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June 26, 2020

「情報リテラシー」の情報が不足していた!

「情報リテラシー」について、「ツーウエイNEXT」で書く機会をいただき、谷教授から貴重なコメントをいただけた。

この原稿で私が例としたのは、薬や健康のついての情報であった。
 最近になって「ヘルスリテラシー教育」という分野があることを知った。
そして、次のようなチェック項目があることも知った。

「かちもない」

か:書いたのは誰か
ち:違う情報と比べたか
も:元ネタ(根拠)は何か
な:何のための情報か(商売目的か)
い:いつの情報か

健康を決める力:ヘルスリテラシーを身につける

http://www.healthliteracy.jp/internet/post_10.html


『かちもない』は、「情報は5つを確認しないと『価値もない』」と覚えられるとある。

医療関係の情報なので、とくに「書いたのは誰か」が重要だと思う。

・匿名では、どこの誰かわからない
 ・氏名と所属は事実か、所属内での検索や名簿で確認できるか
 ・専門的な資格を持つことが確認できるか
 ・医師、教授、医学博士といった肩書だけでは判断できない
 ・最近、専門分野の論文(査読のある学術雑誌に)を書いているか

…以前から思っていたのは、
 「医師、教授、医学博士といった肩書だけでは判断できない」

そうなんだよな、医者も教授も千差万別なのだ。

同じ5つを入れ替えた『いなかもち』を提言する資料もある。
 「飾らず素材のままで信頼できる『いなかもち』のような情報」 ということになっている。https://style.nikkei.com/article/DGXKZO06790930S6A900C1W13001/


とはいえ、これらの情報は、2016年のもの。
この情報にたどりつかずに、「ツーウエイNEXT」の原稿を書いたことを大変恥ずかしく思う。


なお、谷教授からは、「CRAAPテスト」も教えていただいた。

C(Currency:流通) 情報のタイムライン
□情報はいつ発行されたか、もしくは投稿されたか?
□情報は改訂もしくは更新されているか?
□あなたのテーマは最新情報を必要としているか、もしくは古い情報源でもうまくいくか?
□リンクは正しく張られているか?

 R (Relevance:関係性) あなたにとっての情報の重要性
□情報はあなたの関心事と関係するか、または求める回答に答えるものか?
□誰に向けられた情報か?
□適切な難易度の情報か?(例えば初歩的すぎたり難しすぎないか)
□情報の利用を決める前に他のいろいろな情報をチェックしたか?
□レポートにこの情報源を引用したいと感じるか?

A (Authority: 権威) 情報源
□著者や出版元、スポンサーは誰か?
□著者の身分や所属組織は何か?
□著者はこのテーマについて書く資格があるか?
□出版社やメールアドレスなどのコンタクト情報はあるか?
□URLから著者や情報源について何か分かることはあるか?
  例:.com .edu .gov .org .net

A (Accuracy: 正確性) 内容の信頼性、真実性、正確性
□情報はどこから来たのか?
□情報にはエビデンスがあるか?
□情報はレビューや参照がされているか?
□他の情報源の情報や個人的な知識によって信頼性を確認できるか?
□偏見のない、感情が込められていない言葉遣いか?
□スペルや文法の間違いや誤植はないか?

 P (Purpose:目的) 情報が存在する理由
□情報の目的は何か? 広報、教育、販売、娯楽、説得か?
□著者やスポンサーは意図や目的を明確にしているか?
□情報は事実、意見、プロパガンダのどれか?
□視点は客観的で公平であるように見えるか?
□政治的、イデオロギー的、文化的、宗教的、組織的、個人的偏見があるか?

