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January 31, 2021

小説を読まないと方法論は語れない ~宇佐美寛氏の助言~

書店で小説コーナーに行くと、読むかやめるか、買うかやめるか迷うことが多い。
小説を読むとなれば何日か時間がかかるが、その時間を確保する自信がないからだ。

久しぶりに宇佐美寛氏の『新版 論理的思考』(メディカルフレンド社)を開いてみて、やはり小説を読まねばと思った。

第5章「読書」には、論説や教育・医療のジャンルのほかに、小説のリストがたくさん並んでいる。
「記録」というのは「ノンフィクション」のことのようだ。

172ページに次のように書いてある。太字は私。

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 おそらく、皆さんの中で、かなりの数の人は、このリストではまず1-1 (つまり「論説」の「言語・論説・思考」)や、1の2(「論説」の「読書・作文」)の項に挙げられている本から読もうとするでしょう。特に後者、例えば『論文の書き方』『文章読本』などを読もうとするでしょう。
 その気持ちはわかります。つまり、文章の書き方を直接論じている本を読めば、ずばりと大事なことがわかると思うでしょう。端的に早く書く書き方のコツをつかみたいと思うのでしょう。また、本の読み方について書いてある本を読んでから、他の本を読もうと思うのでしょう。
 しかしそれはいけません。今するべきことは、読むのを楽しむこと、本に慣れること、書くためのたねをたくさん蓄えることなのです。まずたくさん読んで、文章についていろいろ感じておかないと、文章の読み書きについての本を読んでみても、本当にはわからないのです。ちょうど、水に入って何とか泳ごうとし、ある程度泳げるようになってからでないと、泳ぎ方の本を読んでも、わからない(むしろ、わからないということが意識できない)のと同じです。とにかく、慣れて好きになるための実践をある程度多量にするのが1番です。読み書きの方法について理解するのは、この第一の段階で得られたことを材料に指定でなければ不可能なのです。
 だから、「小説」や「記録」の項に挙げてある本から読み始めてください。それによって読書体験を増やしてからでなければ、方法について書いた抽象的な本を読んでもダメです。
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・・・小説の読書体験を増やさないと方法論は語れないとは、具体論がなければ抽象論は語れないという意味なのだと思う。
「経験がないと言葉を理解できない」と主張する宇佐美氏の意図が、ここからも伝わってくる。

重松清・伊坂幸太郎・東野圭吾を読み漁ったころの蓄えが切れてきた。
「急がば回れ」で腰を据えて小説も読んでみよう。

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