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June 29, 2010

脳科学の知見と言葉の発達

平成16年2月3日の文化審議会答申「これからの時代に求められる国語力について」について復習。
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/toushin/04020301.htm

<発達段階に応じた国語教育の具体的な展開>には、詳細な脳科学の知見が書かれており、現在文科省のHPから閲覧できる。
意図的に改行を加えて提示する。
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発達段階に応じた国語教育を考えていくためには,次のような脳科学の知見を参考にすることも有効であろう。
すなわち,生後から3歳にかけては前頭前野の神経細胞に急激な成長が見られるが,その後大きな変化が見られなくなる。前頭前野に再び大きな変化が表れるのは,小学校高学年から中学にかけてである。この時期には,論理的思考力・表現力(表す力)にかかわる前頭前野に血流・代謝の大きな変化が起こり,成人と同じような脳の使い方をするようになる。論理的思考力・表現力の教育・指導は,上述の前頭前野の発達段階を踏まえて,
「3歳までの乳幼児期」
「3歳~11・12歳(小学校高学年くらい)まで」
「13歳(中学生)以上」
と3段階に分けて考えることができる。

一方,「国語力を構成する能力等」の中で「国語の知識」の一つとして位置付けられている語彙の力は側頭葉と関係している。
 側頭葉は前頭前野と違って,早くから大人と同じような働きをするようになるので,語彙力の教育・指導は子供の時から大人になるまで,直線的に同じ調子で行ってもよいと考えられる。
 なお,「聞く力」についても,側頭葉が関係しているので,語彙力と同じように早い時期から育てていくことが可能である。
以上のような基本認識に立って,
「3歳までの乳幼児期」
「3歳~11・12歳(小学校高学年くらい)まで」
「13歳(中学生)以上」
と3段階に分けて,それぞれの段階において「重点を置くべき国語教育の内容」を「イメージ図」とともに大まかに示せば,次のようになろう。

(1) 3歳までの乳幼児期 【コミュニケーション重視期】
生後から3歳にかけて,前頭前野の神経細胞は急激に成長する。
 乳幼児の脳の発達に最も重要なのは,親子のコミュニケーションである。「話す・聞く」を中心とした親子のコミュニケーションを通じて,家庭の中で言葉を育てることが重要である。乳幼児は親とのコミュニケーションによって語句・語彙力を身に付けることができる。
また,親が子供に心を開くことで,まず,子供の感性・情緒を育てながら,言葉を発達させていくことが重要である。子供の言葉を育て,豊かな感性をはぐくむことのできる「コミュニケーションの在り方」を親をはじめ子育てにかかわる人たちに広く情報提供していくことも大切である。

(2) 3歳~11・12歳(小学校高学年くらい)まで 【基礎作り期】
この時期には,前頭前野の神経細胞には大きな変化は起こらないが,語彙力など言葉の知識をつかさどる側頭葉や頭頂葉などの神経細胞は成長を続ける。
幼児期では,「読み聞かせ」や可能であれば読書により言葉の数を増やし,さらに「言葉と社会や事物との関係」を習得するために,家庭や地域で多くの様々な経験を積ませることを意識すべきである。これにより,情緒力や想像力も身に付けることができる。
小学校では,「話す・聞く」に加えて「読む・書く」の「繰り返し練習」により,国語力の基礎となる知識を確実に身に付けさせることが重要である。特に,「読み」の学習を先行させることで,言葉の知識(特に「語彙力」)を増やすことに重点を置くべきである。

(3) 13歳(中学生)以上 【発展期】
個人差はあるが思春期を迎えたころから,前頭前野の神経細胞は再び急激な成長を始める。これにより,それまでに培ってきた国語力の基礎を用いて,自らの経験など様々な情報を複合して,論理的な思考を本格的に展開することが可能となる。
国語科の学習においては当然のことであるが,様々な社会体験,社会科や理科の学習などを通して,論理的思考力の育成に努めることが重要である。
また,脳の「情報処理能力」が飛躍的に伸びる時期であるので,多くの読書体験により,情緒力・想像力・論理的思考力・語彙力の総合的な発達を促すべきである。

