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July 31, 2010

ノーベル平和賞の「マイクロクレジット」と、日本の消費者金融の「総量規制」

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 ノーベル平和賞を受賞したバングラデシュのムハマド・ユヌス氏。
 次のサイトに詳しい。

http://allabout.co.jp/gm/gc/50940/

ユヌス氏が目指すのは貧困の撲滅です。「世界の貧困人口を2015年までに半減させる」ことを掲げ、新しい発想で貧しい人たちに融資をし、一方的な援助ではなく、自立を促す事業を展開していることから「貧困なき世界を目指す銀行家」と呼ばれています。

 ユヌス氏の行っているのは「マイクロクレジット」

マイクロクレジットとは、少額無担保融資の意味を持ちます。工芸や畜産、農産物の加工、小売業などの小さな事業を興すために必要な数ドル、数十ドルという少額の資金を、資産や土地などの担保を持たない人に貸し付けるという事業です。

 担保のある金持ちほど融資を受けられ、担保のない貧しい人ほど融資を受けられない(貧困から抜けられない)問題を解決するための方法である。

女性は子どもの栄養状態を向上させ、教育のためにお金を使います。さらに、長期の将来の見通しを持ち、貧困から抜け出したい、今よりよくなろうという気持ちが男性より強い傾向があるといわれます。ユヌス氏は、女性の持つ力を信じ、支援することで、貧困の悪循環からの脱却を目指したのです。
今では融資を受けている人の95%が女性、そしてその返済率も99%に達しています。(2005年の実績)
農村の子どもたち。融資を受け、仕事が軌道に乗ることで、子どもの栄養状態や着るものに変化が見られます。充分な教育を受けさせ、大学へ行かせたいという希望を持つ親も少なくありません。

 国や公共のサービスは、民間ではやれない不採算の融資にも関与することのようにも思うが、昨今、利益の上がらない事業は公共でも批判の的である。
 さて、ノーベル平和賞に値するこの少額無担保融資。
 今、話題の「消費者金融の総量規制」が、その対極にある。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20061023/112169/
 2010年6月に導入された無担保消費者ローンの「総量規制」。
 年収の3分の1を超えて借りている人、所得証明書の提出がない人、専業主婦など無職の人などとの取引をストップされる。

 要するに返済能力のない人は融資を受けられないわけだ。
 むろん、このような規制をすることで無茶な借り入れはできなくなる。
 そのような規制で「雪だるま式に借金が膨れあがる」という事態は回避できるかもしれない。
 しかし、一方で、融資が受けられないからと「ヤミ金融」に頼る事態も生じてくる。
 そうなれば、よかれと思った規制がかえって、多くの貧しい人を苦しめることになる。

 世の中にはパチンコやギャンブルに興じるために借金する人もいるわけで、バングラデシュで 「子どもの栄養状態を向上させ、教育のためにお金を使い、さらに、長期の将来の見通しを持ち、貧困から抜け出す」という目的をもった志のある借金とは事情が違う。

 「志のある借金」かどうかの見極めが難しいので、日本ではやむなく「総量規制」が入ったのだろう。
 本当に困っている人への「セーフテイネット」が、どこにあるのか、それが問題だと思う。

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July 25, 2010

PISA型の話し合い

東京書籍4年「夏のわすれもの」は、「物語の盛り上がり」を考えさせる課題がある。
 いわゆる「クライマックス」の検討である。
 東京書籍6年「ヒロシマの歌」は、「物語が強く語りかけてきたこと」を考えさせる課題がある。
 いわゆる「主題」の検討である。
 「クライマックス」や「主題」の検討それ自体を批判する気はないが、定義がはっきりしないと話し合いがかみ合わない。
「自分はここだと思う」と各々の「盛り上がった部分」「物語が語りかけてきたこと」を発表し合って、どんな意味があるのか・・・。 
 たしかに、1つのクライマックス・1つの主題・1つの解釈に絞り込むような話し合いは、現代的な課題にはそぐわない。
 PISA型読解力の問題は「A・Bどちらの立場でもいいから自分の意見を述べなさい」であった。
 1つの正解(教科書や教師の解釈)を追い求めるのではなく、自分はどう思うかを考える習慣が求められている。
 
 それにしても 「カレーが好きな子」と「ラーメンが好きな子」が、各々理由を述べても、嗜好の問題だからかみ合わないと思っていた。
 確かにカレー好きな子を説得してラーメン好きに変えることは容易なことではない。
 しかし話し合いは、デイベートではない。いずれか一方に裁定する必要もないし、論破する必要もない。
 
