« April 2016 | Main | June 2016 »

May 07, 2016

「努力不要論」 は、努力の方向を示している

Big


 「努力不要論」――脳科学が解く! 「がんばってるのに報われない」と思ったら読む本

というタイトルは挑発的だ。
 しかし、「努力にも適切な努力、と無駄な努力がある。無駄な方向の努力は不要」という意味だったので安心した。努力を真っ向から否定した本ではない。

 「努力不要論」のタイトルのきっかけは、前書きで引用した明石家さんまの言葉にあるだろう。

◆「努力は報われると思う人はダメですね。努力を努力だと思ってる人は大体間違い」と持論を展開した。
「好きだからやってるだけよ、で終わっといた方がええね。これが報われるんだと思うと良くない。こんだけ努力してるのに何でってなると腹が立つやろ。人は見返り求めるとろくなことないからね。見返りなしでできる人が一番素敵な人やね」

・・・無限定な努力・過大な努力への期待が不要なことは言うまでもない。

◆見返りを期待して、楽しくないものに苦痛を伴う努力を重ね、恨みをため込むくらいなら、やめたほうがいい―
◆ポテンシャルがあって、努力もしているのに結果が出ないときは、そういう間違った努力”の可能性がある。
 まず自分が何をしたいのか、そのためにはどうすればいいのか。それを知るための努力が、本当に必要な努力
◆ いつか成功できる、などというのはくだらない幻想です。この本を読んでくださったみなさんが、努力信仰に惑わされず、目の間にある毎日を豊かに味わって行かれることを心から祈念しつつー。

・・・自分も、無限定に「あきらめらければ夢はかなう」と信じるのは危険だと思う。
 そのことは以前も書いてきた。

http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2008/09/post-a10c.html

 中野氏は、

◆真の努力というのは本来、成果を出すために必要な①目的を設定する、②戦略を立てる、③実行する、という3段階のプロセスを踏むことです。

と言う。
 いくら努力を積んでも、ウサイン・ボルトにはなれないとか、いくら努力しても変化しないのは負荷が足りなかったというくだりは、「トレーニングの原理・原則」とも通じる話だ。

○オーバーロード(過負荷)の原理
適度な負荷がないと効果は表れない。
○漸進性の原則
 負荷を徐々に(漸進的に)上げていく。
○反復性の原則
トレーニングの効果を得るには、繰り返し行う。

 中野氏の文章は分かりやすい。

◆「自分はこれだけ正しいことをしたんだから、許される」という言い訳を、なんと無意識のうちに脳がやってしまっているのです。
◆自分を痛めつけることを努力だと思っているのが日本人という傾向はあるようです。
◆才能があるかないかというのは、自分が持っている適性知って、自分の評価軸を確立できているかどうかということに尽きます。その意味では、才能のない人というのはこの世に存在しません。ただ、自分に何ができるのかがわかっているかいないかの差だけがあるのです。
◆もしも、自分には才能がないと思ったら、自分を取り巻く環境と自分の持っている資質のどこが適合しないのか、考える機会を与えられたと思ってください。
◆自制心を鍛えるためのトレーニング、相手の気持ちを忖度できる力を伸ばすための遊び、目先の利益を捨てて将来のより大きな利益を選択できる力を鍛える練習などが子供の一生を豊かなものにする教育といえるでしょう。将棋や囲碁などは適している遊びだと思います。

・・・無駄な努力と、有益な努力を区別して、豊かな生き方をしていきたい。

 以下のブログも参考になりました。
http://rukakobuta.hatenablog.com/entry/2015/02/19/234508

http://blog.goo.ne.jp/cqad/e/2ed8d2582246880038843b1186e4af8b

| | Comments (0) | TrackBack (0)

子どものかすかな進歩を見逃さない

 子どもの進歩や意欲を見逃さずにほめていけば、子どもはどんどん成長していくことを先に書いた。
 「子どものかすかな進歩を見逃さずにほめる」は、技術の問題ではなく、教師の「人」としてのあり方の問題なのだと向山洋一氏は述べている。
 向山氏は「教育技術」のみを語るように思われがちだが、教師として、人としての生き方・在り方を語ることが多い。

