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September 18, 2017

「ワーク」と「ライフ」と「ライフワーク」

 日本人は勤勉であるとよく言われるが、長時間労働なので、単位時間当たりの仕事量では日本人は他国に劣るとも言われる。
 また、退職まで1つの会社に勤めることが美徳とされてきたから「安定した企業」への志向も強い(強かった)。
長く勤めることが愛社精神であり、ドライに転職を繰り返す海外よりも愛社精神が強いものだと思ってきた。
 ところが、その発想と真逆の意見があった。

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 日本人はアメリカ人よりも愛社精神、会社に対する忠誠心が強いとよく言われますが、愛社精神に対する考え方が異なります。アメリカでは、社員は自分が会社にどんな貢献ができるか、どういう付加価値を提供できるかが重要で、会社側はその社員を最大限に活用するために最高の環境を与えます英語には「プロフェッショナリズム」という言葉があります。日本語だと「プロ精神」と訳されることがありますが、具体的には「一人前に働く人がプライドを持って、自分がその専門に対して、最善の仕事をする」という意味を含みます。アメリカでは重視される考え方で、その精神があるからこそ、今置かれた環境で全力を尽くすのです。だから働く場所は問題ではなく、自宅勤務でもきちんと働くのです。
(中略)
プロフェッショナリズムを身につけるために、社員が得意なことや今後歩みたいキャリア形成を自分でしっかり考え、もっと積極的に自分の夢を見つけて追求できる機会を企業が提供していくことが求められます。
そして、社員も将来に起こりうるキャリア変更のため、または現在の企業で自分の進路を設定するために、こんな自問をするといいでしょう。

 「自分は何をすることが好きか?」
 「自分は何に情熱を持てるか?」
 「自分は仕事の何に意味と目的を見出すか?」
 「自分は何が得意か?」

 これらに自答して、それを自分の向かうキャリアに対する展望と共に考察し、積極的に自分の長所を他人と共有していくことが必要です。

 「会社に尽くすアメリカ人、会社に居座る日本人」PRESIDENT 2015年8月17日号
http://president.jp/articles/-/16918?page=5
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 上記の4つの問いは、先のダイアリーで紹介した落合陽一氏の問いとよく似ている。
 その落合氏は、「ワーク」と「ライフ」を切り離せないとも述べていた。
 その流れの中で、「ワーク」と「ライフ」を割り切るのが西洋の職業観と書いたが、よくよく考えたら「ライフワーク」という言葉があったではないか。
 そして、通常、ライフワークは 「天職」「一生をかけた仕事」と訳される。
 したがって、24時間働いていたいと落合氏が主張しているのは「ライフワーク」であったのだとも解釈できる

 「ライフワーク」を検索していたら、「3つのワーク」が出てきた。
 これは、分かりやすい概念規定である。

 
(1)お金のため、ごはんを食べるために働く  [ライスワーク]
(2)その仕事が好きで働いてる        [ライクワーク]
(3)自分の使命だと思って働いてる      [ライフワーク] 


https://matome.naver.jp/odai/2139626309369150501
http://menzine.jp/job/raisuwaku5575/

 ライスワークなら、定時退社して自分の余暇を充実させればよい。
 ライクワークやライフワークは、時間を気にせずに没頭していたいのだ。熱中してやり続けている人を無理矢理、退社時間で追い出すのは合理的ではない。
 おそらくクリエイティブな仕事は「9時から5時まで」といった時間で区切ることができない。だから、場所も時間も制約しない成果主義のシステムが成り立つのだ。

◆ライクワークはモチベーションが切れると続かないのが特徴ですが、ライフワークはモチベーションを必要としません。そのかわり「やりたい」という気持ちが常にフツフツと情熱として続くため、周りからやるなといわれても気づいたらやってしまうほど、元々生まれ持った才能のようなものです。

ライフワークとは、名前のとおり「命の仕事」と考えることができ、人それぞれ違ったライフワークを身につけているため、自分オリジナルな形で周りの人に分かち合うことが出来れば、自分も他人も幸せな気持ちでいることが出来ます。

