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February 08, 2015

「批判・批評」のルーツをたどる

 「思考力を育てる『論理科』の試み」(明治図書)は、広島の向原小学校の研究をまとめた書籍である。
 指導に関わった井上尚美氏が、前書きを書いている。
 Webで立ち読みして、興味深い記載があった。
 がんばって打ち込んでみた(改行は増やしました)。
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 日本の国語教育、「論理的思考」という語が多様されているのに対して、アメリカの国語教育では「批判的思考」や「創造的思考」という語が多く使われている。
 「批判」というと、とかく相手をやっつけるという否定的なニュアンスがあり、また、教師自身が子どもから「批判され」てはたまらないという気持から、この言葉を避けて「吟味」という用語が最近はよく使われる。しかし批判的(Critikal)というのは、もともと「尺度・物差し」という意味のギリシャ語で、
良いものを良しとするのもクリテイカルなのである。
 「建設的に批判したりするような読み(クリテイカル・リーデイング)」(文部科学省『読解力向上に関する指導資料ーPISA調査(読解力)の結果分析と改善の方向』平成十八年、東洋出版社、十四ページ)
 「批判」だけでは上述のような否定的な響きがあるので、「建設的に」という修飾語をつけたのであろう。また、critikal readingをそのまま訳せば「批判読み」となるが、これはある民間団体がよく使う用語なので、意識的に避けたのであろう。私の考えでは、そのような配慮は無用で、単に「批判的な読み」でよかったのである。
http://www.meijitosho.co.jp/detail/preview.asp?code=32333...
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・・・「そのまま訳せば『批判読み』となるが、これはある民間団体がよく使う用語なので、意識的に避けたのであろう」という箇所について、「分析批評(批評読み)」のことを指しているのかとも思っていた。
しかし、いろいろ調べてみると、そうでもない。
 一読総合法の児言研が「批判読み」を提唱してきたからだ。

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 「批判読み」は、東京都教組荒川支部の教研サークルによって提唱され、広く知られるようになった。荒川教研国語サークルによって1957年から5年間、日教組全国教研集会で提案され、共同討議にかけられた。批判読みは日教組教研集会のなかで生まれ育ってきたのだ。荒川教研国語サークルの中には児言研会員(村松友次、長野一三ら)がおり、児言研でも批判読みが取り上げられ、実践されるようになった。荒川教研国語サークルは、1963年(昭和38)に「批判読み」の成果をまとめて書籍を出版した。

http://www.ondoku.sakura.ne.jp/idou2.html
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 国語教育 2001年6月号 「『批判的読み』のスキルを育てる」の編集後記もネットで見られるが、この「批判読み」も児言研のことだと思う。
 「批判・批評」という語の持つマイナスの響きが邪魔している様子・今「批判・批評」が求められる経緯もうかがえる。

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○…学習者は教科書教材に対して常に受動的な読みの姿勢を取らされています。しかしそれだけでは文章に対して能動的、主体的に読み取っていく技能(スキル)は育たないと言われています。
特に情報化社会にあっては、その知識・情報が根拠を持った正確なものかどうかなど、内容を吟味しながら読み取る力を育てることが強調された時がありました。三十数年前の「批判読み」の実践です。ところが国語教育の世界では、「批判」という言葉と概念を嫌うためか、その後の実践は広がらないままに今日に至っています。

○…いま「メディアリテラシー教育」が注目され、テレビ、ビデオ、インターネットから流される情報を批判的に読み取り、創造的に活用する授業に関心が集まりつつあります。
しかし本誌の二月号で有元秀文氏が指摘されているように「欧米で育ったメディアリテラシー教育を日本で根付かせることは容易ではない。最大の障害は、日本の教育が『批判』を教えないことにある」ようです。
欧米では批判的思考を必ず教える、と言われています。
有元氏は「批判とはお互いに助け合い、もっと価値の高いものを創造するために不可欠のコミュニケーションである」とも言っています。

○…かつて輿水実氏は「批判的に読むスキル」を提唱し、言語の使い方、その意味内容についての鋭い分析の態度、方法が必要であるとし、文章で説かれている思想の正当性、この著者の考えは正当な根拠に立っているものかどうか、などを批判的に読むことを勧めていました。加えて戦後の国語教育は、技能養成の意識が弱かったと強調されていました。

○…本号は改めて「批判的読みのスキル」を実践レベルで考え直してみたいとする特集です
http://www.meijitosho.co.jp/detail/02607
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・・・「クリテイカル・リーデイング」は、「分析批評」の専売特許のような言い方をすると、児言研や輿水実氏について不勉強と言われかねない。
児言研が「批判読み」・輿水氏が「批判的に読むスキル」を提唱していることを了解しつつも、「分析批評(批評読み)」の意義をアピールしたい。

 たとえば、井関義久氏の「分析批評で『批評力』が育つ」の前書きと書籍紹介が、webで見ることができる。

http://www.meijitosho.co.jp/detail/4-18-305315-2

◆批評力は、『国語の力』(垣内松三・一九二二年)に於いて、旧制高校(現在の大学に当たる)で学ぶことが適当とされていた。
今、判断力・批評的精神を育てる論理的表現力の開発課題として、長く埋もれていた批評力が、ようやく小・中学校で日の目を見ることになった。
 内容を読むことにこだわった戦後教育観から、内容と表現の1元論への脱皮、言語技術教育への転換だ。この方法を初めて具体的に提唱したのが分析批評(小西甚一・一九六七年)であった。『国語の力』が過去の遺産であるのと同様に、分析批評という名称も相当に年代物だ。
 名称もそうだし、方法に至っては聞いたことさえないという世代のためにも、これら遺産を学んできた一人としてぜひとも伝えておかなければと思う。

◆判断力、批評的精神を育てる論理的表現力の開発課題として「批評力」が注目されている。
そのための方法として「分析批評」を軸に実践技能をまとめ問題提起する。
分析批評は論理的思考力を育てる効果的な方法として役立つからである。

・・・先行研究の経緯を踏まえる必要はある。
それでも、「分析批評(批評読み)」が、文科省が求める言語力に合致していることは、明らかである。

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