===================
 「どうして、先生方は子どもの進歩を見つけられないのだろう。かすかな進歩をとらえ、うんとほめてやれば、自然に伸びていく のに…」 こう切り出したのは、藤井氏である。
 「そうだ、そうだ」と、私も話をさせてもらった。
 見る人から見れば、同じことが見えてくる。
 子どものかすかな変化を見つけ、それをほめていくことが、大切なのに、それができる教師が極端に少ない。
でも、これは、技術の問題ではない。
 一見して、技術・方法の問題に見えるが、そうではないのだ。
 一人一人の子どもを真に一人一人として見ていける教師であり、 一人一人の成長を真に一人一人の成長を願っている教師であり、そのために努力を続けている教師によってこそ可能なのである。
 それは、教師としての思想の問題なのだ。
 それは、教師としての生き方の問題なのだ。
 それは、教師としての生きざまの問題なのだ。
 だから、自分自身の弱さを見つめ、それを直視しようとしたことのない教師に、できる境地ではないのである。
 教育実践のターゲットは、本当は自分自身なのだ。
 自分の弱さと対峙し、自分の弱さを射続けられる教師のみが、峰を越えられるのである。

(中略)

 向山型国語は、このような思想、生き方から作られてきた。
 そこに示されているのは、技術であり方法ではある。
 しかし、それを支える思想があってこそ、真に有効性を持つ。
 それは、一人一人を一人一人として見て、髪の毛一筋の成長を我が事のよう喜べる境地である。

 (教室ツーウェイ別冊2001年12月242号/向山型国語教え方教室5号 向山洋一巻頭論文)
====================

  「あの子はどうせダメだ」と、子どもを否定的にしか見られない教師が子どもを伸ばせるわけがない。
  できない子をできるようにするのが教師の仕事なのに、「できて当たり前、できないのは子どもが悪い」と開き直る教師がいる。
 「髪の毛一筋の成長を我が事のよう喜べる境地」に立つべく、人としての「生き方」を磨いていきたいと思う。

 「向山型国語教え方教室❶巻頭論文集」は電子書籍ライブラリーTossMediaよりダウンロードできる。
 
 http://tossmedia.jp/

より入会できます。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

May 05, 2016

「やる気が出る・出ない」について~『勉強法の科学』より~

0296110


 「やる気が出る・出ない」について、『勉強法の科学』市川伸一著 岩波下学ライブラリーでも調べてみた。p89~92

【期待・価値理論】

◆たとえばアトキンソンの期待・価値理論では、動機づけは、期待と価値の積によって決まると考えます。(中略)たとえば志望校をめざして受験勉強をしている生徒が、どれくらいやる気になるかは、受かる見込みがどれだけあるかということと、その志望校がどれくらい魅力的であるかの両方の強さで決まります。積ということは、どちらかがほぼゼロであれば、一方だけが高くても意欲は湧いてこないということです。

…期待と価値の「積」か。なるほど、価値が低ければ無論やる気は下がるが、高すぎる価値でもやる気につながらない。
 適度な「励まし」、適度な「目標設定」でないと、やる気を喚起できないわけだ。


【随伴性の認知】

◆その期待、つまり見込みですが、それは自分が努力すれば目標が達せられるという経験をどれだけ積んできたかによるでしょう。やれば成功するし、やらなければ失敗すると思っているかどうかです。これを行為と結果の随伴性の認知といいます。

【学習性無力感】

◆セリグマンの学習性無力感の研究は、自分の行動と結果が随伴しないことを学習してしまうと、動物でも無気力になってしまうことを示しています。(中略)
 「学習性」というのは、「学習することに対して無気力になる」という意味ではなく、原語にもleanedとあるように、「学習された無力感」ということです。つまり無力感は先天的なのではなく、「やってもどうせだめだ」という経験を通じて後天的に獲得されたものだというわけです。