・・・ライフワークはモチベーションを必要としないと言うが、「やりたい」という気持ちがフツフツ生じる情熱こそが「モチベーション」ではないか。
 ライフとワークは切り離せないと主張する落合陽一氏は、コンピュータにないもの、コンピュータより人間に優れたものが「モチベーション」であり、これからは「モチベーション格差の時代」が来ると言う。
http://wpb.shueisha.co.jp/2017/05/25/85183/2/

 「ライフワーク」に必要なのは、「好き・得意・使命感・有用感=モチベーション」である。

 こう考えると、エドワード・デシの内発的動機付けの源と、合致する。

①自律性の欲求(自己決定したい)
②有能さの欲求(できるようになりたい)
③関係性の欲求(人間関係を築きたい)

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September 17, 2017

「好きなことをやれ」と言われて困惑する場合

 「これからの世界をつくる仲間たちへ」落合陽一著(小学館は、たくさん付箋を貼った。

 「好きなことをやれ・やりたいことをやれ」と言われても困惑する学生がいるので、次の5つの問いを勧めていると言う(P108~110)

(1)それによって誰が幸せになるのか。
(2)なぜ、いま、その問題なのか。なぜ先人はそれができなかったのか。
(3)過去の何を受け継いでそのアイデアに到達したのか。
(4)どこに行けばそれができるのか。
(5)実現のためのスキルはほかの人が到達しにくいものか。

 この5つにまともに答えられれば、そのテーマには価値があると言う。
有用性を言語化できることは他人にも共有可能な価値になる可能性があるのだとも言う。

 ただし、誰でも簡単に到達できるスキルしか必要としないのであれば、簡単にまねをされ追いつかれてしまうともある。高いスキルが必要なのだ。

 P117~118には、別の視点からのアドバイスがある。

 大人から「好きなことを見つけろ」「やいたいことを探せ」と言われると、「僕は何が好きなんだろう」と自分の内面に目を向ける人が多いでしょう。そこからいわゆる「自分探しの旅」みたいなものが始まるわけですが、これは袋小路に行き当ってしまうことが少なくありません。
 しかし「自分が解決したいと思う小さな問題を探せ」と言われたら、どうでしょう。意識は外の世界に向かうはずです。そうやって探したときに、なぜが自分には気になって仕方がない問題があれば、それが「好きなこと」「やりたいこと」ではないでしょうか。

◆解決したい問題を発見し、「5つの問い」に答える形でそこに文脈をつけることができれば、その時点で問題の70%ぐらいは解けていると思っていいでしょう。

◆したがって、問題を探すときには、コンピュータがあることによって何が解決できるかを考えてみるのもひとつの方法。

◆これからの時代、コミュニケーションで大事なのは、語学的な正しさではなく「ロジックの正しさ」です。(中略)まずはその内容を自分の母語できちんとロジカルに話せることが大事です。

◆ロジカルな言語化能力は思考を深めていく上で欠かせませんが、それによって対人コミュニケーション能力が高まることも見逃せません(P151)

 具体例は本書を読んで納得してほしい。
 
 それにしても、ここに引用した箇所を見ると「好きなことをやる」ことがベストではないことが分かる。
 なぜなら、いくら自分の好きなことをやり通しても、そこに「ニーズ」がなければ、仕事としては成り立たないからだ。上記の5つの問いに答えられないようなアイデアでは、すでに誰かがやっているか、誰がやっても(今のところ)不可能か、誰も相手にしてくれないということになってしまう。

 「好きなことをやれ・好きなことだけやれ」というメッセージの危険さが、よく分かる。

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AIに代替されにくい職業について考える

1、インターフェイス

 オズボーン氏の論文「雇用の未来」によると、教員は、「コンピュータに代替えされにくい職業」に該当されている。

◆コンピューターに代替されにくい仕事 オズボーンの論文「雇用の未来」より

・レクリエーションセラピスト・最前線のメカニック、修理工
・緊急事態の管理監督者・メンタルヘルスと薬物利用者サポート
・聴覚医療従事者・ 作業療法士・ 義肢装具士・
ヘルスケアソーシャルワーカー ・口腔外科・ 消防監督者
・栄養士・ 施設管理者 ・ 振り付け師
・セールスエンジニア(技術営業)・ 内科医と外科医
・指導(教育)コーディネーター・心理学者・警察と探偵
歯科医師・小学校教員

・・・教員はAIにとって代わられない職業であるとして、安穏としていたが、その理由は何なのだろうか?

