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May 03, 2010

読書=エピソード記憶

『永遠のゼロ』(百田直樹)を読了した。
2009年最高に面白い本大賞文庫・文芸部門第1位。
なるほど、読み応えのある書物だった。
内容は、太平洋戦争でありゼロ戦であり特攻隊だった。
そのような歴史について多少の知識はあったのだが、初めて知ることも多かった。

江部編集長の「特攻」と重ねて読んだ。
「死ぬかもしれない・死ぬ覚悟で戦う」と
「間違いなく死ぬと分かって突入する」
では、全く意味が違うのだと改めて知ることもできた。

 それにしても、たとえば真珠湾攻撃が奇襲攻撃になってしまった事情については、
知っていたはずなのだが、今回「永遠のゼロ」を読むまで、ほとんど気にしてこなかった。
 本書には、次のようにある。(P92)

===================
「真珠湾では残念なことがありました。」
「何でしょう」
「我々の攻撃が宣戦布告なしの『だまし討ち』になったことです。
「たしか宣戦布告が遅れたのでしたね。」 
「そうです。我々は、宣戦布告と同時に真珠湾を攻撃すると聞かされてきました。
しかしそうはならなかったのです。理由はワシントンの日本人大使館職員が宣戦布告の暗号をタイプにするのに手間取り、
それをアメリカ国務長官に手交するのが遅れたからですが、その原因というのが
前日に大使館職員たちが送別会か何かのパーテイーで夜遅くまで飲んで、
そのために当日の出勤に遅れたからだといいます。」
「そうなのですか。」
「一部の大使館職員のために我々が『だまし討ち』の汚名を着せられたのです。
いや、日本民族そのものが『卑怯きわまりない国民』というレッテルを貼られたのです。」
(中略)
「当時、アメリカは日本に対して強い圧力をかけていましたが、国内世論は逆に戦争突入には反対だったといいます。
我々が戦前聞かされていたのは、アメリカという国家は歴史もなく、民族もバラバラで愛国心もなく、
国民は個人主義で享楽的な生活を楽しんでいるというものでした。我々のように、国のため、あるいは天皇陛下のために命を捧げる心は
まったくないのだ、と。山本長官は緒戦で太平洋の米艦隊を一気に叩きつぶし、そんなアメリカ国民の意気を完全に阻喪せしめようとしたのです。」
「まったく逆の効果に出たわけですね。」
「その通りです。卑劣なだまし討ちにより、アメリカの世論は『リメンバー・パールハーバー』の掛け声と共に、一夜にして『日本討つべし』と変わり、陸海軍にも志願者が殺到したということです。」
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 知らない内容ではなかったが、今回改めて「そうだったのか!」という驚きを感じた。
 

『教科書が教えない歴史4(普及版)』のP224にも、書いてある。
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日本はもともと宣戦布告に相当する最後通告を、真珠湾攻撃の三十分前に、国務長官ハルに手交する手配をしていました。
それを実際に行うのがワシントンの日本大使館の役目でした。しかし、大使館員の失態により、
攻撃開始後約一時間も経ってから手渡す結果となったのです。
そのため真珠湾攻撃は、形のうえで日米和解のための交渉のさなか、突然無通告攻撃をしたことになり、
日本は「騙し討ち」の汚名を着せられることになったのです。
アメリカの大統領F・ルーズベルトは、この「結果としての騙し討ち」を戦意高揚に最大限に利用しました。
そのためにアメリカ国民は戦争が終わるまで「リメンバー・パールハーバー」と叫んで日本を憎悪しました。
原爆投下もソ連参戦も彼らの目から見れば当然のことでした。
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 小林よしのりの『戦争論2』にも出てくる。P433
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日本は回線を12月8日攻撃目標をハワイの真珠湾と決め、宣戦布告文書を暗号電文で在米日本大使館に送信した。
ところがその時大使館には誰もいなかった。
これだけ情勢が緊迫している時に野村大使以下大使館をカラにして同僚の送別会をやっていたのだ。
宣戦布告当日遅くようやく出勤した大使たちは大慌てで暗号を解読し文書を作成するがそれをハルに手渡したのは予定時刻の1時間後
すでに攻撃は始まっていた。
これが「真珠湾だまし討ち」と言われている事件の真相だった。
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 『戦争論2』では、Fルーズベルトが、日本の動きをすべて察知し、「最初の1発」を討たせるよう画策したと書かれている。
 また、1時間遅れた大使の名が野村・来栖であることも。

 「教科書が教えない~」では、この2名について、その後を書いている。
(1945年(平成二十年)九月二十七日、昭和天皇と占領軍最高司令官マッカーサー元帥との1回目の会見が行われた。)
◆しかし、何とこのときの会見で通訳にあたっていた人が実は、日米開戦の前夜、日本の外交電報をタイプすべきところ、その仕事を放置し、そのために最後通告を指定時間に
手交できなくなった原因をつくった直接の責任者だったのです。
◆1952年(昭和二十七年)占領解除となりますが、その前後に、この通訳を含め、開戦前夜の日本大使館の失態に重要な責任をもつ人物二人を、外務省の最高の官職である外務次官に就任させたのです。

 それにしても、以前はそれほど意識しなかったエピソードが今回気になったのはなぜか。
【原因推測1】小説の形・会話の形で歴史が解説されていたため、「エピソード記憶」として脳にインプットされた。
【原因推測2】何度も繰り返されたことで、断片的だった知識が整理できた。
【原因推測2】小説を読むモードだったため、小説の世界に深く入り、感情移入した。

などが考えられる。
 向山先生は「1回読んだのは、読んだうちに入らない」と言われる。
 今回、その意図がよく分かった。
 「パールハーバー騙し討ちの事情」は、様々な書物で繰り返しインプットされて、ようやく自分の意識に入ってきた。
 ちなみに昨日、近所の図書館に行って、1時間ほど太平洋戦争の本を読んだ。
 『永遠のゼロ』に出てきたエピソードや人物名が出てくると、すんなり入ってくる。
 予備知識があることで、読書の吸収量は飛躍的に向上することが実感できた。


◆ 同じ本を何度も読む
◆ 同じテーマの本を何冊も読む
◆ 期間をあけてから再び読む
のように取り組むことで、知識がようやく自分のものになるのだと思う。

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