◆自分はカレー派だけど、ほかの人はどう思っているのかな?
◆自分はカレーの好きな理由がうまく言えないけれど、みんなはどうやって言うのかな?
◆自分はカレー好きだけど、ラーメン好きの人の理由を聞いてみたいな。
◆カレーの良さを、いっぱいアピールして、みんなにも分かってもらいたいな。
◆自分はカレーが好きなんだけど、話を聞いていてラーメンもいいなあと思えてきたぞ
◆自分がカレーが好きな子の方が圧倒的だと思ったけど、ラーメン好きが多かったので意外だった。
というように、話し合いの最中に、少しでも個々の意識に「化学反応」が起きればいいわけだ。

 当然だが、上記の「カレー・ラーメン」の部分を一般化すればいい。

◆自分の意見は○○だけど、ほかの人はどう思っているのかな?
◆自分は○○の意見の理由がうまく言えないけれど、同じ○○の意見の子はどうやって理由を言うのかな?
◆自分はの意見は○○だけど、△△の人の理由を聞いてみたいな。
◆○○の意見の良さを、いっぱいアピールして、△△の子にも分かってもらいたいな。
◆自分は○○が好きなんだけど、話を聞いていて△△もいいなあと思えてきたぞ
◆○○の意見の方が圧倒的に多いだと思ったけど、△△の意見も多かったので意外だった。

 これが、キムタクの言うところの「違いを知るための『話し合い』」である。

 フィンランドメソッドに詳しい北川達夫氏の言うところの
 ①自分がどういう気持ちかを他人と比較する。
 ②自分と違う意見が存在することを知る。
 ③他者を通じて自分を知る
である。

 だから 冒頭の物語教材の場合、課題の定義があいまいで、かみあわないかもしれないが
「一番大切な文=作品の盛り上がったのはどこか」
「物語が強く語りかけてきたことは何か」
を、自分の意見を堂々と述べればいい。
 明らかな誤読でないなら相手の意見を無理に説得する必要もないし、自分の意見に固執する必要もない。
 
 このような「からみ合い」が起こる理想的な「話し合い」が成立するには、以下のような条件のクリアが必要だ。

◆話し合いは,「発表会」とは違う。順番に1人ずつ話をするだけでは成立しない。 
◆話し合いは、聞き合いでもある。
 自分以外の子が、どんな意見を言うのかを楽しみにして耳を傾ける習慣がないと成立しない。
◆そして、話し合いは、伝え合いでもある。
 自分の意見をただ言うだけでなく、どう言ったら興味を持ってくれるか、どう強調したら別の意見の子にも伝わるか。
 「聴衆」を意識してプレゼンテーションする習慣がないと成立しない。


・・・これが、現在、文科省が主張している「言語活動の重視」「伝え合う学習」の本意とつながってくる。
 たった1つの正解志向をしようとしていた自分の方が古くて誤っていたのだ。

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July 18, 2010

キムタクのセリフはPISA対応だった!

 国語の授業研究をしていて、ふと、キムタク主演のドラマ「CHANGE」の一場面を思い出した。
 当時、自分の周りでは、ちょっと話題になったセリフだったが、いかがだったでしょうか?。

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1417307774

木村
「以前僕は小学校の教師をやっていたんです。
去年は五年生を受け持っていたんですけど、とにかくよく喧嘩するんですよ。
でも、中には陰湿なものとかがあって、そこからいじめに繋がっちゃったりもするんですけど……。
そういう問題があったときには僕は子供たちにこういう風に言ってました。
『考えよう』って。
『クラスメートなんだから、気に入らない事とか納得できない事とかあったら、自分の言いたい事はちゃんと相手に言って、相手の言うことはちゃんと聞いて、それでお互いにとことん考えよう』って。
『そうすれば……』」

平泉
「分かり合える。」

木村
「いえ、相手と自分は違うんだということに気付くんです。
同じ人間だと思っているから、ちょっと否定されただけでむかついたり、誰かが一人別行動取ったら『何だあいつ』って。
そっから喧嘩とかいじめが始まるんです。でも、同じ人間なんていないじゃないですか。
みんな考え方も事情も違う人間ですよね。
だから、僕は子供たちに自分と相手は違うんだっていうことを理解してほしかったんです。
その上で、じゃあどういう言葉を使えば、自分の気持ちが相手に伝わるのか、どうすれば相手を説得できるのか、そこを考えろって言ってきました。
外交も同じだと思うんですよ。
先程ビンガムさんがおっしゃった通り、僕たちは同盟国です。
でも、やっぱり違うんですよ。日本とアメリカは。
だからビンガムさんが思っていることとか、言いたい事があったら、全部言ってください。
僕もそうしますから。日米構造協議は今年で終わったわけじゃないですよね。
だから、これからもっともっと、とことん話し合いましょうよ。そうすれば、お互いが納得できる答えがきっと見つかると思うんです。」


