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March 28, 2020

マスク着用が必須となると、教師の対応は変わってくる

 

TOSSが作成した「授業力トレーニングテキスト」の13ページに「あたたかな表情(笑顔)」という項目がある。
 
 ① 授業の開始を笑顔で始めている。(1点)
 ② あたたかな笑顔を最後まで保持している。(1点)
 ③ 場面に応じて表情を豊かに使い分けている。( 1点)
 
 子ども達は、教師が思っている以上に教師の表情や雰囲気に敏感である。
教師が怒った表情で教室に入ってくれば、「先生、何かあったかな。」と身構えたり、具合が悪そうな表
情であれば「大丈夫かな。」と心配したりしてしまう。
 教師の表情は、子ども達にとって非常に強い刺激物でもあるのだ。
 だからこそ、教師は授業の開始を笑顔で始められることが「前提条件」なのである。
 当然のことであるが、授業の開始に笑顔になれなければ、次の項目である「②あたたかな笑顔を最
後まで保持している。」ことも、「③場面に応じて表情を豊かに使い分けている。」こともできはしない
だろう。

http://toss.gr.jp/kyoushiryoku/wp-content/uploads/2017/04/training-text.pdf
 

・・・次年度、教師も子どもも「マスク着用」が必須となると、「笑顔」「豊かな表情」や非言語の対応がかなり困難になる。
「セレトニン」の分泌を促す5つのポイントについても、感染対策に伴い、かなり困難になる。

○「見つめる」「ほめる」
×「ほほえむ」
△「話しかける」「ふれる」

「口元がゆるむ」という笑顔の効用が激減するとなると、それをどう埋め合わせていくかを考えないと、子どもとのコミュニケーションづくりがうまくいかなくなる。出会いの印象も悪くなる。
 

①マスクからはみ出すような大げさな笑顔。目尻を下げて笑っていることをはっきり伝える。

②声の強弱やトーンで感情を伝える
③「バンザイ」など、身振りで表現する
④「OK」などのハンドサインで表現する
⑤意図的に拍手を増やす
⑥「すごいね」「やったね」のようなカードを多用する
⑦「すごいね」「やったね」のようなスタンプを多用する
⑧「すごいね」「やったね」のようなシールを多用する
⑨(濃厚接触にならない程度)の「握手」や「ハイタッチ」を使う。
⑩(濃厚接触を配慮して)原監督の「グータッチ」を使う。
11一筆箋・連絡帳、ミニ賞状を使う。

などと考えてみたが「笑顔・あたたかな表情」が伝わらないことのハンデは大きい。
少なくとも、そのハンデはあることを前提に、学級づくりや「出会いのドラマ」を作る戦略を立てる必要がある。

※それにしても、あらためてTOSSのトレーニングテキストはすごい。



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March 20, 2020

映画「フクシマ50」  〜9年前は騙されていた〜

映画「フクシマ50」を観た。観客の少なそうな時間帯を選んだので、本当に少なかった。

東電所員の決死の対応でギリギリ助かっただけで、あと一歩間違ったら日本は甚大な被害をもたらすところだった。

・・・この事実は、その後の報道で聞いて知っていたつもりだが、ここまでギリギリだとは思わなかった。
例えば「「炉心溶融」「メルトダウン」といった言葉を使わないように指示があったといった記事も目にしてはいた。
https://toyokeizai.net/articles/-/123129

震災直後の原発のニュースは注意深く見ていたつもりだ。
ベントが重要だと何度も強調していた。建屋が炎上するシーンも見た。近隣住民が避難するシーンも見た。
米軍が早々に家族をアメリカ本土に帰国させたという噂も聞いた。
しかし、自分に「正常化バイアス」があったのだろう。
これほど危機一髪であったという感覚はなかった。