◆AIより人がしゃべった方が子供が安心する?
◆たくさんの子が一度に何か言った時の対応も、人間の方がうまくいく?
◆言葉では伝わらないメッセ―ジを表情から読み取るのは人間の方が得意?

 コンピュータに代替えされにくい理由を把握し、そこを伸ばしていかなければ、AIに代替えされてしまう。
そんなわけで、今漠然と考えているのが、「コミュニケーション」に近いが、もう少し限定して「子ども相手のインターフェイス」という意味である。

 「インターフェース」という用語がある。
◆通常、単にインターフェースという場合は、パソコンと周辺機器を接続するコネクタやスロット、接続する規格といった、異なる2つの機器の接続部分をいいます。
これとは別に、人間とパソコンの接点という意味もあります。

◆もともと、顔と顔を向かい合わせるということから「コミュニケーション」に近い言葉です。
しかし、段々いろんな分野で拡大使用されるに連れ、「接続」あるいは「コミュニケーション」の際の「約束事:技術:方法:接続用ハード」という風にあらゆる意味で使われてきています。

・・・調べてもよく分からないし、コンピュータ用語なんだから深く知らなくてもいいかと思っていた。
 ただ、「コミュニケーション」に近い言葉とか、「人間とパソコンの接点」というあたりが、くせもので、例えば、次の記載を読むと、無視できなくなる。

◆コンピュータよりも人間に向いている仕事は、ほかにもあります。
 たとえば銀行のATMや駅の発売機などに不便を感じたことのある人は多いでしょう。相手は人間なら要望を口で言えば対応してもらえるのに、機械の場合は複雑な操作を自分でしなければなりません。
コンピュータでも「できる」と言えばできるのですが、人間にとっていちばん好ましいインターフェイスは、やはり「人間」の場合も多いのです。
 「これからの世界をつくる仲間たちへ」落合陽一 小学館 P58

 情報を伝えるインターフェイスの部分だけを人間が担当する・・そのような職業はAIに奪われないで済むわけだ(ただし、AIの下請けという見方もできる)。
 落合氏は、例をいくつか挙げている。

◆新幹線の座席の確保は、ややこしい条件がある場合は人間が介在した方がスムーズに確保できる。
◆観光案内所も、コンピュータに教えられるより、対面で人から案内された方が心地よい。
◆ファストフード店やファミリーレストランも、どんなに自動化が進んでも、接客するインターフェイスを人間が笑顔でしてくれれば、安心して食事ができる。

 考えてみればニュースや天気予報だって、読み上げるだけなら人間である必要はない。ただし、人間の方が心地よい。特別なサービスだから別途課金してもニーズはある。

 「インターフェイス」が「AIにない人間のよさ」であるとして、他にどんなよさがあるのかをしっかり追究していきたい。
 例えば、だれでもできる単純再生産の仕事(形式知)は代替される。むしろ単純なゆえの苦痛な労働は機械の任せたほうが人間の為である。速さや正確さや持続力では人は機械に勝てない。
  一方、その人ならではのコツ・スキル・秘伝の技・匠の技など(暗黙知)は、プログラム化されない限り代替えされない。ただし、匠の技の再現などは各分野で躍起になって進められている。

2 子どものAIと、暗黙知
 
 「大人にAI 子どものAI」という言葉を知った。
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 人工知能やロボット工学の領域では「モラベックのパラドックス」という概念が言及されてきた。
 例えば数式を解くよりも、絵に何が書いてあるか判別することのほうが難しいという「大人ができる高度に知的なことよりも子供ができる簡単な運動や認識の方が、コンピュータで実現することは難しい」という常識があった。

 「誰が日本の労働力を変えるのか?」野村総合研究所 東洋経済新聞社 P81・82
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・・・「モラベックのパラドックス」については、ネットでたくさん検索できた。

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 人工知能 (AI) やロボット工学の研究者らが発見したパラドックスで、伝統的な前提に反して、高度な推論よりも感覚運動スキルの方が多くの計算資源を要するというものである。(Wiki)

