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December 26, 2015

説得の2方向~ダブルスタンダード~

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 『オプテイミストは、なぜ成功するか』(マーティン・セリグマン)は、楽観主義と悲観主義の違いがよく分かる1冊だった。
 よい出来事があった時に、楽天的な人は「自分の成果」であり、「よいことは続く」と考える。
 しかし、悲観的な人は「たまたま運がよかった」とか「「よいことはいつまでも続かない」と考える。
 そして、悪いことがあった時は、逆の発想になる。ここが面白い。
 悪いことことがあった時に、楽天的な人は「たまたま運が悪かった」とか「悪いことはいつまでも続かない」と考える。
 しかし、悲観的な人は「自分のせい」であり、「悪いことはいつまでも続く」と考える。

 むろん、楽観的・悲観的、いずれの考え方も必要で、単なる楽観主義者は、自分に都合のよい解釈をするから真の危機回避ができない。
 過度な悲観主義者は、あらゆる困難を自分で抱え込んでしまい、負のスパイラルに入ってしまう。

 「自尊感情」は高すぎても低すぎても問題で、「適切な自尊感情」が求められる。それと同じだ。

 ところで、私が知っているあるベテランの先生。
 毎年のようにクラスが荒れるが、悪い意味で楽観的である。

 「私は一生懸命やっている。でも、子どもが言うことを聞かない」
 「私は悪くない・子どもが悪い・クラスが変わればうまくいく」
 「うまくいくのは自分のせい・うまくいかないのは他人のせい」

 だから、自分の力量を向上させようという意識が全くない。
 
 これは子どもにもよくあることで

◆しっかり反省してほしい子どもほど、自分は「よくできている」と思っており、向上意欲に欠け
◆充分頑張っている子どもほど、自分は「まだまだ」と思っており、自分を追い込んでいる

という事態が起こりやすい。

 保護者も同じ。

◆心配な子どもの保護者ほど、自分の子は「問題ない」と思っており、危機意識に欠け
◆心配のない子供の保護者ほど、自分の子は「問題がある」と思っており、子どもを追い込んでいる

という事態が起こりやすい。

 危機感がない相手は、危機意識をたきつける点火作業
 危機感がありすぎる相手には、危機意識をたしなめていく鎮火作業

が必要で、相手をよく見て、支援を使い分けないといけない。

というわけで

◆落ち込み、悩んでいる相手には、まずは批判を押さえ、自信回復の支援をする。
◆過剰な自信をもっている相手には、改善点を指摘し、危機意識をあおる。

 そのことを、自分はかつて「ダブルスタンダード」という形でまとめてみた。
 楽観主義と悲観主義の区別を知らなかったころだ。

November 18, 2011
ダブルスタンダードは教育的配慮である

 ダブルスタンダード=二重基準は、不公平な対応だと思っていた.
 だが、いろんな先生の話を聞くうちに、そうとも限らないと感じるようになってきた。

◆厳しく言っても通用する人には厳しく
◆厳しく言ったら逆効果の人にはやさしく

の方が望ましいと考えれば、相手かまわず厳しくすることも、相手かまわず優しくすることも逆効果だ。
その方が「思慮分別のない人間」ということになる。

言い方を変えれば
◆期待している人には厳しく
◆期待していない人には甘く
ということにもなる。

 「できる人には厳しく、そうでない人にはそれなりに」の配慮は差別でもひいきでもない。
 これは正当な個別対応だ。
 
「子どもが荒れるのは教師の授業技量が低いからだ」と厳しく言い放つことがある。
 一方で、実際に荒れてしまい疲労困憊している人には「自分を責めなくていい」とメッセージを送ることも大切だ。
 これも正当なダブルスタンダードの対応だ。

