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November 12, 2020

「GIGAスクール構想」と新学習指導要領

赤堀侃司氏氏の『GIGAスクール構想による学校の姿』の動画を視聴した。
1人1台の端末がいかに重要かを解説しており、大変参考になった。


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https://cmad.nikkeibp.co.jp/?4_--_489151_--_75363_--_2

 

赤堀侃司氏は、社団法人ICT CONNECT 21 会長で東京工業大学 名誉教授である。
とりわけ印象に残ったのが、「学校と社会の違い」のスライドだ。
 

◆学校には正解があるが、社会に出れば正解はない。
◆学校は「法則」を見つけることが主だが、社会で大事なのは「因果関係」を見つけること
◆学校では問題を単純化して解決させるが、社会の問題は複雑で容易に単純化できない。


などなど。

 

そして、まとめのスライドには、1人1台のpc端末は、

◆学校のモデルに社会のモデルを取り入れて統合するパラダイムである

とある。


「学校」か「社会」かの対立ではない。
学校モデルを否定して、社会モデルを選ぶのでもない。
「学校」と「社会」の統合が大事なのだ。


それは、かつて「振り子」に喩えられた「系統主義」と「経験主義」の統合と同じ意味なのかと思う。

◆系統主義は、教師主導で文化の継承には役立つが、知識注入=暗記に陥り易い。
◆経験主義は、子供中心で、個々の興味を引きやすいが、教科書のような均一な学習を保障しにくい。



http://www.gsis.kumamoto-u.ac.jp/opencourses/pf/4Block/11/11-hajimeni.html


どちらかに極端に触れてきた従来の振り子を止めたのが今回の学習指導要領だ。

◆「ゆとり」か「詰め込み」かではなく、基礎的・基本的な知識、技能の習得と思考力・判断力・表現力等の育成との両方が必要です。




今日は示せないが、「コーチング」と「テイーチング」の違いも、子供主体か教師主導かの違いとよく似ている。

どちらか優れている方を選ぶのではなく、双方の良さを使いこなすことが重要だ。

様々な資料が自分の中でリンクして面白い。

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日本人ののエンタメ活用能力は、逆にすごいのかも!

 赤堀侃司氏の『GIGAスクール構想による学校の姿』の動画視聴した中で、印象に残ったのが、日本の子供たちがデジタル機器を学習に活用していないというPISA調査のデータだ。

PISAのデータ自体は、昨年の日本教育技術学会での堀田先生の講座で知った。
「これではいけない。学習の場でPCを使いこなさなくては」という危機意識を持つデータだった。
 

デジタル機器をもっぱらエンタメの道具として使いこなす日本の子供達の様子は、およそ、マイナスイメージで語られている。
 

しかし、ふと、そうでもないのではと思った。
日本がアニメコンテンツで世界をリードしていることと重ねてみたら、むしろデジタル機器をここまで生活に密着させているのは、すごい才能ではないかと感じたからだ。

以前、ホリエモンが「漫画をよく読む」「漫画の情報量はすごい」と、どこかに書いていた。

◆「マンガ日本の歴史」で歴史を学ぶ子が多い事実。
◆ドラえもんやポケモンのようなアニメのヒーローから、勇気や友情を学ぶ子が多い事実。
◆「ブッダ」や「火の鳥」から人生哲学が学べる事実。
◆多くのビジネス書や難解な本がコミック版で売れている事実。

などを考えると、低俗に見られたマンガを、学習に活用する風土が日本にはあることが分かる。
ひょっとしたら、西欧では高尚な貴族しか関わらなかった美術や芸能などの文化をすぐに大衆化させるところが日本の強さであった。

浮世絵などは、庶民の文化の典型だ。

庶民の子は寺子屋で学んだから、識字率も高かった。
庶民の文化レベルの高さは日本の誇りであった。


そう考えたら、日本の子供たちがデジタル機器をエンタメツール、コミュニケーションツールとして使いこなしている姿は、逆に世界の「最先端」かもしれない。
「子供に自由にスマホなんて使わせません」と当然のように語る海外の保護者のインタビューを見たことがあるが、逆に日本の子供の方が「スマホネイテイブ・デジタルネイテイブ」を誇っていいのかもしれない。


アマノジャクだから、批判される日本の子供たちを擁護する側に立ってみた。

根拠が弱いことは重々承知しているが、日本がエンタメ産業で世界をリードできるなら、卑屈になる必要はないのだ。

 

