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November 24, 2014

文科省の示す学級経営づくりの方針

文科省が出している「言語活動の充実 小学校版」は、一次資料として何度も見直したい1冊である。
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/gengo/1300858.htm

校内で道徳の研究授業をする先生のことを念頭に置いたら、次の箇所がひっかかった。
「人間関係の構築等を目的とした活動」についてまとめてある。
要するに、学校集団・学級集団形成のためのアドバイスになっているのだ。

改行を多くして以下に示す。

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「コミュニケーションや感性・情緒に関すること」

ア 互いの存在についての理解を深め,尊重していくこと

  よりよい生活や人間関係を築くためには,自分や他者の思いや考えを共通又は協働の目的のもとに整理して,互いに理解し合うといったコミュニケーションが重要である。
 しかし,近年,自分や他者の思いや考えを表現したり受け止めたりする語彙力や表現力が乏しいことにより,他者と適切な関係がとれなくなったり,容易に「キレて」しまったりする児童生徒が見られるとの指摘がある。
 良好なコミュニケーションを図るためには,思いや考えを表現するための語彙を豊かにし,表現力を身に付けることが重要である。
 また,自分の思いや考えをもちつつそれを相手に伝えようとするとともに,相手の思いや考えを理解し,尊重しようとすることも大切である。
 その上で,自分と相手の思いや考えについて,「何が同じ」で「何が異なるか」という視点で整理しながら,相手の話をしっかり聞き取り,受け止めるようにするとともに,納得したり,合意したり,折り合いを付けたりするなど,状況に応じて的確に反応することができるようにすることも大切である。

  このため,コミュニケーションに関する指導を行う際には,

(1)語彙を豊かにし,表現力を育むこと
(2)自分の思いや考えを伝えようとするとともに,相手の思いや考えを理解し尊重できるようにすること
(3)自分の思いや考えの違いを整理しつつ,相手の話を聞き,受け止めることができるようにすること
(4)相手の話に対して,状況に応じて的確に反応できるようにすることなどに留意することが大切である。

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 適切にまとめてあるので、何も足さなくてもよいのだが、逆に言うと(1)から(4)に見事にまとめてあるので、軽く読み流してしそうで、要注意である。
 続く箇所も、重要な指摘を含んでいる。一気に引用すると読み流しそうなので、あえて小休止を入れた。

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イ 感じたことを言葉にしたり,それらの言葉を交流したりすること

  感性・情緒は,事象との関わりや他者との人間関係,所属する文化の中で感じたことを言葉にしたり,心のこもった言葉を交流したりすることによって一層育まれていくものである。
そのような豊かな感性・情緒を通して,良好な人間関係を築くことにもつながる。
 なお,論理と情緒とを対立する問題としてとらえられることがあるが,必ずしも適当ではない。
物事を直観的にとらえるのではなく,分析的にとらえることも情緒を豊かにしていく上で有効である。
例えば,単に「わぁー,すごい」という言葉だけで感情表現するのではなく,「何が」「どのように」「すばらしい」のかについて,具体的な表現を用いて相互に伝え合うことにより,より細やかな感性・情緒を実感できるようになる。

  このようなことから,感性・情緒に関する指導を行う際,

(1)様々な事象に触れさせたり体験させるようにすること,
(2)感性・情緒に関わる言葉を理解するようにすること,
(3)事象や体験等について,より豊かな表現,より論理的で的確な表現を通して互いに交流するようにすること

が大事である。
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 以前も書いたが、「理性的な人は冷たい」というのは誤りである。
 理性的に、根拠を探し、原因を探し、相手に伝わる言葉を駆使して、納得してもらうのが、理性的な行為である。感情的な人ほど、自分の狭い視野で物事を判断し、客観的な判断ができず、自己満足に陥ってしまう。


 話が脱線するが、国語の授業でも、分析的な授業は冷たいから嫌だという人がいる。
 そのような人にも「物事を直観的にとらえるのではなく,分析的にとらえることも情緒を豊かにしていく上で有効である」という文科省の指摘を伝えたい。