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 文部科学省のHPにあるのだから、国が公認した知見と言っていい。
 この知見を、もっともっと利用して自分の足元を固めたい。

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June 21, 2010

「国語力」についての理解

 文化審議会答申「これからの時代に求められる国語力について」について復習。
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/toushin/04020301.htm

どの叙述も大事すぎて抜粋できない。抜粋すると大事な点が抜けそうで怖い。

個人にとっての国語が果たす役割は,以下に示す3点。
①「知的活動の基盤」
②「感性・情緒等の基盤」
③「コミュニケーション能力の基盤」

社会全体にとっての国語の役割は2点
①国語は文化の基盤であり,中核である
②社会生活の基本であるコミュニケーションは国語によって成立する

国語力の中核を成す領域は4点。
①【考える力=分析力,論理構築力などを含む,論理的思考力。
  分析力は,言語情報に含まれる「事実」や「根拠の明確でない推測」などを正確に見極め,さらに,内在している論理や構造などを的確にとらえていける能力。
 また,自分や相手の置かれている状況を的確にとらえる能力でもあり,知覚(五感)を通して入ってくる非言語情報を言語化する能力でもある。
論理構築力は,相手や場面に応じた分かりやすく筋道の通った発言や文章を組み立てていける能力。
②【感じる力】=相手の気持ちや文学作品の内容・表現,自然や人間に関する事実などを感じ取ったり,感動したりできる情緒力。
  また,美的感性,もののあわれ,名誉や恥といった社会的・文化的な価値にかかわる感性・情緒を自らのものとして受け止め,理解できるのも,この情緒力による。
さらに,言葉の使い方に対し,微妙な意味の違いや美醜などを感じ取る,いわゆる「言語感覚」もここに含まれる。
③【想像する力】=経験していない事柄や現実には存在していない事柄などをこうではないかと推し量り,頭の中でそのイメージを自由に思い描くことのできる力。
  また,相手の表情や態度から,言葉に表れていない言外の思いを察することができるのも,この能力である。
※ なお,物事を考え,感じ,想像することにより,言語を中心とする情報の内容を正確に理解できることから言えば,上記の「考える力」「感じる力」「想像する力」をまとめて,【理解する力】と位置付けることもできる。
④【表す力】=考え,感じ,想像したことを表すために必要な表現力であり,分析力や論理構築力を用いて組み立てた自分の考えや思いなどを具体的な発言や文章として,相手や場面に配慮しつつ展開していける能力。

・・・そして、何より重要なのが、次ぎの 「聞く力・話す力・読む力・書く力」の具体的な目標である。

(1)「聞く力」について
1) 話の要旨を的確に把握して,その内容を理解できる。
事実や根拠などに注意しながら,話の内容を正確に聞き取ることができる。
聞いた内容をメモに取ったりして,話の構成や展開を理解できる。
話を分析的・批判的に聞き,自分の意見や考えを組み立てることができる。

2) 話し手の気持ちや主張だけでなく,言外の思いや真意を感じ取ることができる 。
話し手が何を言いたいのかを探りながら,話を聞くことができる。
話し手に共感でき,言外の思いも感じ取るように聞くことができる。

3) 場面に応じて最後まで集中して,聞くことができる。
話の形態や話し手との社会的関係に対応した聞き方ができる。
話し手の意図を考えながら,講話や講演を集中して聞くことができる。
話をしっかりと聞き取り,確認すべき情報を整理して質問できる。

(2)「話す力」について
1) 自分の考えを明確にして,説得力を持って論理的に伝えることができる。
自分の考えや意見を整理し,根拠や理由を明確にした論理的な話し方ができる。
相手の話を受け,その内容を踏まえて自分の考えや意見を話すことができる。
会議や集会などで,自分の考えや意見を適切に発表することができる。

