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July 11, 2015

・「知にこだわらないアクティブ・ラーニング」批判

現状は、学生にただ、座学以外の活動をさせているに留まっている例が少なからず見られます。
そのような知にこだわらないアクティブ・ラーニングは、浅薄なものにしかなりません。

・・・「知にこだわらないアクティブ・ラーニング」は、まさに「はいまわる経験主義」「体験活動さえすればよいとする体験活動至上主義」と同義になろう。

「概説アクティブ・ラーニングとは」というPDFデータがある。
京都大学 高等教育研究開発推進センター 溝上慎一准教授の解説資料だ。

http://www.keinet.ne.jp/gl/10/11/kaikaku_1011.pdf

 高等教育に関しての記載であるが、参考にはなる指摘がたくさんあった。

◆溝上先生は、「知識が使える人材の育成を目指してアクティブ・ラーニングに取り組むことが重要」と強調する。
「そのためには、フィールドワークをしたりディスカッションをしたりするだけでなく、知識に結びついた授業をするということが必要です。しかし、現状は、学生にただ、座学以外の活動をさせているに留まっている例が少なからず見られます。そのような知にこだわらないアクティブ・ラーニングは、浅薄なものにしかなりません。」

・・・「論語」にも指摘された学問の永遠の課題でもある。

「学びて思わざれば則ち罔し、思いて学ばざれば則ち殆し」

⇒「どんなに勉強しても、自分で考え、研究しないかぎり本当の知識とはならない。
 一方、自分で考えるだけで人の知識や経験を学ぼうとしなければ独善におちいる。」

 「他者からの学び」があって初めて「自分の思う」に価値がある。
 確かな「学び」もないのに、浅薄な知識で自分の「思い」だけをペラペラ語っても独善でしかない。
「はいまわる経験主義」の問題も、ここにあったのだ。

知識を基礎にしなければ、真の問題発見力や課題解決力、論理的思考力などは育たない。
だから「座学ができないからアクティブ・ラーニングをさせる」などというのは本末転倒であり、座学で前提となる知識を学ぶことができ、与えられる課題をしっかりこなせるという、学びにおける基礎・基本があり、その上で、個性と応用力を育むのがアクティブ・ ラーニングなのである。

・・・「座学ができないからアクティブ・ラーニングをさせる」は本末転倒と言う指摘もその通りだ。
「基礎的な学力」がなければ「知の応用」はできないという意味では、先の「論語」にも通じる指摘だ。

○「適切な指導」がされていなければ、「自由試行」や「グループ学習」はできない。
○「コードの習得」がされていなければ、自力による「分析」はできない。

 文科省の言う「習得ー活用」のステップの通りである。

また、溝上先生は教員に対しても、「普段勉強しない学生やじっと座って講義を聴いていられない学生が自分たちで何かを調べたり、それなりにまとまったレポートを提出したり発表をしたりすると、それだけで満足してしまいがちです」と苦言を呈する。
・・・これも「はいまわる授業」に対する警告だ。
 何か熱中してやっているから良く見えるだけで、実は何の力もついていないのが「はいまわる授業」の問題点であった。
 「単元を貫く言語活動」にも、この危険性がつきまとっている。
自分たちで何かを調べたり、それなりにまとまったレポートを提出したりといった「形」だけを見て満足するわけにはいかないのだ。

教員が内容にこだわること、つまり学生のレポートなどの論理的に詰めが甘い箇所を指摘したり、アドバイスしたりすることが学びの質を高める秘訣だと指摘する。
そのように学生を指導するには、教員も、学生が設定する多様なテーマについて勉強する必要がある
「高校で導入する場合も基本的には大学と同じです。とにかく重要なのは、内容にこだわること。教員が生徒の学びにどれだけ指摘・アドバイスをできるかが、質の向上につながるのです」

・・調べ学習や議論をさせても、その内容について、指導者に知識も技術もなく適切な助言ができないのでは、結果の質を保障できない。
 何の知識もない教師が「とりあえず調べてみよう・話し合ってみよう」と子どもに丸投げするようでは、話にならないのだ。

 「国語科でアクティブ・ラーニングを具体化することは、単元を貫く言語活動を位置付けた授業づくりを一層推進することに他なりません」などと宣言するなら、指導者側の「論理的に詰めが甘い箇所を指摘したり、アドバイスしたりする力」をどう身につけるかにも言及する必要があるだろう。
 その点、TOSSは、授業プランだけでなく、教師の指導力の向上策を含めて提案している。
 そこがお手軽な「単元を貫く言語活動」「学び合い」との決定的な違いである。

 最後にこの資料で提示された「アクティブ・ラーニング」の例。
これらの言葉の意味まできちんと把握して、理論武装しないといけない。

① 学生参加型授業
  e.g.コメント・質問を書かせる/フィードバック、理解度を確認
  クリッカー/レスポンス・アナライザー、授業最後/最初に小テスト/ミニレポートなど
② 各種の共同学習を取り入れた授業
  e.g.協調学習/協同学習
③ 各種の学習形態を取り入れた授業
  e.g.課題解決学習/課題探求学習/問題解決学習/問題発見学習
④ 学生参加型授業
  e.g.コメント・質問を書かせる/フィードバック、理解度を確認
  クリッカー/レスポンス・アナライザー、授業最後/最初に小テスト/ミニレポートなど
⑤ 各種の共同学習を取り入れた授業
  e.g.協調学習/協同学習
⑥ 各種の学習形態を取り入れた授業
  e.g.課題解決学習/課題探求学習/問題解決学習/問題発見学習
⑦ PBLを取り入れた授業
  e.g.Problem-Based Learning/Project-Based Learning

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