« June 2011 | Main | August 2011 »

July 31, 2011

『永遠の0』  百田尚樹


Cover_2


今年の夏も、書店に『永遠の0』が平積みになっている。
とてもいいことだと思う。
零戦パイロットであった祖父の秘密を、関係者から聞き取りで次第に明らかにさせていく構成も見事。
ラストも見事。
そして、実話ではないにしろ、戦争当時の状況・特攻部隊の悲惨さと勇敢さを知るには、実に貴重な1冊だ。
数冊、特攻部隊や太平洋戦争の実話ものも購入したが、作家による脚色がない分だけ読み進めるのが難しい。

『永遠の0』の詳細は、下記のサイトに詳しい。

http://www.bookclub.kodansha.co.jp/books/topics/eiennozero/

日本軍敗色濃厚ななか、生への執着を臆面もなく口にし、仲間から「卑怯者」とさげすまれたゼロ戦パイロットがいた……。 人生の目標を失いかけていた青年・佐伯健太郎とフリーライターの姉・慶子は、太平洋戦争で戦死した祖父・宮部久蔵のことを調べ始める。
祖父の話は特攻で死んだこと以外何も残されていなかった。 元戦友たちの証言から浮かび上がってきた宮部久蔵の姿は健太郎たちの予想もしないものだった。凄腕を持ちながら、同時に異常なまでに死を恐れ、生に執着する戦闘機乗り……それが祖父だった。
「生きて帰る」という妻との約束にこだわり続けた男は、なぜ特攻に志願したのか?
健太郎と慶子はついに六十年の長きにわたって封印されていた驚愕の事実にたどりつく。

 実話か創作かにこだわる必要はない。
 どうせ「実話」本にしたって、編集者や作家の意図によって切り取られた事実に過ぎない。
 ならば、緻密な取材を基にしたフィクションだからと否定する必要はない。
 読みやすいフィクションが、太平洋戦争について伝えるきっかけになるのなら、これは大いに利用すべきだし広げるべきだと思う。

 ちなみに、フィクションながら、太平洋戦争についての深く考えさせられた他の作品。

◆横山秀夫  「出口のない海」
◆浅田次郎  「日輪の遺産」

この2冊も、中学生にお薦めである。

| | Comments (15) | TrackBack (0)

July 21, 2011

プレゼン極意の本!

09495072011


「実践!英語でしゃべらナイト7月号」のテキストを買った。
 たまたまテレビで見た番組に衝撃を受けたからだ。
 
◆ プレゼンの極意は、2300年前にギリシャでアリストテレスが「修辞学」で述べている。

とはびっくり。大学でさぼった「哲学」の領域か。


◆修辞学は公衆に向かって効果的に話し、伝える技術です。
「公衆の面前で話すこと」、つまりプレゼンテーションの極意がここにあります。
アリストテレスは、公衆の面前で話すこと(プレゼンテーション)は、3つの要素(ロゴス、パトス、エトス)のバランスだと言いました。P19

 ロゴス・パトス・エトス・・・聞いたことはあるが、全く忘れていたし、本気で考えたことも、「これは使える!」などと思ったこともなかった。
 知らずにいたこと・気付かずにいたことで、これほどショックを受けたのも久しぶりだった。

 ロゴス(論理)
 パトス(感情)
 エトス(信頼)
の3つのバランス。

◆アリストテレスはこう言いました。「人間はとても感情的な生き物である。人を説得しようとするとき、私がどんなに論理的でも、もし感情に訴えかけることができず、自分の味方についてくれるような感情を彼らに井田かせることができなければ、その説得内容が何であれ、すべては無駄」なのだと。(P36)

 これは自分の正しさだけを攻撃的に主張するパッシブでは相手を説得できないと述べる「アサーション・アサーテイブ」の考えとも通じる。

◆アリストテレスはロゴス、パトス、エトスの3つのうち、エトスを最重要としました。なぜでしょう? P54

という問いに対する解説の納得。中身の濃いテキストだった。

 エトスの要所をメモ書きしておくと

①聴衆は最初の2分であなたを判断します。
②プレゼンで信頼感を与える最良の方法は、聴衆を一番に考えることです。
③最終的にはあなた本人が聴衆に受け入れられ、信頼されるかどうかにかかっているのです。

 自分は、これまで、ロゴス(論理)ばかり優先してきたように思う。
 だから、アサーションを知った時も反省した。
 そして、今回、聞いたことのある言葉であるにもかかわらず、パトス・エトスについて全く記憶になかった自分が、いかに独りよがりであったことかと恥じ入るばかりである。

| | Comments (7) | TrackBack (0)

立ち読みした本の覚書

立ち読みしてストレス発散した複数の本の記憶。
 書名も不明なのだが、何箇所か鮮明に覚えている。
 ひょっとしたら「買わないぞ」と決めた時点で、脳が必死に覚えようとしたのかもしれない。

①下請会社は、1・2割の値切りを要求されると無理をしてコストカットせざるをえない。
 しかし(松下幸之助のように)5割の値切りを要求されると、これはもう何か劇的な改造をしないと対応できない。
 だから、むしろ5割の値切りを要求される方が会社のためになるのだそうだ。

②これと同様のことが残業にも言える。数時間残業すれば何とかなると思っていると仕事のやり方そのものはいつまでたっても変わらない。
 しかし、残業禁止となれば、従来の仕事のやり方を根本的に変えざるをえなくなる。
 だから、残業はしないと自分に課して工夫するのがよい。
 無理難題をふっかれられた時ほど、劇的な変化のきっかけになる。

