は列挙できない。
 大胆で悪ふざけのできるタイプの子(先生の意見を無視するような図太い子)を受け入れる教師・受け入れる学級こそが、知的な創造力を育むのだ。

 すぐれた学級では、やんちゃ君が活躍する意味(必然性)がよく分かる。
 これが逆転現象にもつながっていくからだ。

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February 11, 2010

数値のマジックに注意しよう!

  あるセミナーで食料自給率の話があった。
 食料自給率は30年・40年でぐんと下がり、今は50%を切っている。
 しかし、実のところ生産量が下がっているわけではなく、人口増が比率を押し下げているのだとのことだった。

http://www.agriworld.or.jp/agrin/agrin1/set_rate.html
を見ると野菜も肉も60年代に比べて減っているわけではないことが分かる。ただし輸入量が増えているから、当然、国内自給率は低くなるわけだ。
Photo
Photo_3

 このようなデータも調べればネットで入手できる。
 割合だけ見ていては現実を見失う典型だ。
 さて、少し前、モーニングの「エンゼルバンク」で、就職氷河期について語っていた。
 検索したら、無事ありました。ネット情報はありがたい。

http://www.insightnow.jp/article/4762
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今週号(1/7発売)は震えました。
そうそう!と、何度も首を縦に。
今週号の『エンゼルバンク』、テーマは
「今、マスコミが騒いでいる新卒学生の「就職氷河期」はすべて嘘っぱち!」

1955年 56.5%
1970年 35.1%
2008年 13.5%
これは日本の自営業者の割合。

1985年 450
2009年 773
これは日本の大学の数。

1990年 324164人
2008年 388227人
これは4年制大学の卒業者で、正社員就職をした数。

1990年の大卒者は400103人
2005年の大卒者は551016人。

「バブルの好景気だった1990年より、2008年の“4大卒”の就職者は多い!」
「大卒者の就職者が減ったのは“景気の悪化”よりも“大学生の増加”であるわけだ。

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①求人自体は減っていない。
②ただし、企業への就職希望者が増えている。企業への就職希望者が増えているのは、自営業の衰退が大きい。
 今はとにかく会社への就職希望に人が集中している。
③したがって、求人数は増えているのに、求人率は過去に比べて極めて低く報道され、今年は就職が厳しいとイメージされている。

 これが、「今、マスコミが騒いでいる新卒学生の「就職氷河期」はすべて嘘っぱち!」の真意である。
 「エンゼルバンク」では、分母の数字に注目しろ、と指摘があった。
 割合でなく実数を確かめろということなのだろう。

 さて、2月10日の中日新聞の「話題の発掘 ニュースの追跡」のテーマは
 「第2の就職氷河期 実情は?」
 「複数」「ゼロ」内定二極化
=====================
 今春卒業予定者に対する求人倍率は1・62倍。昨年・一昨年の2.1倍から大幅に落ち込んだもの2000年の0・99倍ほど低くない。
 一方、内定率は00年の75.2%を下回っている。なぜなのか。
(中略)「内定をいくつも獲得する学生と、1つも取れない学生に二極化が進んでおる」と分析する。

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①1.62倍ということは、選ばなくても全員に就職場所が回ってくるということ。
②現在、複数内定をもらっている学生も最終的には1つしか選べないから、今後、はずされた就職先も次の人材を確保に動くことになる。
③もちろん、企業も辞退を見込んで多めに内定を出しているだろうから、内定者と就職者の実数は違う。
④いずれにしても、内定の状況と最終的な就職状況は違う。内定率は極めてあいまいな数値でしかない。

という理屈もあるが、気になるのは次の点だった。「エンゼルバンク」でも、ここまで言及していたかもしれない。

 「大学全入の時代」などと言われている。
 もし、卒業者の数が、前年より多ければ、求人数が同じでも、求人倍率は下がる。
 大事なのは卒業者の実数・求人の実数の状況ではないか。

 ちなみに「1.62倍だから、選ばなければ就職先はあるはずだ」という論理は「選ばなければ大学は全員入れる時代だ」という論理と同じだ。
 新聞記事でも「従業員千人未満の企業への就職希望者は前年比10.2%減。逆に千人以上の企業は8.1%増えた」とある。
 要するに人気企業・条件のいい企業への希望が集中するわけだ。
 「景気悪化で、学生の安定志向が進んでいる。異業種の大企業ばかり受けているから、業界の研究も進まずに内定にこぎつけない」
とあり、職種に関係なく大企業だけを狙う学生もいることが分かる。

