« January 2016 | Main | March 2016 »

February 28, 2016

スマートフォン依存と「マシュマロ・テスト」

 中学生の3割、高校生の5割が「携帯電話やスマートフォンが気になって勉強に集中できない」という報告がある。
 ベネッセ教育総合研究所の「第5回学習基本調査」データブック [2015]
http://berd.benesse.jp/shotouchutou/research/detail1.php?id=4801
 特に、「家庭での学習」のデータが興味深かった。

1.平日の学習時間・宿題の時間
2.宿題の種類
3.家庭学習習慣
4.テスト勉強の開始時期
5.家での学習の様子
6.本やメディアへの接触
7.学習とICTメディア

 注目すべきは、スマートフォン使用に関わる「学習とICTメデイア」の項目で、次のようにまとめられている。

◆「携帯電話やスマートフォンが気になって勉強に集中できない」と感じている中学生が30.8%、高校生が47.4%である。
それらを成績自己評価別にみると、中高生とも成績が低い層ほど肯定率が高い傾向がみられている。

・・・成績が低い層ほどスマートフォンが気になって勉強に集中できないという結果は、「自制心」を調査した「マシュマロテスト」と同じである。
 「成績の低い子ほど、自制が足りない」のか、「自制心が足りないから結果として成績が低い」のかは定かではないが、そこに関連があることは言えそうだ。
 「マシュマロテス」トでは、我慢できた子どもは目をそらしたり、後ろを向いたりして、むしろマシュマロから注意を逸らそうとする傾向があることが観察されている。
 スマートフォンを手元に置いて勉強する中学生が全体で44%、高校生全体で69.4%などとの結果も出ているが、手元に置きながら「集中できない」と嘆くのは愚かな対応だ。
 今の日本の若者にとって、学習の時間をいかに増やすかという問題は、スマートフォンの利用時間をいかに減らすかという問題と直結している。
 勉強中はスマートフォンは別の場所に置かせる家庭ルールや個人の強い意志(ルーティーン)がないと、学習時間は確保できない。 だからこそ、スマートフォンの誘惑を断ち切れる「学習塾」という学習環境が、成績向上に直結するわけだ。

 それにしても、「スマートフォンに対する自制心」は、もはや社会問題であるとさえ思う。
 家庭の問題とはいえ、学校がサポートしていかないと犠牲者は子どもである。
 教育は、国家の存亡に関わるのだから、大げさに言えば、スマホ依存が国家の危機でもある。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

February 27, 2016

『渡辺崋山』 ドナルド・キーン(新潮社)

331707
  先のブログの延長で、『渡辺崋山』を読んだ。
  渡辺崋山の面白さは、幕末の知識人の置かれた立場の面白さにある。
  主君に忠実な儒学を学んできた崋山は、家老職で海防策を担当し、鎖国を擁護する立場である。
  しかし、西洋事情を研究していく中で、列強の最新の動向を知り、鎖国体制の限界に気づいてしまう。
 そもそも、昌平坂学問所の儒官(総長)の佐藤一斎自身が、朱子学だけでなく陽明学まで及んだ先見的な人物で、一斎の膝下から育った弟子が佐久間象山、渡辺崋山ら幕末に活躍した英才であった
  崋山も幕府を擁護する立場にありながら、幕藩体制の行き詰まりが予見できてしまった知識人たちの1人であった。幕藩体制の批判をしたとして「蛮社の獄」でとらえられてしまったが、開国の動きは、もはや止めようがなかった。
 
 もちろん、家老職にありながら、絵画の世界に通じ、その道を究めようとしていた点も面白い。
 生計を立てるために、絵画を描く必要があった点にも悲哀を感じるが、
蟄居の身にありながら絵画を描き続けたことを咎められたとして、藩主に迷惑が及ばないよう自決した点にも哀しい。
 ドナルド・キーンは、開国の先駆けというよりは、画家としての業績のすばらしさを中心に書いているようにも読めた。

