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January 13, 2013

プロの技術は思いあがったとたんに成長がとまる

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このところ、努力の大切さを何度か書いている。
 今回も同じテーマになる。

 松井秀樹選手の引退に絡んで、張本勲氏の著作を読んだ。
 張本氏は、プロ入団の同期の王選手について、「王貞治から受けた衝撃」と題して、次のように書いている。

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 首位打者のタイトルを取った1961年あたりから、夜の宴席に招かれることが多くなった。私は、顔で笑いながら、心のなかでが“早く帰ってバットを振りたい”とだけ考えていた。そして実際、頃合いを見計らって早く帰るようにしていた。先輩と酒を飲みに行っても「お先に失礼します」と頭を下げるのが常だった。
 私以上に素質がありながら、酒やバクチ、あるいは女に溺れてダメになっていった選手を目の当たりにしていたので、自分はそうならないように、コツコツ、コツコツ、練習を重ねていった。
 プロ入りから5年間は、自分でも相当バットを振り込んだと思っていた。しかし、実は慢心していたのだと気付かされたのは、まさにその5年目の63年、オールスターゲームで、久しぶりに王と再会したときのことだった。
 この前年、62年に王は初めて本塁打王のタイトルを獲得していた。一方、私はシーズンMVPとチームの日本一を経験。61年には首位打者にもなっている。
 「王がホームラン王?それでもオレのほうが上だろう」
 なんともエラそうに考えていた私は、オールスターの試合前、冷やかし半分で王のバッティングをのぞきに行ったのだが・・。
 いきなり氷水をのぼせた頭にぶっかけられた。そんな衝撃を受けた。
 打球の勢い、スイングの早さが、以前の王のそれとはまるで違うのだ。オレはいったい、何をやっていたんだ。完全に遅れを取った。
 私もバットは振ってきた。しかし、あとから考えれば、ただ振っているだけだった。同じ300スイングでも、魂を込めて振っていない。心のどこかに慢心があった。知らず知らずのうちに天狗になっていた。(『最強打撃力』P112・113)
 
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 その仕事に何年も携わっていると、当然のように、上述のようなことが起こる。
 
 ◆心のどこかに慢心があった。知らず知らずのうちに天狗になっていた◆

 魂のこもらない反復練習では効果が薄い。
 慢心すれば、どこの世界でもおいてきぼりにされる。
 その事実を、向山洋一氏は、かつて、『続・授業の腕をあげる法則』の中で、「M氏」の手紙として紹介している(P186・187)

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 教育技術法則化運動からしばらく遠ざかっていた後の参加。夏期の合宿に参加して驚いたことが一つ。スタート地点ではほぼ同程度だったのにもかかわらず、他の若手の教師とは既に雲泥の差がついていたことである。『書くことによって本人はのびていく』という向山氏の言葉どおりであった。今の私ではたちうちできない。まさにカルチャーショックである。今から『先に行ってしまった人』に追いつけるだろうか・不安ではあるが向山氏の言葉を頼りにレポートの量産につとめたいと思う。
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 向山氏は、慢心することの愚かさを、「授業の原則(技能編)」でまとめている。

第7条「技術は、向上していくか、後退していくかのどちらかである」 (「本を読まないで自分で考えながらやる」などというのは思い上がりもいいところであり、不勉強・不誠実この上ないのである)

第8条「プロの技術は思い上がったとたん成長がとまる」 (ただの凡人にすぎぬ私達が、プロの教師をめざす以上、思い上がりは致命傷なのである)

 M氏のようなカルチャーショックを乗り越え、具体的な努力を再開した人のみが、さらにステップアップできる。

 張本氏の『プロ野球への伝言』には、次の章がある(P93~99)。

 ■プロで成功するには「努力」6割、「自己管理」2割、残りの2割は・・・■ 
 
 残りの2割は「よき指導者との出会い」だと張本氏は言う。
 「歴代の大打者を見ると、誰もが不思議とよき指導者と巡り合っている。」とも述べているが、もちろん教師の世界だって同じだ。
 そして、「大打者は皆、共通した性格をもっている」として、次のように述べている。

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 それは神経質で臆病なところだ。豪放磊落(ごうほうらいらく)な者はこの世界では、まず大成しない。
 あのワンちゃんでさえ、シーズンが開幕して第1号ホームランが出るまでは「今年は1本も打てないんじゃないか」と心配でしょうがなかったという。
 私も4打数4安打した日でも、「たまたまピッチャーの調子が悪かったんじゃないか。明日は1本もヒットが出ないかもしれない」と気を揉んだものだ。
 大打者ほど、いつも不安な気持ちでいるものだ。だから死に物狂いで練習する。そして、練習量が自信となって、いいパフォーマンスが出せるようになる。大事なことは、いくら好成績を残しても「自分を疑え」ということだ、それが猛練習のモチベーションとなるのだ。
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 向山氏も有田先生との「立ち合い授業」の時、はじめの1、2分、足がふるえていて困ったそうだ。

◆「どれだけ経験しようと、プレッシャーはかかる。だからこそ成長するのである」◆

と述べている(前掲書P91)。
 年末に見た番組の中で、ビートたけしも

◆「舞台に上がる前に緊張しない奴を、俺は信用しない」◆

というような発言をしていた。
 プロの世界の厳しさ・修行や練習の重要性において、張本氏と向山氏の主張には、共通点がある。

 ここで述べたのは、少しだけ本を読んだり,学習会に参加したりして満足してしまった方への警鐘である。
 むろん、それは私自身への警告でもある。
 自戒を込めて書いた次第である。

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