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March 31, 2018

本気度は、スローガンでは測れない

  市内のある学校新聞で、イチローの言葉が引用されていた。

◆「人の二倍三倍努力するのは無理」

 これは、これまで見聞きしたイチローのイメージとは違うのでググってみた。
 2016年イチローが野球大会で子供たちに語った一節だ。

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(前略)イチローは人の2倍も3倍も頑張っていると言う人が結構います。でも、そんなことは全くありません。
 人の2倍とか3倍頑張ることってできないよね。みんなも頑張っているからわかると思うんだけど。頑張るとしたら自分の限界…自分の限界って自分で分かるよね。その時に自分の中でもう少しだけ頑張ってみる。ということを重ねていってほしいなというふうに思います。
 (中略)人との比較ではなくて、自分の中でちょっとだけ頑張った。そのことを続けていくと、将来、思ってもいなかった自分になっている。と僕は思うし、実際、僕だってメジャーリーガーになれると思っていなかったし、アメリカで3000本打てるなんてことは全く想像が当時できなかったんだけど、今言ったように、自分の中でちょっとだけ頑張ってきた。それを重ねてきたことで、今現在(の自分)になれたと実感しているので、今日はこの言葉をみんなに伝えたいと思います。
https://full-count.jp/2016/12/23/post54179/2/
=================^=

 いきなり目標のハードルを高く設定しても長続きしない。
 目の前のちょっと高めの目標を次々にクリアしていくことが成功の近道ということだと捉えるなら、それは「発達の最近接領域」の概念と重なってくる。
 「できるかできないか」くらいの課題レベルが有効だというものだ。
 なるほど、人の2倍3倍はがんばれないよね。この言葉によって解放されて安心できる人もいたのではないかな。
 努力しなかった人がこんな風に語っても、それは自己弁護にしかならない。
 小学校時代365日中360日は練習したと断言するイチローならではの含蓄のあるメッセージだ。
  逆に平気で「2倍3倍がんばる」と口にする人は信用ならんということでもある。

 https://retu27.com/blog-entry-629.html

  さて、このイチローの言葉とリンクするのが、ノーベル化学賞を受賞した田中耕一氏の『生涯最高の失敗』に出てくる次の言葉。P210

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(前略)はじめから200%をねらっても、それでは失敗ばかりしますから、もう少し手軽な、110とか120%あたりをめざしてみる。それなら、たとえ目標を達成できなくても、ちょっと高望みしたから仕方がないな、と考えることができて、あんまり落ち込まないですみます。
 ところが、120%だとたまに、できてしまうことがあります。そのような経験を積み重ねていくと、いつもまにか、120%があたりまえになります。それを繰り返していくと、120%から150%、200%へとどんどん伸びることだってできる。(後略)
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 1.2×1.2×1.2×1.2=2.0736だから、120%を4回積み重ねれば200%になるという計算でもある。
 
 この章のタイトルが「まず、120%まで積み上げる」

 はじめから200%をねらっても失敗する、という警告は、イチロー言葉と重ねて肝に銘じたいきわめて現実的なアドバイスである。

 さて、ここまでは、一般的な「努力有用論」

 ここからは、やや懐疑的な「努力有用論」。

 田中耕一さんは大学の専門が電気工学である。
 その田中さんが専門外の化学の分野でノーベル賞を取ったんだから、誰にだってチャンスがあるというのは極めて強引な理屈である。

◆私だけではなく、私のチームの五人は全員、化学の出身ではありません。同僚たちも私と同じように、化学については自力で勉強して、ひとつひとつ問題を解決していかなければならなかったのです。一方で、化学の専門家ではなかったからこそ、「分子量一万の試料のイオン化」という、当時としてはあまりに大胆な計画を立てられたのだと思います。(中略)
 私は、専門知識を持つのは、とても大切なことだと思います。私自身は、大学で電気工学を勉強しましたから、ひととおりの知識は持っているし、いまでも興味を持っています。
 仕事上の必要があって回路の設計をしたり組み立てたりするのに、専門知識はとても役立ちます。でも、もう少しべつのところでものを考えることも、私は大事にしたいのです。 (前掲書P123~124)

 これは田中さんの謙遜を含めた主張である。
 いくら化学の専門家でないとはいえ、「急速に試料の温度を上げるとイオン化できる」というもくろみに沿って毎日実験を繰り返すだけの知識とスキルがあったのだから、そこは、ド素人とはわけが違う。

 マラソン金メダリストの高橋尚子選手の「あきらめなければ夢は叶う」という言葉も要注意である。
 彼女の「あきらめなければ」の前提には、極めて過酷なトレーニングがある。
 多くの選手は、彼女と同じ練習量をこなせない。
 「あきらめない」と口にするだけでは、夢はかなわない。具体的な行動がなければ、夢はいつまでも夢のままだ。
 
 2012年12月6日放送の「カンブリア宮殿」は、カト―プレジャーグループ社長加藤友康氏の特集だった。

①渋谷で店を開く時は朝昼晩と渋谷に足を運んだ。
②うどん店(つるとんたん)を開く時には、1日に12件でうどんを食べた。
③懐石料理を1日に2.5回完食する。
④ホテルを開くために1000回はホテルに泊った。

 このような加藤氏を取材した村上龍氏は「死ぬ気でやるっていうことは具体的なことだ」と述べている。
 加藤社長が、日本一のホテルを作る自信があると言い切るのは、それだけ数多くのホテルを回っているからだ。
 店に入ったら、味の良し悪しや売上までだいたい分かると言い切るのは、それだけ数多くの店を回っているからだ。

 番組最後に、村上龍はこう述べていた。
http://www.tv-tokyo.co.jp/cambria/backnumber/20121206.htm...

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 意識や理性のさらに奥にある無意識の領域まで情報を探らなければ、考え抜くという行為は成立しない。
 それは決して楽ではない。
 だから、たいていの人は「考えているつもり」というレベルで満足してしまい、画期的なアイデアなどとは無縁のまま人生を終える。
 加藤さんにとっては、「徹底的に考え抜く」のは、特別でも何でもなく、ごく自然で、当然の行為なのだろう。
 だから番組ではあえて言及しなかったのだ。
 不敗神話は、奇跡ではなく、考え抜くことによってのみ、生まれる。
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 「量質変化」は、「技(わざ)化」とセットになっている、
 無意識にでも体が反応するほどに、量をこなすこと・情報を入力すること。そこに「死ぬ気で」と言われても、結局「死ぬ気で」という言葉が空虚になることが多い。

◆たいていの人は「考えているつもり」というレベルで満足してしまい、画期的なアイデアなどとは無縁のまま人生を終える。

という村上氏の言葉は、次のようにトレースできる。

◆たいていの人は「やったつもり」というレベルで満足してしまい、画期的な仕事などとは無縁のまま人生を終える。

 「人の2倍3倍努力する」「絶対にあきらめない」「死ぬ気でやる」といった言葉だけではあてにならない。
 
 「自分は50回やった」といくら自慢しても、「自分はたった100回です」と謙遜する人にはかなわない。
 
 本気度は、まさに具体的な「数」に表れる。

 むろん、いくら「一万回のルール」があるからといって、質を問わずに「1万回」という数字だけを取り上げても意味はない。
 「上達」は「量×密度」である。とにかく客観的な評価が難しいのだ。

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