向山学級が育てた「考える力」
『成功する子 失敗する子』(ポール・タフ)で一番着目されるのは第2章だろう。
以下の項のたくさんの箇所に付箋をつけた。
・何が気質を育てるのか ・楽観主義を身につける
・性格の強み ・自制心と意志力
・動機づけ ・勤勉性
・やり抜く力(グリット)・性格の通知表
しかし、第3章「考える力」も、すごく印象に残った。
チェスで雑な試合運びをしたセバスチャンに対するスピーゲル先生の言葉は手厳しい。以下にセリフを中心に抜粋する。
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「その手を指すのにどれくらい時間をかけたの?」
「二秒です。」
「一手に二秒しかかけないような試合をするためにあなたをここに連れてきたわけではないのよ」
「お話にならない。こんな試合を続けるならトーナメントから降ろします。ここで頭を垂れたまま週末の残りを過ごすといいわ。二秒では、きちんと時間をかけているとはいえない」
「いい?まちがいをおかしたのなら、それはそれでかまわない。だけどろくに考えもしないで駒を動かすとしたら?それは駄目。そんな軽率で思慮を欠いた試合を見せられると、やりきれないの」
ふたりはそうやって次から次へと駒を動かした。スピーゲルはセバスチャンのよい手を褒め、あまりよくなかった手については代案を考えさせ、落ち着いて考えるようにとくり返し促した。
「一部を取ってみればすばらしいゲームだった」
「それなのにあなたはときどき超高速で駒を動かして、ほんとうに馬鹿なことをしでかした。それさえやめることができれば、このあと試合はかなりうまくいくはずよ」
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・・・追い詰める手法・でも本人の成長を強く願う温かい指導が、向山実践と重なってくる。
宿題のスピーチ練習をしてこなかった子への詰問場面の記載は見つからなかった。
ただし、位取りを手抜きして計算間違いをした子への詰問場面が『斎藤喜博を追って』にあった。
「君達はさっきやさしい、簡単だと言った。しかし君達六名はまちがえ、吉岡ができていた。しかも吉岡は君たちも知っているように前の時間まで、二桁×一桁のかけ算もできなかったんだ。前の時間、クラスで一番できなかった子より君達はできなかった。ところで、君達の感想を聞かせてくれ」P28
・・・いいかげんなやり方は許さない。
甘えを断ち切ることが「叱る」なら、この詰問も「叱る」だと言ってもよい。
スピーゲル先生の指導法について、『成功する子~』のP179には次のようにある。
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心理療法と少し似ている、とスピーゲルはいう。自分がしたまちがい、しつづけているまちがいを見直し、その根本にある理由を探る。そして最良のセラピストのように、スピーゲルも生徒がせまく困難な道をなんとか通り抜けるのを助けようとする。まちがいに対する責任を自覚させ、気に病んだり打ちのめされたりすることなくまちがいから学べるように仕向ける。「完全に自分をコントロールできる範囲のものごとで負けるというのは、子どもたちにとってすごく稀な体験なのよ。チェスの試合で負けた場合には、責めるべき人間は自分しかいないとはっきりわかっている。(中略)まちがいや負けから自分を切り離す方法を見つけるしかなくなる。負けというのはその場その場の行動の結果であって、永続する状態ではないということを、生徒たちに教えたいの」
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・・・失敗は誰にもあり、科学の発展は失敗の積み重ねだと指導する向山氏の次の方針と重なってくる。
教室とは、まちがいを正し真実をみつけ出す場だ。
教室は、まちがいをする子のためにこそある。
教室には、まちがいを恐れる子は必要ではない。
・・・こうした向山学級の手厳しさの意義は『成功する子~』の解説で裏打ちされる。
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たいていの人は十代の女子生徒達に向かって怠慢であるとか、あなたのしたことはお話にならないくらいレベルが低いなどとはいわない。だけどときには子供たちはそういう言葉を聞く必要がある。もういちど姿勢を正そう、と思うために。P184
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研究者たちは、幼児が粘り強さや集中力といった気質を伸ばすには養育者からの温かく愛情に満ちた世話が必要であると論じてきた。しかしスピーゲルの成功例を見ると、思春期に到達するころの子供たちに有効な動機づけは毛づくろいに似たスタイルのケアではなく、まったくべつの気遣いである。おそらくミドル・スクールの年ごろの生徒をスピーゲルのチェスチームの選手たちとおなじくらい熱狂的に集中させ、練習させるには、誰かが意外なほど自分のことを真剣に受けとめてくれるという -自分の能力を信じてくれて、もっと改善できるからしてみなさいと持ちかけてくれるという - 体験が必要なのだ。P186
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・・・向山学級は子どもを一個の人格として大切にした。
まさに「自分のことを真剣に受けとめてくれる体験」が与えられたのだ。
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教室やトーナメントで毎日のようにスピーゲルが生徒に教えようとしていたのは、私が見たところ、やり抜く力であり、好奇心であり、自制心であり、オプテイミズムだった。P187
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にトレースすると、向山氏が毎日教えようとしていたのが、やり抜く力であり、好奇心であり、自制心であり、オプテイミズムだったことがよく分かる。
具体的な指導場面が惜しげもなく提示される向山先生の著作はすごい。
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とはいえ、この「追いつめる」部分だけを真似すると、やけどをし、反発をくらう。
心から子供の成長を信じ、つぶさに子供の様子を観察して適切なアドバイスをするスタンスがない教師に「追いつめる」資格はない。
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