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January 06, 2014

「希望学」に寄せて

中日新聞1月3日の社説で「希望学」の紹介をしていた。希望学は「八年前にできたばかりの、ほやほやの学問です」とある。
http://www.chunichi.co.jp/article/column/editorial/CK2014...
 ただし「希望学」のサイトによると、「東大社研の研究所を挙げた全所的プロジェクトとしては、2008年度をもっていったんひと区切りとした。ただ、希望学は2009年4月から7月にかけて、東京大学出版会より『希望学(全4巻)』を刊行したことなどから、ありがたいことに、多くの方々に高い関心を引き続きお寄せいただいている。」とある。 
http://project.iss.u-tokyo.ac.jp/hope/index.html

「希望学」のサイトから、いくつか抜粋する。

◆村上龍氏の『希望の国のエクソダス』の有名なフレーズである「この国には何でもある。本当にいろいろなものがあります。だが、希望だけがない」という指摘以来、日本イコール希望のない社会という認識は、なかば常識化した。社会やそれを構成する個人に希望がないとすれば、そこにはきっと「具体」「行動」「実現」「願望」のいずれかが欠けている。

・・・日本には希望がない=国民が将来を悲観しているという意味では、次の調査結果が興味をひいた。

◆希望学プロジェクトでは、2005年5月にインターネットを用いたウェブ調査を実施し、20代から40代の約900名から回答を得た。そこでは調査項目として、小中学生の頃になりたかった職業と、その後の実現状況などをたずねた。それによると、何らかの具体的な職業希望の保有が、小学6年当時で71パーセント、中学3年当時で63パーセントにのぼっていたことがわかった。このように10代前半には過半数がなりたい職業があったのだが、その希望は多く場合、実現していない。希望していた職業に実際に就いた経験がある割合は、中学3年の希望については15パーセント、小学6年の希望に至っては8パーセントにすぎない。このように子どもの頃の職業希望は実現困難であり、希望を保有すること自体、徒労であり、意味がないように思えるかもしれない。
 しかし、実際には希望を持つことが、将来の職業選択に大きな影響を与えている。先の調査では、これまでのやりがいのある仕事に就いた経験の有無をたずねた。すると、小学6年当時に希望する職業があった人々の場合、86パーセントがやりがいを経験したと答えているが、希望が無かった場合には、その割合は77パーセントにとどまっている。この結果は、仕事に関する希望の保有が、将来における就業のマッチングを社会的に改善する可能性を示唆している。

・・・このような調査を実施するから社会学として成立するのだな。自分の思いだけでは学問にならない。
 ちなみに、次のような別の調査の記述もある。

◆希望学では二度の全国調査を実施、希望を持つ人と持たない人の違いを検証した。二十歳以上六十歳未満の約二千人に対する調査からは、三人に一人が「希望がない」もしくは「希望はあっても実現見通しがない」と答える日本社会の実態があった。
反対に、実現見通しのある希望を持つという個人の特徴にも迫った。定量分析では、収入、仕事、教育、余命、健康などによる選択可能性の程度が、希望を左右することが明らかとなった。それゆえ高齢社会、経済停滞、進学困難、健康不安などは、希望の喪失感の広がりに直結する。希望は人間関係にも影響され、共同体的結束の弱まりや孤独化現象の深まりも、希望のなさに拍車をかけている。

・・・無駄を一切排除する志向性が未来への創造性や柔軟性をも奪ってしまうことを、希望に対する「負の効率効果」であると呼んでいる。キャリア教育で必要なのは、セカンドベスト・偶キャリのような柔軟な複数選択の発想であることが分かる。

◆希望は、それが実現困難であればあるほど、失望に終わる可能性が高くなる。しかし、そんな失望経験のなかで、自らの適性を改めて認識し、社会における自分の位置付けなどを見直すことを通じて、結果的に社会のなかでより高い充足感を得られるのかもしれない。
希望は求めれば求めるほど逃げていく。しかし、希望が失望に変わることで、初めて社会と個人の関係について適切な認識と行動が創造されることがある。かつて中国の小説家魯迅は、「絶望が虚妄であるように、希望もまたそうである」と述べた。希望には絶望と表裏一体であるというパラドキシカルな一面があり、だからこそ社会的な意味があるということは、希望学による調査研究の結果からも垣間見ることが出来るだろう。

・・・「希望は、それが実現困難であればあるほど、失望に終わる可能性が高くなる」「希望は求めれば求めるほど逃げていく」などは名言である。一方で過去に挫折や失望を乗り越えた経験が、将来に希望を持つ傾向を促すことを「挫折による学習効果」と呼んでいる。「失望は希望の元」で、希望と失望は2項対立でないことが分かる。

◆ここ最近における日本の若年無業の増加は、景気停滞の影響のみでなく、みずからの将来目標となる希望が見出せない結果でもある。国際比較からも、日本では将来を悲観し、希望が持てないと感じる人々は多いという。ただ一方で、希望の喪失は、日本のみならず先進国に共通して広がりつつある現象という指摘もある。
・・・「従来、希望という概念は、個人の心理や感情の一つとして捉えられることが多かった」が、「個人の保有する希望自体、その置かれた社会環境によって影響される」ということがよく分かる。村上龍が「この国には何でもある。本当にいろいろなものがあります。だが、希望だけがない」というように、希望を感じられるかどうかはその国家の社会情勢にあるのだから、その社会情勢の改善に努めなくては「希望のある国」にならない。

・・・元気になる授業、日本に誇りをもてる授業、将来に希望の持てる授業をする責任が我々教師にはある。それも含めたキャリア教育を考えていきたい。

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Posted by: clash of clans hack | March 24, 2014 at 11:02 PM

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