映画を観ながら「作られたシーン」ではなく、実際の報道場面を見せてほしいと何度も思った。

今、新聞やテレビはウイルス感染拡大で過度に不安を煽っているが、当時の原発事故はどうだっただろうか。
自分は「いたずらに不安を煽っているな」と冷ややかに見ていた記憶がある。
実際に、数日後は安定したので、マスコミは大げさに報じただけだと思っていた。
しかし、メルトダウンの報道は決して大げさではなかった。
むしろマスコミも本当にあそこまで危機が迫っていたという自覚がなかったのではと、今は思う。

当時、相当な危機意識を持って原発現場のニュースを観ていた人も多いと思う。
しかし、自分は油断していたのだということが、今回の映画を観てよく分かった。

「相変わらずマスコミは大げさに危機を煽っているな」と決めつける自分にはエビデンスがあるのか、そこをきちんと見極めていかねばならない。
 

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March 07, 2020

「成功志向」と「成長志向」は全く違う!

ビリギャルでベストセラーになった坪田信貴氏のメモ書きがある。
出典がないので、検証できないが、触発された自分のメモと言えるかもしれない。

①間違った答えを発表しても、まずは発表したことを認めてあげよ。
②否定する前に、瞬時に肯定的なリアクションをせよ 。
③「やればできる」とは限らないから、軽々しく「やればできる」と言ってはいけない。
 練習すれば上達はするから「やれば伸びる」といえばいい。
   結果ではなく成長を認めよう。
④「成功」を目指すと「失敗」を恐れる。「失敗」しないために「挑戦」をやめてしまう。
 「成長」をめざせば、「失敗」が糧になる。
  だから「成功しよう」ではなく「成長しよう」

なるほど。
失敗と成功を対で考えるから失敗を恐れてしまうのだ。
「失敗しない唯一の方法は何もしないこと。」とよく言われる通りだ。
何もしなければ失敗しないが、成功もしない。何も変わらない。 
失敗と成功が混在になって「成長」なのだ。

  「諦めなければ夢は叶う」という表現に懐疑的なので、自分の気に入ったところだけ恣意的に抜き出したり、まとめたりしている。
「努力論」は、ずっと自分の意識下にあるので、いつも同じところをグルグルしている。

「成功志向」ではなく、「成長志向」

やや難しいこの言葉の違いを子供に納得させるには、どんな語りがいいだろうか。
そこをきちんと詰めていかないと、意味がない。

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March 05, 2020

論理化=具体化と抽象化の往復作業

例えば、自分の好き嫌いを分析する場合は、具体化して考えてみる(実話ではありません)。

①カツ丼いいなあ。
②ラーメンもいいなあ。
③チャーハンもいいなあ。

その後、①②③の3つの具体例から共通項を見出す。

◆ということは、結局、俺って脂っこいものが好きなんだ。
◆色々あるけど、要するに俺って脂っこいものが好きなんだ。

これが「抽象化」である。
キーワードは

「ということは」「つまり」「要するに」「結局」

だ。

その後、「抽象化」から再度「具体化」を導く。

◆ということは、俺って天ぷらも好きかな。うん、確かにそうだ。
◆ということは、俺って魚より肉が好きかな。うん、確かにそうだ。

 具体と抽象の往復活動・・・それが「論理化」である。

 楠木建氏の「経営センスの論理」(新潮選書)の6章。

「思考の論理」ということで、「抽象」と「具体」の往復運動について数ページ書いてある。


◆抽象的な思考がなければ具体についての深い理解や具体的なアクションは生まれない。P211
◆実務経験がある人でも、具体的な経験はしょせんある仕事や業界の範囲に限定されている。抽象と具体の往復運動ができない人は、いまそこにある具体に縛られるあまり、ちょっと違った世界に行くとさっぱり力が発揮できなくなってしまう。
また、同じ業界や企業で仕事を続けていても、「抽象化や論理化ができない人は、同じような失敗を繰り返す。ごく具体的な詳細のレベルでは、ひとつとして同じ仕事はないからだ。
必ず少しずつ違ってくる。抽象化で問題の本質を押さえておかないと、論理的には似たような問題に直面したときでも、せっかくの具体的な経験をいかすことができなくなる。P217\

