« September 2013 | Main | November 2013 »

October 28, 2013

事実と意見の区別は難しい

 市の教研レポート「読み手を意識した文章を書くことができる児童の育成」(国語)を見せてもらった。
 「事実と意見・感想との違いを意識しながら文章を書く」の指導場面がある。
 事実と意見の区別に対する批判は、宇佐美寛氏が述べている。
 (原典が出てこないので、孫引きで代用します)。

http://d.hatena.ne.jp/kogo/20060307/p1

たとえば、「事実と意見を区別して書く」という指導法はカテゴリー間違いであって、迷信であるという。
事実の反対は非事実であって、意見ではない。事実について述べればそれが意見になる。
書かれたものはすべてが作者の意見なのである、と。
だから、「……と思う」や「……ではなかろうか」という文体は意味がない。逆にすべてを断定したほうがいい(意見なのだから)。
断定すれば、文と文の飛躍が気になるから、その間に一文入れようという気になってくる。
書くとはそういうことなのだ。


・・・レポート提案者の「研究のまとめ」の一文についてコメントした。次の一文だ。

◆実践を進めることで、文章を書くことの抵抗感が次第に薄れ、自分の意見や考えを進んで書くことができるようになってきた。

 「このまとめは『事実』ですか?」と尋ねると、提案者は迷いなく「事実です」と答えた。むしろ、その迷いのなさに、こちらが驚いたくらいだ。

①証拠がないので、これだけでは事実かどうか分からない。
②この記述の裏付けるデータが必要である。
③実践前に、どのような成果が出たらOKとするのかの基準をもっていないと指導の成果は評価できない

といった点を指摘した。
 「書くことの抵抗感が薄れ」たとはどのような状態のことか
 「進んで書くことができる」とはどのような状態のことか
そのような定義がないと、評価しようがない。
 そんなことを、コメントしながら疑問をもった。
 「文章を書くことの抵抗感が次第に薄れ」「進んで書くことができるようになってきた」を事実と言い切れるようなデータって、そもそも揃えられるのか。
 いくら、ある程度のデータがあったとしても、しょせんは授業者の主観にすぎず、意見でしかありえない。
 宇佐美氏の言うように「書かれたものはすべてが作者の意見なのである」。
 ただしデータの報告・数値の提示だけなら、事実と言い切れる。

 うーん、自分自身、まだまだ理解不十分なのだと実感した。

| | Comments (173) | TrackBack (0)

達意の文章を書くことが最優先

 市の教研レポート(国語)を見せてもらった。テーマは「読み手を意識した文章を書くことができる児童の育成」。
 その中に、比喩や擬人法・体言止めなどの「効果的な表現技法」の指導場面の紹介があった。
 私は、このような「表現技法=美文の指導」は否定はしないが、「達意の文章の指導」に比べたら優先順位は低い。
 まずは意味が通ることが大事だと思っている。

 【理由1】
 不用意に倒置法や体言止めを使うと、主語述語の怪しい文になる。

 【理由2】
 擬人法も、誇張の一種だから、時として事実をあいまいにする。
 レポートには「事実と意見を区別する」の指導場面もあったが、比喩表現などを用いると、筆者の意見が入りこんでしまう場合がある。
 慣用句も同じだ。例えば「首を長くして待つ」と言うより、「1時間じっと待った」の方が誤解が少ない。
 また、仕事をする上では「ふかふかの絨毯」より「毛足が1センチの絨毯」の方が誤解がない。
 このように「数値を入れる」表現の癖を付ける方が、他者には正確に伝わりやすい。

 作文指導というと、技法を凝らした美文の指導を意味することが多い。
 でも、私は、意味が通ることをまずは指導したい。

 ①一文一義の文意識
 ②文と文を適切な接続語でつなぐ文のつながりの意識
 ③ナンバリング・ラベルング
 ④意味が変わったら段落を変える段落意識
 ⑤結論を先に提示する頭括型の文章構造意識
などなど。

 とりあえずの思いつきで列挙してみると、結局、ほとんどが宇佐美寛氏の著作から学んだことだと気づく。
 再度、宇佐美氏の著作を読み返して、整理してみよう。

| | Comments (58) | TrackBack (0)

意見文を書かせるための「反論」のすすめ

 市の教研レポート(国語)を見せてもらった。
 テーマは「読み手を意識した文章を書くことができる児童の育成」だった。
 意見文を書かかせる際に、大事なのは
「どんな意見文を書かせるか」
「どんなテーマを設定したか」
「子どもがわくわくするようなテーマか」
であると思う。
 だから子どもの思考を促す発問の吟味が大事なのだ。

 レポートの指導例に挙げられていた意見文のテーマは「夏休みの宿題で何をするのかは自由にすべきである」であった(6年生実践)。
 実は、提案者は中学校勤務時の教え子である。

 彼の学年での実践、そして彼自身の意見文は、『現代教育科学』97年9月号の原稿にも利用させてもらった。
「テレビはニュース番組以外は見てはいけない」に反論する次の文章である(中2実践)

