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August 29, 2012

「奇跡」という表現は思考を停止させる

 岩手県釜石市の小中学生は、群馬大学の片田敏孝教授の津波防災教育のおかげで、ほぼ全員が津波の難を逃れた。
http://www.nhk.or.jp/sonae/mirai/schedule.html
には次のようにある。
◆◆
2011年3月11日、午後2時46分、東日本大震災。大きな揺れがおさまるやいなや高台に向かって走り出した子どもたちがいます。
岩手県釜石市の子どもたちです。約3千人の小中学生が素早い避難で、想定外の大津波を生き抜きました。
「釜石の奇跡」と呼ばれる、このサバイバルを生み出したのが群馬大学大学院教授・片田敏孝先生が続けてきた「防災教育」です。
◆◆

http://wedge.ismedia.jp/articles/print/1312
では、片田氏自身は、「釜石の奇跡」は「奇跡じゃない」と述べている。
◆◆
多くの人たちは、これを「奇跡」と呼ぶ。しかし、そうではない。
教育で子どもたちが身につけた対応力が「想定外」を乗り越えさせた。
小中学生の生存率99.8%は奇跡じゃない。
◆◆

8年もの間、防災教育に携わってきた片田教授の言葉は重い。
「奇跡」だというレッテルを貼ってしまうと、思考が停止する。
あの事例は特別だったのだという意識が働くからだ。
「奇跡ではなく実績だ」と片田氏は言う。
そりゃあそうだ、8年も防災教育を続けてきた実績を「偶然」にも近いニュアンスで「奇跡」と呼ぶのはあまりに失礼だ。
逆に言えば、8年も防災教育を続けてきた事実そのものが「奇跡」だということになる。

とはいえ、「奇跡と呼ぶな」は、自分のオリジナルの意見ではない。
http://d.hatena.ne.jp/ryu-omata/20110910
には、「”釜石の奇跡”を、奇跡にはするな!」と題した2011年9月8日の記事がある。
◆◆
”釜石の奇跡”は、いつかはこういう事態が来ることを予想して、基本的な訓練を重ねたからの好事例である。
一方、学童達を飽きさせず、楽しく身体で覚えさせる工夫も凝らしている。
大事なのは、”継続こそは力なり“、を信じて、徹底することである。
釜石の訓練程度(失礼!)で、“奇跡”とか“神の力”を持ち出されては、神様も怒る筈である。
◆◆

かつて、自分もTOSSデー成功の様子を「奇跡(軌跡)」と表現してアップした。
しかし、「奇跡」の背景には、確実な軌跡がある。

「偶然は必然」であるように、
「奇跡は実績」であり、
「奇跡は努力の軌跡」である。

これはアニャンゴの軌跡も同じだ。
アニャンゴのサクセスストーリーは、 ラッキーの一言では片付けられない努力と苦労の結晶である。

オリンピックのメダリストも同じである。
「天才」とか「奇跡」という言葉で片付けてしまうと、選手の気の遠くなるほどの努力が見えなくなってしまう。

「奇跡という言葉を安易に使わない」
「天才という言葉を安易に使わない」
「奇跡と呼ばれる事象の背景をきちんと知る」
「天才という人の努力の過程をきちんと知る」
ということを授業化したい。

片田教授の防災教育の取り組みについては、下記のブログが詳しい。
タイトルは「釜石の奇跡」です。(笑)
http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-1461.html

河北新報の記事のタイトルは、
「防災教育『奇跡』呼ぶ」です。(笑)
http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1071/20111126_01.htm

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August 14, 2012

向山恵理子「新夢をつかむ法則」(学芸みらい社)

Anyango
イッキ読みした。
向山恵理子さんは、ケニアの楽器ニャテイテイの奏者である。
それも、ケニア人しか許されない、男性しか許されないという慣習を打破しての、世界初の女性外国人演奏者である。
向山恵理子さん=アニャンゴのすごさは、「運」のすごさではない。
「運」を引き寄せるだけの「行動力」がすごいのだ。
9・11に遭遇しニューヨークに行けなかったことや、ケニアの音楽に惹きつけられたことは偶然かもしれない。
しかし、外国人女性である恵理子さんが、ニャテイテイの演奏者として認められたのは決して運のよさではない。

 運を引き寄せたのは、行動力であり体力であり、精神力である。
 まさに「「タフ」でなければ成しえなかっただろう。
 本人の文章からは、苦労がにじみでてこないが、それにしても、大変な苦労がさらりと書いてある。
◆言葉も分からない現地での住み込み生活
◆往復復1時間の水くみ
◆5リットルの水での生活
◆マラリアの治療のため片道2時間の病院に・・・

 結構簡単に弟子になれたのかと誤解されるほど、とんとん拍子にも読めてしまう。
 それほど「ニャテイテイ奏者になれることを思えば、生活の苦労は大したことなかった」ということなのだろう。
 あるいは、弟子になれ、世界初の女性ニャテイテイ奏者になれたから、全ての苦労が吹き飛んでしまったということかもしれない。
 さまざまな困難を苦にしない恵理子さんだったからこそ、弟子になれ、ニャテイテイ奏者になれたとも言える。
 
 オリンピック選手も同じだ。
 第三者から見ればとんでもないような練習量でも、本人たちは目的遂行のために納得済みで行っている。
 
 「苦労」を「苦労」と感じるようでは、一流にはなれない。
  もっともっと自分の限界にい挑みたい。
・・・そんな思いを強く抱かせる元気の出る1冊だった。

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