・・・無力感は後天的に「学習される」もの。学校や家庭で「どうせダメ・どうせ無駄」と教え込まれたら、やる気はすっかりスポイルされてしまうのだ。

【結果期待・効力期待】

◆バンデユーラの提案した結果期待と効力期待という考え方にも触れておきましょう。
 結果期待とは、自分がある行動をとればよい結果を得られるだろうという期待のことで、随伴性の認知にあたります。一方、自分はそのような行動を実際にとれるかという期待が効力期待といわれるものです。
 たとえば、1日8時間勉強すれば必ず合格するだろうという結果期待をもっていても、自分が1日8時間勉強するという見込みがもてなければ、効力期待は低いことになります。(中略)
 「これをやればいい結果になる」という確信のもてる内容にすると同時に「これなら自分でもできそうだ」という実行可能性の高いものにしないと、やる気は湧いてこないわけです。

・・・期待と価値の「積」と同じ意味だな。

【セルフ・ハンデイキャッピング】


◆無意識のうちにやる気を控え、仮に成績が悪くても「自分は本当は頭がいいのだけれど勉強しなかっただけだ」という言い訳を用意しているのではないかとわけです。なぜそんなことをするのでしょう。それによって、自分の自尊心やプライドを維持する、あるいは、人からの評価を損なわないようにするためです。(中略)
 「やらなかったからできなかっただけだ」「やればできたはずだ」と思いこんでいる状態というのは、努力しなくても自尊心や評価が保てる状態なので、ある意味、居心地がいいのです。セルフ・ハンデイキャッピングは、「自尊心を守るための心のメカニズム」ではありますが、それを続けていると、いずれ、自尊心も評価も失うときがやってきます。勉強にしても、スポーツにしても、楽器演奏にしても、普段の練習の蓄積の上に成り立っているものです。どこかで悪循環を断ち切らなくてはなりません。そのきっかけは、いたるところにあるはずです。学習動機の2要因モデルでいえば、関係志向でも、報酬志向でも、その動機でもいいので、とにかくやってみることです。やってみたら、できるようになった、おもしろくなった、という経験をつかむことが重要です。(p95/96)

 「やればできるのにやらない子」は、「本当はできるのだから」が根底にあるから、真摯な態度で現実に立ち向かわない。
 「そのうちやる」では、いつまでもできるようにならない。そのことを認めない限り、落ちていくだけだ。
 「やればできる(けど、今はやらないだけ)」という思考は、過剰な自己肯定感なのだと思っていたが、自己防衛の本能だったのか。
 「セルフ・ハンデイキャッピング」という負の用語があるんだよ、現実から逃げているだけで、今後もっともっと困るのは自分なんだよ、としっかり説得できるよう理論武装したい。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

May 03, 2016

「教育の2020年問題」に、どう対応するか。

 教育の喫緊のキーワードには、「合理的配慮」「道徳教科化」「アクティブラーニング」などがある。
 少し遠いけれど、保護者にとっても小学生にとっても結構大変なキーワードが「2020問題」である。
 文科省はそんなふうには言っていない。いわゆる「大学入試改革問題」だ。

 新しい時代にふさわしい高大接続の実現に向けた高等学校教育、大学教育、大学入学者選抜の一体的改革について(答申)(中教審第177号)
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushi...
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushi...

 文科省の報告が第一次資料になるが、なかなか読め切れない。
 
【新テストの制度設計、実施体制】

◆「高等学校基礎学力テスト(仮称)」については平成31年 度から、「大学入学希望者学力評価テスト(仮称)」については平成32年度から段階的 に実施すること。

◆「大学入学希望者学力評価テスト(仮称)」における思考力・判断力・表現力を問う問題については、「教科型」において他教科の内容を掛け合わせつつ評価する問題と、「合教科・科目型」「総合型」として教科・科目の枠を越えて評価する問題の両方について、 平成32年度から実施すること。

などとあるが、具体的な中身がよく分からなくて、マスコミの情報(2次的資料)に頼らざるを得ない。

 NHKの「時事公論」は分かりやすい。2014年11月の放送だから、最終的な答申の内容とはずれているかもしれないが、概要は分かる。
http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/100/203873.html