 また、当然ながら、重要資料は江戸時代の「古文」である。
 古文を提示し、合わせて現代語訳も提示している。
 自分自身も、原文で理解できる日本人でありたいとつくづく思った。
 本人の刊行インタビューがネットで見られる。読後にこれを読むと、納得することが多い。
http://www.shinchosha.co.jp/shinkan/nami/shoseki/331707.html

| | Comments (0) | TrackBack (0)

February 20, 2016

インフルエンザ対策についての私見

 市内の小中学校でも学級閉鎖が増えている。
 しかし、個々のインフルエンザ対策が、何となく曖昧な気がしてならない。

(1)震えるほどの換気

 「うちのクラスは、窓開けっぱなしだから、ぶるぶる震えながら授業を受けています」
と自慢気に言う先生がいる。
 換気をしっかりするという対策方であることは、よく分かる。

http://www.we-serve.co.jp/blog/cat35/post-27.html

にあるように、

インフルエンザに感染した人が室内にいた場合、その人の咳やクシャミで出た インフルエンザウィルスが2~3時間くらいは部屋の中でふわふわと漂っているということ。

というのだから、換気が大事なのはよく分かる。
 しかし、インフルエンザは気温が低いほど活発になる
 先のサイトにも、

◆“室内は適度な温度と湿度に保つ
◆冬の室内の環境は、湿度:50%くらい・室温:18~20度

とある。
http://www.wakando.jp/kaze3.htm

には、効果が数値で示されている。

インフルエンザウイルスは、温度が低い程、湿度が低い程長時間生存し、感染する力を保持しています。
すなわち室温21~24℃、湿度50%以上では6時間後の生存率は3~5%であったのに対し、湿度を20%にすると生存率は60%になりました。
室温7~8℃の低温では、湿度50%以上では6時間後の生存率は35~42%でしたが、湿度22~25%では63%でした。
室温を32℃の高温にすると湿度50%での6時間後の生存はゼロでした。
室温32℃で湿度20%では生存率は17%でした。

というのだから、ぶるぶる震える教室で授業をするのは逆効果ではないのだろうか。
 しかも、
http://www.keiryou-keisoku.co.jp/kaze-influ/kaze-influ.htm
には、

◆身体を冷やすと免疫力も下がること、気温が低下するとせきを誘発してのどの粘膜がやられることから、
室温を適温に保つために、温度計でのチェックも同時に行っていきましょう。

とある。冷えた教室は健康上の問題があると言えるだろう。

 換気をすれば室温は下がるので、インフル対策になる。
 しかし、室温が下がれば、感染の恐れが高まるので、インフル対策にならない。

「換気はインフル対策にならない」とまでは言わない。
「換気せずに、室温を上げよ」とまでは言わない。
 自分には、判断するすべがないからだ。

(2)マスクの着用

 インフルエンザ予防のためには

・予防接種を受ける
・外出後のうがいと手洗い
・外出時はマスクをする
・人ごみを避ける
・換気をする
・室内は適度な温度と湿度に保つ
・栄養と休養を十分取り抵抗力を高める

などが挙げられる。
http://www.we-serve.co.jp/blog/cat35/post-27.html
より

 「換気」と「室温」の両立が難しいことを先に書いたが上記のサイトで、さらりと書いてある次の箇所も気になる。

◆インフルエンザの感染は咳やクシャミからの飛沫感染が主な経路ですが、 空気感染もゼロではないそう。

・・・可能性はゼロではない「空気感染」の対策のために換気を励行しているということになるのだろうか(そう言い切る自信はありません)。
 ゼロではない空気感染対策のための「換気」で、免疫力を落としたり、ウイルスが死滅しないのだとしたら、本末転倒ではないか。

http://pro.saraya.com/kansen-yobo/influenza/kansenkeiro.html
によると、「空気感染」よりも心配なのは「飛沫感染」「接触感染」である。

