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October 30, 2016

「レジリエンス」から「ポスト・トラウマテイク・グロウス=外傷後成長」(PTG)

(1)レジリエンス

 「レジリエンス」については、昨年末にも書いた。
 自分なりの定義は「逆境に折れないしなやかな心」である。
 「プラス思考」「ポジテイブシンキング」「オプティミズム(楽観主義)」に近い意味合いで使われている。

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 レジリエンスが強い人はいくつかの共通点があることが分かっています。

①自分を信じてあきらめず、いつかよい時期が来ると思うことができること。
②感情のコントロールが適切に行えること
③失敗に落ち込むのではなく、失敗を今後に生かそうと考えること

 レジリエンスは自分の努力で高めることができます。
 ◆自分を否定しない考え方を身につける。
 ◆結果よりもプロセスに目を向ける習慣を身につける
  
 「仕事で使える心理学」榎本博明参照
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 レジリエンスに関するキーワードは、

◆「多様性・関係性」
 自分がさまざまな立場をもっていれば、どれか1つうまくいかなくても、全体が倒れることはない「リスク分散」。

◆「個の強さ(ハーデイネス・頑健さ・ねばり強さ)」
 「多様性・関係性」と相対関係にある。  ふだんは全体とゆるやかにつながっていても、いざというときには切り離しても自分たちだけで成り立つ「自給自足」できる個の強さだ。
 「モジュール性・独立性」とも言う。

◆「楽観性」(肯定的な未来志向・将来の見通しが明るいと思っていること)・感情のコントロール

(2)「柔構造」の思想
 
  「レジリエンス」=「柳のようなしなやかな心」と言われることもあるが、そうなると、日本古来の建築物の「柔構造」の発想と重なってくる。
 これも先に書いたことがある。

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 現代の家の考え方は、地震に対して地面にしっかり固定し、びくとも動かないように家全体を固めようとしています。
 地震という自然のエネルギーに対して、あくまで頑なに抵抗して、人知の力で対抗していこうという発想です。
これを剛構造といいます。
 一方、伝統構法の家は地震の力に対して、どうやってそれを受け流し、分散し、逃がしていくかという考えに基づいています。
 自然のエネルギーに対して抵抗するのでなく、柔軟に受け入れていく作りになっているのです。これを柔構造といいます。
 建物は、外力を受けたとき、一重から五重まで、それぞれがヤジロベエの如く互い違いにゆらゆらと波を打つように揺れ動き、
塔全体がスネークダンスを舞うように作られています。

・・・建築構造としての「柔構造」も興味深いが、そもそも日本人が「柔構造」の発想であることも興味深い。

 「もともと日本人は、自然の力に対抗しようという意識よりも、人間を自然の一部として捕らえ、自然の中でこそ生かされるという意識が強かったと思います。その様な背景があって、柔構造のようなすばらしい知恵が生まれたのですね。」
http://www.ne.jp/asahi/fukada/gont/concept/con-text1.html
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(3)「失敗を失敗と思わない」考え方

 「レジリエンス」「柔構造の発想」を「失敗にへこまない心」とつなげて考えていこうと思う。
 失敗を失敗と思わないエジソンの言葉は、たくさんある。

◆「失敗したわけではない。それを誤りだと言ってはいけない。勉強したのだと言いたまえ。」

◆「それは失敗じゃなくて、その方法ではうまくいかないことが わかったんだから 成功なんだよ。」

◆「私は失敗したことがない。ただ、1万通りの、うまく行かない方法を 見つけただけだ」
 I have not failed. I’ve just found 10,000 ways that won’t work.

◆「他の発明家の弱点は、ほんの一つか二つの実験でやめてしまうことだ。わたしは自分が求めるものを手に入れるまで 決してあきらめない」

◆「成功できる人っていうのは、「思い通りに行かない事が起きるのはあたりまえ」という前提を持って挑戦している。」

◆成功するのに最も確実な方法は、常にもう一回だけ試してみることだ。
 Our greatest weakness lies in giving up.
 The most certain way to succeed is always to try just one more time.。

◆人生に失敗した人の多くは、諦めたときに自分がどれほど成功に近づいていたか気づかなかった人たちだ。
 Many of life’s failures are people who did not realize how close they were to success when they gave up.

◆わたしは、決して、失望などしない。どんな失敗も、新たな一歩となるからだ。
 I am not discouraged, because every wrong attempt discarded is another step forward.

・・・これらの中で、今回注目したのが、「思い通りに行かない事が起きるのはあたりまえ」のフレーズだ。
 斎藤孝氏の「結果を出す人の『やる気』の技術」(角川ONEテーマ21)修業時代の不条理さを乗り越えることの大切さが説かれている。

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◆不合理だ、不条理だ、不公平だ、そう思うことが世の中には多々あります。
「努力すれば報われる」と私たちは思おうとしていますが、実際には努力が報われないこともあるのが世の常。
それに対して感情をいらつかせて文句を言ったり、ふてくされても、すっきりした気分にはなれません。
 しかし、「これも修業だ」と思うことで、心に渦巻くネガテイブな感情の矛を収めることができる。
納得できないことでも、ここで培われたこと、蓄積されたことがいつかどこかで活きるはずだと考えることで、気持ちの持っていき場ができるわけです。
 ある目的のためにやってきた努力がそこで報われなかったからといって、自分の築いた努力の山を蹴散らかしてしまわないことです。
投げやりにならない。これはこれで無駄なことではなかったと、自分で認めてやる。評価してやる。
 この「これも修業だ」という考え方は、自己肯定の一つのかたちだと思います。
 修業感覚は、否定的な感情の浄化装置であり、不合理なことにも押しつぶされないための耐久姿勢なのです(P100)