一歳児のスキルが難しい

ロボット工学者のハンス・モランベックは「知能テストで大人を負かすとか、チェッカーをするといったことは、コンピュータにとってさほどむすかしくはない。だが知覚や運動といったことになると、一歳児のスキルを身につけることさえむずかしく、場合によっては不可能だ」と鋭くも見抜いた。(56ページ)

http://kocho-3.hatenablog.com/entry/2016/02/12/070710
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・・・分かるようで分からない。でもこの場合の自分の「分からなさ」をどう克服するかが「子どものAI」かもしれない。
  
◆「どうしてこんなことが分からないの?」「どうしてこんなことができないの?」と思える簡単なレベルのことを習得させることの方が難しいということは実感できる。
例えば、「1+1」が分かる子に「1+2」を教えるのは容易だが、「1+1」が分からない子に「1+1」を教えることは難しい。

◆経験の浅い先生は「何が分からないかが分からない・どうして分からないかが分からない」ことが多い。

◆通常学級の子どもより特別支援学級の子どもの方が教えるのが難しいのは、高度な内容理解より、基本的な内容の理解の方がむしろ難しいことを示している。

 あれ?
 ここまで書いてきて、それは「形式知」と「暗黙知」の違いと重なるのではないかと思えてきた。

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 暗黙知と形式知は、マイケル・ポランニーが『暗黙知の次元』で示した「知識(ナレッジ)」の認識論的な分類です。
ポランニーは、「私たちは、言葉に出来るより多くのことを知ることができる」と言い、言語などの明示的・形式的表現では伝達不可能な知を暗黙知と呼んでその存在を指摘し、言語などの明示的・形式的表現での伝達が可能な知を形式知と呼びました。

 暗黙知は、特定状況に関する個人的な知識で、形式化(言語化、データ化、情報化)したり他人に伝えたりするのが難しいものです。
 一方、形式知は明示的なもので、論理的な伝達・表現手段によって伝達することが可能なものです
(中略)
 人は運転の仕方を教習所の座学で習って知識を得ていても、始めてクルマに乗っていきなりスムーズに運転することは出来ません。実際に経験してはじめて気づくことが多いからです。特にマニュアル・シフトの操作は、事前に操作方法(形式知)を知ることは必要ですが、アクセルとクラッチとシフト・ノブを動かす微妙なタイミングと深さは、何度もエンストしてみてはじめてベストなバランスを習得できるものです。そうして習得した知識を今度新たに免許を取得しようとしている人に教えようとした場合、やはりいくら親切にアクセル、クラッチ、シフト・ノブの話をしても、新人ドライバーは一度はエンストするでしょう。言葉では伝えきれない知識があるのです。

 このように身体的運動を伴う暗黙知に関しては、いくら言語化して説明しようとしても伝えきれないものが残ります。
http://www.osamuhasegawa.com/%E6%9A%97%E9%BB%99%E7%9F%A5-%E5%BD%A2%E5%BC%8F%E7%9F%A5/
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 落合氏も前掲書で次のように述べている。

◆他人にはコピーのできない暗黙知を自分の中に貯めていくことが大事。いまはインターネットで一瞬にして情報がシェアされ、世界中に拡散していく時代ですが、そういう誰でも知っている情報をたくさん持っていることには何の価値もありません。
◆いまの資本主義社会は物理的リソースではなく「人間」が最大の資本ですから、シェアできない暗黙知の持ち主が大勢いる会社が強い。(中略)専門性が低く、何でも器用に処理できる浅く広い人材のほうが、これからは人材としての価値を評価されにくいのです。

・・・ただし、通常は高度のスキルになると「暗黙知」が必要になるのだが、「子どものAI」は「子供ができる簡単な運動や認識の方が、コンピュータで実現することは難しい」 とある。
 難しくない方が難しいからこそパラドックスなので、そう考えると「子どものAI」と「暗黙知」は意味が違うことになる。

 私見で次のようにまとめてみたが、全く自信はない。

◆「モラベックのパラドックス」を含む話をしたいき、この用語が分かっている人との間なら、会話はあっという間に済む。
 しかし、この用語が分からない人と話をするには、相手が分かるように言い換えながら話をしないといけない。そのドンピシャのアドバイスや例示は、なかなかマニュアル化できない。
 相手が分かっていない状況を把握することにしたって、ちょっとした表情や言動を読み取る高度なスキルは必要にある。大学教授の講義を思い起こせばわかるように、 優れた知識をもっていることと、分かりやすく教えることとは全く別次元である。