===================
「飛沫感染」

感染者のくしゃみや咳によって、インフルエンザウイルスを含んだ気道分泌物の小粒子が周囲に飛び散ります。この小粒子を飛沫といい、その数は、1回のくしゃみで約200万個、咳で約10万個といわれます。粒子は比較的大きいのですが、感染者からおよそ1~1.5メートルの距離であれば、直接に周囲の人の呼吸器に侵入してウイルスの感染が起こります。また、目などの粘膜から直接侵入することもあるようです。

「接触感染」

飛沫に汚染された環境表面やモノなどに触れることによってウイルスが付着した手を介する感染です。手についたウイルスを目や鼻、口などに無意識にもっていくことにより、粘膜からウイルスが侵入します。ウイルスは乾燥した環境中では長時間生きつづけることができるので、感染者が使用した電話やドアノブ、食器、交通機関のつり革などにウイルスが付着して、後からそれを触ったヒトに感染が起こり、広がることがあり得ます。

================
 とある。
 「空気感染」の対策よりも、「飛沫感染」「接触感染」の対策の方が優先されるのだと読み取れる。

 その飛沫感染を防ぐ手立てとして「マスクの着用」が言われている。
 ただし、これは、主として感染者のするマナーである。
 「感染しないためにマスクをしても意味がない」などと、よく耳にした。

 そうなのだろうか?

 「ウイルスが付着した手を介する感染です。手についたウイルスを目や鼻、口などに無意識にもっていくことにより、粘膜からウイルスが侵入します」とある。

 子どもは、すぐに手を口にもっていく。
  だから、感染していない子もマスクを着用すれば「接触感染」を予防することができるではないか。

 しかし、マスク着用の効用として「接触感染の予防」があると正式には聞いたことがなかった。
 今回、あらためてネット検索してみると、

http://pro.saraya.com/kansen-yobo/influenza/mask.html

に、次のようにあった。

=============」
 感染していないヒトがマスクをすることで、飛沫の吸入を抑えるだけでなく、汚染された手で鼻や口を触る機会が減り、接触感染の防止になります。
=============

・・・よかった。「接触感染の防止」のためのマスク着用が、きちんと明記されていた。
 自分は、これまでも、独断で「マスクをつけると、手についたウイルスが口に触れないから、予防になるんだよ」と教えてきたが、間違いではなかった。
 とりわけ、すぐに手や指を口元にもっていきたがる子どもたちには、マスク着用はとても有用だと思う。
  ちなみに、「手洗いは、30秒以上、指1本1本まで丁寧に」などと言われるが、これでは、大半の子どもの手洗いはアウトである。
 だからこそ、手にウイルスが付着していても、口に触れない防衛策として、いはば最後のとりでとして、マスク着用が有効になるのだ。
 
 さて、室温を上げ、湿度を上げるとインフルエンザウイルスの生存率が下がる。

===================
 室温21~24℃、湿度50%以上では6時間後の生存率は3~5%であったのに対し、湿度を20%にすると生存率は60%になりました。
 室温7~8℃の低温では、湿度50%以上では6時間後の生存率は35~42%でしたが、湿度22~25%では63%でした。
====================

・・・子どもたちが帰った授業後、廊下の窓を開けっぱなしにしておく先生が多い。
 しかし、それでは、気温が低すぎるから、残っているウイルスが生き延びてしまう。

【極端な対策例の1】
 子どもたちが帰った後の教室で、ガンガンにストーブを点けて、室温を21度以上に上げておく。
 あるいは、出勤したらすぐに教室に行って、ストーブを点け、室温を21度以上に上げておく。