◆20日の中教審総会でまとまった今回の答申案、ポイントは3つです。
▽今の大学入試センター試験を廃止して、知識の活用力を問う新しいテスト「大学入学希望者学力評価テスト」を導入し、年複数回実施する。
▽高校在学中に学習の到達度をはかるため「高等学校基礎学力テスト」という新たなテストを設け、進学や就職の際の学力の証明として使えるようにする。
▽大学は、個別試験では、筆記だけでなく、小論文や面接、志望理由書など様々な物差しで学生を丁寧に多面的に評価するとともに、どんな学生が欲しいのか、そうした学生を選ぶためにどんな試験を行うのかを明らかにする。
 新しいテストの導入は、「大学入学希望者学力評価テスト」が、東京オリンピック・パラリンピックが開催される2020年度から。
 「高等学校基礎学力テスト」は1年早く、2019年度からとしていますから、今の小学校高学年の児童が受験にさしかかる時期になります。

◆一般入試で大学に進む場合は、さらに「大学入学希望者学力評価テスト」を受験します。
 新テストでは、今の大学入試センター試験と違って知識や技能を単独で評価するのではなく、知識や技能を活用する思考力・判断力・表現力を評価します。
そのため、教科や科目ごとにわかれている問題に加えて、複数の教科や科目にまたがる「合教科・科目型」や教科の枠組みにとらわれない「総合型」の問題もあわせて出題します。特に「読む・聞く」に偏っていると批判の強い英語に関しては、「読む・聞く・書く・話す」という4つの技能をバランス良く評価できるTOEFLなど民間の資格・検定試験の結果を換算して利用できるようにします。ただ、民間の試験の利用については、高額の受験料がかかることや、地方では受験機会が限られることなど、公平性の面からの課題が指摘されています。
 結果はセンター試験のように1点刻みではなく、段階別の成績が示されます。その成績をもって各大学に願書を提出することになります。


・・・親向けの学習塾の解説は、さらに要領よくまとめられている。
 ただ、当然ながら、塾の需要もあおっている。
 「2020年、日本の教育が大きく変わる!」というタイトルも挑発的だ。
 先の情報と重ならないように抜粋すると
=======================
現在予定されている「高等学校基礎学力テスト(仮称)」の主な概要は、以下の通りです。
 ✓ 国語、数学、英語での実施から
 ✓ 基礎学力の底上げに焦点を当てる
 ✓ 知識・技能を問う問題が中心
 ✓ CBT方式での受験
 ✓ 正誤式や多肢選択式など多様な出題形式をとる
 ✓ 高校2-3年生が対象で、年2回任意で受験ができる

現在予定されている「大学入学希望者学力評価テスト(仮称)」の主な概要は、以下の通りです。
 ✓ 思考力・判断力・表現力の判断機能を強化
 ✓ 理数は主体的な探究活動を行う科目へ
 ✓ 英語は4技能(読む・聞く・書く・話す)を問う科目へ
 ✓ CBT方式での受験
 ✓ 選択式や記述式など多様な出題形式を問う
 ✓ 解答者の判断を要する問題も出題

◆2020年の入試改革によってスタートする「大学入学希望者学力評価テスト(仮称)」では、教科型の問題に加えて「合教科」「科目型」「総合型」と呼ばれる問題が出題されるようになります。そして、段階を経て、将来的には「合教科」「科目型」「総合型」のみの試験が実施されるようになっていくのです。
この「合教科」「科目型」「総合型」というのは、一体どのようなものでしょうか。
 それは、各教科の区別がなくなり、理系の問題に文系の要素が入ってくるなど、総合的な学力が問われる問題です。例えば、理科の問題だけれども文章読解と英文読解ができないと回答できなかったり、社会の問題だけれども数式を解かないと答えにたどり着けなかったり、といった問題です。他にも、問題解決型の出題がされて、あらゆる教科の知識を総動員させて思考しないと解を導けないような問題も出てくると言われています。まさに、総合的な学力が求められてくるのです。