・・・これは「子どものAI」はなく、「暗黙知」の解説だろう。
 もう、どっちでもいいのだけれど、以下のスキルが人工知能の及びにくい分野であるのならば、我々教師はそのスキルをしっかり磨いていかねばならない。

(1)「何がわからないか、相手の困り感をキャッチする」
(2)「相手の分からなさにしっかり対応して、分かりやすく教える・分かるまで教える」

3、AIの代替が難しい特徴

 「誰が日本の労働力を変えるのか?」(野村総合研究所 東洋経済新報社)では、AIの代替えが難しい職業の特徴として3つのワードを挙げられている。 P108-109

(1)「創造性」
人工知能は、知識を整理することはできても新たな抽象概念を創出することは簡単ではない。
摸倣することはできても、独創的な芸術性を習得することは難しい。

(2)「ソーシャルインテリジェンス」
他者との協調や説得、サービスなど。
人工知能は、音声や文字を認識し、その情報に基づいた最適な対応策を提示することが可能。
個人間の信頼が必要とされる場面や顧客の表情や言い淀んだ様子を考慮しながら対応を変えるような高度なコミュニケーションは不得手。

(3)「非定型」
一定のルーテインワークやマニュアルで対応できる定型業務は自動化しやすい。
作業プロセスにまとめることが難しく複雑で、臨機応変な対応や状況判断が求められる

 英国のBARCLAYS銀行が求める人材像は、「正確に処理ができる人」から「EQに優れ、顧客との会話がしっかりできる人」であり、これからはホテルのコンシェルジェのように、相手の要望に応じてサービスを提供する非定型な業務が求められているとの記述もある(P110~111)。
 このコンシェルジェというのは、前述の「インターフェイス」と同じ意味だ。

 また、トーマス・H・ダベンポート「AI時代の勝者と敗者」を引用して、デジタル労働力と共存する5つの仕事が示されている。P193~199

(1)新しいデジタル労働力を生み出す仕事
(2)デジタル労働力の上に立つ仕事
(3)デジタル労働力とビジネスをつなぐ仕事
(4)デジタル労働力でないことに意味がある仕事
   (人がやることの意味)
(5)デジタル労働力にやらせるにはコストが見合わない仕事

 あるサイトでは、人工知能やロボット時代を迎えるにあたっては、間としての強みをますます磨かなくては通用しなくなるとして、3つの「スキル」アップが必要だとあった。

(1)プランニングスキル
斬新なアイデアや逆転の発想、新しい組み合わせや思いつきなど、新しいコンセプトや枠組み作りには欠かせないスキル。
(2)マネジメントスキル
目的に導き、目標を達成させるように導く言葉や態度によるコミュニケーションのスキル。
(3)ソリューションスキル
困難から逃げずに向き合って課題解決に導くスキル。

https://andai.co.jp/new-ways-of-working/ より

 なお、日経ASOSIEの10月号では、AIに代替えされる仕事 に共通する3つの特徴が挙げられている(P80)。今後求められるスキルの真逆になっていることがよく分かる。

(1)創造性をそれほど必要としない
(2)対人コミュニケーション要素が少ない
(3)定型業務が中心

 茂木健一郎氏の『人工知能に負けない脳 ── 人間らしく働き続ける5つのスキル」では次のことが書かれている。

 人工知能の進化は私たちにとってむしろ新しいチャンスである。
 人工知能の得意な分野は人工知能にまかせて、私たちはその力を利用しながら、人間らしさが活かせる分野に活路を見いだせばいい。
 つまり、「人間にしかできないこと」「人工知能の不得意な分野」を伸ばすべき時代。
 その5つのスキルが
(1)「コミュニケーション」
(2)「身体性」
(3)「発想・アイデア」
(4)「直感・センス」
(5)「イノベーション」

