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April 22, 2012

『舟を編む』(三浦しをん)

Fune_2
 本屋大賞を受賞した『舟を編む』(三浦 しをん)は、とてもよい本だった。
 これほどの本なのだから、本屋大賞を取る前に読了しておきたかった。
 作品紹介は次のようにある。
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玄武書房に勤める馬締光也は営業部では変人として持て余されていたが、新しい辞書『大渡海』編纂メンバーとして辞書編集部に迎えられる。
個性的な面々の中で、馬締は辞書の世界に没頭する。言葉という絆を得て、彼らの人生が優しく編み上げられていく。
しかし、問題が山積みの辞書編集部。果たして『大渡海』は完成するのか──。
言葉への敬意、不完全な人間たちへの愛おしさを謳いあげる三浦しをんの最新長編小説。

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 「言葉への敬意、不完全な人間たちへの愛おしさを謳いあげる」
・・・まさにその通り。辞書作りに没頭する彼らを「不完全」と断ずるあたり見事だ。
 とりわけ辞書作りに半生を注いだ松本先生の人生と最期に感激した。
 不覚にもラストは涙が流しながら読んだ。3連発の涙だった。

①できあがったページを病床で眺め、歓喜の声を上げる松本先生。
②完成を前に松本先生が亡くなったことを悔いて嗚咽する馬締。
③完成パーティーで手渡された松本先生の手紙。

 ラストで、壮快感を示すのが、松本先生の手紙の一節だ。「昇華された」と言ってもいい。、

◆きみとまじめさんのような編集者に出会えて、本当によかった。
あなたたちのおかげで、わたしの生はこのうえなく充実したものとなりました。
(中略)「大渡海」編纂の日々は、なんと楽しいものだったでしょう。
みなさんの、『大渡海』の、末長く幸せな航海を祈ります。

チャラいキャラクターの西岡が言うように、「なぜそこまで打ち込めるのか」。
それほど1つのことに自分は半生を尽くせるのかと思うと嫉妬を感じるほどだ。
どんなに変人と言われようと、1つの仕事に打ち込む生き方に強く憧れる。
「玄武書房地獄の神保町合宿」など、その場に居合わせてみたいと思う。


辞書の面白さは「新解さん」のシリーズで承知していた。
◆「愛」の項目で何が書いてあるか、
◆「右・左」の項目 はどう表記されているか
などは、辞書比べの定番である。
しかし、その程度の辞書知識では、とうてい補えない奥深さがあった。
カードの蓄積、新語・死語の選別、入念なチェック作業、そして圧巻は紙の質(ヌメリ感)。

確かに「紙」は大事な要素だが、裏写りやめくった時の感触など、それほどシビアに考えたことはなかった。
これからは、辞書に限らず、本を読むときは紙の質も確認するだろう。
それだけで人生が1つ豊かになった気分である。

没頭タイプの馬締光也の実直なキャラを際立たせ、馬締の仕事を援護したのは西岡である。
おそらく多くの読者が馬締だけでなく西岡の業績を高く評価していると思う。
「名より実を取る」と決意した西岡の態度は見事である。
もちろん馬締も作者も西岡の人柄を評価している、だからこそ辞書のあとがきにちゃんと彼の名を入れている。

さて、言葉の重要さを作者に代わって指摘するのは、10年も経ってから配属された岸辺だ。
彼女が途中配属の新鮮な心境から辞書の重さ・言葉の重さ・馬締の生き方を語る。

◆人間関係がうまくいくか不安で、辞書をちゃんと編纂できるのか不安で、だからこそ必死であがく。言葉ではなかなか伝わらない、通じあえないことに焦れて、だけど結局は、心を映した不器用な言葉を勇気をもって差し出すほかない。相手が受け止めてくれるよう願って。
 言葉にまつわる不安と希望を実感するからこそ、言葉がいっぱい詰まった辞書を、まじめさんは熱心に作ろうとしているんじゃないだろうか。
 だとしたら、私も辞書編集部でやっていけそうな気がする。私も、不安をなるべく晴らす方法を知りたい。できることなら、まじめさんと言葉で通じあい、居心地良く会社生活を送りたい。
 たくさんの言葉を、可能な限り正確に集めることは、歪みの少ない鏡を手に入れることだ。歪みが少なければ少ないほど、そこに心を映して差しだしたとき、気持ちや考えが深くはっきりと伝わる。(P186)

・・・この部分は圧巻である。何度読んでもすごい。見事の一言だ。

◆言葉と本気で向き合うようになって、私は少し変わった気がする。岸辺はそう思った。言葉の持つ力。傷つけるためではなく、だれかを守り、だれかに伝え、だれかとつながりあうための力に自覚的になってから、自分の心を探り、周囲の人の気持ちや考えを注意深く汲みとろうとするようになった。
(P203)

◆言葉はときとして無力だ。荒木や先生の奥さんがどんなに呼び掛けても、先生の命をこの世につなぎとめることはできなかった。
 けれど、と馬締は思う。先生のすべてが失われたわけではない。言葉があるからこそ、一番大切なものが俺たちの心のなかに残った。
(中略)先生のたたずまい、先生の言動。それらを語り合い、記憶を分け合い伝えていくためには、絶対に言葉が必要だ。
(中略)死者とつながり、まだ生まれ来ぬものたちとつながるために、ひとは言葉を生みだした。(P258)

・・・言葉に敏感になることには、かくも重要な役割がある。 そのことを再認識させてくれた。

 作中、何度も「大言海」が出てくる。言葉の海を渡るという意味では、「大渡海」という辞書の名は『大言海』に由来しているのだろう。
 日本初の近代国語辞典『大言海』を作った大槻文彦氏へのリスペクトなのだと思う。

 大槻文彦氏についてはウイキで次のように。

1872年に文部省入省。1875年に、当時の文部省報告課長・西村茂樹から国語辞書の編纂を命じられ、
1886年に『言海』を成立、その後校正を加えつつ、1889年5月15日から1891年4月22日にかけて自費刊行した。
その後、増補改訂版である『大言海』の執筆に移るが、完成を見ることなく増補途中の1928年2月17日に自宅で死去した。

 「言海」についてはウイキで次のように。

1875年(明治8年)、当時文部省報告課に勤務していた大槻文彦が報告課長の西村茂樹に国語辞典の編纂を命ぜられ、編さんを開始した。
1882年(明治15年)に初稿を成立させたが校閲に4年をかけ、完成したのは1886年(明治19年)である。
元々は文部省自体から刊行される予定であったが、出版が立ち消えそうになったため結局1891年(明治24年)に自費出版することになった。

 国語の教科書(光村5年には、「広辞苑」づくりの様子が伝記として紹介されている。
 『舟を編む』を追い風に、「言葉への敬意」が広がることを願う。ささやかながら自分も尽力したい。

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