2) 相手や場面・目的に応じ,伝えるべき内容を分かりやすく話すことができる。
他者に配慮した(不快感を与えない,傷つけない)話し方ができる。
話し合うことによって,相手との人間関係を深めることができる。
場面や目的に応じた言葉を選び,表現に注意して情報を伝えることができる。
敬意表現を適切に使った話し方ができる。

3) 発声・発音・態度などを相手や場面に応じて,コントロールできる。
他者の前で落ち着いた態度で話すことができる。
聞き取りやすい音声(声量・速さ・声の調子など)で話すことができる。
大事なところを強調したり,間の取り方を工夫したりできる。

(3)「読む力」について
1) 論理的・説明的な文章において,的確に論理を読み取ることができる。
新聞や雑誌などを読んで情報を正確に理解できる。
文章の構成や論理の展開に沿って,内容を読み取ることができる。
事実や意見等を区別して読み取ることができる。
課題解決のために必要な情報を収集し,情報を処理するための読み方ができる。

2) 文学的な文章において,気持ちや感情を十分に読み取ることができる。
様々な描写をとらえ,内容を的確に理解できる。
登場人物に感情移入し,その心情を理解できる。
比喩(ゆ)的,多義的,含意的な文章表現を読み味わうことができる。
書き手の思考や心情などに迫ることができる。

3) 古典(古文,漢文)の文章に親しむことができる。
代表的な古典作品のリズムや響きなどを理解できる。
古典の音読や暗唱を重視し,日本の伝統的な文化に親しむことができる。

(4)「書く力」について
1) 自分の考えや意見などを正確に伝える論理的な文章を書くことができる。
客観的な根拠や理由に基づいて,自分の考えや意見を書くことができる。
読み手が理解しやすい構成を意識して,文章を書くことができる。
事実や根拠などを明らかにした論理的な文章を書くことができる。
単なる感想文ではなく,思考,分析,判断を伴う小論文を書くことができる。

2) 伝統的な形式や書式に従った手紙や通信などの文章を書くことができる。
自分の気持ちなどを正確に相手に伝えられるように書くことができる。
社会生活に必要な実用的な文章をそれぞれの様式に従って書くことができる。
社会的な関係を踏まえた適切な敬語などを用いて書くことができる。
言葉を適切に使い分け,その場にふさわしい言葉を用いて書くことができる。

3) 様々な情報を収集して,それに基づいて明確な文章を書くことができる。
本やインターネットなどから的確な情報を収集して,文章を書くことができる。
収集した情報を正確に分析し,分かりやすい要約文にまとめることができる。
会議や集会などで,分かりやすく説明するための資料を作成することができる。


・・・自分のコメントの入れようがない。ここが新学習指導要領の作成につながる新しい国語科(を中心とする全教科の教育活動)の立脚点なのだ。

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June 19, 2010

学校行事と通過儀礼

 通過儀礼。
 ウイキペデイアによれば、出生、成人、結婚、死などの人間が成長していく過程で、次なる段階の期間に新しい意味を付与する儀礼。
 イニシエーションとして古来から行われているものとしては割礼や抜歯、刺青など身体的苦痛を伴うものである事が多い。
 近世日本の武家階級では元服。
 地域によっては男子の場合、米俵1俵を持ち上げることができたら一人前とか、1日1反の田植えができたら一人前とかいった、年齢とは別の成人として認められる基準が存在した例もある。
 男子の場合、明治時代から終戦までは徴兵検査・兵役が「一人前の男」になるための通過儀礼と見なされていた。
 現代の日本においては、七五三などの幼少時の通過儀礼や、還暦祝いなどの老年期の通過儀礼は残っているものの、「子供から大人への通過儀礼」が過去ほど明確には意識されてはいない。
 18歳で運転免許の取得が可能になる、20歳で選挙権の行使が可能になるなど、法律上、一定年齢になれば自動的に権利が与えられるものはあるが、儀式としては成人式以外に通過儀礼と呼べるものはない。

・・・・「節目」という広義にとらえると、学校の行事1つで、子どもがぐんと成長することがある。
極端に言うと、成長のチャンスは毎日存在し、毎日が通過儀礼の連続である。