◆CBT方式(Computer Based Testing)というのはコンピュータ端末を利用して受験する方法で、受験者はコンピュータで解答を入力します。当然のことながら、パソコンでの入力に慣れておかなければなりませんし、モニター上で文章を読み、画面を操作し、自在に思考したりメモをしたりするトレーニングも必要となってきます。

http://surala.jp/method/2020problem01.html
=======================

 関心のある保護者から「教育の2020年問題には、どう対応なさるのですか?」などと尋ねられて、慌てるようでは情けない。
 先のサイトが言うように

◆2020年に大学入試が大改革されるということは、2015年現在の中学1年生が大学受験をする時から、ということになります。当然、それ以降の学年は改革された新しい内容での入試が適応されることになります。

◆ この「基礎力」を身につけるためには、まず小手先のテクニックや暗記では太刀打ちできないということを理解することが重要です。ひとつひとつの概念をしっかりと理解して、あらゆる問題を解く際にそれを応用、活用できることになることが必要なのです。
 ひとつひとつの概念を理解するためには、単に教科書を読んだり授業を受けたりするだけではなく、「どうしてそうなるのか」「なぜそれが成り立つのか」といった本質的な考え方を学ぶことです。

◆ 実は、既に全国学力テストにおいては、この「21世紀型能力」を問う問題が出題されるようになってきています。
例えば、下記の問題は中学国語のB問題ですが、プレゼンテーションの構成メモとスライドから、「伝える際に工夫していること」「追加情報を見せる効果的なタイミング」を問う問題となっています。 また、次年度以降の教科書編集趣意書にも、随所に「自分の考え、判断を表現する力を養う」といった記載が確認できます。このように、単に理解しているだけではなく、それを様々な場で応用して考えられるかどうかが重要視されてきているのです。こうした変化は、既に始まっているのです。

◆ 言語・数・情報スキルからなる「基礎力」を基に、論理的・批判的思考力や問題発見解決力、創造力、メタ認知といった能力を発揮して思考することを「思考力」としています。
 問題を解くために必要な思考力だけではなく、問題を解いた後に新たな疑問やアイデアを考える力や、問題の解き方を振り返って次の機会に生かす力も求められてきます。特に、知っていることを答えるだけではなく、他人と考えを合わせて編集し、新しく答えを創り出す力が今後重視されていくとされています。

という程度の指摘はしっかり念頭に置いて、学校の教育活動を考えていかないといけない。
 1教師が塾の考察を超えることは難しいが、塾程度のコメントを準備しておかないと保護者に相手にされない。

 ちなみに、方眼ノートで有名な高橋政史氏のブログにも「2020年問題」の記載がある。

================
 これまでの問題=丸暗記でOK
 2020年以降の問題=論理的思考がないとNG

で、単純化して考えると、
 
 丸暗記=知っている情報を穴埋めできればOK
 要は、「?(問題)」と「!(答え)」さえ知っていれば満点がとれるのに対し、
 論理的思考=見たこともない「?(問い)」に対し「!(答え)」を導き出す。ただし、それだけでは点数がもらえず、肝心なのは、
 「?(問い)」と「!(答え)」をつなげる「→(筋道)」が論理的に正しいかどうかが問われることになります。

 これまでの問題=?と!を知っていればOK
 2020年以降の問題=?→!の論理的思考が問われる
 ということになるわけです。

 2020年問題とは、、、知識社会化(情報を組み合わせて価値ある知をつくるとお金になる社会…Googleやfacebookのように何もモノはつくっていないのに、人が発信した情報を組み合わせるだけで、秒速で莫大の富を生み出している人たちが活躍する社会)する今、まさに、大人である私たちが遭遇している「新しい現実」にほかなりません。
 つまり、2020年問題とは、これからの時代を担う子どもたちが、Googleやfacebookのような会社で活躍できる、あるいは、そうした会社を起こすことができるような人材になれることが求められている社会に対し、国の教育をシフトさせていく待ったなしの大方針なのです。

 http://www.thinknote.jp/blog/1869
=====================

 知識を問うだけの試験だけではなく、問題解決能力を問う試験の必然性が高まっている。ただし、現行のB問題が、本当に問題解決能力に対応しているのかは、少し疑問なのである。