 例えば、ただ「わぁー、すごい」と感情表現するだけでは、何がすごいか全然伝わりませんよね。それでは情緒が豊かな子だとは、やっぱり言えないわけですよ。
 「何が」「どのように」「すばらしい」のかについて、相手に伝わるように具体的に表現できる子が、より細やかな感性のある子・情緒豊かな子なんです。
 具体的に表現させるためには、物事を分析する力が必要です。この分析力・観察力・表現力が理性の働きであり、論理的思考の働きです。
 論理的思考を指導すると、感情豊かな子が育たないとか、相手を言い負かす冷淡な子しか育てられないと言うのは明らかに誤解です。
 論理は「他者に自の考えを認めてもらう」ための筋道なのですから、相手を無理やり言いくるめても意味がありません。「いいものはいい」「好きなものは好き」「私が言っているんだから間違いない」という感情の押し付けの方が、よほど相手を傷つけます。、

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November 16, 2014

エネルギーシンポジウムの復習

 昨日のエネルギーシンポジウムの復習をしていて、雑誌WEDGEのバックナンバー2013年9月号に引っかかった。

「日本経済の最大リスク要因はエネルギー
 今こそ原子力推進に舵を切れ」

http://wedge.ismedia.jp/articles/-/3071


◎電力叩きで不都合な事実を見せなかった民主党
◎なぜ原発を推進すべきか 短期、中期、長期全てに合理性
◎原子力技術はコントロール可能 絶対安全の罠にはまるな
◎低線量被曝への過剰反応は別のリスクを招く

 さきほど、図書館で借りてきた。
 なるほど、昨日のお話と絡めると、よく分かる。

 特集の解説にも次のようにある。

◆国民はアベノミクスを評価した。力強い日本経済を望んだ。政局は消費税を3%上げるかどうかに注目が集まる。
税上げが経済を冷やすことを心配する向きがあるからだ。しかし、税収はいずれ国内を循環する。
なぜ消費税1~2%に匹敵する燃料費4兆円が資源国に垂れ流されていることを問題視しないのか。
この国の資源のなさ、産業立国というよって立つ基盤を直視すれば、国家として原発を推進するという立ち位置に戻る必要があるのではないか。
もちろん、技術的にはコントロール可能な原子力で福島第一原発事故を起こしてしまったことは真摯に反省しなければならない。
本物の安全文化を創っていく必要がある。
しかし、安全文化が完全でないから、あるいは福島事故の解決がいまだ道半ばであるから、再稼動させないというのは正しい選択なのか。
民主党政権がとってきたエネルギー政策を棚卸しし、原子力技術と放射能の現実と合わせ、冷静に決断する必要がある

 1年前の雑誌だが、国内も風潮は変わらない。
 安全審査の通った原発でさえ再稼働に対する反対の機運が強い。
 4月に消費税3%上がり消費が下がったと大騒ぎしているが、それでいて燃料費4兆円は話題にならない。
 消費税がさらに2%上がるかどうかで大騒ぎしているが、それでいて燃料費4兆円は話題にならない。

 谷先生が紹介した映画「パンドラの約束」のロバートストーン監督の特別インタビュー記事もあった。

◆放射性廃棄物の問題は、重大なものではありません。放射性廃棄物の量は少なく、そして、化石燃料の廃棄物とは異なり、それは全て貯蔵され、所在が確認できます(管理できます)。
(中略)
もし、あなたが、将来の世代の幸福や健康を気にかけるならば、あなたの一番の懸案は、可及的速やかに二酸化炭素の排出を減らすことでなくてはなりません。二酸化炭素は、我々が子孫へ残している負の遺産です。そえに比べ、放射性物質はとるに足らず、簡単に処理できるのです。