 茂木氏は次のように述べている。
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茂木 人工知能は、感覚的なことができません。
例えば、おいしい、楽しい、心地よいという感覚を感動に換えるといったことはできません。
また、非典型的事例の判断も苦手です。膨大なデータをカテゴリー別にソートすることはできますが、ビッグデータに至らぬ少数事例に基づく判断などはできません。
人工知能は、データの蓄積がなければ何も判断ができません。
対して人間は、さまざまな角度から見て直感で判断することができます。
http://news.livedoor.com/article/detail/10681916/
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 人間がもつ「感覚」を大事にすること、つまり「人間力」を磨くことが最優先されるべきということになるだろうか。
 、 

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「ワーク」と「ライフ」のバランスの意味

 「これからの世界をつくる仲間たちへ」落合陽一 小学館は、示唆に富む一冊だった。
 その中の一部に「「ワーク・ライフ・バランス」に関する部分がある。

◆ワーク・ライフ・バランスが問題になるのは、「好きなこと」「やりたいこと」を仕事にしていないからです。解決したい問題がある人間、僕だったら研究ですが、そういう人は、できることなら24時間、1年365日をそれに費やしたい。(中略)ワーク・ライフ・バランスなんて考えたこともないし、その概念自体が僕には必要ありません。P164

◆ワークとライフを区別せずに「やりたいこと」をやり続ける生き方は、幸福なものではありますが、決して楽なものではありません。息抜きや遊びの時間も必要ですが、それはあくまでも自分の目的を実現するための手段のようなもの。「ライフ」の充実を「ワーク」の目的と考える生き方とは正反対です。

 「やりたい仕事に熱中するのに、バランスが関係あるか」という意味の主張であるとすれば、これは今の「ワークライフバランス」の流れに真っ向から対立するものだが、言わんとすることはよく分かる。
 やりたくない「ワーク」を強いられて、「ライフ」が削られることは、むろん避けるべきだ。それでは「社畜」と言われ絵も仕方ない。
 本当にやりたこと・楽しみたいことが「ライフ」の側にある人は、その「ライフ」のための資金を「ワーク」で賄えばいいので、バランスをとればいい。
 
 しかし、西洋的な職業観には合わないかもしれないが、「道を極める」「寝食を忘れて」という生き方もあっていいと思う。 四六時中、そのことを考えいるくらいの熱がなければ、生き残れないし、一人前にはなれないということもある。休みの日に本を読んだり、自己研さんに励んだりするのは、ごく自然な行為だ。
 
 やりたいことを「ワーク」としている人は、「ワーク」と「ライフ」と切り離せるものではない。 
 やりたくない仕事を勤務時間の範囲内で無理無理こなしている人と、楽しくて仕方ない仕事に没頭している人を同等に扱うことはできない。

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September 16, 2017

人工知能に負けない脳

YKKのファスナーが「カラス対策用ゴミ収集ネット」を作っていると言う。
カラスがゴミを食い散らかさないように、ファスナーを使ったネットを開発したわけだが、まあ、これは想定内。

 ただ、「ソフトタンク」には驚いた。

◆トラックでミルクなどを運ぶとき、液体がこぼれないようにする「タンク」

と言うだけでは、ファスナーの意味を感じないが、

◆ミルクを届け終わった後、空になった大きなタンクが、小さく小さくなったら、他のものを積んで帰れてベンリだと思いませんか?
「ソフトタンク」はやわらかい素材でできているから、中が空になれば小さくたためるのです。
また、トラックの荷台を空にしたまま何度も行き来しなくてよいので、ガソリンの消費も少なく、排気ガスも減って、環境にもやさしいのです。
YKKの水を通さないファスナーなら、中の液体がこぼれる心配はありませんし、ファスナーを大きく開いて、タンクの内側を掃除することもでき、とても清潔です

https://www.ykk.co.jp/japanese/ykk/here/0506_softtank.htm...

という記述を読むと、普通のミルクタンクがいかにも無駄で不便だと感じてしまう。

 「自分の長所を生かすこと」と、「世の中の不便さに着目すること」が一体になった時、創造が起こる。
 
 茂木健一郎氏の『人工知能に負けない脳 ~人間らしく働き続ける5つのスキル』(日本実業出版社)の中に、

◆世の中の不便さを我慢しない
◆不便さを解消するのがイノベーション

といったフレーズが出てくる。
 YKKが、ファスナーという自分の強みを生かして「ソフトタンク」を開発したことは、まさに、このイノベーションの典型だと思う。
 こういう開発話を知ると、人間の知恵ってすごいなと思う。

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「やりたくないこと」もやる!