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February 07, 2010

父親の育児時間

父親が家事にかかわる時間(1日平均)
 ・日本48分
 ・フランス2時間30分
 ・スエーデン3時間20分

週50時間以上働く割合
 ・日本28%
 ・フランス6%
 ・スエーデン2%

 厚生大臣が「イクメン=育児する男性」という言葉を広めたいと語っていた。
 家事にかかわる時間が、残業時間の少なさと相関があるのは当然だ。
 育児・家事の時間を多くしようというなら、残業時間を減らすところから始めないと物理的に無理だ。
 週50時間、週休2日制だから1日10時間。やはりスエーデンの2%を目指したいところだ。
 鳩山総理もいきなりCo2排出25%減なんて言う前に週50時間労働を2%未満にする、と宣言してほしいくらいだ。
 
 http://allabout.co.jp/career/mrscareer/closeup/CU20090408A/

家庭における父親不在が言われて久しいですが、これは少子化の重要な原因の1つに挙げられています。
政府は2005年に少子化対策として、育児期の男性が家事と育児に費やす時間の増加、週60時間以上の長時間労働している30代男性の割合の半減、育児休業の取得率のアップを5年間のうちに達成する目標を掲げました。
それから4年、育児をする男性は増えたのでしょうか。
現状を見てみると、小学校4年生から中学生までの子どもを持つ父親の4人に1人は、平日はほとんど子どもと接する時間がとれていないという調査結果が出ています。

・・・悲しいことに2005年に政府は週60時間以上働いている人を割合の半減を目指したが、実際はむしろ増えてきているのだとか。

 外食しないで帰宅する「巣ごもり」「うちごはん」が消費を低迷させているとの意見もあるが、そのようなライフスタイルに合わせたビジネスを展開すればいいだけの話だ。
 子育てをお金で支援する政策ではなく、ライフスタイル・労働スタイルの変革を促す政策を実現してほしい。 

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February 06, 2010

品格のある国会議員・品格のない国会議員

 昨日、出張があって3時前にカーラジオで予算委員会を聞いていた。
 違っていたらまこちとに申し訳ないが、自民党の棚橋康文氏だ。
 あまりにも品格のない質問にあきれてしまった。

◆鳩山氏を「嘘つき」と呼び、
◆祖父や実母のことを「おじいちゃん」「おかあちゃん」とふざけた呼び方をし、
◆見学している(らしい)1年生議員(?)に対して「授業参観」と皮肉り
◆「鳩山首相を信じます」と何人かの大臣が繰り返すと「北朝鮮でもここまでひどくない」というような言い方をした。

 何度か「うるさくて聞こえないから静かにしてほしい」とヤジを遮ろうとした。
 無理だ。
 この議員自身の発言がヤジをあおっている。
 ヤジられることを想定したような下品な言い方をしておいて、周囲のヤジを叱責するマッチポンプのような愚行。
ヤジを制する前に、このような発言の方をたしなめるべきだと思って聞いていた。

 鳩山総理が中学生の頃に祖父から相続されたブリジストン株の時価総額が52億だとし、相続税は誰がいつ払ったかを問い正した。
 しかし、現在の時価総額で52億だとしても、相続した時の時価は違う。
 そんなことは誰でも分かる。総理もそこを正したが、当時とは物価が違うとか何とか不明な言い分で正当化していた。
 そのことを承知の上で「52億」を繰り返し、多額の遺産を相続したことを印象付ける。明らかなイメージ操作だ。
 そのような抗議を含めてのヤジなのに、知らん顔のような口調だった(音声だけしか聞いてないけど)。

 出張後、再び予算委の中継を聞いた。
 伊吹文明氏の質疑。
 今度はヤジは、ほとんどなかった。
 静かな中できわめて真摯な発言が続いた。
 時に鳩山氏・民主党に敬意を払いながら、過去の経緯を説明しながら紳士的な質疑を続けていた。

 新聞では、国会の様子は伝わらない。
 ニュースでは、ほんの一部しか紹介されない。
 国会のヤジはよく話題になるが、ヤジが止まらないほど礼を失した発言も批判されるべきだ。
 同じ自民党の伊吹氏の質疑が整然としていただけに、怒りの印象が強い。


 まあ、そもそも、次の方が問題かな・

 品格の問われる横綱、品格の問われない国会議員
 示談が成立しても引退する横綱と 不起訴処分になったからと辞職しない国会議員

 みんなの党の渡辺氏の言う通り、横綱が引退したのだから、小沢氏も・・というのが大方の意見では?


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February 02, 2010

外国人参政権法案はどうなるか?

