【発表】世間へ表向きに知らせること。広く知らせること。
【発言】言葉を出すこと。意見をいうこと。はつごん。
( 大辞林 第二版より)
ということで、発言・発表の違いは分かるような分からないような・・・。
個人的には
【発表】:事前に原稿作成などの準備をして人前で話すこと
【発言】:その場で臨機応変に話すこと
というように勝手に定義して、これで結構使えるなあと感じている。
このように区別して説明したら「それ、いいですね」と共感していただけたこともある。
訓練して成果が上がりやすいのは【発表】である。
場を設定して、事前に発表原稿をチェックして、アドバイスして、というような行為を繰り返せば、子どもも安心して人前で話すことができる。
◆あらかじめ言うことを決めてある
◆場合によっては、内容を先生に認知してもらっている
という自信があるからだ。
それに比べると【発言】の指導は難しい。
子どもも教師も事前のチェックができないので、でたとこ勝負になりやすい。
だから
◆自分の思っていることを原稿もないのにスラスラ言えない。
◆合っているかどうかも分からないのに、人前で意見を言えない宇。
と思っているような子は、なかなか挙手・発言などしない。
かつて野口芳宏先生の「ノート発言」という方法を教わったが、それはどちらかというと【発表】に近い。
中学校では、なかなか【発言】がないので、すぐにノートに発表原稿のように意見を書かせ、それを事前にチェックして指名発表させてきた。
当然ながらそのような指導しかしないのであれば【発表】の訓練にはなっても【発言】の力は伸ばせない。
どうしたら積極的な【発言】ができるようになるのか。
場作りや人間関係作りや音読練習や朝の会のスピーチなどを繰り返しても、それだけでは【発言】指導としては物足らない。
発言の持つ「即興性」に特化した指導のポイントが必要なのだ。
私は、問題点の指摘はできるのだが、具体案があまりない。
ちなみに「朝の会のスピーチ」は【発表】の訓練である。事前に準備できるからだ。
このスピーチを【発言】レベルのその場の思いつきで言う子がいたら注意した方がいい。
一方「朝の会のスピーチに対する質疑応答」は、【発言】の訓練である。
その場で聞いた情報に対して即座に質問をする。質問にその場で答える。
なかなかいい質問ができる子・明快な回答ができる子は【発言】上手なのだと言える。
お店屋さんのインタビューなどで悲しいのは事前に準備した質問は【発表】できるが、その場で臨機応援に鋭い追加質問を【発言】できないケースだ。
おきまりの質問より、その日に話した内容を受けた質問の方が相手も喜んでくださる。
その意味では、【発言】者の存在は貴重であり、【発言】指導は極めて重要なのである。
【発表】は、事前準備しておいてから話すから、話す内容には、ある程度の自信がある。
訓練を積めば【発表】は何とかできるようになる。
一方の【発言】は、その場の思いつきやひらめきが主だから、話す内容に誤りがあるかもしれない。
だから、まちがいを恐れる子や自信のない子はなかなか発言しない。
でも、そんな【発言】も、段階を踏まえれば少しは言いやすくなる。
たとえば俳句の季節を聞く。
ちょっと難しめの俳句で、根拠も聞かれるとなると、自信のない子は手が挙げられない。
これは、
(1)季節が正しいかどうか自信がない
(2)根拠が正しいかどうか自信がない
の2つの不安があるからだ。
この場合、
(1)理由はあとでいいです。まず、季節だけ答えてみてください。
(2)この場合、季節は秋なんです。さあ、理由がいえる人?
と2段階で問えば、上記の(1)の不安はクリアされている。
まずは答えを聞いて、答えを確定させる。
→答えだけなら【発言】しやすい
その後で、その答えの理由を【発言】させる。
→答えは分かっているので、少しは安心して【発言】しやすい
という構図になる。
この手法を延長したのが「証明」問題だ。
あるいは「これはまちがいです」とはっきりさせておいて、その間違いを確かめる「反論」の問題だ。
【発言】をしやすくする手だての1つが、証明問題や反論問題である、ということは以前から分かっていたのだが、【発言】を2段階で考えたのはつい最近のことである。
音声言語の特徴の1つは即時性にある。
文字に書いていたら時間が経過して間延びしてしまうが、音声言語ならその場で対応できる。
その即時性が音声のよさなのだから、事前準備のない【発言】は、特に音声言語の本領を発揮させるチャンスなのである。
逆に言えば準備してから話す【発表】は、音声言語の「即時性」には対応してないということになる。
しかし、私は中学校の実践時、参加度を高めるように・意見を言いやすいように、まずはノートに意見を書かせてから意見を言わせることが多かった。
「ノート発言」に頼りすぎた授業展開だったから、【発表】型の【発言】をよしとしてしまったということだ。
ついでにいうと【スピーチ発表】の際は発表原稿を作成したのだが、大半の生徒は原稿を読み上げる形になった。
原稿なし→ちらちら見る→原稿を読む の3段階で指導するのだが、まじめな子でも(まじめな子ほど)最後まで原稿なしに挑戦しなかった。
【発言】の訓練を怠ると、子どもはますます【発表】型に頼るようになる。
入試の面接対策として、マニュアルを作って予想問答を作成して、事前に練習をしたが、練習すればするほど機転の利かないつまらない回答になってしまう。
それでも、とりあえず安全策として事前準備を行ってきた。
とにかく、その場で機転を利かす【発言】を進める手だてが不足していた。
今になって、そのことを反省し後悔もしている。
このような自分の指導のいたらなさに気が付いたのは、若い先生の実践レポートだ。
その先生は、スピーチやデイベートの際にも「メモ」程度しか書かせないという指導に徹した。
私は、そのまま読み上げればいいような形で書くことをOKとしてきたし、自信のない子は、ノートをそのまま読めばいいと勧めさえした。
これでは【発表】の力は育っても、【発言】の力は育つはずがなかったのだ。
もちろん、自分だってすべての場面で「ノート発言」をさせたわけではない。
【発言】中心に臨機応変のやりとりを楽しんできたことも多い。
しかし【発言】【発表】の区別は自覚してはいたものの、【発言】の訓練のステップは自覚できていなかった。
若い先生が「メモ書き」に徹したことは、【発言】=音声言語の特質を十分理解し、原稿丸読みの【発表】に頼っていたらいつまでも【発言】できないという危機意識があったからだ。
そこを踏まえた実践に感服する。
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