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August 16, 2011

阿南陸相の真意は?

 ひと夏にひとつは、太平洋戦争について知識を増やしたいと思っている。
 昨年は「永遠のゼロ」を読んで、特攻について調べてみた。
 今年は、ふとしたことから「ポツダム宣言受諾と阿南陸相」について、興味をもった。

 【阿南陸相は、昭和天皇のご意思をよく知りながら、最後の最後まで終戦に反対し続けたのはなぜか。】という問いで藤岡信勝氏(?)がまとめているページがある。
 http://www.jiyuushikan.org/rekishi/rekishi69.html

(1)一撃説 本土決戦で敵に一撃を与えて日本の発言力を強め、国体護持その他の条件を認めさせて終戦に導こうとした。

(2)腹芸説 本心では本土決戦を否定しながらも、陸軍の暴発(内乱、暴動など)による国家の致命傷を防ぐため、部内の強硬派に対するジェスチュアとして本土決戦を主張し続け、無血終戦をなしとげた。

(3)気迷い説 ポツダム宣言を受諾して戦争を終結させるべきか、あくまで本土決戦を目指して進むべきか、そのいずれとも決しかねて迷い続けた。

(4)徹底抗戦説 日本国民の最後の一人まで闘うべきだと主張した。

参考文献は次の通り。

①、「阿南の言動だけをたどっていくと、いずれの解釈でも成り立つ材料にこと欠かない」(秦郁彦『昭和天皇五つの決断』文春文庫、一九九四年)。

②その結論は、ほぼ腹芸説に近いものになっている。(角田房子『一死、大罪を謝す』(新潮社、一九八0年)

③私(藤岡氏)の個人的な感触としては、阿南は米軍を相手に、日本本土で最後の一戦を闘いたかったのではないかと想像する。(中略)わずかでも勝てる可能性があるかもしれないと彼は思っていただろうし、その点では、当時の陸軍の幹部の平均的な認識を大きく超えていたわけではないと私は思う。だから、阿南が閣議などで最後まで本土決戦を主張したのは、その限りでは演技でも何でもなかったであろう。しかし、だからこそ、効果としては、腹芸を演じたのと同じ結果になったのではないだろうか。阿南が下僚と思いを共有していたからこそ、最も効果的に下僚の暴発を押さえることに成功したのである。

 私(竹田)は、迫水久常氏(鈴木内閣の書記官長・玉音放送草稿を書いた)のインタビュー記事を最初に読んでいたので、「腹芸」説であった。
 しかし、いろいろ読んで「腹芸」でもないのかなという気になってきた。

 ちなみに、上述の藤岡信勝氏の論に沿った授業記録がヒットした。
 元は平成17年8月15日(2005年)産経新聞だそうだ。

 http://nippon7777.exblog.jp/1641989/
千葉の中学教諭が模擬授業 昭和天皇と若手将校の板挟み/命をかけ現実教える

その中で、引用元の示された2つの文章がある。
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A:《若(も)し阿南さんが終戦に賛成されたら、必ず部下に殺されていたと思います。…若し陸軍大臣を補充出来なければ、鈴木内閣は総辞職する外(ほか)ありません。あの場合、鈴木内閣が総辞職したらどうなりますか、終戦は出来なかったでしょう。阿南さんはこのことを知って命を保って、鈴木内閣をして終戦を実現させるために、あの腹芸をされたのです。若し心から終戦反対なら辞職されて了(しま)えばやはり鈴木内閣はつぶれて終戦は出来なかったでしょう。私は心から阿南さんを尊敬します》
(「正論」平成十五年九月号)・・・迫水久常氏の文章
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B:八月十四日正午過ぎ、最後の御前会議を終えて陸軍省に帰ってきた阿南は、全幹部を招集し、聖断が下された経過を説明し、「この上はただただ大御心のままに進むほかはない」と訓示した。「大臣の決心変更の理由をおうかがいしたい」との下僚の問いに答えて阿南は言った。「陛下はこの阿南に対し、お前の気持ちはよくわかる。苦しかろうが我慢してくれ、と涙を流しておおせられた。自分としてはもはやこれ以上反対を申し上げることはできない」。そして、「聖断は下ったのである。いまはそれに従うばかりである。不服の者は自分の屍を越えてゆけ」と言い放った。」
(西内雅、岩田正孝著『雄誥(おたけび) 大東亜戦争の精神と宮城事件』日本工業新聞社)
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Aは、迫永氏の言説だから「腹芸」説。
Bは、どうともとれる。セリフはあっても心情は書かれていないからだ。

 ちなみに「腹芸」説を否定するページもある。
 http://www.geocities.jp/torikai007/war/1945/yonai-amami.html
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阿南惟幾陸相は、悠久の日本の歴史のなかで,初めての降伏という恥辱の決断を大元帥昭和天皇にさせるつもりはなかった,昭和天皇は,萬世一系の栄えある(降伏をしたことのない)天皇家の名誉を保持すべきであり,「終戦=降伏の聖断」を下し汚名を被るに忍びない。阿南惟幾大将は,その天皇の苦衷を察して,徹底抗戦を主張した。天皇への忠誠心の篤い皇道派の陸軍大将,元侍従武官長であるからこそ,大元帥昭和天皇の名誉のために,本土決戦を戦う覚悟だったのであろう。
それを,「本心では本土決戦を否定しながらも、陸軍の暴発(内乱、暴動など)による国家の致命傷を防ぐため、部内の強硬派に対するジェスチュアとして本土決戦を主張し続け、無血終戦をなしとげた」という阿南惟幾大将による腹芸を主張する識者がいるのには理解に苦しむ。天皇への忠誠一徹の阿南惟幾陸相が,昭和天皇の面前で,姑息とも思える交渉術や腹芸を行ってまで,終戦にこぎつけようとしたというのは,後から創作された俗説であろう。
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・・・今回、いろいろ比べてみて、結局は分からないなあと思った。
実際に同じ場に居合わせた迫永氏の意見は強いと思う。阿南氏を知り、御前会議の状況も理解した上で発言しているのだから。

 ただ、「腹芸」説も「強行」説も結果的には同じだという藤岡氏の意見もうなずける。
 阿南氏本人は本土決戦を望んでいたが、その意志は聖断を覆すものではなかった。天皇が終戦と判断した以上、ただただそれに従うのみ、というのが妥当ではないかなということだ。

 自由主義史観公式サイトのページの最後の部分が重要だ。
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【阿南陸相は、昭和天皇のご意思をよく知りながら、最後の最後まで終戦に反対し続けたのはなぜか。】この設問は、意外に奥行きの深い、すぐれた教育的問いになる可能性がある、というのが本稿の結論である。
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 真実がどうかなど、今となっては、しょせん決められるはずがない。
 この設問を契機に、終戦当時の国家の状況に触れて見ること・阿南氏に思いを馳せることに意義があるのだと思う。

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