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May 02, 2010

『1Q84』読了

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『1Q84』第三弾は2日で読み終えることができた。
1・2は昨年の6月に読んだから、すいぶん記憶も途切れていたがすんなり読めた。

『1Q84』の1・2には、さまざまな要素がある。
ヤマギシとオウムを連想させる宗教団体,DV,トラウマ,ゴーストライター,文学新人賞(村上春樹がとれなかった芥川賞)。

この後、どんな展開になるか期待をもたせての第3段。
「青豆」の生死すら分からない状態でのスタートだった。

おもしろい。
分かりやすい。
1・2の多くの要素が、ごっそり削られていた。
1・2で重要な登場人物だったフカエリも老女もほとんど出てこなかった。
怪しげな宗教団体もほとんど関与しなかった。

今回関与しなかった要素は「1Q84」のテーマではないということになる。

テーマは、「再会」であり「遠く離れた相手を想い続ける愛」・・・まさに「純愛小説」だ。

純愛の象徴が「青豆」の「受胎」。
身に覚えのない受胎の相手が「天吾」だと断じることのできる信頼感こそが「愛」だ。

何十年も会っていない「天吾」の子を身ごもるというストーリーを組み立てるには、宗教儀式と巫女の存在が必要だった。
結果から考えると、そのための「さきがけ」、そのための「フカエリ」だったのか、ということになる。
終末には『ハードボイルドワンダーランド』のような大どんでん返しはなかった。
互いの「会いたい」という思いが、ストレートに成就してしまうのは、逆に意外な顛末だった。

天吾の父、看護婦、狂言回し役の「牛河」、青豆を支え続けた「タマル」といった絞り込まれた登場人物の意味を理解しきれてはいない。
おそらく自分の読みは、かなり表面的なのだと思うが、表面的には意味が分かり楽しめた作品だった。
下記のブログの書評の圧倒的な記述を前にすると、ひれ伏すしかない気持ちである。
http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2010/04/1q84-book3-e707.html

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