 放射性物質より二酸化炭素の方が害が大きいという意見は、別の個所にも同じような記述があった。P33

◆高レベル廃棄物の危険性を主張する向きもあるだろう。しかし、これも火力発電の廃棄物と比較すると、一概には言えなくなる。よく「トイレなきマンション」と言われるが、正しくは「トイレを造れるのが原発」で、「トイレを造れないのが火力」なのだ。
 原子力からの廃棄物は完全に管理できる上に体積や重量が小さい。火力は膨大な二酸化炭素や大気汚染物質が出るが管理できず空気中に拡散される。石炭なら灰の中に相当量の有毒な重金属が含まれるが分離されることなく地中浅く捨てられる。高レベル廃棄物をガラス固化体にして深地層処分するという技術はすでに確立されており、600年で銅と同レベルの毒性まで落ちると言われている。

 東京大学の飯本武士先生が講演で紹介された資料に近いものもあった。
 被ばく量を一生で1000mSvを目安とすると、50年で割り、1年間で20mSvという数値が出てくる。
 だから1年1シーベルトという低い数値を除染の基準にしてしまうと、かえって復興が遅れてしまう。
 WEDGEの特集記事が「1msvにこだわれば別のリスクを招く」と見出しをつけたのは、この意味だ。

 復習しないと分からないことが多いし、復習することで明らかになることも多い。
 まだまだ勉強不足であるが、原発再稼働に関する動向と双方の意見に注意していこうと思う。
Img_0135


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November 15, 2014

地球2つ分の資源が必要

エネルギーシンポジウム名古屋で、教えてもらったWWFの広告(ACの広告)。
News_14

「私たちがこのまま、今の暮らしを続けると、2030年には、地球2つ分の資源が必要になると言われています」
https://www.ad-c.or.jp/campaign/support/support_04.html

 情報量の少なさ・アンテナの低さを反省しました。セミナーに参加してよかったです。

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November 02, 2014

古賀氏の世論操作術

 名古屋JCの企画で、古賀茂明氏の講演に行ってきた。
 テレビで見る古賀氏を改革派の賢い人だなあと思っていたので、直接話を聞ける機会を楽しみにしていた。
 しかし、古賀氏のすべてを否定する気はないが、安倍政権に対する批判には不満が残った。

 古賀氏は、9月に新書を出した(ことを知らなかった)。

国家の暴走~安倍政権の世論操作術

 ずいぶん強引なタイトルである。
 講演の最後に、政策の対立軸として、「戦争のできる国家」と「平和な国家」を仕立て、集団的自衛権を認めた安倍政権を「戦争のできる国家」と批判した。
 本書の解説にも次のようにある。

◆日本人にとって”今、そこにある危機”それは日本が[戦争のできる国」となり「戦争なしでは生きられない国」となること。
安倍政権の世論操作による”国家の暴走”はどうすれば食い止められるのか?
http://www.kadokawa.co.jp/product/321402000230/
 
 「集団的自衛権の行使できる国」が「戦争のできる国」であるという表現までは理解できる。
 しかし「戦争なしでは生きられない国」とまで言うのは、明らかにすり替えであり、ミスリードである。
 このような批判(非難と曲解)こそが、世論操作ではないか。「元官僚の暴走」という言葉でお返ししたい。
 世論操作術ともいうべき、こうした書籍が何十万部と売れることこそが「国家の危機」である。

 「集団的自衛権の容認」を「平和な国家」と対立させる安易な二元論もどうかしている。
  それを言うなら「日本は、他国の危機にも救いの手をのべない一国平和主義」という批判に正対できない。
  国民に戦争で死者が出ることは確かに避けたい。
  では、ノーベル平和賞であれほど持ち上げたマララさんのような人達を救えない国家でよいのか。
  「戦争で国民が犠牲にならない日本」は、極端に言い換えれば、「友好国の国民を見殺しにする日本」である。
 そもそも今の世の中で問題になるのが、戦争でなく、紛争である。この違いは大きい。
 
  集団的自衛権の容認を急いだ手続き上の問題はある。
  そうした手続きの問題と、集団的自衛権の意味をひっくるめて否定する議論は生産的でない。
  将来の日本に関わる問題であり、子どもたちにも関わる問題だ。
  小学生にも伝わる形で説明できるよう、もう1度学び直したい。
  

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