◆人間がいかに「快適」に暮らせるかということに主眼をおいた社会が出来上がっていたことで、どうにもならない不合理を乗り越えるメンタリテイを人々が失ってきてしまったようにも思います。
 そのカベを超えていくための精神の基軸を持たなくなってしまった。だからひとたび何かがあったとき、コントロールができなくなって、心が折れてしまう。
非合理なこと、理不尽なことは世の中にある。そういう状況に少し慣れないと言えないと思うのです(P181)
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・・・曽野綾子氏の『人間の分際』(幻冬舎新書)には、
「『やればできる』というのは、とんでもない思い上がり。 努力でなしうることには限度があり、人間はその分際(身の程)を心得ない限り、決して幸せには暮らせないのだ。」
とある。
 曽野氏には「思い通りにいかないから人生は面白い」の著書もある。

 先に引用したエジソンの言葉にあるように「思い通りにいかなくて当たり前」という心構えがあるからこそ、失敗を受け入れる・逆境に折れない心を保つことができる。

(4)「自分の失敗を受け入れる姿勢」

http://www.lifehacker.jp/2012/10/121021tosucceed.html#cxrecs_s より引用。

 最新の研究によると、人間の潜在能力を引き出すカギは「強い自尊心」ではなく、「自分の失敗を受け入れる姿勢」だということがわかってきたそうです。
 今回は、米・コロンビア大学で「モチベーション」をテーマに研究する心理学者Heidi Grant Halvorson博士に、私たちにとって自分の失敗を受け入れる姿勢がなぜ重要なのかを教えてもらいましょう。
「完璧な自分」を維持するため、うまくやれることだけに集中するようになり、ミスをする可能性がある課題には近寄らなくなるのです。
カリフォルニア大学のJuliana Breines氏とSerena Chen氏の研究によると、人間の潜在能力を引き出すカギは「自尊心」ではなく「自分の失敗を受け入れる姿勢」にあるそうです。

■「自分の失敗を受け入れる姿勢」とは

 「自分の失敗を受け入れる姿勢」を持っていれば、何か困難なことが起きても自分を責めたり、無理に自分のエゴを守ったりしないでしょう。(中略)
 「自分の失敗を受け入れる姿勢」を持つこととは、「がんばるのをやめる」や「高い目標を諦める」ことではありません。
 自分の短所を受け入れつつ、与えられた責任を果たし、高い目標に挑戦することは可能です。
 つまり、高い目標は変えず、達成するまでの過程を変えるのです。
 実際、カリフォルニア大学のJuliana Breines氏とSerena Chen氏の研究によれば、「自分の失敗を受け入れる姿勢」を持っている人のほうが目標を達成しやすいそうです。
 すでに失敗を受け入れてしまっているので、自分の能力や行動について客観的に考えて、「次にどうしたらもっとうまくやれるか」というように建設的な考え方ができるようになるのです。
 逆に「完璧な自分」とか「自信を持っている自分」といった自尊心が高い自己イメージを持っていると、どうしても自分のエゴを守る必要が生じて、客観的に自分を見るのが難しくなります。このような人は、何かを失敗しても次にどう改善するかを考えることすらありません。なぜなら、改善の必要性を認めれば自分の弱さや短所を認め、自尊心を傷つけることになるからです。

 覚えておくべきなのは、あなたは必ず失敗するということです。
 実際、成功した人も含めて、みんな何度も何度も失敗します。
 わかりきったことかもしれませんが、成功の秘訣は失敗から学ぶこと、そして挑戦し続けることです。
 そのためには、まず失敗を受け入れることが大切なのです。
 失敗を受け入れられなければ、失敗から学ぶことは絶対にできないのですから。

To Succeed, Forget Self-Esteem | Harvard Business Review
Heidi Grant Halvorson(原文/訳:大嶋拓人)

(5)「ポスト・トラウマテイク・グロウス=外傷後成長

 「ポスト・トラウマテイク・グロウス=外傷後成長」(PTG)も、同じような意味合いで使われる言葉だ。
 齋藤氏の前掲書には、立花隆氏の言葉が引用されている(P198)。

◆私の世代にとって引揚体験も、その一つなら、私の世代にとっての、大空襲体験も、ヒロシマ・ナガサキ体験も、あるいはオキナワ体験もみなそうだろう。
我々の世代は、みな訳がわからない理不尽な苦難体験、むごい大量死が周囲に起るのを見聞する体験、トラウマ体験をもって人生をはじめた。だが、そのトラウマ体験に押しひしがれるのではなく、むしろそれを糧として成長を遂げる「PTG」世代として生きてきた。

・・・「それが戦後日本の繁栄を導いた」と立花氏は言うが、「それがいつの時代も日本の復興を導いた」と言ってよい。 
 強烈な負の体験を前に向かうエネルギーに転換する力が「PTG」である。

 近年の研究では、ストレスやトラウマの経験は、人々にとって良い側面もあることが考えられている(Haidt, 2006)。
 その一つがPTGであり、ノースカロライナ大学シャーロット校心理学部教授のリチャード・テデスキ博士はポジティブ心理学が生まれる前から、人生における大きな危機的体験や大変な出来事を経験するなかで、そのつらい出来事からよい方向、成長を遂げるような方向に変化する人々の調査を行っている。