◆Windowsと未来の学び みんなのGIGAスクールDays
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November 04, 2020

「同心円的拡大」という発想

 「同心円的拡大」は、社会科におけるキーワードだが、「人とのつながりの拡大」という意味では道徳的でもある。
「わたしたちの道徳」に引用されたまどみちおの詩は、「同心円的拡大」とは、少し意味が異なるが、ぜひ意識したい着想である。

===============
朝がくると とび起きて
ぼくが作ったのでもない
水道で 顔をあらうと
ぼくが作ったのでもない
洋服を きて
ぼくが作ったのでもない
ごはんを むしゃむしゃたべる
それから ぼくが作ったのでもない
本やノートを
ぼくが作ったのでもない
ランドセルに つめて
せなかに しょって
さて ぼくが作ったのでもない
靴を はくと
たったか たったか でかけていく
ぼくが作ったのでもない
道路を

ぼくが作ったのでもない
学校へと
ああ なんのために

いまに おとなになったなら
ぼくだって ぼくだって
なにかを 作ることが できるように なるために
===================
 もう少し「同心円的拡大」に直結した詩があったと思うのだが、見つからなかったので、今回は「朝が来ると」の引用にとどめることにする。

 さて、『漫画 君たちはどう生きるか』の中で、主人公コぺル君が「人間分子の関係 網目の法則」と命名した発見がある。

これは「同心円的拡大」の拡大と同じ意味合いなのだと思う。

=================
僕は、粉ミルクが、オーストラリアから、赤ん坊の僕のところまで、とてもとても長いリレーをやってきたのだと思いました。
工場や汽車や汽船を作った人までいれると、何千人だか、何万人だか知れない、たくさんの人が、僕につながっているんだと思いました。
でも、そのうち僕の知っているのは、前のうちのそばにあった薬屋の主人だけで、あとはみんな僕の知らない人です。
むこうだって、僕のことなんか、知らないにきまっています。
(中略)
だから、僕の考えでは、人間分子は、みんな、見たことも会ったこともない大勢の人と、知らないうちに網のようにつながっているのだと思います。
 それで僕はこれを「人間分子の関係、網目の法則」ということにしました。
==================
 
 このコぺル君の手紙に対するおじさんの返答の一部は以下の通り(かなり長文なので、ぜひ原文にあたっていただきたい)

================
君は「人間分子の関係、網目の法則」という名前より、もっといい名があったら言ってくれ、と手紙に書いたね。
僕はいい名前を一つ知っている。それは僕が考え出したのではなくて、いま、経済学や社会学で使っている名前なんだ。
実は、コぺル君、君が気がついた「人間分子の関係」というのは、学者たちが「生産関係」と呼んでいるものなんだよ。
(中略)
人間が人間同士、お互いに、好意をつくし、それを喜びとしているほど美しいことは、ほかにありはしない。
そして、それが本当に人間らしい人間関係だと、コぺル君、君はそう思わないかしら。
=================

 まどみちおの「朝がくると」の話者の感動は、この目に見えない人とつながる「生産関係」にある。
「同心円的拡大」と「生産関係」は、意味が異なるのかもしれないが、自分の中では同じなのである。

 研究の感動も「学び」と「学び」がリンクしたりスパークしたりするところにある。
 日頃の活動と、過去の読書からの学びがつながることで、学びは「強化」されたし、このような宝探しが止められないから「学び」は続くのである。

 
【参考文献】
「社会集団拡大法の論理」 - J-Stage
https://www.jstage.jst.go.jp/article/socialstudies/1982/4...

【追記】
 先週、4年生の研究授業で、愛知県の土地利用について授業があったが、「土地利用」と言われても、子どもたちは何をどう考えてよいのか戸惑っていた。
授業後、谷先生からの受け売りだと注釈をしながら次のような話をした。

◆4年生に「愛知県の土地利用」について子どもに考えさせたいなら、まずは復習として3年生の時に学習した「春日井市の土地利用」を確認させる時間があるとよかったのではないか。
商業地域・農業地域・工業地域の分布の特徴、山間部・平野部・河川・インターチェンジや駅付近にはどんな特徴があるかを確認した上で、その特徴が愛知県でも同じように言えるのかを検証していく。
こんな形なら「仮説検証」っぽく授業が流れたんじゃないかな?

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