・・・換気を名目に、教室を冷え冷えとさせてしまうことの問題点を全職員に理解してもらいたい。
 
 さて、もう1つ気になっているのが、清掃時のぞうきんがけだ。
   学校では、給食後に清掃、放課と続く。
 空ぶきぞうきん担当の子たちは、パンパンと払うだけで、そうきんを所定の場所に置き、遊びに行く。
 よほどのことがない限り、空ぶきぞうきんを洗うことはないし、ぞうきん係りの子が、接触感染を恐れて念入りに手洗いしているなんて姿は、ついぞ見たことがない。
 ぞうきん係りの子への感染予防を怠っているのだろうか。
 ほうき・ごみ係りと比べて、ぞうきんがけの係りは、感染率が高いのではないだろうか。

【極端な対策例の2】
 インフルエンザが流行し出したら、感染防止のため、空ぶきぞうきんの清掃を禁止する。

 「空ぶき担当の子はインフルエンザに感染する割合が高い」といった具体的な数値データがないと、説得力がない。しかし、感染の確率は、きっと高いだろうな。


(3)適切な湿度
 ところで、室温だけでなく、湿度も大事だとされている。
 では、どうやって湿度を高めようか。
 PTAの予算で、全学級に加湿器を購入した学校がある。
 しかし、加湿器の手入れが悪いと、かえって雑菌をまき散らすとの指摘がある。
 昔の石油ストーブなら、やかんを載せて、湯気を出していたが、今は、やかんは危険だと言われるに違いない(春日井市の暖房器具ははガスファンヒータだから、やかんdお湯を沸かすことはできません)。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

February 14, 2016

『シンプルに考える』その2  サッカー型の組織体

 『シンプルに考える』森川亮著(ダイヤモンド社)の続き。
 マネージメントのヒントについて。
 森川氏は、野球型の管理ではなく、流動的なサッカー型の組織体制を主張する。

===================
◆監督はゲームをコントロールすることはできません。一瞬一瞬の判断は、すべて選手に委ねられているのです。ゲームの行方を左右するのは、選手一人ひとりの技術と、チームとしてのコンビネーション。つまり、彼らの間で良好なエコシステムが機能しているかどうか、なのです。
 イノベーションを生み出すのは人間であって、システムではありません。
 社員をシステマチックに管理しようとすればするほど、イノベーションから遠ざかってしまうのです。P37

◆僕の仕事は、彼らの邪魔をするものを取り除くこと。そして、何か必要なものがあれば用意すること。彼らの「熱」を守ることこそが、最大の使命なのです。P25
===================

・・・学級経営も同じだ。
 学級の子どもたちが最大の力を発揮できるような環境設定・熱意の喚起に尽力することが、学級担任の仕事なのだと思う。
 まさに、 「所・時・物」の原則だ。


 「授業の腕をあげる原則」
   第五条 所時物の原則
   子どもに活動させるためには、場所と時間と物を与えよ。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

February 11, 2016

「シンプルに考える」(森川亮)

Simple
 LINE株式会社の元社長である森川亮氏の著作に「シンプルに考える」(ダイヤモンド社)

この中でLINE株式会社の「すごい人」の共通点が記されている。

===========
 みんな、自分が好きなことだけやって生きているのです。自分が「いい」と思うもの、自分が「面白い」と思うものをずっと追求している。それを「あきらめる」とか「我慢する」ということをしない。本音で生きていると言ってもいいかもしれません。(中略)
これは「いい仕事」をする上で絶対に必要なことだと思います。
 まず、本当に好きでなければ「いい仕事」はできません。
 いいゲームをつくる人はゲームが好きですし、いいアプリをつくる人はアプリを愛しています。さまざまなゲームをやり尽くし、気になるアプリを片っ端からダウンロードして試す。好きでなければ、あそこまではできません。だからこそ、モノの「よしあし」がわかるようになる。いいモノのどこがよくて、悪いモノのどこが悪いかがわかるようになる。感性がどんどん磨かれていくのです。
 そして、彼らは人一倍「腕」を磨こうとします。自分自身の要求水準が高いから、生半可な技術では自分を満足させることができない。だから、誰に言われるまでもなく努力するのです。P61
===============