 「危機的な出来事や困難な経験との精神的なもがき・闘いの結果生ずる、ポジティブな心理的変容の体験」

 これがPTGの定義である。
 長い人生やキャリアにおいては、逆境はつきものであり、避けて通ることはできない。
 そうであれば、困難を乗り越える力(レジリエンス)を身につけ、たとえ耐え難い経験に直面してもその後に成長がもたらされるかもしれないと考えるほうが将来に希望がもてるという。

 http://www.positivepsych.jp/pp6/20131020.html

 ただし、PTGは不幸にも遭遇するものであって進んで求めるものではない。

◆PTGは、今まさに苦しみを経験している人に、「試練を通して成長しなさい」というメッセージを押しつけるものではありません。
◆PTGは、避けられない苦しみ、終わりなき苦痛、もはや二度と拭い去れない悲しみを心に抱え、のたうちまわり、傷だらけになりながらも、それでも未来を見つめ、一歩ずつ一歩ずつ自分の足で歩いていく人たちを意味する言葉なのです。
◆PTGが、たいていの場合PTSDなしでは生じないことを思うと、最初に述べたような、「苦労は買ってでもせよ」のような、おいそれと人に勧められるようなものではないことがはっきりわかります。

 そういう意味では、あえて「PTG的な」というニュアンスで、逆境を乗り越える前向きな生き方を推進できる方策を考えていきたい。

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October 27, 2016

教育再生実行会議の新たなテーマ ~自己肯定感~

◆一つ目が、学校、家庭、地域の役割分担の明確化と家庭や地域の教育力の充実、
◆二つ目が、子供たちの自己肯定感が低い現状を改善するための環境作りについて検討をする予定

 松野大臣の記者会見の言葉がWEBで見られる。

「子供たちの自己肯定感は、諸外国に比べて低い状況にあります。このように、自分に対して自信を持てない状態のままでは、グローバル対応や主体的な学びといっても、その実現は簡単ではありません。そのため、子供たちが自分の価値を認識して積極的に挑戦し、かつ他者の価値も尊重することができるよう、日本の子供たちの自己肯定感が諸外国に比べて低い現状についての分析や改善方策の検討を行うとともに、子供たちが自信を持って成長し、より良い社会の担い手となるための環境づくりについて客観的、多角的な御議論をいただきたいと考えています。
またその他、これまでの提言の確実な実行に向けて、継続的にフォローアップも行うこととしています。」

「日本の子供たちの自己肯定感が低いという点に関してですが、これ皆さんも御承知の通り、意識調査において、自分が人並みの能力があると考えているという質問に関しては、日本の子供たちは欧米や中国の子供たちに対して低いのです。一方で、自分が駄目な人間だと思う時があるという質問に関しては、欧米や中国の子供たちよりもこれはそう思う時があるというのが高く出てしまうということがあります。
先ほどもお話しをしたとおりですが、これからグローバル対応であったり、アクティブ・ラーニングを進めるにあたって、日本の子供たちの自己肯定感が低いということは最も根本的な問題になりますので、この問題に整理を進めていきたいということでありますが、何故そうなってるかということに関しては、一度この問題をクロス分析してみる必要性があると思います。この質問設定では、全体としてどの程度自分の自己肯定感についての意識かということですが、例えば、その中を分析してみると、家庭環境と自己肯定感の関係であったり、成績や運動などの能力と自己肯定感の問題であったり、おそらく様々な分析がなされていくのだろうと思います。
それを一度分析、検証して、その中からこの問題を考えていくことが必要だと、今現状ではそう考えています。
http://www.mext.go.jp/b_menu/daijin/detail/1378066.htm

・・・6か国調査結果は、内閣府の「特集 今を生きる若者の意識~国際比較からみえてくるもの」である。
http://www8.cao.go.jp/youth/whitepaper/h26gaiyou/tokushu....

 これは平成25年度の調査なので、今回(10月7日)の松野大臣の閣後会見を聞くまでもなく、あちこちで話題になっていた。
 自分だって昨年の今ごろ触れている。

 それにしても、あらためて、この調査結果を見ると、やはり、これは何とかしたいと思う。


◆諸外国と比べて,うまくいくかわからないことに対し意欲的に取り組むという意識が低く,つまらない,やる気が出ないと感じる若者が多い。

◆諸外国と比べて,自分の将来に明るい希望を持っていない。

◆学校生活への満足度は,諸外国と比べると相対的にやや低い。

などの結果から、子どもたちの自己肯定感を高めることが喫緊の課題になった。

 「夢がない」「将来が不安」は、日本全体を覆っている。
 だからこそ「東京五輪」も、1つの打開策になるのだが、学校現場は学校現場で、子どもの自己肯定感を高める指導を積んでいきたい。
 
A_2

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「エンゲージメント」再録

 数回「エンゲージメント」について書いてきたが、復習としてコンパクトにまとめてみた。

 文科省が出した「教育課程企画特別部会 論点整理」の参考資料P193に「学習意欲と学習プロセスとの関係 エンゲージメントと非エンゲージメント」と題した資料がある。
http://www.mext.go.jp/component/b_menu/shingi/toushin/__icsFiles/afieldfile/2015/09/24/1361110_2_5.pdf

 表の中で、掲げられた言葉が印象的だった。

◆エンゲージメント・意欲的な姿
 一生懸命に取り組む・努力する・持続する・熱心・専念・熱中・没頭・情熱的・積極的・チャレンジ・熟達を目指す・最後までやり抜く・細部にまで丁寧で几帳面である