・・・「授業の腕をあげる法則」の10原則は、いはば「抽象化」だ。

この原則は、具体例が身に染みるから、体に入って来る。
体験の少ない学生よりは、数年、学級がうまくいかない体験をした先生の方が、具体例に共感できるから、抽象化された10の原則の意味や価値に気づくことができる。
そして、10の原則が、自分のふだんの授業行為、指導場面のどこでどういかせばよいかを具体的に考え実行してみることで、その原則の意味や価値にさらに気づくことができる。


これが「抽象と具体の往復」だ。

「抽象から具体」が弱い人は、書籍に載った場面でしか追試できない。原則を自分の実践に応用できずに終わってしまう。
「具体から抽象」が弱い人は、自分がうまくいったとき・自分がうまくいかなかったときの原因を、共通化できない。うまくいった実践が「たまたま」で終わったり、うなくいかなかった指導をその後も繰り返したりする恐れがある。

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March 02, 2020

今の状況は、選択肢じゃない!


ツイッターでの、YOSHIKIの発言は、ポエムのようで、さすがだと思った。

コンサートをキャンセルすることが、どれだけ大変なことなのかを、
多分自分は知っている。
だけど今の状況は、選択肢じゃないような気がする。
命より大切なものなんてないと思う。
だからこそ自分も含めて、冷静な判断が必要。
皆さんの安全を祈っています。

 

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 週末のダイアリーで、決断の難しさについて、次の箇所を引用した。

◆決断は常に「良いこと」と「良いこと」、もしくは「悪いこと」と「悪いこと」のどちらを選ぶのかという問題である。ここに決断の難しさがある。
良いことと悪いことであれば、前者を選べばいいに決まっている。そんな仕事は誰にでもできる。そもそも「決断」は必要ない。

 

これになぞらえると次のようになる。

◆命に関わることとそれ以外であれば、前者を選べばいいに決まっている。そもそも「決断」は必要ない。
 

こんな簡単な事を、わざわざ小難しく考えるから出口がなくなってしまうのだ。

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March 01, 2020

リーダーの一義的な役割は決断をすることである。

「週刊現代」3月7日号の「リレー読書日記」のコーナーが先日講演を聴いた楠木建氏担当だった。

安倍首相の英断と重ねて読むと興味深い指摘があったので、しっかり視写(視打)をする。

見出しをつけるなら「リーダーの一義的な役割は決断をすることである」だ。

 競争戦略論という分野で仕事をしている。戦略とは決断(の連鎖)であり、決断とは選択である。リーダーの一義的な役割は決断をすることである。
 ポイントは2つ。第1に、決断が選択である以上、複数の選択がなければならない。「◯◯せざるを得ない」という言葉を軽々に使う人はリーダーの要件を欠いている。これは単に「追い込まれている」のであり、もはや戦略ではない。
 第2に、真の戦略的意思決定は「良いこと」と「悪いこと」の間の選択ではない。決断は常に「良いこと」と「良いこと」、もしくは「悪いこと」と「悪いこと」のどちらを選ぶのかという問題である。ここに決断の難しさがある。
 良いことと悪いことであれば、前者を選べばいいに決まっている。そんな仕事は誰にでもできる。そもそも「決断」は必要ない。
 無能なリーダーは「一理ある」というフレーズを連発する。しかし、考えてみれば世の中に「一理もないこと」など存在しない。錯綜するさまざまな「理」のどれを捨てるか。これが決断の正体だ。それは定義からして「苦渋の決断」になる。(後略)


・・・「真の評価は歴史が決める」という通りである。明快で何も足せないし、何も引けない。こういう明快な文を自分で創り上げたいものだ。
 そしてまた自分も難しい決断に果敢に対処していきたい。

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