 「教育の2020年問題」=大学入試改革の起点は、「学力の3要素」である。

 たとえば、Z会のサイトの解説。 
================
 すでにこのサイトでもご紹介しているとおり、
「学力の3要素」とは、
1.十分な知識・技能
2.それらを基盤に答えが一つに定まらない問題に自ら解を見出していく思考力・判断力・表現力
3.主体性をもって多様な人々と協働して学ぶ態度
を指します。

 このうち、「大学入学希望者学力評価テスト(仮)」では、主に2.を問うためのテストとして

○内容に関する十分な知識と本質的な理解を基に問題を主体的に発見・定義し
○様々な情報を統合し構造化しながら問題解決に向けて主体的に思考・判断し
○そのプロセスや結果について主体的に表現したり実行したりする
力を問う出題を目指しています。

 今回、記述式問題の導入という点のみをクローズアップした報道が目立ちましたが、改革の本来の目的は、試験内容そのものを「思考力・判断力・表現力」を適切に問う内容にすることです。
選択式問題でも、これまでとは傾向の違う問題が出題される可能性は高いです。すでにいくつかのサンプル問題が開示されていますが、今後の議論の進捗や開示される情報には、引き続き注意が必要です。皆さんもアンテナを高くしてほしいと思います。

http://www.zkai.co.jp/home/ikkan/2021/about/201604.html
====================
 
 また、先に引用した「すらら」のサイトの解説。

====================
 教育の2020年問題の根幹と言われている「高大接続システム改革」は、そのベースに「学力の3要素」を重視するとされています。
「学力の3要素」右の表にある通りで、これらをしっかりと習得できるような学校教育課程、更には大学入試問題へと変革するという方針が打ち出されています。

http://surala.jp/method/2020problem02.html
=======================

・・・指導要領改訂の時期に話題になった「学力の3要素」は、学校教育法で規定されたことが大きな変革だった。
 ただし、しばらく時間が経って、すっかり当たり前になっていたとも言えるし、すっかり意識から遠のいていたとも言える。
 
【学校教育法 第三十条 第2項】
○生涯にわたり学習する基盤が培われるよう、基礎的な知識及び技能を習得させるとともに、これらを活用して課題を解決するために必要な思考力、判断力、表現力その他の能力をはぐくみ、主体的に学習に取り組む態度を養うことに、特に意を用いなければならない。

・・・原典と比べると、Z会も「すらら」も、やや加筆して示していることが分かる。

答えが一つに定まらない問題に自ら解を見出していく思考力・判断力・表現力

 この「答が一つに定まらない」というところが、ポイントになるならば、いくら記述式とはいえ、答えがほとんど確定できるB問題ではおかしいのではないか、というのが自分の見解だ。

 こんな風に整理してみて、世の中の動きを知らなずぎること・全く勉強不足なことが、よく分かった。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

May 01, 2016

「全体法(全習法)」は、「部分法(分習法)」に勝る


 先の『大人のための科学的勉強法』」福井一成(日本実業出版社)の続き。

 「全体法」・・最初に全体を把握してから、次第に細かい部分を覚えていく方法
 「部分法」・・テキストを前から順番に暗記していく方法

を比べると、全体法の方が成果があると述べている。
 たとえば、全体法で3章のテキストを150時間勉強する場合。

①最初の50時間は、テキスト全体の太字だけ覚える。
②次の50時間は、テキストの本文全体を通読する。
③最後の50時間は、テキストの本文と細部(欄外・図表・資料)に目を通す。

◆全体法では三度、テキストを見返している。部分法は丹念に読み込んだにしても一度だけ。
だから、第三章を終えたころには、第一章の内容をほとんど忘れているにちがいない。第二章の内容も、かなりあやしくなっているはずだ。
それに対して、全体法は初回は太字だけ、二回めは本文全体、三回めは細部までとメリハリが効いていて、これだけで本文重要事項は「復習」が二回できる。
 結果はもうおわかりだろう。勉強が終わった時点では、全体法のほうが暗記できた知識量は多いのだ。
 はじめて勉強するテキストでも、最初から事細かく細部まで覚えようとせず、まず重要事項に絞って全体を通して読んでしまう。次に、その重要事項に肉付けしていき、細かな注書きや図表、資料などは最後の仕上げまで残しておけばいい。
 上記の例はかなり極端なので、部分法の効率が悪いことが一目瞭然だろう。間違っても部分法で勉強しようと思った読者はいないはずだ。しかし実際には、全体より部分法に近い勉強の仕方をしている人が非常に多い。(P86・87)

