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May 28, 2019

AIの限界を「ゲシュタルト知覚」で解釈する

 新井紀子氏は「今のAIは、問われた内容を論理的に認識しているわけではなく、統計的な処理をしているだけだ」と言われた。
 AIは「質問は多分こんな意味だろう」「求めているのは多分こんなところだろう」と推測して回答を導いている。だから、全く頓珍漢な解答があったり、誤訳があったりする。

 この話を聞いて、もう1つ思い出したのが、「ゲシュタルト知覚」。
光村図書の「国語教育相談室中学校」87号にあった脳科学者中野信子氏の論稿にあった内容だ。

 「ゲシュタルト知覚」とは、より多くの情報を簡単に処理するために少ない情報をもとに、脳が補ってある認知をすること。
 プラスで言えば、少ない情報から類推して効率的に情報処理できること。
 マイナスで言えば、思い込みや早合点をおこすこと。

 AIは、「ゲシュタルト知覚」のように、少ない情報から類推して解答を出そうとする。

 中野氏は言う。
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◆この機能は、人の思い込みや錯誤を招き、誰かの嘘に惑わされるという危うさをも併せもっている。これを回避すべく私たちの脳に備わっているのが、共感、想像、良心、抑制、長期的な展望などの思考をつかさどる「前頭葉」の働きだ。
ただ、その機能は、小学校高学年ぐらいから、三十歳ごろまでかけてようやく完成する。
 前頭葉が発達していく時期には、その発達を促すような働きかけを行うことが肝要となる。その働きかけとはすなわち、多様な人々に共感したり、他者の心情を読み取ったり、意図を読み取ったりするなどということだ。文学とは、言語によって伝えられた人の思考の、解釈の仕方について議論を交わす領域である。
つまり文学こそ、まさに、前頭葉を鍛えるために大きな役割を果たす実学なのだ。
(中略)
 前頭葉が未発達な中学校時代には、文学情報から意味を構築する経験を大いに重ねることが重要だ。そして、ゲシュタルト知覚のみにとらわれず、前頭葉を働かせて、この世界には虚構というものがあること、現実には幾通りにもの解釈があることを理解してほしい。
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・・・今のAIは、常識と非常識の区別が苦手だから、とんでもない類推を平然とすることがある。
 想像と実体験と常識で情報不足を補う「前頭葉」の働きにこそ、人間の強みがあることが分かる(違っているかもしれません)。

 なお、自分のイメージする「ゲシュタルト知覚」と、「レイヤー構造」は意味がよく似ている。

 「レイヤー構造」の記事も合わせて読んでいただけるとうれしい。

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