③カバンに「とりあえず入れておく」や、机の上に「とりあえず置いておく」という態度がよくない。
 予定が明確になっていないからカバンの中身が決まらないのであって、その日の予定を明確にすればカバンの中身は出かける前にぐっと精選できる。
 同様に、机の上は本来仕事をする場所なのだから、仕事ができないほど書類が積んであることが異常。

④職場がきれいだと仕事のモチベーションが上がる
 豪華な装飾品が社員のモチベーションを上げるなら安い投資である。
 社内に豪華なレストランがあっても社員が喜ぶなら安い投資である。
 毎日タクシーに乗っても満員電車のストレスから解放されるなら安いものだ。

⑤有能な社員に多くの仕事を与えてはいけない。
 彼らは自分がすべき仕事を見つける能力があるのだから、仕事を与えてしまうのはもったいない。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

July 10, 2011

議論のためには共通の「数値」が必要だ。

 自然再生エネルギーの話題の中で、「集光型太陽光発電」というものを知った。
 6月20日の中日新聞にも特集記事が掲載された。

 宮崎大学と産学共同研究をしている大同特殊鋼のHPにも次のようにある。

 ソーラーパネルに当たる光が2倍になれば、発電量も2倍になります。逆に、同じ発電量で構わないのであれば、太陽電池の量を半分に節約できます。100倍に集光すれば、半導体素子も100分の1に減らすことができ、コストは大幅に下がります。原理はシンプルです。

http://www.daido.co.jp/products/cpv/

 研究が進んでいることと、実現化とは別である。
 研究が進んでいるから、この夏の電力危機が回避できるわけでもない。

 その意味で大事なのは、
◆本格的な実施(市場参入)は、いつになるか。
◆それまでの電力不足をどう補うか。
である。

 廃炉までは数十年がかかるというニュースが報じられた。

東京電力福島第一原子力発電所の事故で、東電と原子炉メーカーが検討している廃炉に向けた中長期的な工程表案が明らかになった。早くて3年後に使用済み燃料プールから燃料の取り出しを始め、10年後をめどに原子炉内の燃料を取り出し始める。原子炉を解体して撤去する廃炉まで、全体で数十年かかるとしている。
http://www.asahi.com/national/update/0709/TKY201107090574.html

 廃炉にする計画と、廃炉の完了は別である。
 廃炉の計画が立ったから、放射線漏れの心配が全てなくなるわけではない。これから数十年、慎重な取り扱いが求められる。

 その意味で大事なのは
◆現在の危険な状態に、どう対処するか
◆廃炉までの、安全確保をどうするか

である。

 原発を直ちになくしましょう
 自然再生エネルギーを直ちに促進させましょう

という機運が高まったとしても

◆原発に代わる電力確保は容易ではないし
◆たとえ原発を廃炉にするまでには数十年かかるし
◆夢のような再生エネルギーがすぐに実現化できるわけでもないし
◆再生エネルギーの割合が簡単に30%40%になるわけでもない。
 それは夢のまた夢だ。

 時期やコストや比率などの「数値」で語るべきなのに、その数値が話題にならないので、各々勝手な意見になってしまう。
 募金でまかなえる金額と実際の震災復興にかかる金額にはケタ違いの差があるように、原発の供給電力と再生エネルギーの供給電力ではケタ違いの差がある。

 だからこそ、同じ土俵で議論するには共通のデータや「数値」が必要である。

| | Comments (1) | TrackBack (0)

子どもの実態に合わせて、授業を組み立てる

 4年生の「1つの花」の授業を参観して、大人の読みと子どもの読みにズレがあることが分かった。
 お母さんの「一つだけ」の意図を尋ねているのに、ゆみ子の「一つだけ」のことだと思って答える子がたくさんいたのだ。
 これは、大人ほど容易に視点を変えられないから、「1つだけ」というセリフをゆみ子の立場でしか想定できないのだ。

 お母さんの口癖 「1つだけ」=「1つだけでがまんしてね・1つだけしかあげられないからね」
 ゆみ子の口癖  「1つだけ」=「1つだけちょうだい」=「もっとちょうだい」

 という口癖の奥にある「ずれ」が、このお話の悲哀につながるのだから、ここはきちんと押さえないといけないのだが、この「口癖」の移行の展開は意外に難しい。
 少なくとも「難しいのだ」と言う自覚が教師には必要だ。
 
さて、この時のクラスでも、初発の感想で「ゆみ子はわがままだ」「ゆみ子は食いしん坊だ」という意見が少なからずあったのだが、別の先生からも、「ゆみ子は欲張りだ」という意見が多くて戸惑ったと聞いた。

 「ゆみ子は欲張りだ・食いしん坊だ・わがままだ」という意見は誤読である。
 おそらく、「こういう意見が出たけど、どう思いますか」とみんなに問い返せば、それがおかしいという意見もきちんと出ると思う。
 いずれにしろ、「欲張り・わがまま・食いしん坊」という読みを、きちんと正しておかないと、とうてい次の段階にはいけない。誤読を正す場の設定が必要である。

 「なんてかわいそうな子なんでしょうね」と憐れむお母さんの心境
 「この子は、一生のひとつだけの喜びももらえないかもしれない」と将来を悲観するお父さんの心境どころではない。

 ただ、このような「誤読」を、意外な読みだと思っているようでは、本当は児童の把握が甘いのだと思う。
 子どもは、一読レベルでは「欲張り・わがまま・食いしん坊」と受け止めやすい。
 その前提で、その誤解を解くところからまずが授業を仕組むべきなのだ。

 当該学年の、読みのレベル
 当該学年の、誤読の傾向

について想定することも、教材解釈・授業準備の不可欠な要素である。

| | Comments (22) | TrackBack (0)

« June 2011 | Main | August 2011 »