◆ 非エンゲージメント・意欲的でない姿
受動的で先延ばし・あきらめる、身を引く・興味がない・回避的・無関心・無目的・あきらめる・気が進まない・反抗的・頭が働いていない

 「意欲」「モチベーション」「参加度」と同じような意味で用いられているが、次のサイトでは、社員のやる気向上(内発的な動機付け)に絡んでいる。http://www.yaruken.com/method/

◆学校の勉強になると、あまり物覚えがよくなかったり、創造性を発揮しない子が、ビデオゲームになると、そこで登場するキャラクターの名前を全部記憶し、ゲームの裏技を見つけるのに創造性をいかんなく発揮する子がいます。
 学校のことになるとおとなしく沈んだような顔をしているのに、ビデオゲームのことになると目を輝かせてやる気満々、インスパイアされた状態になっている。
 同じ子供がやる気を持ったり持たなかったりするのは何故でしょうか?
 やる気の境界線は、どこにあるのでしょうか?
 おそらくその答えは、おわかりかと思います。
 そうです。やる気は、自分が好きなこと、大切に思っていること、重要なことに対して起るものなのです。
 そして、好き、大切、重要なこととは「価値観」なのです。
 私たちは、自分の価値観に合致していることに対しては、やる気が自然と起り、誰に指図されることもなく積極的に取り組みます。しかし、価値をおいていないことについては、自分で行動を起こすことは滅多にありません。誰かに指図されたり、行動しなければならない、行動する必要がある場合のみ嫌々ながら行動します。
 このように私たちのやる気は、個人それぞれが持つ価値観が大きく影響します。
 社員の仕事のやる気が低いのは、仕事と自分の価値観のつながりが見えない。仕事と自分の価値観の間に関連性を見出せていない状態と言い換えてもいいでしょう。
 もし、その社員が今の仕事が、自分の価値観を満たしてくれることがわかれば、その社員にとって仕事の意味は大きく変わるはずです。そして、仕事のやる気はずっと高まることでしょう。(中略)
 このように、これまでネガティブに捉えていた業務と自分の価値観との間に明確なリンクが認識できたとしたら、その中間管理職のやる気は、グッと上がります。
 重要なのは、これが報酬や昇進といったアメ(外からのモチベーション)ではなく、自分にとっての仕事の意義に気づいたこと(インスピレーション)によってやる気が上がることです。


・・・また、次のサイトも、「内発的動機付け」の意味合いが強い。
http://g-hrd.com/stepbystep/advance/advance-chap11.html
 内発的動機づけは、外発的動機づけと比べて、創造性、責任感、行動の健全さ、持続性といった点で勝ると言います[*8]。ハーバードビジネススクールのアマビール教授によると、人は仕事への興味、満足感、挑戦に動機づけられた際に、最も創造性を発揮するそうです。金銭などの外的報酬に動機づけられた人は、早く確実に成果を上げようとして、前例に沿って手堅い手段を取りがちです。そのため、試行錯誤自体を楽しみ、より創造的な解決法を粘り強く編み出すことにつながらないのです[*9]。
 1万人以上の米国の科学者や技術者を対象にした研究では、知的な挑戦、自律性、改良を求める内発的欲求が高い人は、金銭的報酬を求める外発的欲求が高い人に比べ、より多くの時間を仕事に費やしました。知的な挑戦への欲求は、生産性(この研究では特許出願数)向上に最も関連することも明らかになりました。外発的欲求よりも、内発的欲求、特に知的な挑戦への欲求に動機づけられた科学者の方が、イノベーションに貢献していたのです[*10]

・・・、このサイトでは、さらに「フロー」に言及している。

◆近年注目されているのが、米国の心理学者チクセントミハイ博士が唱える「フロー理論」です。Y.K.さんには、仕事や遊びに集中しすぎて我を忘れ、あっという間に時間が経って「楽しかった!」と感じた経験がありませんか?例えば、コンピューターゲームに没頭している時に生み出される、頭はクリアで心は高揚し、活力を感じるような瞬間です。博士は、ロッククライマー、チェスプレーヤー、バスケットボール選手などへのインタビューを重ね、高いパフォーマンスを上げる人たちが、高度に集中している時に体験する最高の瞬間があることを突き止めます。そして、その高揚した心理状態を、「フロー(Flow)」と名付けました[*13]。

 博士がインタビューしたビジネスリーダーたちは、「自分を成長させてくれる新しいチャレンジが大好きで、仕事が楽しくて仕方ない」、「興味あることを心の底から楽しんだ結果、成功した」と話します。定型作業に携わる作業者の中でも、自身の作業がいかに手応えがあり、満足感を得られる行為かを熱く語る人がいました[*13]。このような人たちは、職場においてフローを見つけ、仕事を心から楽しんでいるのです。

 チクセントミハイ博士は、フローが機能している最適な職場として、創業期のソニーを挙げています。ソニーの設立趣意書には"技術者が、社会の必要性に応えながら喜びを持って思いきり働ける職場づくりを目指す"という意味の一節があります[*14]。博士は、ソニーの半世紀にわたる成功は、このビジョンを重んじ、職場でフローを実現した結果だと賞賛します[*13]。ソニーの元上席常務で、CDやAIBOを開発した土井氏も「創業期のソニーが大躍進した理由は、社員全員がフローを体験する"燃える集団"だったからだ」と語っています[*15]。