2010年9月17日

Media Literacy - メディア・リテラシーってなに ? - CRAAP Test の基本 - Sophist
Almanac
https://sophist.hatenablog.com/entry/2018/03/06/044405

このようなサイトを安易に引用するだけでなく、サイトの真偽も検証しないといけない。
情報リテラシーは自分の思いつきや、ちょっと文献を探したレベルとは次元が全く違う。
 

「何を今更?」というところで、自分のレベルが止まっていることを反省した。

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June 24, 2020

「二元論」で思考する

 石原千秋氏の「秘伝中学入試国語読解法」(新潮選書)の中に、「二元論が支える世界」と言う項目がある。「二項対立」とも書いてある。p184〜189

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「内」と「外」のように反対の意味を言葉を組み合わせて何かを表現することを「二元論」と言う。「これは善くてあれは悪い」と言えば、それが二元論だ。「心は高級だが、肉体は低級である」と言えば、それも二元論だ。(中略)だから、意味の対立する言葉の組み合わせを多く覚えておくと、様々な物語や批評が理解しやすくなる。
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・・・というわけで、この後、二元論の主な組み合わせが示されている。「抽象思考」の入り口と言えるだろうか。

内/外、大人/子供、心/物 心/身体、精神/肉体、社会/個人、男/女、都市/自然、科学技術人口/自然、文化/自然、 文明/野蛮、光/ 闇、明/暗、善/悪、現実/夢 などなど

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僕たちはこういう二元論によって世界を分離している。たとえば、あいつは「明るい」が、こいつは「暗い」と考える時、僕たちは二元論によって友達を分類している。「科学」が「自然」を破壊していると感じる時、僕たちは二元論によって善悪を決めている。(中略)本当は僕たちはもうそろそろ二元論から自由になりたいのだが、残念ながら中学入試を解くときには二元論は絶対的な力を発揮する。
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・・・初めて読んだ時、ここまででも十分衝撃的であったが、さらに衝撃だったのが、この後、記述問題に「二元論」を生かす方法が述べられ、「大人の文章」と記していた点だ。


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では、大人の文章とはどういうものか。それが二元論なのである。たとえば自然が素晴らしいと言おうとする時、単に「自然がすばらしい」とだけ言わずに、「都会のビルの中の生活に比べて、自然は素晴らしい」と言うのだ。自然に都会と言う反対の概念をぶつけて、その素晴らしさを強調すること、これが大人の文章なのである。この時、「しかし」を使うと良い。具体的には、「都会の暮らしは非人間的だ。しかし、田舎の暮らしは人間的だ。」と言う文章になる。
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・・・この後、先のダイアリーでも少し触れた「確かに〜だ。だがしかし〜」の構造の文章の意味と意義が説明されている。

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 なぜ逆説の接続詞を使うのといいのか。

 第一の理由は「自然はすばらしい」と言う自分の考えの理由を説明することができるからだ。ただ「自然がすばらしい」と言っても、「それは好みの問題だ」と言うことになってしまうだろう。そこで、「自然」と反対の「都会」を持ってくることでなぜ自然がいいかを説明することになるのだ。
(中略)
第二の理由は、「僕は自然と反対の都会のこともわかっていますよ」と言うことを相手に知らせることができるからだ。相手(つまり入試問題を採点する人は、「この子は自分の意見とは反対の意見をちゃんとした上で、自分の意見を述べているのだな。」と思うわけだ。

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・・・黄色でマーカーした点を踏まえると、教採対策で、「二元論」が威力を発揮する理由がお分かりいただけると思う(ここまで示さないと、何を言っているのか理解できなかったと思うが)。

向山学級の評論文を読むと、なるほど、子供たちが二元論を意識して(つまり逆の意見を自分で想定して)論を組み立てていることがわかる。

典型的なのは「もしBなら◯○になるが、そうなっていないからAだ」という「背理法」の論述だ。

「大人の文章」(大学生レベルの論述)ができる向山学級の評論文指導もまた衝撃的であった。

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June 14, 2020

「転回点」=「ターニングポイント」=「クライマックス」


『宇治拾遺物語』のなかに「わらしべ長者」の話がある。

長谷寺の観音様のお告げに従ったら、手にした1本のわらがミカンになり、ミカンが布三巻になり、馬一頭になり、田畑と家になり長者になる話だ。

河合隼雄は「日本人の心を解く 夢・神話・物語の深層へ」(岩波現代全書)の中で、このお話について次のように解説している。

===============
若い侍はとても受け身で、道中にふりかかってくるものをただ受け入れるだけである。しかしながら馬が死ぬところを見て侍の態度は変わる。侍は積極的に馬を買おうとし、生き返るように観音様にお祈りする。馬が生き返るなど誰も思わないから、侍の側からするとこれは大きな賭である。
この抜き差しならぬコミットがこの物語りにおける転回点である。似た場面は多くの日本の物語に認められ、主人公の発達のための最も重要なポイントを成している。
転回点なくしては、ヒーローは自分自身の受動性の餌食となったであろう。けれどもそのようなポイントは抜き差しならぬコミットなしには実現されることはなく、逆に危険が伴っている。もしも馬が生き返らなかったなら、ヒーローはだめになってしまっていたであろう。P34
================