・・・・「全習法」のよさがよく分かる。だから、国語では、前から順番に細かく読みこんでいく「一読総合法」は、成果が出ないのだ。 (分かりにくいかもしれないが、国語では、いわゆる「三読法」が「全習法」であり、「一読総合法」の方が「分習法」である)。
 しかし、歴史の授業は、多くは分習法だ。
 江戸時代の学習をする頃には、古代の歴史は忘れてしまっているのが現状だ。
 良識ある教師は、全体を見据え、どの時代の学習も全時代の中でどう位置づけられるかを意識しながら教えていると思う。
 「実際には、全体より部分法に近い勉強の仕方をしている人が非常に多い」という指摘を、しっかり肝に銘じたい。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

「好きなことをやる効果」

 Yjimage

 「好きなことをやれ」
 「好きなことだけやればいい」
について、何度も書いてきた。
 今回読んだ「大人のための科学的勉強法」辻井一成著(日本実業出版社)も同じだった。


◆βエンドルフィンは、「楽しい」「好き」とか感じているとい、リラックスしているとき、あるいは前向きなことを考えている(プラス思考している)ときに分泌される。ということは、イヤイヤ勉強しているような状態ではβエンドルフィンは分泌されないから、海馬や前頭葉への作用もはたらかない。逆に勉強が好きな人は、βエンドルフィンの分泌が盛んだから、さらに意欲も高まってますます勉強が楽しくなり、結果的に試験の成績も上がっていくという好循環を生む。(P27)

◆「イヤイヤ」「嫌い」「マイナス思考」。こういう場合は、ノルアドレナリンが分泌されるので、結果的にβエンドルフィンが減少してしまう。イヤイヤ→βエンドルフィン低下→記憶力低下→ますましイヤになる・・という悪循環ができあがってしまうのだ。(P29)

◆食事や運動、学習をした後に快感(達成感)を感じる。そんな経験のある人も多いと思うが、これはA10神経が活性化したためである。A10神経は別名を「快感神経」といい、1982年にアメリカのオールズによって報告された。(P36)

◆A10神経は脳のいろいろな部位にはたらいて、記憶力をアップさせ、意欲を出させ、達成感を感じさせる。その結果、勉強効率がアップするわけだ。
 そして、このA10神経を活性化するのが、前述のβエンドルフィンなのである。(P39)

◆プラス思考をしているときは脳波がα波になっており、脳内ではβエンドルフィンが分泌されているのだ。前述のとおり、α波が出ているときには、勉強に対する集中力と記憶力がアップしており、βエンドルフィンが分泌されているときは勉強が快感だと感じているし、A10神経を介して海馬の記憶力をアップさせる。
 逆にマイナス思考のときは、脳波はβ波になっており、脳内ではノルアドレナリンが増加しているので、βエンドルフィンが低下している。そういう状態のときは、勉強の効率は下がるし、記憶力も低下している。(P51)

 α波・βエンドルフィンといった用語を使わなくていいので、シンプルに、子どもに教え込んでいきたい。

①好きなこと・楽しいことをやると効果が上がる。
②いつかは好きになる・きっと楽しくなる」と思い込んで取り組むとよい。
④イヤイヤやると、結局効果が上がらない。

 これまでに書いたブログより(8年も前に、まとめていたんだなあ)

November 26, 2008
◆健全な自尊感情の育成
http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2008/11/post-2d7e.html

・・・「どうせ自分なんか」から「やればできる」への思考のチェンジ

November 26, 2008
◆褒める意義は、ドーパミンとセレトニンの分泌にあった
http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2008/11/post-6bd1.html

November 27, 2008
◆ドーパミンの分泌が「強化学習」につながる
http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2008/11/post-eb5b.html

・・・茂木氏の主張する「強化学習」(ドーパミン学習)のサイクル

| | Comments (0) | TrackBack (0)

« April 2016 | Main | June 2016 »