・・・また、このサイトの「チャプター1」でも、内発的動機づけの重要さが説かれているので、勉強になる。
http://g-hrd.com/stepbystep/advance/advance-chap01.html

◆「努力すれば能力は伸びる」の指導法

 能力固定観を持つ人は、自分が正しいか、他者から高く評価されるか、に関心が向きます。失敗できないという焦りから、簡単にできることにしか手を出さず、上達するのに時間がかかる難題への挑戦を避ける傾向があるようです。さらに、一度失敗するとやる気を失いやすいといいます。一方、能力変化観を持つ人は、他者からの評価ではなく、以前に比べて、自分がより大きな成果を出せているか、スキルや知識が高まっているか、など、自身の成長に関心が向く傾向があるようです。自分が成長するために、難しい課題に挑戦し、根気よく学習を続けられるのです。
 能力変化観を養ってもらうには、他者に勝てたか、上手にできたか、という目先の成果を強調するのではなく、能力をどれだけ伸ばせたか、という個人の学習目標を重んじるとよいでしょう。評価の力点を、他者との相対比較ではなく、本人の成長度に置き、本人の仕事への取り組みプロセスに着眼したフィードバックを繰り返します。

◆「能力」でなく「努力」に焦点を当てよう

 もしかしたら、Aさんは無意識に身に付けた能力固定観のせいで、失敗への恐れから学習意欲を失っているのかもしれません。(中略)
 「頭がいいのね」と能力をほめられたグループの生徒たちは、失敗して能力が低いと思われたくないため、その次からは新しい問題にチャレンジしなくなりました。「頑張ったのね」と努力をほめられたグループは、9割が新しい問題にチャレンジし続けます。さらに難易度の高い問題が出されると、頭の良さをほめられたグループは、解けないことを失敗と感じて「自分は頭が悪いのだ」と思い込み、問題を解くこと自体に興味を失います。一方、努力をほめられたグループは、解けなくても「もっと頑張らなくちゃ」と考え、難しい問題を解くことに楽しさを感じるようになったのです。(中略)
 ドゥエックは、「優れた教師は、知力や才能は伸ばせると信じており、学ぶプロセスを大切にする」と述べています。ある調査によると、能力固定観の考え方をベースに1年間指導を行った教師のクラスでは、成績の良い生徒もそうでない生徒も当初の学力差が期末まで変わらなかったのに対し、能力変化観のもとに指導した教師のクラスでは、当初の成績にかかわらず期末にはどの生徒も良い成績を修めたそうです。
※Duckworth Grit - アンジェラ・リー・ダックワース 「成功のカギは、やり抜く力」
TED  https://www.youtube.com/watch?v=_VHWLjT3pjA

「モチベーション3・0」(ダニエル・ピンク著)にも、このワードが出てきた(P192)。
従順から積極的な関与へ
 自律(オートノミー)の反対は統制(コントロール)だ。行動という羅針盤において、この二つは対極に位置しており、両者はわたしたちに異なる目的地を指し示す。すなわち、統制は従順へと、自律は関与(エンゲージメント)へと導く。
 この「エンゲージメント」の部分には、訳注として

◆本来は「関与」「絆」などを意味する。最近は、「仕事に対する真剣な取り組み」、さらに「個人と組織が一体になり、双方の成長に貢献し合う関係」を指すとあり、P194には
◆アメリカでは、従業員の50%以上が仕事にエンゲージしておらず、約20%が意識的にエンゲージしていないとわかった。 (中略)労働人口のほんの2、3%しか仕事に自発的な関心を示さない国もあるという。
という叙述もある。

また、次のサイトも興味深い。

◆会社の社員への期待(仕事のミッション)をリンクさせて、社員のやる気を内側から向上させる手法を『バリュー・エンゲージメント』と呼びます。
として、社員のやる気向上(内発的な動機付け)について、詳しく述べている。
◆学校の勉強になると、あまり物覚えがよくなかったり、創造性を発揮しない子が、ビデオゲームになると、そこで登場するキャラクターの名前を全部記憶し、ゲームの裏技を見つけるのに創造性をいかんなく発揮する子がいます。
 学校のことになるとおとなしく沈んだような顔をしているのに、ビデオゲームのことになると目を輝かせてやる気満々、インスパイアされた状態になっている。
同じ子供がやる気を持ったり持たなかったりするのは何故でしょうか?
やる気の境界線は、どこにあるのでしょうか?
おそらくその答えは、おわかりかと思います。
そうです。やる気は、自分が好きなこと、大切に思っていること、重要なことに対して起るものなのです。
そして、好き、大切、重要なこととは「価値観」なのです。
私たちは、自分の価値観に合致していることに対しては、やる気が自然と起り、誰に指図されることもなく積極的に取り組みます。 しかし、価値をおいていないことについては、自分で行動を起こすことは滅多にありません。誰かに指図されたり、行動しなければならない、行動する必要がある場合のみ嫌々ながら行動します。
このように私たちのやる気は、個人それぞれが持つ価値観が大きく影響します。
社員の仕事のやる気が低いのは、仕事と自分の価値観のつながりが見えない。仕事と自分の価値観の間に関連性を見出せていない状態と言い換えてもいいでしょう。
 もし、その社員が今の仕事が、自分の価値観を満たしてくれることがわかれば、その社員にとって仕事の意味は大きく変わるはずです。そして、仕事のやる気はずっと高まることでしょう。(中略)
このように、これまでネガティブに捉えていた業務と自分の価値観との間に明確なリンクが認識できたとしたら、その中間管理職のやる気は、グッと上がります。
 重要なのは、これが報酬や昇進といったアメ(外からのモチベーション)ではなく、自分にとっての仕事の意義に気づいたこと(インスピレーション)によってやる気が上がることです。
http://www.yaruken.com/method/
 