Photo_2


 外国人参政権の問題は、民主党のマニフェストにはなかったものの、悲願だったようで今国会で提出する動きがある(あった)。

政府・民主党が外国人参政権法案の通常国会提出を確認 国論二分へ?
2010.1.11 20:50

 政府・民主党は11日、永住外国人に地方参政権(選挙権)を付与する法案を政府提出法案(閣法)として18日召集の通常国会に提出し、成立を目指す方針を決めた。
この法案には自民党を中心に反対・慎重論が根強く、地方議会を巻き込んで国論を二分する事態となる可能性もある。
 (中略)地方参政権付与は、韓国や在日本大韓民国民団(民団)が強く求めており、社民党、公明党、共産党などが賛同。
 民主、自民両党では賛否が割れている。

 慎重論があるのは、小さな市町村ではある国の特定の考えを反映せざるをえなくなるからだ。
ニュースでは見なかったのだが、小池百合子氏が予算委員会でフリップを使って地方都市で組織票が流れることの危険性を説いた。
 与那国島では議員1人の最低獲得票数が139人とのことである。

 参政権を強く求めているのは韓国や在日大韓民国民団。
したがって韓国の利権に絡む島々などは、民団の組織票で極めて危うい状況になってしまう。
この件に絡んだのが赤松農水相の記事だが、小池氏が赤松氏に質問している。。
http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/100113/stt1001130124000-n1.htm

 「参政権は民団への公約」赤松農水相が公言 選挙で支援認める
2010.1.13 01:23

 昨年夏の衆院選当時の民主党選挙対策委員長だった赤松広隆農水相は12日、都内のホテルで開かれた在日本大韓民国民団中央本部(民団、鄭進団長)の新年パーティーであいさつし、民団による衆院選での民主党支援に「心から感謝申し上げる」と表明。そのうえで民団の支援は、外国人地方参政権獲得のためで、永住外国人への地方参政権(選挙権)法案の成立は民団への公約だと強調した。民主党幹部が、参政権を条件に民団から組織的な選挙支援を受けたことを認めたのは初めて。
 赤松氏は「鄭進団長をはじめ民団の皆さまには昨年、特にお世話になった。投票はしてもらえないが全国各地でいろんな形でご支援いただき、308議席、政権交代につながった」と語った。
 さらに「民主党中心の政権で地方参政権問題が解決するとの思いで応援してくれたと思う。その意味で公約を守るのは当たり前だ。本当にあと一歩。感激でいっぱいだ」と参政権法案の通常国会成立を約束した。
 民主党は意見集約が難航し、日本の有権者向けの衆院選マニフェスト(政権公約)に、外国人参政権付与を盛りこんではいない。

 「民団」の意向に沿って外国人参政権を法案提出するのは、選挙協力のお礼だということだ。
 小池百合子氏は赤松大臣に「一体誰を向いて政治をしているのか」と問いただした。

 おもしろいことに、実にタイムリーに外国人参政権が違憲でないことがセンター試験の出題された。
 これも小池百合子氏の質問だ。
 
センター試験の外国人参政権「容認」 川端文科相「問題ない」
  2010.1.22 12:22
 川端達夫文部科学相は22日午前の衆院予算委員会で、16日に実施された大学入試センター試験の現代社会の問題の中で、最高裁が外国人参政権を憲法上問題ないと容認する立場であるかのように判断させる記述があったことについて、「特段問題があるとは思わない」と述べた。自民党の小池百合子元防衛相の質問に答えた。
 川端氏は理由として「試験問題は専門的見地から作成している。文科省の学習指導要領に基づいている限り専門的判断を尊重するべきだ」と説明した。
 問題は日本の参政権に関する記述として「適当でないもの」を4つの選択肢の中から選ばせるもの。「最高裁判所は外国人のうちの永住者等に対して地方選挙の選挙権を法律で付与することは憲法上禁止されていないとしている」との記述は「誤りではない」ことになっている。
 最高裁は平成7年2月、「参政権は国民主権に由来し、憲法上日本国籍を有する国民に限られる」とする従来の判例を維持。上告を棄却して原告側の敗訴が確定していた。ただ、判決の傍論で「法律で、地方自治体の長、その議会の議員等に対する選挙権を付与する措置を講ずることは、憲法上禁止されているものではない」と記述した。

 
 国民新党・自民党は反対を表明、公明党・共産党は賛成。
 このような怪しい状況でスルーしてしまうのは、きわめて問題である。
 現在の国会の状況は、この件を審議する余裕はなさそうなのだが・・・。 
 
 確かに政治色は強いが、センター入試の問題にもなっているし、日本の領土は重要な社会科の内容の1つなので、教師としてこの問題には今後も注意する必要がある。

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