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May 05, 2010

「はせがわくんきらいや」は、「好き」の裏返し

Hase_3


 たまたま朝、チャンネルをあちこち替えていたらNHKのBSで、朗読者の挑戦「はせがわくんきらいや~中條誠子~」というのをやっていた。
 中條誠子アナウンサーが富山県の小学校に出向いて長谷川集平の「はせがわくんきらいや」を朗読。声だけでどこまで作品世界を届けられるかの挑戦を描く、と題した番組。

 ちなみに、「はせがわくん きらいや」という絵本の内容は、下記のWEBにより一部見ることができた
 (著作権上の問題があると思うので、ここでは載せません)

http://salon.stage007.com/header1009920/archive/88/0

・・・番組は全部見ていなかったのだが、次のようなニュアンスの部分があって印象に残った
(文責は竹田)

◆ 嫌いというのは好きの反対ではない。
◆ 「ぼく」は「嫌い」と言っているが、それは「好き」の裏返しの感情である
◆ 「好き」の反対は「無関心」。
 
 このお話の「ぼく」は、確かに「長谷川君なんか きらいや 」と宣言しているが、 それは、本当の意味での「きらい」ではないと読める。
 なぜなら、次の部分があるからだ。

長谷川くん もっと早うに走ってみいな。
長谷川くん 泣かんときいな。
長谷川くん わろうてみいな。
長谷川くん もっと太りいな。
長谷川くん ごはん、ぎょうさん食べようか。
長谷川くん だいじょうぶか。長谷川くん

 本当に嫌いなら、このようなアドバイスは送らない。
 「きらい」という言葉が繰り返されれば繰り返されるほど、「ぼく」の長谷川君に対する好意が強調される。
 
 「今の長谷川くんは、きらいだ」
 「今の長谷川君にしてしまったヒ素ミルクが憎い」
 「長谷川君が健常児と同じだったら、よかったのに」

という痛切な「怒り」なのだと読める。
 
 残念なことに、この物語を「いじめ」ととらえた道徳実践があるようだ。ネットで検索したらひっかかってきた。
 確かに、同じクラスの障害者に「きらいだ」と言い切る態度は、いじめに近い。
 しかし、繰り返すが

長谷川くん もっと早うに走ってみいな。
長谷川くん 泣かんときいな。
長谷川くん わろうてみいな。
長谷川くん もっと太りいな。
長谷川くん ごはん、ぎょうさん食べようか。
長谷川くん だいじょうぶか。長谷川くん

という励ましの言葉がある以上、「ぼく」には長谷川君を排除する意識はない。
 「ぼく」の発言を「いじめ」と見るのは、全く正反対だと言わざるを得ない。

 「ぼく」は、本当に長谷川君が嫌いなの?

と問えば、子どもだって、それが裏返しの言葉だということは読み取れるはずだ。
 長谷川君を他の子以上に受け入れているからこそ、おんぶし、とんぼをあげ、試合に負け、「しんどうてかなわん」とぼやくのだ。

 「かなわんなあ・大嫌いや」と悪態をつきながら、決して長谷川君から離れない「ぼく」に、いじめの意識があると解釈するのは無理がある。
 「長谷川君はかわいそう」と同情しながら、一緒に遊ぼうとしない子がいたとしたら、その子の方が問題だ。
 
 実際の教室には、障害児と関わるまいとする子の方が多いのだから、無関心な子を糾弾するための資料として、このお話を提示する意義はある。

============================
 「お前なんか嫌い」と言いながら、面倒見てくれる子と 
 「がんばってね」と言いながら、関わりを持とうとしない子と
どっちが優しい子なのですか?
 (あなたは、どっちのタイプですか?)
============================

 ちなみに、人間には「内心の自由」がある。
 心の中で、どう思おうと、それは許される(ただし、ひとたび、外に発すれば、責任を負う)。
 このお話が「ぼく」の「内心」にすぎないのだとしたら、誰にも責める権利はない。
 「かなわんなあ」と心の中では思うのだけれども、それでも、これからもずっと「長谷川君もっと○○してみいな」と励まして寄り添ってあげようとしているのだとしたら、それは、本当に尊い行為=「いじめ」とは正反対の行為である。

  「かなわんなあ」が本音でありながら、それでも、毎日一緒に遊んであげている・・・そう読めるから、このお話は多くの人の心に響く。
 
  「成功」の反対は「失敗」でなく、「何もしない」こと
 「好き」の反対は「嫌い」でなく、「無関心」であること

  同じ構図だ。
 
 このお話、不思議だね。「長谷川君、大っきらい」て言いながら、全然そんな感じがしてこないよね。
 言葉って不思議だね。本当は大切な友達だからこそ、「大嫌い」とか「絶交だ」とか言ってしまうことがあるんだよね。
 
・・・そのような気分にさせるような授業展開がのぞましいのだと自分は思う。

※『1Q84』の主人公の1人である「青豆」は、教室の中で徹底して存在を無視される。
 そのことが、少女にとっていかに辛い行為であったかが描かれている。

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Comments

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