 外からのモチベーションではなく、内からのモチベーションが大事というのは、『モチベーション3・0』のメインの主張である。  このサイトが言う「価値観」は、ダニエル・ピンクが言うところの「目的」に相当すると言えよう。

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October 16, 2016

「GRIT」 ~あきらめずに努力すれば、スキルはアップする~

Grit久しぶりに市内の三省堂に行くと、正面入り口に「GRIT」が平積みだった。
先週の朝日新聞書評の効果だろうか。
教師でない一般の人達にも「GRIT」が広がっている。
もっともっと読みこんで、自分の血肉にしていきたい。

たとえば、第3章の「才能」「努力」「スキル」「達成」はどう結びつくのか? の項。

【才能×努力=スキル】、そして【スキル×努力=達成】。

だから、「2倍の才能」があっても「2分の1の努力」では負けるというロジックになる。 

◆「スキル」は「努力」によって培われる。それと同時に、「スキル」は「努力」によって生産的になる。

という箇所を読んで、これまで自分が抱いていた「あきらめなければ夢はかなう」に関する疑問を解決するヒントをもらった。

 いくらあきらめないと言っても、何もしなければ、夢がかなうわけはない。
 夢を実現するための下位目標もないまま、夢だけ唱えることを、「GRIT」では「ポジテイブな空想」と呼んでいる(P91)。 従来の日本語で言うと「能天気」とでもなろうか。
 そこで、「あきらめずに、人並み以上の練習をすれば、夢はかなう」と条件を加えてみる。
 だが、「人並み以上の練習をすれば、夢はかなう」のかと言うと、実はこれも何とも言えない。
 結果として、志望校に合格するか・全国大会に出場するか・代表に選ばれるか などは誰にも分からない、
 夢の内容にもよるが、夢の実現は「運」や「縁」や「自分の力では動かしようもない他者の力」が大きく影響する場合が多いのだ。

 いくら努力をしても、かなわない夢はある。
 たしかに、努力を続ければ必ず夢は叶うなどと思うのは、あまりに楽観的である。
 しかし、努力を続ければ、「スキルのアップ」は保障できる。

◆あきらめずに努力をすれば、必ずスキルはアップする。

 これなら、堂々と宣言できそうだ。
 運動や楽器演奏、受験勉強、語学習得などは、着実に努力の成果が現れる。
 「スキルアップ」という意味でなら、「努力は裏切らない」と言ってよい。
 スキルアップを信じて、愚直に努力を積み重ねればよい。
 
 「スキルアップ」と「夢の実現」を別次元で考えると、今までのモヤモヤが晴れた。

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October 09, 2016

「GRIT」と、「愚」と、「鈍」

Grit_2


 「GRIT」の次の箇所(P78)を読むと、成功は一夜にして得られないことがよく分かる。

◆「たしかに、才能は生まれつきのものだ。だがスキルは、ひたすら何百時間も何千時間もかけて身につけるしかない」

◆「努力によってはじめて才能はスキルになり、努力によってスキルが生かされ、さまざまなものを生み出すことができる。」

・・・訳の問題かもしれないが、「やりぬく力」=「情熱プラスねばり強さ」だとしても、それが「努力」「持続力」「忍耐力」「意欲」「我慢」「克己心」「向上心」「がんばる」などと、どう区別すればよいのかが難しい。
 学生に言い含める形で「やり抜く力」を解説したくだりは、語句整理の参考になった。(P79~81)

◆「やり抜く力っていうのは、瞬発力じゃなくて持久力のことなのよ」
◆「目標は次々に変わるようでは・・・まったく別の分野にあれこれ手を出しているようでは、だめでしょうね」
◆「ものすごくがんばるだけでは、やり抜く力があるとは言えないの」
◆「専門知識をしっかり身につけるのも、難しい問題の解決法を見つけるのも、ほとんどの人が思っている以上に、ものすごく時間がかかることなの。」
◆「そして、これがいちばん重要なこと。やり抜く力は、自分にとってかけがえのないことに取り組んでこそ発揮されるの。」

・・・日本古来の「努めて止むな」「継続は力なり」などの言葉と重なる。努力の本質もまた「持久力」である。
 そのようなワードの中で、「愚直の一念」=「愚かしいほど実直に、一念を貫く」という言葉が浮かんできた。

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これは渡辺淳一が「公園通りの午後」という短編集の中で、東大内科の呉建教授について語った言葉です。
彼は、当時の指導教授から、「心臓」とだけ言われて研究テーマを与えられたのですが、当時心臓の研究は迷路とされていて、周りからも「そんな出口の見えない研究をやってどうするんだ」と言われ続けていた時代です。
それでも呉教授はひたすら心臓の研究に取り組み、10数年後に大きな成果を上げることが出来たんです。
この実話を渡辺淳一が「愚直の一念」という言葉で紹介していました。
僕もかつて、大学の先輩に活性酸素とか特異性のない物質の研究なんてやめた方が良いと言われたことがあります。
それでも、めげずに活性酸素の研究をやっていますから、好きな言葉ですね。重なりますよね。
http://www.gs-medsci.med.tohoku.ac.jp/newlyappointed/2013...
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 こうして「愚直」を調べていたら、続いて、「運・鈍・根」の「鈍」につながっていった。