 2006年、中日新聞7月18日付の朝刊「ひろさちやのほどほど人生論」の「正しいことを言うな」という言葉を引用したことがある。

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怠けている人間、遅刻した人、それぞれに事情があり、理由があるはずです。
その事情・理由を斟酌(しんしゃく)することなく正しいことを言う人は、じつは、ー正義という名の魔類ーになっているのです。
仏教では、その正義という名の魔類をー阿修羅ー
と呼びます。阿修羅というのは、本来は正義の神であったのですが、自分だけが正義だと思って、他人に対する思いやりがないために、神界から追放されて魔類になった存在です。(後略)
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 教師は「よかれ」と思って平気で子どもを傷つけることがある。
悪意がない分だけ、たちが悪い。正義感を振りかざす鈍感な教師はまさに阿修羅である。
 何も言わずにじっと相手の聞いて上げる行為が「慈悲」なのだとも書いてある。
 今はきちんと問詰める場面か、深く追いつめるべきでない場面か、その程度の思慮分別は持ち合わせたい。

ダブルスタンダードで考えると論争が整理できる

 できる人・やれる人には自己を高める努力を求め、もっともっとと厳しく要求する。
 一方で、十分がんばっている人には「休めばいい・無理しなくていい」と言う。
 これが、思慮分別のあるダブルスタンダードである。

 そう考えると、勝間和代氏と香山リカ氏の「がんばらないで」の論争は、シングルスタンダードの弊害であることが分かる。
 香山氏は、『しがみつかない生き方』を出版し「勝間勝代を目指さない」を帯にした(今は違う)。
http://news.livedoor.com/article/detail/4531267/

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 勝間に感化された女性たちが努力のし過ぎで疲れきってしまっていると指摘し、「カツマーになったことで不幸になる女性が増えている」と主張。
 さらに、目標を達成できないことで自分を責め、うつ病を患い精神科を受診する女性が増えているとも明かした。
 対する勝間は、相手を正面から睨みつける迫力満点の顔で、「努力そのものを楽しんでほしい」「年収が多い方が幸せになれるのが現実。目を背けないでほしい」と反論。「どうせ不況だから努力してもムダ」とあきらめる風潮を否定し、夫がいなくても子供を大学まで行かせられる「年収600万円」を目指して努力することが女の幸せにつながると、あらためて主張した。淀みなく言葉を並べ、今年の干支・虎が獲物を狩る時のような鋭い眼光で香山を威嚇する勝間、さすがの勢いである。
 反論を受けた香山は「(勝間の理論は)勝ち組になれなかった人たちを切り捨てている」「勝間さん(の本)は金持ち仕様ってこと?」と返した。香山の言葉にヒートアップした勝間は、「香山さんこそが、下々の者みたいな感じで何にもできないと思い込んでいる」と口撃。香山は思わず「はぁ!?」と怒りの声を上げ、まさに女同士のガチバトルとなった。
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・・・香山氏は『しがみつかない生き方』を出版し、『勝間さん、努力で幸せになれますか』という共著もある。
 香山氏の言うように、誰もが勝間氏のようになれるわけじゃない・全ての人が勝間氏をめざさなくてもいい、それはそれで正論なのだ。
 「『頑張ってもうまくいかない』『頑張れない自分はダメだ』……こう訴える30代、40代の女性の患者さんが増えています。という香山氏の訴えは切実である。
 
 ただし、 「ナンバーワンよりオンリーワン」や「がんばらないで」というメッセージが、本来がんばるべき人のサボタージュの口実になっても、これまた困る。
 勝間氏の言うように「どうせ不況だから努力してもムダ」とあきらめる風潮は否定したい。
 「ナンバーワンよりオンリーワン」や「がんばらないで」といったメッセージは甘やかすだけだという声を聞くが、シングルスタンダードで、ナンバーワンよりオンリーワンだと決めてしまうからいけないのだ。

 「あなたはオンリーワンでいい。十分がんばっている。無理しなくていいんだよ」

 「あなたはもっとできる。ここで気を抜くのはモッタイナイ。遠慮しないでナンバーワンをめざせ!」

と個別対応すれば問題はない。
 「善は急げ」と「急いては事をし損じる」といった正反対の格言が存在するのと同じで、時と場合に応じて都合のいい方を選べばよい。
 ダブルスタンダードは、個別指導である。
 ダブルスタンダードは不公平だと考えた自分の発想が貧困なのだが、世の中は何かと分かりやすい二項対立に持ち込みたがる。
 この安易な世の中の二項対立に巻きこまれないように注意しないと!

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