 『モチベーション3.0』 (講談社+α文庫)の著者であるダニエル・ピンクは、内的な動機付けによるアプロ―チについて、次の4つの項目を提示している。

(1)because they matter, 重要だからやる
(2)because we like it, 好きだからやる
(3)because they're interesting, 面白いからやる
(4)because they are part of something important. 何か重要なことの一部を担っているからやる

https://www.youtube.com/watch?v=YcJJYQB0mY0

https://sites.google.com/site/tedjapaneseenglishnote/list/dan_pink_on_motivation

・・・「好き・面白い」「重要」で括れば、スッキリ2項目になると思う。
 だから受験勉強のように、好きでなくても面白くなくても、その重要性を考えたらやらざるを得ないこともあると伝える必要がある。
 目的が明確なら、多少、嫌なこと・面倒なことも頑張れるものだ。

 一方、「モチベーションがあろうがなかろうが、とにかく仕事をこなせ」という主張の本もある。

◆『モチベーションで仕事はできない』坂口孝則著(KKベスト新書)
◆『仕事ができる人はなぜモチベーションにこだわらないのか』相原 孝夫 (幻冬舎新書)

・・・仕事は気分でやるものではない。
「今日は調子いいから120%の仕事。今日は調子でないから会社休みます。」では、誰も信頼して仕事を任せられないし、安定した質の仕事は期待できない。
 好き嫌いや気分に左右されず、コンスタントにベストを尽くし、契約義務を果たすのがプロの仕事。淡々と義務を果たすのが大人の流儀。
 やる気の有無・好きか嫌いかで質が左右するのはプロの仕事ではないことは、大人としては分かるが、さすがに子どもに強いるのは難しいだろう。

 さて『人を伸ばす力』にも、同じような場面での記載がある。
 内発的に動機づけられていない・興味をもっていない課題に対して、どうしたら望ましい行動を促進することができるか、である。
 ここで重要なキーワードとして、「内在化」と「統合」が示されているが、表現が難解で、引用してもなかなか分かりづらい(P124~128)。
 
◆たいていの活動は、けっしておもしろいものではない。だが社会の中できちんと役割を果たしていけるようになるためには重要である。そのような活動に対して、どのように援助の手をさしのべていくべきかという問題である。これは、社会化を考えるとき必ず直面する問題の一つと言っていい。

◆関係性への欲求を満足させるために、子どもたちは周囲に順応しようとする。彼らは、身近な集団や社会の価値とルールを受け入れようとする傾向を、生まれながらにして持っている。このような順応過程を経て価値や行動規則を内在化していく中で、子どもは社会と有能に交渉していくやり方を身につけていく。

◆自律的に行動することができるためには、内在化された規範をあなた自身のものとして受け入れなければならない。そのときその規範は、あなたの一部となるにちがいない。つまりそれは、あなたの自己に統合させなければならないのである。このような統合を通じて、人は、重要であるが少しもおもしろくない活動・・内発的に動機付けられていない活動・・に対する責任を、進んで受け入れるようになるのである。

 人には「他者と関係をもちたい・人の役に立ちたい」という承認欲求がある。
 「役に立つ」という意味付けがきちんとできれば、やりたくないことにも動機付けができるのだと思う。
 重要なこと・意義のあることをどう語り、本人自身にやる気を喚起するかは、指導者の腕の見せ所なのである。

※ エドワード・デシは、内発的動機付けの源を

(1) 「自律性の欲求(自己決定したい)」
(2) 「有能さへの欲求(できるようになりたい)」
(3) 「関係性への欲求(人間関係を築きたい)」

の3つだと述べる。ダニエルピンクが示した「好き・面白い」が提示されていない。
 「楽しい・面白い」は、「有能さ」とは少し違うと思うのだが、そこがすっきりしなかった。

※マクレランドの欲求理論
(McClelland’s Theory of Motivation)