なるほど!
「転回点」は初めて聞いた言葉だが、納得できた。
「クライマックス」というよりは「ターニングポイント」なのだ。

おおざっぱな筋しか知らなかったので、「わらしべ長者」の後半部を調べてみた。
それでも相当長いので、現代語訳を、抜粋して示す。

==================
夜が明けて、見事な馬に乗った人を見ていると、馬が急に倒れて死んでしまった。
持ち主が「この馬を始末しておけ」と、下男ひとりをそこに留め、去ってしまったのを見て

「この馬は、私の馬になるために死んだのではないだろうか。
 わらしべ一本はみかん三つになった。
  みかん三つが布三巻になった。
  この布は馬になるんだろうな」

 と思い、歩み寄って下男に向かい
「 たしかに、旅をしていては、皮を剥ごうとしても乾かすこともできないでしょう
 私はこのあたりに住んでいるので、皮を剥いで使いましょう。譲ってもらえませんか」
 と、布を一巻わたすと、下男は 思わぬもうけものをしたと走り去ってしまった。
 侍が長谷寺の方に向かって、「どうかこの馬を生き返らせてください」と念じると、馬が生き返った。
馬は元気になったが、この馬を都に引いていったら、「盗んだな」と言われてもつまらない。
「なんとかこれを売れないものかな」と思い、「馬を買いませんか」と尋ねると、
「今は、交換するような絹などはないのだが、田や米と換えてはもらえぬか」言ったので
 「私は旅をしているので、田などもらってもどうにもしようがないのですが、馬が必要なのであれば、仰るとおりでいいです」と答えた。相手は、「これはいい馬だ」と、田と家を預けて、「私が生きて帰ることがあったら、そのとき返してください。`帰るまでは、ここに住んでいてくださってかまいません。もし命を失い、死んでしまったら、自分の家としてください。子もいないので、とやかく言う人もおりません」 と言い、家を預けて、田舎へ向かってしまったので、その家に入った
 
耕した田は、思いがけないほど米がたくさん取れたため、たいへん裕福になった
 その家の主も、それっきり帰って来なかったので、家も自分のものとし、子孫もできて、栄えたという

長谷寺参籠の男 利生に預かる事
https://www.koten.net/uji/yaku/096/
====================

「3度めの事件で大きく成長する」という構造だ。
たまたま藁がミカンになり、ミカンが布になった若侍は、今度は自分から仕掛けた。
その時「この馬は、私の馬になるために死んだのではないだろうか」と自分を信じ、行動に移した。
これが「転回点」ということか。
ヒーローがブレイクスルーする瞬間とも言えるだろう。

「主人公がガラッと変わる瞬間」
=「ターニングポイント」
=「ブレイクスルーのポイント」
=お話としての「最高潮・クライマックス」


なのだと思う。
 

河合隼雄の先の解説と「わらしべ長者」を読んで、斎藤隆介の『八郎』と重なった。
八郎は、荒れ狂う海を前に、次のように叫ぶ。

「わかったあ !  
 おらが、  なしていままで、 
 おっきくおっきく  なりたかったか !   
 おらは、  こうして おっきく    おっきくなって、 
 こうして、   みんなのためになりたかったなだ 」


あるいは「スイミー」。スイミーはおびえる仲間たちに、こう叫ぶ。

「そうだ。みんな いっしょにおよぐんだ。海でいちばん大きな魚のふりして」
「ぼくが目になろう」


あるいは「モチモチの木」。豆太はじさまを救うために勇気をふりしぼる。

足からは血が出た。
豆太は、なきなき走った。いたくて、寒くて、こわかったからなあ。
でも、大すいなじさまの死んじまうほうがもっとこわかったから、なきなきふもとの医者様へ走った。