・・・これは「互いに分かりあうための話し合い・結論を1つに絞るための話し合い」ではなく「互いの意見の違いに気づき、違いを受容するための話し合い」に意義があることを示唆している。

 「いえ、相手と自分は違うんだということに気付くんです」

 この「いえ」で引き出された「違いに気付く」という部分が、この回のクライマックスだったかもしれない。
 「話し合えば分かりあえるのではない。話し合えば違いに気付くのだ」
という発想は、多くの視聴者には意外だったと思う。
 何年も前のドラマの一節だが、印象に残っているのは、これも「PISA型だな」と感じたからだ。

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July 14, 2010

「ヒロシマのうた」(6年)を6時間で授業すること

「ヒロシマのうた」(東京書籍6年)は,教科書(指導書)では6時間完了となっており,指導書の「学習の流れ」は次のようになっている。
 ①   学習の流れをつかむ(全文通読・初発の感想交流)
 ②~④ 時間の流れに即して物語を読み取る
  (3つの場面ごとに人物の心情や様子を読み取る)
 ⑤   題名について考える・最も強く語りかけてきたことを書き、話し合う
 ⑥   興味をもったテーマに沿って本を選ぶ・選んだ本や物語を読む
 指導書には一読に要する時間が38分とあるから,最初の1時間で感想交流させることは難しい。
 
たまたま見かけた授業実践も15時間で扱ってい)。
 場面ごとの読みが各1時間になっているが,特に3場面の9Pは長いし,内容も濃い。
 しかし「読解力向上プログラム」(文科省平成17年)に

「学習指導要領国語では、言語の教育としての立場を重視し、特に文学的な文章の詳細な読解に偏りがちであった指導の在り方を改め~」とある以上、1 教材の読解に何十時間もかけるような「詳細な読解」の授業は慎まなければいけない。
確かに前後に配置された「話す・書く」のような単元を整理して時間数を捻出する方法もある。ただ,「ヒロシマのうた」を6時間で終えるような意識改革(内容の厳選)が求められている。
実は、2月教材の「海のいのち」も12時間完了だが,「読み」の活動は感想を書いたり発表し合ったりの時間を含めて6時間である。
 中学校の作品読解も大半が5~6時間完了である。
 やはり、短時間で「メリハリ」のある読解指導をする必要があるのだと言えよう。
 時間捻出の方法としては,次の方法が考えられる。

 クライマックスと言える第3場面で1時間の授業の組み立てを想定し,次の時間の主題指導がスムーズに 流れる布石となるような読み取りの授業を進める
 要するに最初から第3場面の場面読みと次時の主題読みの時間とを合わせ,2時間の組み立てを想定する。
   (主題指導をすれば、必然的に3場面の読み取りが求められるから)

 場面構成を分析してみると、
① この作品は視点人物の稲毛さんの見た世界・感じた世界が描かれており,ヒロ子の主観は描かれていない。ヒロ子の心情らしい箇所はあるが、どれも稲毛さんの「思い」である。ただ,子供たちは同年代であるヒロ子の立場に立って読む。それは受け入れて授業を仕組むべきだと思う。

② 3場面では,実際に語られたヒロ子と実の母親との関係=1場面に描かれた状況は省かれている。稲毛さんやお母さんが「本当の出来事」を伝えるのをためらった背景を考えるには1場面の悲惨な描写の読みが必要であり,3場面でヒロ子に語り伝えた内容も1場面の内容だという事実をきちんと子供たちに認識させたい(時間に余裕があれば,1場面を振り返らせたい)。

  「『わたし』と十五歳になったヒロ子の心情を読み取る」ために指導書には、以下の発問がある。
 しかし、これらを1つずつ用いていたら、とうてい1時間では終わらないだろう。
  ・「話すきっかけができなかったのはなぜだろう」
  ・「なぜ今話さなければならないと思ったんだろう」
  ・「窓の外のとうろうを見ながら話したのはなぜだろう」
  ・「ヒロ子ちゃんがにっこり笑ったのはなぜだろう」
  ・(「わたし」を安心させようとしているヒロ子の気持ちをとらえる)
  ・(「わたし」の心情を考える)
  ・(この時のヒロ子の気持ちを想像する)
  ・「最後の一行には,どんな意味がこめられているのだろう」 

 ◆ 2場面に
  「この子は何も知らないのだな。幸せだな」
  「やはり,本当のことを言った方がいいのでしょうか・・。」
とある。
 「知らないことが幸せなのか」「本当の事を言うべきか」を意識して読めば,作品全体を貫く問題意識にもなりうるが、子ども相手に授業してみないと何とも言えない・・・。

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July 05, 2010

トイレは生徒指導の最重要ポイント!