達成動機(欲求)、権力動機(欲求)、親和動機(欲求)の3つの主要な動機ないし欲求が存在する、という理論で1976年に発表された。

(1)達成動機(欲求) (nAch : need for achievement)
ある一定の標準に対して、達成し成功しようと努力する

(2)権力動機(欲求) (nPow : need for power)
他の人々に、何らかの働きかけがなければ起こらない行動をさせたいという欲求

(3)親和動機(欲求) (nAff : need for affiliation)
友好的かつ密接な対人関係を結びたい、という欲求

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September 02, 2017

AI時代には、「学び」と「遊び」の区別はなくなる

  「遊び」に向けられた意欲のエネルギーを「勉強」や「仕事」にも転用でいたらいいのに、とよく思う。
 「楽しい」「好き」「フロー」の力は強いのだ。
 「『やる気を出せ!』は言ってはいけない。」石田淳著(フォレスト出版)には次のような記述がある。

◆根本的には、「仕事は面白い」「楽しい」と思わせ、それを習慣化させることが重要なのである。
 部下の行動が自発的になり、それを習慣化していく。これが、行動科学マネジメントの考え方なのである。p73

・・・自分から「やりたい」と思っている社員が成果を上げるのに対して、「ねばならない」と思って仕事をしている社員は成果が上がらない。「行動自発率」が異なるからと言うのが筆者の主張だ。

 さて、ここまでは、昨年度の覚え書きである。
 今夏は、ここに「知的好奇心(中公新書)」を受けての考察が加わった。

 「遊び」には義務はない。それでも夢中になれるのは、「楽しいから」あるいは「自分の役に立つから」だ。
 しかし、学校に通い「学び」が義務になってしまうと、とたんに意欲がなくなっていくことが多い。
 「趣味」を「仕事」にした途端、楽しさが奪われてしまったという大人も多い。
 内発的動機付けの要素で言えば、

(1)そもそも、与えられた「学び」は、「自律性への欲求(自己決定したい)」が満たされない。
(2)自分の興味のない分野で、何かができるようになったとしても「有能感」を自覚できない。

 本来「遊び」と「勉強」は対立しない。
 だからこそ、子どもたちが遊びの中で「面白そうだな」「もっとやってみたいな」と夢中になる要素を分析し、それを授業に生かしていかないといけない。

 リクルート次世代教育研究院が手掛けた5月のシンポジウムの報告の一部を読むことができた。

シンポジウム『人工知能(AI)社会における「生きる力」とは何か?』
https://ring.education/2017/06/06/tokyo_gakugei_recruit_symposium_20170514/

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「教育の未来予想図 〜Life with AI〜」
1. 「生きることを面白くする人間」を育てる
AIに提供されるだけの生活ではなく、AIを使うからこそ「面白い」が未来のトレンド。
今後は、「学び」と「遊び」の区別がなくなり、「生きることを面白くする」姿勢が求められる。

2. 「自己活用力」がこれからの教育キーワードとなる
「自己活用力」とは、状況に応じて自己を活用し、他者と世界を共創する力。
AI時代は、データを読み解いて、自分の視点から考え活用することが求められる。

3. 新たな教育メソッドは”Just in Time Teaching”になる
学習者の主体性を尊重するファシリテータとしての先生像が求められる。
「あれもこれもいつも」から「必要なときに、必要なものだけを、必要なだけ」の Just in Time Teachingへ。

(後略)
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 29年8月21日付の「教育新聞」に、リクルート次世代教育研究院長小宮山利恵子氏の連載があって、このシンポジウムの内容に触れていた。

◆AIに提供されるだけの生活ではつまらない。AIを使って「つまらない」のではなく、AIを使うからこそ「面白い」が未来のトレンドになると考えている。
 「面白い」から見れば、「学び」も「遊び」も同じはずで、AI時代には、「学び」と「遊び」の区別はなくなる。そして変化の速い社会で職を得るには、新しいことを学び続ける必要がある。そのような状況を考えれば、学ぶことと働くこととは今後、より密接に結び付き、ほどなく同じものになる。
 つまり、「学び」「遊び」「働く」、これが同時並行的に、一体となって行われるのが普通になる日も遠くないと考えている。

・・・AIを使うことで「遊ぶ」「学ぶ」「働く」が、「面白い」という観点で一本化できるということか。
ただし、これらの記述だけでは十分に理解できない。
AIという言葉に惑わされて、全てを鵜呑みにはできないので、もう少し文献にあたってみないといけない。

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