文章構造としての「クライマックス」を、人物の成長の「転回点」「ブレイクスルー」「ターニングポイント」で読むと、読書が味わい深くなる。

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June 11, 2020

GRIT=「結果が出るまで努力を続ける」

たまたま「結果より過程を重視する教育」を主張する小論文を読み、いろいろ考えるところがあった。

「結果に一喜一憂しない」
「結果より過程」


という主張は、よく分かった。

ただし、「できるようになるまで粘り強くがんばる」「結果が出るまでがんばる」は、「結果より過程を重視する」とは合致しない。

結果が出るまであきらめない姿勢が「GRIT」であったことを思い出した。

◆「最初からうまくできなくても、何度も挑戦しなさい」 同書P101

・・なるほど。確かに、このアドバイスは、「結果より過程」とは意味違う。

併せて『マシュマロ・テスト』を読む。セリグマンの言葉だ。

◆「思うに任せぬ状態になったときにも、その人がやり続けられるかどうかなんです」P134


・・・これも、「結果が出るまで粘り強く取り組むこと」のメッセージだ。

併せて『「学力」の経済学』を読む。たくさんマークした。

◆「あなたはやればできるのよ」などといって、むやみやたらに子どもをほめると、実力の伴わないナルシストを育てることになりかねません。P46

◆「よく頑張ったわね」と努力した内容をほめられた子どもたちは、2回目、3回目のテストでも粘り強く、問題を解こうと挑戦を続けました。
努力をほめられた子どもたちは、悪い成績を取っても、それは「(能力の問題ではなく)努力のが足りないせいだ」と考えたようです。

◆子どもをほめるときには、「あなたはやれなできるのよ」ではなく、「今日は1時間も勉強したんだね」「今月は遅刻や欠席が一度もなかったよ」と具体的に子どもが達成した内容を挙げることが重要です。そうすることによって、さらなる努力を引き出し、難しいことでも挑戦しようとする子供に育つというのがこの研究から得られた知見です。P50..51


今回、たまたま検索でヒットしたのが、中室研究室の研究報告書。

努力を褒めるべきか、さらなる努力を促すべきか
-オンライン学習における声かけシステムの効果-
中室牧子研究室 山越梨沙子  2016/12/23
http://lab.iisec.ac.jp/~hiromatsu/2016-kaken/files/%E4%B8%AD%E5%AE%A4%E7%89%A7%E5%AD%90.pdf


これも、復習にはぴったりだった。

◆子どもたちのモチベーションを上げるためには、能力ではなく努力を褒めるべき。
 努力を褒められた子どもたちは、出来ないことを才能のせいにしない。

・能力を褒められた子どもたちは成績を落とし、努力を褒められた子どもたちは成績を伸ばした。
 ↓
・努力を褒められた子どもたちは難問に直面した際、「自分の努力が足りないせいだ」と捉え、我慢強く挑戦を続けた。


単に褒められるよりも適切なフィードバックを受ける方が良い
「もう少し努力すればより良い結果が得られる」と思えるかどうかが大事。

・難問に挑戦するかは過去の失敗経験ではなく「頑張ればできる」と思えるかで決まる。

・「あなたはもっと作文が上手くなれる」とアドバイスされると、より努力するようになる。


◆「もう少し努力すればより良い結果が得られる」=成長思考(Growth Mindset)・やりぬく力(GRIT)

・「努力次第で結果は変えられる」と考える
・困難な問題に直面しても諦めずに粘り強く取り組む
・子ども時代に親や先生から努力を褒められて育っている
・大人になっても伸ばせる


◆「改善点を伝え、さらに努力するよう促す」と学習成果が高まる

・GRITが低い子ども
 「自分には才能がないから努力しても意味がない」
 ↓
・さらに努力するように促され、「もっと頑張る必要がある」と思う
 ↓
・粘り強く勉強するようになる(=GRITが高まった)


◆子どものモチベーションを向上させるためにはさらなる努力を促す声かけがよい

例1 時間切れになったドリルがあったね。正確にそしてスピードも意識して解くことを心がけよう!
例2 勉強を始めて1時間が経ったよ。もう1時間集中して頑張ろう!