◆僕は大反対です。確かにニュースしか見ていないと教養がつくし、家庭内の会話もふえるかもしれません。でも、僕はニュースだけしか見ないとするときっと生き残れないでしょう。
 考えてみてください。例えば部活の帰りで疲れてヘトヘトの状態で家に着く。机の上にリモコンが。さっそくつけて見てみる。とニュースをやっています。かたくるしいことや難しいことばかりやっています。こんな時、あなたはどうしますか。きっと、こう思うでしょう。よけいお疲れがたまる。そしてイライラする。もし、ニュースのかわりにおもしろい番組だったらきっと疲れが抜けてスーッという気持ちになるでしょう。だから僕はテレビはニュース以外にも絶対必要だと思います。

・・・とてもユニークなので今も印象に残っている。彼自身のキャラがにじみ出た文章だ。
 実践当時、感心したのは、読み手を意識した「呼びかけ」の表現だった。

①考えてみてください。例えば~
②こんな時、あなたはどうしますか。

 今は、次の箇所にも感心する。
①「確かに~である。でも~」という相手の論に同意しつつ、反論するテクニック、
③「もしAだったら、きっと~でしょう。だから僕はAも絶対必要だと思います」という反実仮想の表現。

 このような意見文(反論)が書けたのは、テーマが挑発的だったからだけではない。

 反論の元となる提案文がきっちりしていたからだ。(『現代教育科学』93年11月号P31より引用)

◆テレビは、ニュース番組以外は見てはいけません。
 まず、君たちの中に、テレビを見ながら宿題や家庭学習をやってくる人がとても多いからです。そのために、君たちの宿題や家庭学習の内容は、とても雑で、中身も頭に入っていません。
 次にテレビを見ていて、夜更かしをする人がちても多いからです。
 第三に、一日中テレビばかり見ているために、家族とほとんど話をしないという人も多いからです。
 第四には、小学生用のアニメや大人向けのHな番組を見て中学生らしい心を育てられないからです。
 そして、もし、君たちが、ニュース番組以外を見なくなったとしたら、その空いた時間に、読書などをするようになると思うからです。
 だから、私は、テレビは、ニュース番組以外は見てはいけないと思うのであります。

・・・このように批判対象の理屈が整然としていたので、「この意見に反論するには、同等の分量が必要だ」という意識が働いたのだと思う。

「テレビをどう思いますか」
「テレビの長所・短所を考えて意見を書きなさい」
「テレビの見過ぎを注意するにはどうすればよいと思いますか」
のようなテーマでは、どう書いていいかが分からないから、下位の子は難しい。
 意見を書くための見本(批判対象)を明示すると、取り組みやすい。

 レポート提案者の教え子には、中学2年の本人の意見文を読ませ、上記のような助言した。
「えー、俺、全然覚えてないな」と言ってたけど・・・。

| | Comments (5) | TrackBack (0)

October 26, 2013

「消費税8%の論理」をどう受け止めるか

「消費税8%へ」関する記事が2度掲載された。

10月13日の中日新聞の一面の見出しを大きさ順に並べてみる。

①モーニングピンチ
②喫茶店我慢の限界
③常連客から「生きがいなのに」
④「価格転嫁」必至

これらを理屈順で並べると、次のようになる。

①喫茶店としては「価格転嫁」したいのだが
②常連客から「生きがいなのに」と言われ値上げできず困惑している。
③しかし、価格据え置きも「我慢の限界」なので
④サービスの「モーニング」もピンチである。


①消費税が3%上がるのだから、価格が上がるのは当然だ。
 お店は正々堂々と消費税分を上乗せすればよい。

②しかし、常連客からは「年金暮らしの身にはこたえる」という声が出る。
 このような声を耳にすると、価格転嫁はしづらい。

③価格据え置きは「我慢の限界」にきている。
 ◆十年近く、この価格を維持してきたが、消費税が上がる来年四月には、値上げせざるをえないという。
円安などの影響で、パンや卵などの仕入れ値、光熱費は既に上がっており、経営は楽ではない。
 ◆個人経営のん喫茶店の多くに、消費税増税分を価格に転嫁しないで済ませる体力はない。
 と書かれている通りであろう。

④今のままの価格据え置きでは「モーニングピンチ」であるのは当然だ。
 ◆少なくない店主たちが、来年四月にモーニングサービスを値上げする意向を示している」
 と書かれている通りである。

 しかし、価格転嫁を「悪」、価格値上げを「悪」のようにイメージ操作している。
 見出しの「モーニングピンチ」は、記事中の文脈から判断すると「モーニング値上げ必至」という意味である。
 さらに「年金暮らしの身にはこたえる」の見出しが強烈だ。
 このような意見を載せてしまえば、お店はますます価格転嫁しづらくなる。
 経営努力で価格を据え置きするお店が、よいお店と言うイメージを刷り込んでいるようにも思える。

