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July 05, 2015

憧れの福山憲市氏から学ぶ

 30年近く前から、お会いしたかった福山憲市先生にようやくお会いすることができた。
 平成27年度第3回の教師力アップセミナー が、7月4日(土)に大口中学校で行われた。
◆◆◆
福山 憲市(下関市立勝山小学校 教諭「ふくの会」主宰)
“ 授業のプロ”と言われる福山先生も、かつては子どもに「授業が面白くない」と言われていました。そこからどう這い上がったのでしょうか? そこには20 代での「出会いと挑戦」があったのです。20 代に教師人生を大きく変えた熱い話など、教師修行の数々は若い教師やその指導者必見です! 著書は『スペシャリスト直伝! 学級づくり“ 仕掛け”の極意』『授業づくりの成功法則』シリーズ、『ミスを減らす指導法』シリーズなど多数。

http://www2.schoolweb.ne.jp/swas/index.php?id=school55&frame=frm4daef5dfb49cd
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 福山先生は「ふくの会」「ミスゼロ」などで精力的に活躍され、著書も雑誌連載もたくさんある。
 そのような著名な実践家によくある誠実さで、私のような者にも丁寧に研究通信を送ってくださり、私が送る拙いサークル通信にもコメントをくださった。

 初めてお会いする福山先生は、予想通りではあったが、本当に素晴らしい実践家であった。
 私は笑顔の素晴らしい方に憧れる。
 自分の笑顔がぎこちないので、さりげない笑顔をキープできる方がうらやましい。
 福山先生は、2時間の講演の間、ずっと笑顔をキープされていた。
 そして、褒め言葉のシャワーであった。
 ちょっとした変化、ちょっとした反応をキャッチし、たくさん褒めた。
 ちょっとした冗談で笑わせ、なごませ、短い言葉で「すてき」「すばらしい」「松阪牛だ」「できてる、できてる」と褒めた。セレトニンが出まくる心地よい2時間であった。

 なぜ、あそこまでさりげなく、シャワーのように褒められるか。
 その要因の一端は、「放課後の孤独な作業」のように、毎日、クラス全員の子への気付きをメモする修行をしてきたからだと私は思う。
 「ささいな変化」に着目しないと、毎日のコメントは書けない。
 いつもクラス全体に目を向けていないと、個々のよさをキャッチできない。
 毎日の子どものコメントが書けるようになるまでに「3年かかった」という福山氏の言葉には重みがあった。

 あえて、1つキーワードを上げると「プラスワン」。
 今回の講座で強調されたワードではないが、福山氏の実践の中では重要なワードである。

①講座の冒頭、お隣の人と自己紹介をさせた。
②できた点を褒め、笑顔・目を見る・制限時間を守るなどのプラスを指示して、今度は席を立って自己紹介させた。
③できた点を褒め、今度は、相手の名前を覚えている人を尋ねた。つまり、いくら積極的に自己紹介しても、相手の名前をきちんと覚えていなければ意味がないことをさりげなくたしなめた。
 
 「○○ができてすごいね。ところで△△までできた人はいるかな?」

といった形で、一安心する間もなく、次の課題が提示されるところが、福山流の「プラスワン」だ。
 次のような事例も紹介があった。

①初任の先生と校内を巡り「今、何か気づかなかった?」と尋ねる。
②初任の先生がそれなりに答えるが「そこじゃないんだよな」と新たな視点を提示する。
③また、違う場面で「今、何か気づかなかった?」と尋ねる。
④初任の先生が先の視点を意識して答えると、「そこじゃないんだよな」とさらに別の視点を提示する。
⑤この繰り返しで、初任の先生は「次は何を聞かれるのだろう」と構えをもって周りを見るようになる。

・・・さらなる高みを目指した「あくなき追究」の対応術(指導術)である。
 通常の授業でも、次のような場面が目に浮かぶ。

①この資料を見て「何か気づくことはありませんか?」と尋ねる。
②子どもが躍起になって気付きを発表する。
 「すごい! でも、先生が見つけてほしいのは、そこじゃないんだよな」とあおる。
③子どもはまた躍起になって考える。そして思いもよらない先生の解説を聞いて「そうか、そういう見方ができるのか」と分析コードを身に付ける。
④別の場面で「何か気づくことはありませんか?」と尋ねる。
⑤子どもが躍起になって、前回の視点を意識して気付きを発表する。
 「すごい。よく見つけたね。でも、今回、先生が見つけてほしいのは、そこじゃないんだよな」
 とさらに次の見方をあおる。
⑥子どもはさらに考える。
 そして先生の解説を聞いて「そうか、そういう見方もできるのか」と、さらに分析コードを身に付ける。
⑥こうなると、子どもは、次はどんな視点を聞かれるのだろうと構えをもつようになる。
⑦そして、教師が準備した視点以上の新たなコードを自ら駆使するようになる。
⑧すると、次のようなやりとりが起きる。
 「先生、僕はこんな発見をしました」
 「おお、それは先生も発見できんかった。やられたなあ」
⑨このようなやりとりを紹介すれば、その子もほかの子も、ますます追究するようになる。
⑩こうして、毎日、山のような自学ノートが提出される。

 分析視点の追加や意味づけを繰り返すことで、福山氏に学んだ子どもたち(教師たち)は、加速的に成長する。
◆教師の圧倒的な知の力。
◆その知の力に憧れ、一歩でも近づこうとする子どもの知的好奇心。

 その両者のぶつかり合いが、まさに「福山マジック」なのだと思う。
 
 うーん、もっと早くお会いしたかったな。
 福山先生、ありがとうございました。

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