・・・このところ、しつこく提示してきた「好きなことをやれ」と題する以下の書籍と同じような主張だった。

○「ノーベル賞受賞者特別寄稿 好きなことをやれ!!―21世紀の天才たちへ」(集英社)
○「好きなことだけやればいい」中村修二(バジリコ)
○「大好きなことを『仕事』にしよう」 中村修二(ワニブックス)
○「好きなことだけやってみなはれ!」竹村健一(PHP)
○「好きなことをやれ イヤなことはするな」竹村健一(太陽企画出版)

 また、14章も鋭い指摘だった。
=============
 「失敗してもいいから、挑戦しよう」

 よく耳にする言葉です。しかし、僕はこれまで自分の仕事に対して「失敗してもいい」と考えたことはありません。たしかに、人生における最大の失敗は、失敗を恐れて何も挑戦しないことです。しかし、だからと言って、「失敗してもいい」というにはあまりにも無責任だと思うのです。
(中略)LINE株式会社の「すごい人」たちも同じ感覚で仕事に向き合っています。彼らには「失敗してもいい」などという甘えは一切ない。むしろ、自分に対しても他者に対しても、失敗には厳しい。自由な社風ですが、生半可な気持ちで仕事ができるような「ユルさ」はみじんもありません。P76・77
==============

・・・我々は授業に失敗しても次のチャンスがあると思いがちだが、授業を受ける子どもにとっては二度目のない授業である。
 「取り返しが効かない」いう恐れをもって、甘えを封じて指導に向かねばと思う。

 さて、、授業作りのアドバイスで「研ぐ」という言葉がある。無駄を削る意味だ。
 LINE株式会社は、優秀なエンジニアも重視するが、デザイナーも重視する。

◆(ITに詳しくない)「普通の人々」でも簡単に心地よく使えるものをつくり上げなければ、受け入れてもらえなくなったのです。P185

とある通りで、エンジニアが「面白い」と思う商品開発では、マニア向けに陥りがちだからだ。
===============
 本当に優秀なデザイナーは、自分の好みは一切排除して、「ユーザーにとって使いやすいかどうか」を徹底的に追求するのです。
 言い方を換えると、彼らは機能をそぎ落とすのが得意。まず最初に機能を最低限にまで絞り込む。「これがなければ、プロダクトが成り立たない」というところまで徹底的に絞り込む。それは、ユーザーに提供すべき「価値」の本質を明確にする作業でもあります。そのうえで、ユーザー・テストを繰り返しながら、より使い勝手をよくするために機能を追加していくイメージです。P185
=================
・・・授業作りにも置き換えられると思いながら、付箋を貼った。
 「何を教えるか」を最低限に絞り込み、「子どもに分かるかどうか」を吟味して授業がつくれということになるだろうか。 
 大学教授や専門家が教える出前授業は、エンジニア主体の商品開発のようなものだ。
 自分が知っている情報を中心に組み立てられ、情報をそぎ落とすことができず、授業を受ける側への配慮が二の次になってしまう。

 教材研究は、エンジニアのように、
 授業づくりはデザイナーのように。

を心掛けみようと思う。

 さて、以下は、森川氏の文章の続き。
==================
 僕は、日本の製造業に元気がない理由のひとつは、技術偏重に陥っていることにあるのではないかと感じています。技術中心に考えるから、機能をそぎ落とすことができない。その結果、ユーザーが求めていないものを生み出してしまうのです。
 しかし、そもそも日本人はそぎ落とすことが得意だったはずです。
 短歌、俳句、水墨画・・・。不純物を徹底的にそぎ落として本質をシンプルに表現することが、日本人の美意識であったのです。技術主義からデザイン主義に切り替えることによって、古来の美意識を取り戻せば、再び日本経済は元気になるのではないかと僕は考えています。P187
==================
・・・シンプルな表現は、日本人の古来の美意識であり、スチィーブ・ジョブズの追求した世界だった。 
 これも、しっかり叩き込んでおこう。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

« January 2016 | Main | March 2016 »