 さて、2泊3日の野外学習(5年生)の引率をした。
 家族と行かない宿泊行事は子ども本人にとっても保護者にとっても一大イベントである。
 1泊の修学旅行に比べると2泊の野外学習は楽しみも多いが負担も多い。
 この時期の5年生は男子の方が幼い。
 今回も、夜になって4名の男子がぐずり出した。おうちに帰りたいのだ。
 自分で荷物の管理をし、親から離れて夜を過ごす体験は、その後の大きな自信になる。

 振り返れば、我が子の保育園時代も「お泊まり保育」があり、これは子供以上に保護者が心配したものだ。
 これなどは「親離れ」よりも「子離れ」のための通過儀礼だったかもしれない。

 親元から離れて2晩過ごす、という行事は、重要な「子供から大人への通過儀礼」に位置づけられる。
 本人へのプラス効果を考えたら、修学旅行よりも影響は大きい。


  ところで「通過儀礼」には、共同体の一員として迎えるため、若者に艱難辛苦を与え、それを乗り越えさせる、という意義もある。
 恩田陸の『夜のピクニック』で有名になった「歩く会」なども、それにあたるだろう。
 難しい課題に挑戦させることに意味がある。
 無理かもしれないと思うような課題に愚直に取り組みやり通す。その達成感が自信につながり、自尊感情を育てる。

 「可愛い子には旅をさせろ」であり、
 「百獣の王ライオンは、我が子を谷底に落とし、這い上がってきた子供だけを育てる」である。

 今回の野外学習でも少々長いハイキングコースを設定した。
 8時半に集合して、おにぎりを受け取って、終了が2時。
 ボランテイアスタッフの指示でゆっくりゆっくり休憩しながらのハイキングだったが、子どもにとっては大変だったと思う。
 一緒に歩きながら、こうした活動は大事だなと実感した。
 安全性を優先して、お手軽コースだけにする手もあるが、時にはちょっと高めのハードルをチャレンジさせ子どもの可能性を引き出すことも大切だ。
 だだし、せっかくのチャレンジなのに、淡々と終えてしまっては効果はない。
 「よくがんばったね」
 「大変な課題を見事に乗り越えたね」
 「みんな1つ成長したね」
と称えることで、子ども達も自信を持つ。
 そのような演出もセットにして「通過儀礼」を仕組む配慮が必要だ。 

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June 13, 2010

経済問題は明快な答えが出ないものなのか!

 国の財政の問題は、誰もが真剣に考えないといけない。
 しかし、大きな問題であるのに、両論が存在して前に進まないのは極めて不思議である。
 中日新聞夕刊の連載「紙つぶて」で武村正義氏の指摘がある。(6月9日付)

◆国の財政赤字については
「借金も財産だ。スムーズに借金できる間は心配はいらない」という人がいる。
「日本の国には借金に見合う十分な資産がある」
「国民の金融資産は千五百兆円もある」
「日本の借金は外国から借りていない。
 家計に例えれば家族から借りているようなもの」
「貿易や経済収支が黒字の間は大丈夫」
などの意見がある。
 こうした意見に、ここでは反論する余地はないが、私にはいずれも説得力があるとは思えない。

・・・武村氏同様、財政は危機にあると心配する政治家がいて評論家がいる。

 「日本経済の真実 ある日、この国は破産します」

と題した書籍などは、明らかに、この立場である。
 小泉政権も、この立場から「痛みを分け合う」ことを国民に求めた。

 一方で、「今は緊縮の時期ではない」「国の借金は心配ない」と財政出動を擁護する政治家・評論家がいる。
 自分もこのような意見を平然と語る議員の言葉を聞いたことがある。
 このような問題ですら、どちらが正しいかに明確に決まらないということなのか。
 いや、むしろ、このような問題だからこそ、というべきなのかもしれない。
 でも、将来の展望を危惧しても「今は大事だから」 「角をためて牛を殺す」となっては本末転倒だ、という意見の方が強いのだろう。