 中学校の若い先生と話す機会があった。
  「○○中学校のトイレはどう?」と尋ねた。
 質問の意味が分からなかったようだ。
 トイレは再重要ポイントだぞ、と言いながら少し補足した。
 トイレの大きさや作りは学校によるので一概には言えないが

◆トイレは、諸悪の根源になることが多い◆

・おかし・喫煙の現場
・いじめ・呼び出し・けんか・恐喝の現場
・ストレス発散の器物破損の現場

などである。だから、
 授業直前には男子トイレは、「そろそろ時間だぞ」と言いながらのぞく。
 空き時間も、のぞく
 下校後も、のぞく
というチェックをして、早期発見に努める必要がある。

 日々注意していれば
「いつから破損しているか」
「お菓子のごみはいつからあるか」
などがハッキリできる。ハッキリさせ証拠固めしないと指導ができない。
 指導がなければ、生徒は「バレなかったらいい」とばかりに行為をエスカレートさせる。


◆たばこの臭い・甘いお菓子の臭いは、すぐ分かるから、トイレの中にまで踏み込んでチェックする。
◆トイレの窓から外に給食のデザート類やお菓子の包みを投げ捨てることがあるから、校舎下もチェックする。
◆どやどやとトイレに大人数で押し掛けたり、たくさんの人だかりがあるような場合は、きちんと確かめる。ケンカの可能性がある。

というような話をしたら感心していた。
 こんな話もきちんと伝えていかないといけないのかもしれない。

 ちなみに、いじめられっ子は、トイレに行けないことが多い。用を足してるところをからかわれるからだ。大便などは、いじめられっ子でなくても用を足せない。

 学校の1級の少年たちが校舎内に入ってこない学校の場合、2番手・3番手の少年たちがトイレで悪さをする。
 冗談みたいな話だが、1級の少年たちに「おい、最近、トイレでたばこを吸っとる奴がいるけど、お前らじゃないよな」とカマをかけると、犯人を探してくれることがある。「俺らの知らないところで、イキがっている連中は許せない」という意識が働くからだ。

 第一次欲求なので、「給食の時間」と「トイレという場所」は、極めて弱肉強食が現れやすい。
 しかも部室と違って不特定多数の出入りがあるから、誰が悪さをしているかがつかみにくい。 
 トイレは生徒指導上の最重要ポイントである。トイレは先生に隠れて悪さができる「聖域」だと思わせてはいけない。

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July 04, 2010

国語の読解授業が、どう変わったか。

 「日本の中2読解力低下」というセンセーショナルな見出しで話題になったPISAの学力テストの問題で、特徴的だったのは、問題文を読みとった上で自分の考えを記述させる問題パターンだった。

◆どちらの手紙に賛成するかは別として、あなたはどちらがよい手紙だと思いますか。片方あるいは両方の手紙の書き方にふれながら、あなたの答えを説明してください。

これは、従来の読解の授業では対応できないもので、実際、他国に比べて「無回答」の割合が多いことも話題になった。(ただし『やまなし』の授業実践に代表される向山型・分析批評型の授業は、このような問いに十分対応する授業を展開していた)。

◆たった1つの主題(作者の思い・教師の解釈)にたどりつく正解志向の授業
◆読み取りに大半の時間を使い、自分がどう思うかを表現する時間を確保しない授業
◆言葉の根拠をもたなくても、自由に思ったことを言えばいい正誤があいまいな授業
◆テーマ指定をせず、自由に感想文を書かせる授業


 PISA型2000年と2003年のPISA調査の結果を踏まえた「PISA調査(読解力)の結果を踏まえた指導の改善」には、次のようにある。
========================
 また学習指導要領国語は、言語の教育としての立場を重視し、国語に対する関心を高め国語を尊重する態度を育てるとともに、
豊かな言語感覚を養い、互いの立場や考えを尊重して言葉で伝え合う能力を育成することに重点を置いて内容の改善が図られている。
特に、文学的な文章の詳細な読解に偏りがちであった指導の在り方を改め、自分の考えをもち、論理的に意見を述べる能力、
目的や場面などに応じて適切に表現する能力、目的に応じて的確に読み取る能力や読書に親しむ態度を育てることが重視されている。