 「運根鈍(うんこんどん)」
◆成功するためには,幸運と根気と,ねばり強さの三つが必要であるというたとえ。
◆何事においても成功するには、天運に恵まれること、ささいなことにこだわらず神経が太いこと、根気強いこと、この三つが必要だという意味。

 以下は、田原総一郎氏の発言。
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近江商人について、もう1つ祖母に言われていたのが、「運・鈍・根」です。人間は「運」が良くないといけない。運がいいとか悪いとかじゃなく、いかに運を引き込むかが重要なのです。
そのためにはまず「鈍」になれ、馬鹿になれという事です。
要領良くやろうとしたり、こざかしくやろうとしたりはいけません。馬鹿になって、要領よくやるのです。
世の中で活躍する人は不器用な人間が多いものです。器用な人間は何でも出来ますから、器用貧乏で使われてしまいます。
馬鹿になって、それで「根」気強くやれば運は開ける、これが「運・鈍・根」なのです。
http://www.service-js.jp/modules/contents/?ACTION=content...
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運がいいかどうかということは、人生にとって大切なことで、人間は運がいいほうが決まっている。しかし、運はあらかじめ決まっているものではなく、自分の力で切り開いていくものだ。そして運を味方につけるには、鈍感になることだ。
物事に敏感な人間は、すぐにどちらが得かを比べたり、「こんなことをしていて何になるんだろう」と思って途中で投げ出したりしてしまう。
http://tokumoto.jp/2016/07/17342/
http://systemincome.com/35392
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 続いて、平成18年度東京大学学位記授与式総長告辞
 「知のフロントランナー」の説明から「運鈍根」の「鈍」につなげていく。
 長いが読みごたえがある。
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 それぞれの活動の場において、勇気と能力と責任感をもって、知の最先端に立ち、未知なるものに挑戦し、困難な課題を解決しようとする人はすべて、知のフロントランナーの有資格者です。皆さんは、知のフロントランナーとなるために必要な能力を、確実にお持ちです。あとは、先頭に立つ勇気と責任感を身につけて、それぞれの活動の場で知のフロントランナーを目指してください。
私がこれからお話することは、知のフロントランナーを目指すうえで必要と思われる三つの勧めです。

 三つの勧めの第一は「鈍の勧め」です。
「鈍」とは鈍感の「鈍」です。しばしば「運・鈍・根」と3つ続けて、「事を成し遂げるのに必要な3条件」の意味で使われます。
この場合、「鈍」は愚直を、「運」は幸運を、「根」は根気を指します。
私は「運・鈍・根」のうち、「運」を重視しません。幸運が時に重要な役割を果たすことは否定しませんが、科学者は幸運を当てにしてはいけないからです。
私は、「根」も重視しません。根気が成功に欠かせないことは事実ですが、根気をあまり強調すると、無意味な精神主義に陥ってしまうからです。

 「運・鈍・根」のうちで私が重視するのは「鈍」、つまり愚直です。愚直とは、愚かなほどに正直なことです。
より正確に言えば、周囲から愚かに見られるほど、自分の信念に忠実に行動することを指します。
優れた能力を持つ人が、周囲の目には愚かに映るというのは、彼、あるいは彼女が、他人の評価や社会の流行を安易に受け入れることをせず、あくまで自らの信念に則って行動するからです。
外部からの信号に同調するのではなく、自らの内部にあるジャイロスコープに従って行動する人間が、私のイメージする愚直な人です。
彼、あるいは彼女は、付和雷同しません。しかし同時に、頑なでもありません。彼、あるいは彼女の信念は、確実な根拠に基づいて考え抜かれたものであり、それゆえに単なる流行に付和雷同することはありません。
しかし、自分よりも優れた見解に出会ったときは、それまでの見解を潔く変更する決断力を持っています。
実は、こうした愚直な人間像こそ、私が長年理想としてきた研究者の在り方なのです。
 研究者は登山家に似ています。
誰も解いたことのない課題に挑戦し解答を見出すのが研究者の使命ですが、登山家も、誰も登ったことのない山に初登頂し、誰も歩いたことのないルートを初制覇することに、生き甲斐を感じるからです。そして、単に生き甲斐を感じるだけでなく、他の人々に先んじて業績をあげることによって社会から評価を受けるという点でも、研究者と登山家は似ています。
 愚直な研究者を登山家に例えれば、彼が目指すのは、彼が登るに値すると確信する山です。
周囲に他の登山家の姿はほとんど見かけません。余りに険しい山で、頂上がどこにあるかすら定かではなく、これまでに多くの登山家が挑戦してことごとく退けられ、膨大な時間とエネルギーをかけても登山に失敗する可能性が高いと、他の登山家たちは知っているからです。愚直な登山家も、もちろんそのことは知っています。しかし、この山は登る価値があると確信するがゆえに、ひたすら頂上を目指します。既存の常識に捉われず、思い込みを排して、ありとあらゆるルートを試み、時には迂回することも躊躇せず、一歩一歩着実に頂上を目指します。その試みが成功するとは限りません。しかし、成功したとき、それは世界的業績と称えられることになるのです。
 愚直さは、研究者としてもっとも重要な要素であると私は確信していますが、研究者が愚直であり続けることは、次第に難しくなりつつあります。それは、短期間のうちに、目に見える形での成果を求める傾向が、強まりつつあるからです。企業など利潤を上げることを目的とする組織では、成功の見通しの乏しい研究を長期にわたって続けることは困難です。大学は利潤を目的とした組織ではありませんが、研究費の多くが競争的資金によって賄われており、競争的資金を継続的に獲得し続けるためには、研究者は絶えず研究成果を挙げ続けなければなりません。こうした環境では、成功の確率の低い大きな問題よりも、成功の確率の高い小さな問題を選ぶ傾向が支配的になってしまうのです。
 再び登山に例えれば、研究者が成功の確率の高い小さな問題を追い続けるということは、登山家が登りやすい山を選んで登山するようなものです。
多くの業績を積み重ねても、人類の知の境界を大きく拡張するような成果は生まれないでしょう。既成の知識体系をブレークスルーするような新たな発見は、愚直な研究から生まれる可能性が高いのです。
愚直な研究者であり続けることは、困難なことです。
そのことを前提としたうえで、それでも私は皆さんに、心のどこかに、愚直な研究者を理想とする意識を持ちつづけて頂きたいと思っています。
http://www.u-tokyo.ac.jp/gen01/b_message18_06_j.html
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・・・この後、三つの勧めの二つ目が「俯瞰の勧め」、最後が「教えの勧め」と続くが、この部分だけでも、なるほど奥が深い。