・・・「結果より過程が大事」という主張も悪くはないのだが、「すぐにあきらめない」「再挑戦する」「自分の失敗を見直す」の要素が捨て切れていないから、もやもや感があったのだ。

 久しぶりに「GRIT」を読み直して、とても勉強になった。

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June 05, 2020

「ワクワク感」のある授業

(1)「ワクワク感」

「らーめん才遊記」というテレビドラマがあって、時々観ている。
主人公の女の子は、味覚の才能があるが、ラーメンの味をうまく表現できず「ワクワクするかどうか」を、おいしいラーメンの判断基準にしている。

ウイキにある原作コミックの解説では、主人公の女の子を次のように記している。

※味覚も鋭いが、食したラーメンを「トボトボ」「ワクワク」と表現するなど言語化、客観化できていないことが多い。
芹沢からも「ワクワクとはなんだ?」という宿題を出され、なでしこラーメン選手権予選中に「料理はバランスだが、ラーメンはアンバランス」とその「ワクワク」の正体を自覚することになる


6月1日放送のドラマでも「わくわく」を言語化できない未熟さを指摘されていた。

「すごくおいしいです。でも何だかワクワクしないんですよね」という彼女の批評は、印象批評にすぎない。
言われた方は反論も反省もしようがない。
自分の思いや自分の感覚を「言語化」する努力は必要だし、「言語化」はスキルでもあるから。ちゃんと育てないといけない。。


2)「WOW Factor」

昨年10月のエネルギーシンポジウム。東京大学の飯本先生の特別講座の中に「企画実施の各々の立場でWOW Factor 導入の工夫を」とあった。
WOW つまり感動や驚きの要素を持ち込め、というのは、

◆理科は感動だ
◆面白くなければ授業じゃない

 に通じるもので、とりわけエネルギーシンポの授業や小森先生の授業にはモノがあって、仕掛けがあって、感動があるので、まさにWOW factor導入そのものだと思った。
授業の中に、いくつWOWが入るかは、「どれだけ巻き込み感をつくれたか」の表れである。

◆WOW Factor 導入の工夫を

 ということを、私自身いつも考えてきた。
「ワクワク感」と「WOW Factor」は、まずまず近いと理解できる。


(3)「楽しい」

向山先生は、学級経営で最も大切なことをたった1つあげるとしたら「楽しいことをすること」だと話されたというメモ書きがある。


 「私の精神としては95パーセントと5パーセントです。
  管理することが5パーセントで、楽しいことが95パーセントだと思います。」

◆何かをやっていて、うれしいとドーパミンが出る。
◆快感を生み出す行動が次第にクセになり、繰り返していくうちにその行動が上達していく。

楽しいことを続けていればどんどん上達する。これを「強化学習」と言う。

「ワクワク感」と「WOW Factor」と「楽しい」は、これもまずまず近いと理解できる。


(4)「熱中する」

畿央大学大学院の島恒夫教授は、中教審道徳専門部会の委員を務め、学習指導要領解説の作成協力者もされている方だ。
その島氏は「子どもにとっても教師にとっても楽しい道徳科とは?」について、講演会の中で次のように指摘していた。

◆子どもにとって、「納得」と「発見」のある授業。
◆子どもの頭がフル回転する授業
◆子ども1人1人の思いが自由に出て、認め合いのある授業
◆45分・50分があっという間に感じる授業
◆授業が終わってからも、教室のあちらこちらで、まだ話が続いたり、余韻に浸っている授業。
◆「先生、またしようよ」という声の出る授業。

チクセント・ミハイの「ゾーン」のようなイメージだろうか。
「熱中体験」が、島氏の説く「楽しい授業」なのだと受け止めた。


(5)「好き」

◆モチベーションを上げる鍵を握っているのが、感情脳にある1.5センチの扁桃核というところなんです。
この扁桃核をコントロールすることが重要で、ここが好き、嬉しいという快の感情を抱くと、脳幹からプラスのホルモンが分泌される。
反対に、嫌いとじゃ辛いとか不快な感情になれば、マイナスのホルモンが分泌されてしまう。それは嘘でもいいんです。
絶対にうまくいく、絶対によくなるって嘘でも思い込むと、肯定的な感情が生まれるんです。