 「今の多数の国民の生活のため」ならば、やむをえない。

 ただ、それが「今の自分の既得権益確保のため」「自分の政権維持のため」では、かなわない。

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June 10, 2010

「くれない教師」にならないように・・・。

  「お母さんの敏感期」(相良敦子著)を、久しぶりに読んで、以前とは異なる箇所にひっかかった。
  少々改変して提示する(P78~87)

 「子どもの見方」がよく分かっているお母さんは、「感性豊かに今を生きる」子ども特有の生き方をあたたかく見守り、「今の子どもの心を大切にする」おおらかな母親として生きている。だから子どもの観察レポートは「感動した・驚いた」といった言葉に満ちている。
 一方、そのような見方ができていないタイプのお母さんは、「~なってほしい」「~でありたい」という子どもへの期待や自分の願いを書くばかりで、それが目の前で実現されていることを見逃している。
 子育てをしているお母さんは、幼児期特有の行動や感受性をよく知っている人、幼児期特有の不思議な行動をする意味をわかって見守ってあげることのできる人、その意味での「子どもの専門家」であることが必要である。
 
  ここからは原文。
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  でも、難しく考えなくいでください。前にあげたように、小さな子どもが「今」「目前」でしている、大人には理解しがたい行動を「まあまあ!」とあきれ、「なぜ」と思うだけでいいのです。そこから、「子どもの専門家」への道が開かれるのです。
 見るゆとりもなく「なんですか、こんなことをして!」と一喝したり、「早くしないと、もう塾の時間ですよ!」と、大人の見方を基準にして子どもを支配していると、ますます子どもの行動を理解できなくなり、「子どもが何を考えているのかわからない」と深刻に悩まねばならない時が遠からずやってくるかもしれません。

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 座布団1枚の位置が変わったからと泣きやむ子を受け入れるには「秩序感」の理解が必要だ。
 トンネルに入ると大声を出して反響を楽しむ子を受け入れるには、聴覚の洗練の時期にあることの理解が必要だ。
 飽きることなく並べたり分けたりし続ける子を受け入れるには、分析・集合・比較・対応といった「知性の働き」のあらわれであることの理解が必要だ。

・・・先生は、時に子どもを、苦情やクレームの対象として語る。
 それは、熱心なあまりの心情だ。目の前の子を何とか高めてやりたいと思うからムキになってがんばらせる。
 我々は、子どもの専門家であらねばならないのに、子どもの行動を許容できず一喝したり「なんでこんなことを!」と叱ったりしてしまう。
 子どもの事実(子どもらしい特性)を受け入れられず「~なってほしい」「~でありたい」と願望だけを語るのは、いわゆる「くれない族」ならぬ「くれない教師」だ。
 
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 見るゆとりもなく「なんですか、こんなことをして!」と一喝したり、「早くしないと、もう塾の時間ですよ!」と、大人の見方を基準にして子どもを支配していると、ますます子どもの行動を理解できなくなり、「子どもが何を考えているのかわからない」と深刻に悩まねばならない時が遠からずやってくるかもしれません。
=====================
という相良氏の言葉は、まさに教師にストレートにぶつけられている。

 子ども理解を感性に頼っていてはいけない。
 子ども理解は、学問であり科学である。
 ただし、子どもを「プラス思考」で見るか、「マイナス思考」で見るかを考えたら、「プラス思考」の感性が求められている。子ども理解の土台は「プラス思考」である。

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June 07, 2010

適正な就労の指導

P

◆職業適正検査の実施◆

 中学校勤務時に、進路指導の一環として、職業適性検査を実施してきた。
 自分の性格の傾向を知り、自分の性格にあった職種を知るための検査だが、コンピュータで打ち出されるデータは、どちらかというと画一的で、もらった生徒も、そのデータを真剣に参考にする雰囲気もなかった。
 多くの生徒は「普通科」の高校に進学するから、どんな職種に就職するかは、進学先の高校にお任せする気持ちが強かった。
 注意を払ったのは工業科・商業科等の専門学科に進学する生徒。
 成績が悪くて普通科に入れないから工業高校に入るというようなイージーな選択は、退学を招くので、本人の意思確認が大切だった。
 とはいえ、進学学科を決めるにあたり、どれだけの生徒が「職業適正検査」の結果を参考にしていたかは疑わしかった。適性検査の結果と異なっていても、本人が「行きたい」と言えば、それを覆すことはできなかったからだ。
 