 目先の結果を求めない研究者としての「志」の必須要素は「愚」なのだと説いている。
 「GRIT」では、職業を「仕事」や「キャリア」として選ぶのではなく「天職」として選ぶ人たちが「やり抜く力」が強く、仕事に対する満足感も強いと述べている。その記述と重なってくる。

 「こんなことして、どうなるのか」などと目先の損得にとらわれない愚直さが、時に強烈なエネルギーになる。
 
 とはいえ、「今自分が選んだ道は本当に正しい」と100%の自信を持てる人ばかりではない。
 愚直に突き進んだ行動が良い結果にならないことはたくさんある。
 その見極めが難しいところで、「やり抜く」と「あきらめる」の見極めが、人生を大きく左右する。
 「軌道修正」「早期撤退」「方針転換」も立派な選択肢であり、それによって成功する人生もたくさんある。
 興味を転々とさせる生き方を誰も否定できないことを前提にしての「GRIT=やり抜く力」の指導でありたい。

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進路指導に役立つ「GRIT」

Grit  先日のサークル例会で、「進路の学年集会」の話題になった。
中3対象の進路の集会だから、ラストスパートであるとはいえ、これ以上頑張らせたら壊れてしまう子もいるし、何度言っても焦りのない子もいる。全員の心に沁みるような全体指導の言葉かけは難しい。
 直近の受験対策ではなく、もう少し長期的な視野に立っての進路選択の大切さを伝えたいとの話題に沿って、手持ちの「GRIT」(ダイアモンド社)をパラパラめくっていると、使いたい箇所がたくさんヒットした。
 念のため解説しておくと、「GRIT」は、TEDトークの「成功するカギは、やりぬく力」のプレゼンテーションで注目されたダックワースの待望の1冊である。t

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若い人たちに「自分が本当に好きなことをしなさい」とアドバイスするのは、バカげたことなのだろうか。
じつはこの問題については「興味」を研究している科学者たちが、この10年ほどで最終的な結論に達した。
第一に、人は自分の興味に合った仕事をしているほうが、仕事に対する満足度がはるかに高いことが、研究で明らかになった(中略)
第二に、人は自分のやっている仕事を面白いと感じているときのほうが、業績が高くなる。(中略)
自分の興味に合った分野を専攻した大学生は、成績が高く、中途退学の確率も低いことが分かっている。(P140)
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というくだりは、「好きな進路を選べ」というメッセージにはなる。
 ただし「好きなことなら努力しなくていい」とは言っていない。

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「誰だって、自分が本当に面白いと思っていることでなければ、辛抱強く努力を続けることはできません」(中略)
「ただ、好きだからといって、上達できるとは限らない。努力をしない限り、上達するはずがないのだ。
だから、多くの人は、好きなことをやっても全然うまくならない」
 私もそう思う。自分の興味があることを掘り下げるにしても、練習に励み、研究を怠らず、つねに学ぶなど、やるべきことは山ほどある。だからこそ言っておきたいのは、好きでもないことは、なおさらうまくやれるはずはないということだ」(P147)
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というくだりは、「好きなことでさえ努力が必要だ」と釘をさしている。

 だから、逆に言うと

◆好きでもないことをやらざるを得ない場合は相当の覚悟が必要だ◆  

ということになる。
 目先の受験勉強で言えば、不得意教科の努力は大変だということ。
 決して「好きな教科だけやっていればよい」ということにはならない。

◆得意な教科から先に取り組んでモチベーションを上げたり、調子を上げたりしておく。
◆徹底的な得意な教科をつくって、確実に点数を稼いでおく。
などの策を講じることになる。

 さて、長期的な進路選択の話というと、次の箇所も外せない。「モチベーション3・0」にも同様の指摘があった。
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自分の仕事は重要だと確信してこそ、「情熱」が実を結ぶ。
目的意識を感じないものに、興味を一生持つ続けるのは難しい。
だからこそ、自分の仕事は個人的に面白いだけでなく、ほかの人びとのためにも役立つと思えることが絶対に必要だ。P133

「大きな目的」のためなら、粘り強くがんばれる P215
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 「GRIT」をそのまま中学生に読ませたいとは思わないが、エッセンスをうまく伝えていけるといいなと思う。

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