・・・この中の「特に、文学的な文章の詳細な読解に偏りがちであった指導の在り方を改め」の部分が、新学習指導要領の1つのキーワードになっている。
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/gakuryoku/siryo/05122201/004.htm#top

 「読解力向上プログラム」文部科学省平成17 年にも、同様の記述がある。

 PISA調査は、読解の知識や技能を実生活の様々な面で直面する課題においてどの程度活用できるかを評価することを目的としており、これは現行学習指導要領がねらいとしている「生きる力」「確
かな学力」と同じ方向性にある。また、学習指導要領国語では、言語の教育としての立場を重視し、特に文学的な文章の詳細な読解に偏りがちであった指導の在り方を改め、自分の考えをもち論理的に
意見を述べる能力、目的や場面などに応じて適切に表現する能力、目的に応じて的確に読み取る能力や読書に親しむ態度を育てることが重視されており、これらはPISA型「読解力」と相通ずるもの
がある。

◆言語教育の立場・・・・道徳的な心情の読みに終始しないよう、言葉を根拠にした客観的・論理的な議論を仕組む。
               
◆伝えあう能力の育成・・。マーク方式や選択型では育てられない力で、自分の感じたことや考えたことを「書く・話す」という形で表出することを仕組む。               


 1年に2度ほどある小学校での文学作品の読解は、主として3読法を用いる。おそらく、それは今も以前も変わらない。

①通読・・概観を読み、初発の感想
②精読・・段落ごとの詳細な読み取り
③味読・・全体のまとめ(読後の感想)

 各段落の精査に1・2時間かけ、最終段落はさらに時間をかけてきた。
 だから、1教材の読解で15時間~20時間かけるような実践がざらだった。
 今なら、この時間内に「音読発表」や「感想交流」などの時間が含まれる。
 それだけ読解そのものの時間は圧縮されることになる。

 それはPISA型読解力の定義「書かれたテキストを理解し、利用し、熟考する能力」と関連があるとも言える。
 従来なら「テキストの理解」だけに時間を費やしてきたが、同じ配当時間で「テキストの理解+利用+熟考」まで実施せざるをえなくなった。
 正しくは、「話す・聞く活動」や「書く活動」への配当時間が増えたので、さらに読解時間は削減されている。
 今や、中学校では1つの文学作品の正味の読解の時間に3時間もかけられないことがある。とても場面ごとの読みにこだわってはいられない。
 これは説明文教材も同じで、すべての段落に小見出しをつけ、要約し、文章構造図をつくるといった悠長な精読をしている余裕はない。
 従来よりもコンパクトに効率よく指導する必要がある。
 作品の特徴に合わせた指導内容の選択と精選が求められている。  

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冷静な金銭感覚の議論

 日本の国会議員の歳費はは年額約2200万円(手当てを含めた総額は約4200万円)と世界最高水準だそうだ。
 ちなみに、あるニュース記事によると日銀の白川方明総裁の2009年度の報酬が3492万円。両副総裁は2759万円。

 議員1人約5000万円(いろいろ含めて1人1億)は高額だと言う批判もあるが、本当にそうか。
 日産のゴーン社長の9億円は破格だとしても、1億を超える社長は多い。
 売れっ子の芸能人だって年収1億を超える。アイドルもコマーシャル1本で何千万円のギャラだと言われる。
 某ニュース番組のキャスター自身の年収は5億だと聞いた。国会議員や高級官僚より高給をとって何が庶民感覚かと聞いてあきれたものだ。
 プロ野球選手だってトップクラスは1億を超える。
 20歳そこそこで1億円プレーヤーにもなれる。それが1つの「憧れ」にもなっている。
 
 だから、国のトップにあたる議員も(トップ官僚)も1億円以上の年収があってもかまわないではないかと私は思う。
 それは、将来の人材確保の意味もある。そのような金銭的な保証がないなら、議員を志さないで民間へ流れてしまう。

 かつて分数ができない大学生がいることが「クレージー」と言われた。
 その時、分数ができない学生が入学できることが「クレージー」なのだという反論があった。
 同じレトリックが使える。
 
 5000万円という議員の歳費が「高額でクレージー」なのではない。
 その報酬に見合わない人物が議員として選出されてしまうことが「クレージー」なのだ。

 官僚と違って議員は国民が選出する。
 国民が「高級な歳費に見合う人物」を選び、「購入な歳費に見合う仕事をしているかどうか」を見定めていくしかない。
 
 1人5000万円の議員を10人・20人削減することは、国家にとって必要な節約なのかどうか、目先の金額で右往左往するべきではない。 

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