 
「致知」2019年4月号  P25「天運を呼ぶ行き方」西田文郎の言葉より


(6)「笑顔」になる

笑顔を作ると「セレトニン、ドーパミン、エンドルフィンという3つの脳内物質が出ます。
これらの物質が出ると、ストレスホルモンが下がり、副交感神経が優位になります。つまり、笑顔には緊張を緩和して、ストレスを解消する作用があるのです。

 「笑顔効果 ~笑顔を作ると10秒でハッピーになれる~」https://hiromi.fun/?p=2672


・・・(1)から(6)が同義語だとは言わないが、いずれも「つまらない授業」の対極にある語群だと思う。

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June 03, 2020

学力を育てる「家庭環境」

 『学力を育てる』(岩波新書)の中で、家庭環境の重要さを説いた箇所がある。
 フランスの社会学者ブルデユーの「文化資本論」によると、ということで、次にように書いてある。

◆「大学に行くのが当然」とする家庭の雰囲気と、「大学になぜ行くのか」とする家庭の雰囲気の違いが、学力や進路選択に決定的な違いをもらたしている。決して彼らの知的能力が異なっているからではない。
 (P108・109を私がまとめた)


 ページは一気に飛ぶが、志水氏は次のように述べる。

◆ポイントは「宿題をしないと気持ちが悪い」、あるいは「本を読みたくて仕方がない」といった子どもを育てるということである。繰り返しになるが、それを成し遂げるためには、大げさに言うなら、家庭のあり方・親の生き方自体が問われることになるのである。(P119)

◆結論的に言うなら、適切な家庭環境のもとで、子どもたちの確かな学習習慣が形成され、豊富な学習意欲が引きだされ、そして、着実な学力の基礎が築かれる。(P121)

・・・教育困難な地域の子どもは、家庭環境が悪いのだからあきらめろと言っているのではない。
 むしろ逆だ。
 子どもの将来は遺伝ではなく、環境で決まるのだから、保護者はできる範囲で教育環境を整えてあげようということなのだ。
 「どうせ、うちは〇〇だから・・」と保護者があきらめてはいけない。それが「親の生き方が問われている」の意味なのだと思う。

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June 01, 2020

オンラインの時代にますます必要な「絶縁能力」


かつて野口芳宏先生が「絶縁能力」が大事だと言われ納得した事がある。
1つの仕事を成し遂げるなら他を捨てる決断力が必要だ。
私自身、テレビっ子で昔からダラダラとテレビを見て過ごしてきたタイプだから、誘惑に打ち克つのが難しい事はよく分かる。
今の自分はyou tubeにはそれほどハマらないが、ネットを開いて、ニュースの見出しを見かけると、ついついクリックして深掘りしてしまう。だから、ゲームや you tubeなどを何時間でも見ていられる子の気持ちはよく分かる。子供たちが何時間も熱中するようにコンテンツが作り込んであるのだ。

さて、勤務市の場合、児童生徒に配信される授業動画が、you tube の形でアップされている。
学習動画を見終わるとズラーっと別の動画が紹介される。学習動画とは無縁の過去の閲覧動画を含め色々並んでいる。

「うちの子はyou tubeばっかり見て困っている」という保護者にとっては、学校公認でyou tubeに繋げているようで悶々とした思いだろう。
授業動画を見るためという口実で機器やネット環境を入手できた子どもにとってはラッキーだ。学校の授業動画をさっさと見て、後はじっくり好きな動画を見ているかもしれない。

でも、もはや、そんなネットの誘惑は誰にも止められない(つまり「規制」には意味がない)。
確かに「休みの日には10時間ゲームやっていました」と平気で言えるような世の中になってきた。
​しかし、だからこそ、子どもは幾千とあるエンタメの動画やゲームと共存し、時には「絶縁能力」を発揮して、自分の進む道に時間を注いでいかねばならない。
「今、本当にそれをしていていいのか」を常に自分に問いかける姿勢を習慣化させていかねばならない。
時間管理の習慣化は100%教師が請け負うべきものではないが、100%家庭の問題と放置するわけにもいかない。

なお、ここまでは一般論だ。
「依存症」となれば、もう「本人の自覚次第」というような呑気なことは言っていられない。
「休みの日には10時間ゲームやっていました」なんて何の自慢にもならないよ、事実であったとしても口に出すことではないよ、と向かい合う必要があると思う。場合によっては「治療」も必要なのだ。



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