◆パーソナリテイ障害の特性と職業適性◆

 あらゆパーソナリテイ障害は重荷にもなれば、特性をうまく伸ばすことで、社会的に活躍することもできると岡田尊司氏は言う。「『パーソナリテイ障害』(中公新書)

①反社会性パーソナリテイ障害の人は、危険に対する不安を感じにくいから、武道・レーシング・危険を伴うとび職や建設現場・パイロット・自衛官などに就くことで衝動を昇華できる。

②自己愛性パーソナリテイ障害の人が示す傲慢さ・尊大さ・妥協を許さない心は、アーテイストや芸術家にとって不可欠である。

③妄想性パーソナリテイ障害の人が示す猜疑心や他人の行動の裏まで読もうとする傾向は、弁護士や役人・政治家やその参謀的な存在として頭角を現す。

④失調型パーソナリテイ障害の人は、技術革新に携わる仕事や研究者・アーテイスト・企画・宗教家・精神科医・霊能者として活躍することが多い。

⑤統合失調質パーソナリテイ障害の人は、対人関係のない職種・自然の中で孤独に取り組み仕事・黙々と続ける仕事・精神的な世界の追究に最適である。

⑥依存性パーソナリテイ障害の人は、他者を気遣い献身しなければ不安になる傾向を生かし、奉仕的な仕事に就くとよい。 

 発達障害・人格障害の人は、職業適性の幅が狭い。
 障害がなければ適正にあわない職業に就いても我慢や努力で克服できるだろう。
 しかし、人によっては、適正に合わない職業に就くことで悲劇を招くことがある。

 その意味では

A:生徒自身にきちんと自分の性格を知らせ、職業適性を知らせる
B:職業適性に合わせて就職する重要性を教える。
C:職業適性に合わせた進路選択を支援する。

ことを、教師が教師の責務としてしっかり自覚しないといけない。

 ◆社会問題となった派遣切りと適正就労◆
 
 派遣切り→ホームレスが社会問題になった時、
「働き先なんて探せばいくらでもある。選り好みしている場合ではない。彼らはわがままなだけだ」
という厳しい指摘もあったが
「機械工をやってきた人に、農業をやれ・介護をやれというのは無理は話だ」という同情論があり、
「農業・介護をバカにするな」
という特集雑誌もあった。

 そのことを上記の①から⑥に合わせてみると、よく分かる。
 
 適正に合わない職業に就くのは容易なことではない。
 発達障害・人格障害ならなおさらだ。
 適正就労に対する見通しを示すのも、教育の大切な役割なのである。

 たとえば、キャリアマトリックス(CMX)と呼ばれる職業情報・キャリアに関する独立行政法人のサイトがある。
http://cmx.vrsys.net/TOP/
 進路についての解説や、手軽な適正検査問題などがある。

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 職業や進路の選択は、人生の選択です。これからの人生において繰り返される生き方の選択の第一歩です。たとえ後でその選択を変更することになっても、今の時点でベストと思える選択をすることが大切です。
 多くの人達からのアドバイスを受けながら、自分の意思で職業や進路を選択し決定していくことが、自立した人生の始まりといえます。
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といった解説は、極めて当然の内容だ。
 
 繰り返しになるが、ごく普通の人ならば、本人の努力次第で、適正と異なった職業に就いても適応できる。
 しかし、適正就労の選択幅が狭い人・適正就労が欠かせない人もいる。

 小学校では「適正就労」など、ほとんど意識されないが、将来の「自立」を考えたら最重要課題である。

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