 さて、10月16日の朝刊にも「消費税8%へ」の記事が掲載された。
 見出しは2つ。
①弱い立場 増税分転嫁難しく
②下請受難 滞納増加も

 以下のような記述がある。
 
◆「消費税転嫁法」によると、消費税が5%から8%に上がれば、増税分は完成部品に上乗せでき、メーカー側は拒否できない。
 だが、経営者の女性は「転嫁は認められない」と断言する。「下請けは対等に価格交渉できない」からだ。
◆増税分を転嫁しやすい仕組みがなければ、アベノミクスでようやく上向いた景気の腰を折りかねない。

 16日記事の主張は「消費税転嫁」の容認であり、増税分を転嫁しやすい仕組みの確立である。
 私の主張は、
「消費税3%の増税分を経営努力で据え置かせるべきではない。
 そのような据え置きを進める風潮をつくってはいけない。」
であり、16日の記事には同感である。

 誰だって値上げは望ましくないと思う。それは私的な意見である。
 しかし、社会全体を考えたら耐えるしかない、それが公的な意見である。
 先の引用をもじって言うならば

◆増税分を転嫁しやすい雰囲気がなければ、アベノミクスでようやく上向いた景気の腰を折りかねない。

なのである。
 繰り返すが、「消費税転嫁」は当然の権利なのだから、13日の記事のように「年金暮らしの身にはこたえる」といった声を掲載してしまっては台なしである。
 誰だって値上げは困る。
 しかし、値下げが続く中で景気が下がってしまった。
 大局的な見地で考えなければ「やっぱり、値下げの世の中の方がいいなあ」と不景気に逆戻りしてしまう。

| | Comments (9) | TrackBack (0)

October 22, 2013

愛着形成に問題を抱えた子ども

 「小一教育技術」(小学館)の11月号に、横山浩之氏の「愛着形成に問題を抱えた子ども」に関する論考がある。
 横山先生、貴重な示唆をありがとうございました。

 「愛着」という言葉は、やっかいで「愛情」と混同される。
 したがって、「愛着形成に問題がある」と指摘をすると、「私が愛情不足だと言うのか」と混同して抗議が起こる。
ただし、愛着形成の失敗を指摘することは、家庭環境に問題があるとの指摘につながることは否定できない。

◆(身体的虐待・ネグレクト・心理的虐待・性的虐待など)不適切な扱いを受け続けている子どもは、他人を信頼できる体験に乏しい。このため心理学の用語でいう愛着形成の問題を抱える。

◆(「家庭でよく面倒を見てあげてください」といった)家庭への指導をしたくなる保護者ほど、保護者らしく行動しないのをよく経験しているだろう。

◆保護者に求めてよいのは、衣食住の保障と安全である。「早寝、早起き、朝ごはん」や不潔でない服装、体罰の禁止に限られる。

◆愛着形成に問題を抱えている子どもは、自分が保護者にされていることを他人にすると、「いじめ」と言われてしまう。

などの記述を見れば、育て方に問題があることは確かなのだ。

◆(気になる行動特性がある)子どものうち、かなりの部分が、実は「環境要因により愛着形成に問題を抱えた子ども」なのだが、厄介なことにその行動特性は、発達障害がある子どもののそれと見分けがつかない。

との指摘があるから、素人判断で、この子はADHDだとか、ODDだとか判断した子の中に愛着形成に問題を抱えたケースもあるということが分かる。

◆愛着形成に失敗している子どもの行動規範は保身である。自己の欲求を守り、自己の利益に忠実であろうとする。

◆この行動特性は、確かに発達障害ある子どもに似ている。児童精神科医の杉山登士朗氏(浜松医科大)によれば、区別はつかない。
 しかし、治療的介入は異なる。愛着形成に問題を抱えた子どもへの治療的介入は、あくまで愛着の再習得である。

との指摘がある。
 子どもの問題行動の本当の原因を把握しないと、治療も支援も効果がない。どう見極めるかが教育現場の問題になる。

 さて、愛着形成のやり直し(再習得)は、0歳児の課題なので、1歳児童に行う「しつけ」より優先される。
 0歳児相当の扱いをするということは重度・重複障害の子どものように扱うことを意味していると言う。
 これは、学校としては相当の覚悟がいる。他の子と全く異なる基準で指導をすることになるからだ。

 愛着形成を教える役割を担う人は、生意気な行動や人を試す行動をしなくても相手をしてもらえることを示す「母親役」で、これは担任以外が望ましいと言う。
 特別扱いを必要とする子がクラスメートから嫌われないように配慮する学級経営でありしつけの基本を教える「父親役」が、担任の仕事だと言う。

ということで、学級担任だけでなく、学校全体で了承し取り組んでいかなければならない。
そもそも「愛着形成」について、我々教師は、もっと危機感をもって学んでいかなくてはならない。

| | Comments (4) | TrackBack (0)

« September 2013 | Main | November 2013 »